夏
みーんみーんみんみー……。
日差しが強い。また今日も晴れ。
涼しいカラオケボックスの中から出ると、もわっとした空気が俺達を包み込む。アスファルトが遠くの方でぼやけて濡れているように見える。俺は額に滲む汗を拭いた。
じーじーじー……。
プラタナスの並木道に響き渡る小うるさいセミども。ああ、もう、よくもこんなじりじりする世界で賑やかにしていられるもんだ。うっとうしさが余計感じるじゃないか。
もう少しカラオケボックスに居たかったのだが、これ以上いると懐に響く。
あー、それにしても暑い……。夏は嫌いだ。涼しい世界が恋しい。
「……だからね、その鏡の中の世界では、見た目は同じ人でも、性格とか違うの」
気がつくと、佐山が俺の左にいて楽しそうに何か話しかけている。
話していたことを思い出すと、佐山が読んだ本の内容についてのことらしい。
「まぁ、この世に自分と似た顔をしている人間は3人はいるって言うしな」
話半分に聞いていたので適当に話を合わせた。
「ねぇ、違う自分っていうのに逢ってみたいと思わない?」
「そうだなぁ……。自分がもう一人いたら楽だろうな。宿題とか分けてやったりして」
「もー。そうじゃなくってー」
横にいたかと思えば前にでて。ぴーちくぱーちくけたたましく言い寄ってくる。この暑いのになんて元気なんだ。
セミかお前は。
「ああ、もう、その本を俺にも見せたいって気持ちはよくわかった。今度読んでみるからさ」
「ほんとかなぁ……」
いぶかしそうな瞳で俺を見上げている。
話半分に聞いてたことを気がつかれたのだろうか。
俺はちょっとばつが悪くて、視線をセミの聞こえるほうに移した。
「そうだ。それじゃ、これから図書館に行こうよ」
「図書館?」
「鏡もこの本を読めば納得するよ」
佐山の持っていたかばんから本を取り出し、俺に見せるように振り振りさせる。
「今持っているのか。俺に読ませるには、それを少しの間貸してくれるだけでいいと思うが」
図書館って、俺に縁があるわけがない。静かで、本のにおいがしていて。なんとなく暗いイメージがあるし。行ったことないが、なんとなく場違いな気がする。あまり行きたくない。
「だめだよ」
「何がだめなんだ?」
「私が返してから、借りないとだめなんだから」
なんて律儀なんだ。それはそうなんだけどさ。
「それに、図書館ってね……」
「図書館って、なんだ?」
「涼しいんだよ。入るだけでもただだし」
涼しいのか。
「ほら、行きたくなった」
「そりゃ、こんなところにいるよりましだ」
「うん。よしよし。それじゃ行こ。ここからすぐだよ」
ここからすぐ?
ということは、佐山のやつ最初から俺を図書館に連れて行くのが目的だったんじゃ。
「お前、もしかして、それが目当てでカラオケに誘ったのか」
「あはは。そんなことないよー」
嘘だ。目が嘘を言っている。
間違いない。最初からそのつもりだったな。
「まあいいか。図書館、どっちだ」
涼しいなら、そこに行きたい。
「うん。ついてきて」
それにしても図書館とは。佐山、俺の知らないところで図書館に行っていたのか。
実際のところ佐山はかなり頭がいい。
佐山は学校の成績でも常にトップクラスにいる。
何か勘が鋭いというか、どきっとさせられることがよくある。根回しも良いし、物覚えも早い。カラオケボックスの後のこれからのこととかもそうだ。ただ、ちょっとだけ抜けているところがあるが。
そういえばこの前のテストでは、佐山はすごい点を取っていたな。
先日のテストが戻って来た時だ。
―――
「佐山、物理は何点だった? 今回は負けないからな」
「……」
今にも泣きそうな顔をして答案を見つめている。
「どうしたんだ?」
「回答欄、書くところ一つづつ間違えてた……」
答案用紙を見てみると右上には大きな丸の文字が一つ。
「あははは。お前すごいな。狙って取れるようなものじゃないぞ」
「うー……合っていればいい点取れてたのにぃ……」
「詰めが甘いな。よし、今度から佐山のあだ名はノビ太君な」
「なぐってやるー」
涙目で、手を振り上げて。
「あははは。すまんなー」
―――
このテストは実際のところ、ずれたところを直してもらったようだが、ひどく先生に怒られていたな。
注意していれば大丈夫なのに、こういうところがあるから佐山は佐山らしくていいのだが。
そういえば佐山は見てくれも良いそうで、成績もいいことで、クラスの中では男女問わずかなりの人気があるようだ。
クラスで一番かわいいと言われているそうだが。
いや、学校一かわいいと聞いたこともある。
確かに、背はそんなに高くはないが、スタイルはいい。手足や腰が細くて、出ているところはしっかり出ている。モデルやアイドルと言ってもいいほどだ。
顔も、目が大きくて笑顔も良く見せてくれる。表情も良く変わって飽きさせない。
でも、俺にしてみれば、普通なんだが……。
佐山をかわいいとか、綺麗だとか意識したことはない。どこにでもいる女の子という感じだ。
そういえば、そんなにかわいいといわれているのに、彼氏とかいなさそうだよな。休みの日といえば俺とこうして出かけているくらいだしな。
まぁ、性格があんなんだから無理なんだろうな。
図書館に向かう佐山の後姿を見て、そんなことを思っていた。
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