沙耶と佐山
日が傾いて、世界が赤く染まり始めている。
今日も暖かくなって、もうまもなくあのセミの声が聞こえる日々になるのか。
「今日はほんとごめんなさい」
「気にするなって。おかげで久しぶりにおいしいお酒が飲めそうだ」
「もう……」
あの時とは違う女の子と、プラタナスの並木道を歩いている。
時が過ぎても景色はほとんど変らないのに。
俺達がこうして歩いているのは、沙耶がどうしてもお礼をしたいと言ってきかないので、仕事が上手くいった打ち上げと名目して二人でお酒でもということで、こうして出かけることになったからだ。
「そういえば秋月さんってお酒飲めるの?」
俺の左側で見上げる沙耶。夕日が沙耶の頬を赤く染めている。
「一応今年で24歳になるのだが、そんなに若く見えるか?」
「そういう意味で言ったんじゃないけど……。でも、24歳だったのね。そうすると私の方が一つ年上になるのね」
「ええっ!? 同じ歳じゃなかったのか?」
「高校時代にちょっと色々あってね……」
少し、瞳が哀しげに映った。
余計な詮索か。
「そうなのか。それにしても、先輩だったとは。意外だ」
「む。なに? 私子供っぽいとか言うの?」
「い、いや、そんなことはないのだが……」
「秋月君が子供っぽいのよ」
なんだか急に言葉がお姉さんっぽくなったような。
実際、長い黒髪が風に靡いて輝いていて。黒いタイトスカートのスーツが似合っている。清楚で、可憐で……。本当に綺麗なお姉さんという印象だ。
ちょっと待てよ。
実際のところ、沙耶はとても綺麗でかわいい。体の線は細くて、手足が長くて。
佐山に似ているのだから、当然か。
俺も、本当は佐山のことを、こういうふうに思っていたのか。
綺麗な、かわいい女の子だって。
そういえば以前、他の同僚にあんな綺麗な女の子と一緒だなんてうらやましいとか言われたこともあった。
こんな女の子と一緒に飲みに行けるのか。
嬉しいような、恥ずかしいような気持ちだった。
ふと、沙耶に、彼氏とかいるのか――と訊きたくなったが、何故か訊くことが怖くて、言葉を飲み込んだ。
――
「いいお店、知っているのね」
「そうだろ? こうしてゆっくり出来る空間が好きでさ。割と酒も好きだし良く来てる」
「そうなんだ。よろしくね」
行きつけの居酒屋。小部屋に仕切られていて一人で飲むには落ち着けて好きな店だった。
建物もモダンで大正時代の様式をモチーフにしているとか。料理のメニューもそれに踏襲したもので、雰囲気も独特だった。
俺達は向かい合って席に座った。
「私、日本酒を冷でお願い」
「日本酒なのか。ワインとかカクテルとかみたいのじゃなくて」
「うん。私、お酒好きだし」
「でも、日本酒ってあんま女の子が飲むイメージじゃないだろ」
「そう?」
「まあ、いきなり生中とか頼んで、ぐあーっと飲み干して、かーっ、生きててよかったぁ、なんていうよりましか」
「あはは。でもそれやってみたいかも。気持ちよさそう」
「あー。でも沙耶のイメージに合っているかもな。似合うかもな」
「なによそれー」
膨れた顔をして俺を覗き込む。仕草も、か。
「でも、日本酒を飲む女の子っていいと思うぞ」
「ありがと。なんか、日本酒ってね、清めてくれる気がして好きなんだ」
「清める?」
「うん。ほら、お神酒とか厄払いとかに使うのは日本酒でしょ? だから、私も綺麗にしてくれるような気がしてね」
「なるほどなぁ」
「む。何か私が汚れているとでも?」
「あ、いや、そういうわけじゃなくてな。なんか神秘的なことが好きなの、女の子っぽくていいなと思っただけだ」
それに、なんとなく沙耶に似合っている気がする。古風で和風な……。着物とかも似合いそうだ。
「なに? それじゃ今まで私を女の子扱いしていなかったってわけ?」
「あ、いや、そういうわけじゃ……」
「秋月君ってそういう風にみてたんだ」
「あー、俺は泡盛にしとく」
「もー!」
仕事場では見られなかった沙耶との会話。
こんな明るい一面も持っていたんだ。
笑顔もよく見せてくれて。楽しい時間を過ごせそうだった。
「この料理おいしいね」
「そうだろ? 俺のお勧めだからな。俺が作ったわけじゃないけど」
「あはは。秋月君って面白いね」
おちょこを両手で小さく持って、可愛く日本酒を飲んでいる沙耶。
少し頬が赤くなっている。
こういう姿を見せてくれるようになって、俺はなんだか嬉しいような恥ずかしいような、そんな気持ちだった。
「……そういえば、秋月君って、ここ寂蒔市に住んでいるの?」
「そうだけど……」
「驚いた。私も寂蒔市」
「えっ? そうだったのか?」
「ほら、東の高台に神社があるでしょ? 私の家はそのふもとの先。それにしても、一つ歳が違うだけで会うことって少なくなるのね」
「ふもとの先……、あの並木道の辺りか。近所に住んでいたんだ」
「もう。もっと早くから出逢えてたかもしれないのにね」
「そうだな」
でも、そんな近くに住んでいて見たことがないなんて。佐山に似ていたりしたら気がつくはずなのに。
不思議な気持ちだ。
「そういえば、そこの神社のお祭りの言い伝えって知っているか?」
なんとなく話題を変えたくなって、ふと思ったことを訊いてみた。
「夏のお祭り? 花火大会の」
「そうそう。それ。確か、女の子が浴衣を着て綿菓子を持つとどうなるんだ?」
「この街にいて知らなかったんだ」
「うるさいなー」
「まぁ、男の子だしね。知らなくてもいいのか」
「知っているのなら、教えてくれ。もうずっと気になってて」
結局、あの言い伝えの話は知らないままだったからな。
「良くある話よ。あのお祭りで好きな男の子と出かけることが出来たとき、浴衣を着て、その男の子と綿菓子を一緒に食べて、花火を見るとね、その恋がかなって二人は結ばれるの。中高生の女の子にとっては大事な言い伝えかな」
「あー……やっぱりそんな話だったのか」
なんとなく、わかっていたが、実際そうだったと思うと、心が締め付け、苦しく感じる。
佐山は、俺と……、そうしたかったのか。
「なに? もしかして行ったことあったとか?」
俺の表情を見て、何かを思ったのか、沙耶は真面目な表情で俺を見つめる。
「いや、そんな言い伝えはやっぱり迷信だろう。間違いないな」
「ふーん、やっぱりそういう女の子がいたのね」
「えっ、いや、その」
「ちょっと、お姉さんに話してみせなさい」
「あの、高嶺さん、酔っていらっしゃいますか?」
「もー! なんで敬語なのよっ! それに私酔ってないっ!」
「うひー。すみませんすみません」
「あははは」
佐山と沙耶。
俺の心は、どこに行けばいいのだろう。
俺は、どうしたいのだろう……。
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