表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お題掌編

掌編――マフラー

作者: と〜や

 学校の裏庭には、夕べ降った雪がまだ解けずに積もっていた。

 運動靴の底から冷たさが伝わってくる。

 でも、そんなことはどうでもいい。手もかじかんできたけど、そんなことは問題じゃない。

 僕にとって、僕の人生にとって、一番大事な、一番大切な瞬間が待っているのだから。

 ポケットの中に手を入れて、そこにアレがあることを確認する。

 僕の人生を変えたと言っても過言じゃない、アレが。

 こぶしをぎゅっと握りしめて、深呼吸をした。吐いた息が白くなった。

 その時。

 さく、と、凍った雪を踏みしめる足音が背後から聞こえた。

 心臓が咽から飛び出るっていうけど、ほんとに飛び出すかと思った。

 足音がそばまで来たら、そばで止まったら、振り返ろう。それまでに、なんとか呼吸を調えなきゃ。

 でも、どんどん近づいてくる足音に、僕の心臓ったら言うことをききやしない。

「誰? そこにいるのは」

 予想しなかった声に、僕は慌てて振り向いた。

「冬月先生」

 今年赴任してきた、音楽の先生だった。白いブラウスとタイトスカートにストールを羽織っただけの格好で、やけに寒そうだ。

 先生は立ち止まると、黒縁の眼鏡の奥から鋭い目で見下ろした。

「もうとっくに下校時間は過ぎていますよ。テスト期間なんだから、早く帰りなさい」

「す、すみません」

 張りつめていた風船がぱんと弾けた。乾いた舌をなんとか湿らせる。

「ほら、早く帰りなさい。じきに暗くなるし、また雪が降るって言ってたから」

「あの、でも、僕、ひ、人を待って」

 ポケットの上からアレを握りしめる。

「もう学内には誰も残ってないわよ。キミが最後の一人。それでも待つ?」

「えっ……」

 ああ、もしかして、今の僕みたいに先生にせき立てられて帰ってしまったんだろうか。それとも、具合が悪くなったんだろうか。今日は寒かったし、もしかしたら風邪でも引いてしまったのかもしれない。

「はーん、もしかして、呼び出された?」

「えっ」

 ポケットを握りしめる手に力が入った。

 先生はめがねをずりあげて、少しだけ口元を緩めた。

「あはは、まさかだわね。なんかねえ、先週からそういういたずらが増えてるみたいなのよ。寒い中ずっと待ってて肺炎起こして入院した子がいてね。職員の間でもちょっと問題になってて」

 そこで先生の話は途切れた。

 きっと、先生は僕の表情の変化に気がついたのだろう。

 うつむいた僕には、先生のつま先が寄ってくるのがにじんで見えただけだった。

「今日はもう帰りなさい。ほら」

 頭からすっぽりかぶせられたのは、水色のストール。先生のだ。

「寒いから、これ巻いて温かくして帰りなさい。マフラーじゃなくて悪いけど」

「せんせ」

 ぐるぐるまきにされたストールからようやく顔を出した時、先生は背中を向けて校舎に戻っていくところだった。

「風邪引くんじゃないわよ。あ、それから、それ高かったんだから、汚さないでよ」

 校舎の入り口でそう叫んだ先生のあったかさに、僕はもう一度ストールで顔を隠した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=812037125&s
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ