「っよ。次郎、元気だったか?」
小さな大人がひょっこりと現れ、俺を見つけるやいなや、すっ飛んで向かってきた。逃げだそうかとも思った。しかし、足ではやつには適わないだろう。こいつは、昔から走り方のコツみたいなものを本能的に知っていて、駆けっこでも競争でも勝ったためしがない。同窓会、参加しようかしまいか、さっきまで迷っていた俺の背中に電撃が走る。バッチッィィィィン。痺れる。なるべく人目を避けて行動しようと考えて、訊かれたことにも適当に応えて、さっさと終わらせようとしていたわけだ。
つまり、俺は出席したことを激しく後悔していたのだ。
「いいか? 背中は叩くと痛いんだぞ? だからむやみに人の背中を叩くもんじゃない」
「あっは。んなことは訊いてねぇよ」
びしべし。
「はいはい。元気かと聞かれれば、特に悪いところもないとこたえよう」
「お前は相変わらずだなっ」
「お前も相変わらずだな。もっと女らしくしろ」
「う〜ん、女らしくないか?」
「全然」
という意地悪だ。罪悪感は二の次。俺はこいつの困った顔が、久しぶりに見てみたくなったのだ。
「あはは。やっぱりあたしにゃ無理なんだよ!」
びしべし。
すかすかと笑う。こいつといると、ツルペタだった頃の懐かしい記憶が蘇ってきたりもするが、その殆どが赤っ恥なので、俺は、せっせと奥の方に追いやる。
「いやいや。軽々しく諦めるな。本人の努力の問題だ。お前には、女らしく振る舞おうという気がないからいけないのだ。嫁のもらい手がいないぞ。彼氏の一つも出来たのか?」
「あ〜はいはいうっせぇ、久しぶりにあったのに、母さんみたいなことばっか言うなよ。男尊女卑野郎」
「いやいや。これは、お前個人に向けて放たれている、ささやかな俺からのメッセージさ」
「屁理屈ばっか。もういいよ」
沈黙が二人を包む。ほほう。これが変化というものなのだろうか? つまりは、こいつにも雰囲気というものが備わってきたのだろうか? 体を見る限り、まだまだだが。いや、多分こいつはもう成長が止まっている。高校の時から変わっていない。
「お前。毛は生えたか?」
「バカじゃないのか? 変なこと聞くなよ!」
「真っ赤だぞ。その調子じゃ、第二次性徴は望めなかったみたいだな」
「ばかたれ変態」
もうそろそろいいか。十分楽しませてもらったし。
出し抜けに俺は言う。
「そうか。お前の言いたいことが分かったぞ。スカートを珍しく履いているから褒めて欲しいんだろう。だからちょっと恥ずかしいのか」
「べ、別に、普段からはいてるよ」
「わかりやすいやつだな」
「あ〜もうまじうるせぇ!」
パンチを止める。俺の腕とこいつの腕を比べてみても、手の大きさを比べてみても、身長だって顔かたちだって、俺が男で、こいつが女だっていうことは、はっきりとわかることじゃないか。
拗ねていってしまう肩が寂しくて、俺は抱きついた。
「俺がお前に抱きついても、周りの目なんか気にするな。俺は男だし、お前は女だろ?」
「どうしたいんだお前は、人のことバカにしたり、抱きついてみたり。お前の本心はどこにあんだよ…」
俺の本心なんてものは、変わらず今もここに行動として現れているじゃないか。
「もし、お前が捻くれた俺なんかで良ければ、ずっとこうしていたい」
「次郎……」
「なんちゃって」
「いい、加減にしろ、ってめぇー!」
「本気にするお前が悪いんだよあはは」
でもぐずる声に俺は少したじろぐ。やり過ぎたかな。
あどけなさの残る頬を伝う滴、俺は親指で拭き取る。「やめろっうぅっく」
「冗談だよ。悪かったって」
「どこまでが冗談だよ。何が冗談だっ?」
「そうだなぁ。なんちゃってっていうのは、全部冗談だよ。後は全部本心」
「うっふはぁ、ふふぅ、もっと、ストレートに出来ないのか? お前ぇ……」
「無理だな。これが俺なんだよ。お前が男みたいなのと同じで、人はすぐには変わらない。気持ちもな……」
「やっぱ、お前バカだよ」
そういうお前も、俺みたいなやつをずっと待っていたなんて、相当なバカだぞ。
これは口に出してもいいが、そっとしまっておこう。
気が少し晴る。
「じゃあ今日は、お前がどんだけ成長したのか見てやるよ」
「やっぱマジへんたいだ。無理。そんなやつ無理だよ」
「お前が俺を変態にさせるんだって」
「はぁ?」
「お前にしか変態見せないよ。俺は……」
「いいんだかわるいんだか……」
「とりあえずよろこんどけ」
「う〜ん。まいっか」
輝く笑顔をこの手に取り戻す。これからは過去じゃなくて今だ。今今。
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