掌編――バナナ
ヤカンがやかましく鳴り出した。手を伸ばしてガスを止めると、新幹線の警笛のような音はフェードアウトする。
「コーヒーでええんやったっけ?」
こたつに足を突っ込んでお笑い番組に突っ込んでる由紀に声をかける。
「え? なあに? ごめん。聞いてなかった」
あたしは同じ言葉を繰り返した。
「うん、ブラックでお願い。それにしても、こっちの番組って面白いわ。なんで地元で放映してくれないんだろ」
それはそう思う。手を休めずに相づちを打つ。
「まあ、それでも、昔に比べると、全国放送のお笑い番組って増えたんちゃう? こっちにいるとわかれへんけど」
「そうねえ。増えたと思うんだけど」
コーヒーカップを由紀の前に置いて、こたつに足を突っ込む。
「笑いは百薬の長って言うじゃない。もっと笑えばいいのに。学校でも会社でも、眉間にこーんな皴寄せちゃって、しかめっ面ばっかり。見てるこっちも眉間に皴が寄っちゃいそうよ」
「あんたのところもそうなん? てっきり都会だけかと思ってたけど」
由紀は首を振った。
「都会も田舎もみんな一緒よ。都会の方がまだましなんじゃない? 田舎にいると空も世の中も自分の未来もみんな灰色に思えてくるよ。犯罪は増えたし、ちょっとのことでみんなすぐ怒り出すし」
「ああ、それはほんまにね。みんないらちやし」
「いらちって何?」
「ああ。えーっと……短気ってこと、だと思う」
「ああ」
彼女は合点が行ったのか、何度かうなずいた。
「でも、もとから短気ってわけじゃないでしょ。昔はのんびりしてたし、多少のことも大目に見るっていうか、心が広かったじゃない」
「まあ、そうだね」
「でね。真紀には広い心でいて欲しいのよ」
コーヒーをすする。彼女の言葉が心に突き刺さる。
「……あたし、そんなに変わった?」
「変わってないと思う。だから今のままでいてほしいなって」
「臆面もなく言うわね」
そう返しながら、だんだん顔がほてってくるのがわかる。
「だから、ね?」
彼女は両手を合わせて拝むような仕草をした。
「夕べ、真紀のバナナ食べちゃったの、許してくれるよね?」
はっと振り向く。夜食に食べようと思ってた「とっときのプレミアムバナナ」は、皮だけになっていた。
「えーっ! 楽しみにしてたのにっ」
「広い心で許してっ」
「ほ、本気にしたのにっ」
彼女はぺろっと舌を出してウインクして見せた。
別館ブログからの転載です