僕はおじいちゃんっ子で、よく昔話を聞かされたものだ。
ホロリとする悲しい話しから、腹を抱えて大笑いするような馬鹿話しまで、じいちゃんの話しは魅力的だった。
そんな中でもこのラジオの話しは、僕の大のお気に入り。
今日もおじいちゃんの部屋で、僕はラジオの話しを聞いていた。
ワシがまだ子供の頃の話じゃ。
携帯電話もゲームもない時代じゃよ。
ワシが親父にねだって買ってもらったものがある。
それは何じゃと思う?
それはな、ラジオじゃよ。
あの頃、まだまだテレビは贅沢品でな(それもカラーじゃなく白黒テレビじゃぞ!)、ラジオが生活必需品だったんじゃ。
小学生だったワシは自分用のラジオが欲しくてのぅ・・・
毎日、毎日、学校が終わると、町の電気屋さんに走っていっては、飽きる事なくラジオを眺めたんじゃ。
そんなワシに根負けしたんじゃろなぁ。
ついに親父がピカピカのラジオを買ってくれたんじゃ。
持ち運こべるくらいの・・・そう、筆箱くらいの大きさじゃ。
あんときゃ嬉しかったのぅ。
その時からワシとラジオは最高の友達じゃった。
くる日もくる日もラジオと一緒。
皆で野球する時も、風呂に入る時も、ワシの行くところ何処にでもラジオがおった。
そんなある日のことじゃ・・・
ワシはラジオと一緒に釣りに出かけた。
親父の持っていた小舟を勝手に借りてのぅ。
親父は漁師の網元をしちょった。
じゃからワシも海の事は、よく知っちょるつもりだったんじゃがな・・・
自然はなめちゃなんねぇなぁ。
その日の海はワシの想像をはるかにこえた、それはそれはすごい時化じゃった。
ワシの乗った小舟はあっという間に転覆して、ワシは広い太平洋に放り出されたんじゃ。
そしてワシは、気を失った・・・
さて、どのくらいの時が経ったじゃろう。
気がつくとワシは、見た事もない無人島に漂着していた。
「ここはどこじゃ?」
倒れていたワシが立ち上がると、辺りには誰もおらん。
キョロキョロしてると、ワシの髪の毛についた浜の砂がパラパラと落ちた。
そのくらい、あっちゃを見たりこっちゃを見たり、必死じゃった。
なに?
髪の毛があったのかじゃと?
馬鹿こくでねぇ!
あの頃はまだフサフサじゃたんじゃ。
まぁ、ええ。
ワシは頭の砂を払いながらの、ふと大事なことに気がついたんじゃよ。
そう、ラジオじゃ。
ワシは慌ててラジオを探した。
じゃが、普通は見つかるはずもねぇ。
広い太平洋を流されてきたんだからのぅ。
しかしじゃ!
奇跡がおきた。
なんと、ワシの倒れてた所からほんのすぐ近くに、ワシのラジオも漂着してたんじゃ。
ワシはすぐに手に取って調べた。
海水に浸かって壊れてないかの。
ワシはスイッチをひねった。
するとな・・・
ワシのラジオは、軽快な音楽を元気に奏で始めたんじゃ。
ズンチャッチャ
ズンチャッチャ
ズンチャッチャ
ズンチャッチャ
いまだに曲の名前は分からんがの。
ラジオから流れるその音楽がワシをどれだけ慰めてくれたことか。
ワシは流れついた砂浜に腰かけて、いつまでもラジオに耳を傾けたんじゃ。
いつの間にか夜空には星がまたたいていた。
ワシはその日、ラジオから流れる曲に抱かれるように、砂浜で眠りについた・・・
それからじゃ、ワシとラジオの無人島生活が始まったのは。
その島はいったい海のどの辺にある島なのか、さっぱり分からんかった。
探険して周囲をくまなく探したけんど、海には島どころか小舟一艘浮かんどらん。
「駄目じゃあ・・・」
ワシは絶望という言葉を始めて知ったよ。
自分の力じゃ、どうにもなんねぇ。
ワシは脱出を諦めた。
そして・・・
とにかくワシは、生き残ることに全力を注いだんじゃ。
幸い、ウニやらカニやら食材には事欠かんかった。
火をおこす方法も婆ちゃんに習って知っておったからのぅ。
飯を作るのはうまくいった。
問題は水だけじゃったが、遭難から5日目に小川を見つけてのぅ。
もう平気じゃった。
何とか生き延びる事ができたんじゃ。
だがのぅ・・・
もし、たった一人でこの島におったとしたら、ワシは気がおかしくなったかもしれん。
それくらい、一人ぼっちってのは辛いもんなんじゃよ。
人は一人で生きてはいけん。
その事が本当に身にしみた。
そんなワシをすくったのは・・・
そう、ラジオじゃよ。
ワシが何とか頑張っていけたのはな。
あれのおかげじゃ。
ワシが辛い時は、どこからともなく優しい曲を奏で・・・
寂しい時には、景気のいい曲を聞かせてくれた。
時にはニュース。
時には野球中継。
いつもラジオが一緒じゃった。
それからワシらは、何と二ヶ月もこの島で過ごしたんじゃ。
そして、遭難して二ヶ月後のこと。
ワシが寝てるとな、スイッチをひねってもないのに突然ラジオがなりはじめた。
不思議じゃろ?
でも、本当なんじゃ!
まぁ、寝ぼけてワシがラジオをつけたのかも知れんがの・・・
とにかくラジオから流れるその言葉にワシは仰天した。
「ガ、ガ、ピー、そ、捜索隊が、沖合を通っています。す、すぐに火を焚いて合図して・・・く、く、下さい」
とまぁこんな内容の事をラジオが言うんじゃよ。
もちろん、半信半疑じゃった。
だけんど、ラジオが言う事じゃからと、寝ぼけながらもとにかくワシは焚き火をしたんじゃ。
だってラジオは一番の友達じゃからな。
その焚き火は、まるでキャンプファイアーみたいによう燃えた。
するとじゃ・・・
ワシは見たんじゃ。
何をって・・・
船じゃよ!
そう、本当に船が沖合を通っていたんじゃ。
ワシは力の限り叫んだ。
千切れるくらい手も振った。
そして、ついに・・・
船は気がついてくれたんじゃ。
こうしてワシは、ラジオのおかげで助かったんじゃよ。
ワシを救うてくれたんは外国の船じゃった。
後で聞いたんじゃがのぅ・・・
この捜索船は、ワシの捜索じゃなかったそうじゃ。
それは、他の難破した船の捜索じゃった。
ワシの捜索はとっくの前に打ち切られとったんだと。
驚いた事にその島は日本から遠く離れた無人島で、よく生きてたと助けてくれた異人さんに誉められたよ。
それから・・・
ワシは、異人さんのおかげですぐに日本の親父の家に帰らせてもらった。
もちろん、ワシの友達のラジオも一緒じゃ。
無線で連絡がいったんじゃろうなぁ。
港には親父達が迎えに来てくれていたよ。
嬉しかったのぅ、あん時は。
会った瞬間、親父からゲンコツをくらったけんど、それだってワシには嬉しかった。
それから家に帰ったワシはヒーローじゃ。
親戚一同集まって、ワシを待ち構えてくれてたからのぅ。
見たこともないご馳走が並んでおったのも、いまだに覚えちょる。
びっくりしたことに、ワシは葬式も出してもろうとった。
無理もない。
二ヶ月も行方不明じゃったんじゃからのぅ。
ワシは自分の仏壇に向かって手を合わせるという、前代未聞の快挙をなしとげたんじゃ。
あん時はみんなが笑ろうとった。
楽しかったのぅ。
それからな・・・
ワシは宴会の席で、鼻高々に無人島生活の話を始めたんじゃ。
みんな目を皿のようにして聞きいっとった。
カニを捕まえた話し。
ウニを喰ろうた話し。
それに水を見つけた時の話しやなんかをようけ話した。
それからの、一通り話をした後に、ワシは手元に置いてあったラジオを見て、しみじみとこう言ったんじゃ。
「ワシが助かったんは、こんラジオのおかげじゃ! こんラジオは一番の友達じゃ!」とな。
みんなも「そうよのう、そん通りじゃあ」と言ってくれた。
そして、誰かが・・・
「その凄いラジオを聞かせてくれんね?」と言ったんじゃ。
ワシは二つ返事でうなずいたよ。
そして、常に手放さない大切な友達を取り出して、スイッチをひねったんじゃ。
そしたらの・・・
なんとラジオは一言も喋らんのじゃ。
場がシーンとなってしもうた。
どうしたんじゃろ?
ワシは不安になった。
すると誰かが・・・
「電池じゃ!」と叫んだんじゃ。
「あれから二ヶ月も経つんじゃ。そりゃ電池も切れるわな」
親父も冷静にあいづちをうった。
それもそうじゃ。
ワシは親父に新しい電池をもらって、ラジオに入れようとしたんじゃ。
ワシは、電池を入れる所のフタをとった。
するとな・・・
「あれ、無いぞ! 電池が入っとらん!」
いったい何の事かワシには分からんかった。
電池の入れる所なんぞワシは一度も触っちゃおらん。
無人島生活で一度もじゃ。
ワシが入れとった電池は、おそらくあの遭難の時のショックで無くなったんじゃろなぁ。
じゃが・・・
するとこのラジオはどうやって動いとったんじゃ?
再び・・・
みんながシーンと静まりかえった。
まぁ、じゃがそれは置いといて、気を取り直してワシは新しい電池を入れてみたんじゃ。
でものぅ・・・
ラジオはウンともスンとも言わんのじゃ。
「おかしいのぅ」
困惑するワシはスイッチを何度も何度もつけたり消したり。
じゃがラジオは何も言わん。
その時のぅ・・・
「ちょっと、ワシに貸してみぃ」
従兄弟で工業高校に通ってた三郎兄ちゃんが、そう言ってラジオを見てくれたんじゃ。
工業高校に通ってるだけあって、兄ちゃんは機械の修理なんかが大の得意じゃった。
兄ちゃんは少し調べるとな、ワシに向かってこう言ったんじゃ。
「そりゃあ動かんはずじゃ。中の銅線が切れとるもん」
「そ、そんなバカな! つい昨日まで動いちょったんで?」
あん時は、部屋中の親戚が静まりかえったのを覚えとるよ。
心なしか・・・
ワシを見る皆の目が冷たいんじゃ。
子供じゃったから、そん時は分からんかったけどのぅ。
じゃがな、今なら分かる。
きっと皆、思ったんじゃろうな・・・
ワシが無人島で寂しいあまりにおかしくなったとのぅ。
じゃがな・・・
間違いない!
あん時、確かにラジオ動いとった。
ワシはラジオのおかげで生き延びる事ができたんじゃ。
じゃあ、何故?
ワシも考えた。
でものぅ、答えはこの年になるまで分からんかった。
しかしじゃ。
なんとなく、こうじゃないかと思う事はあるんじゃ。
知っとるかの?
物はな、愛情を持って使い続けると魂が宿るってことを・・・
“つくもがみ”っていうらしい。
きっとあのラジオはのぅ、一人ぼっちのワシのために“つくもがみ”となって守ってくれたんじゃなかろうか?
ワシはそう思えてならんのじゃ。
あれ以来・・・
ワシのラジオは壊れたまま。
修理屋もなおせんくらいに、錆び付いておったんじゃ。
新しいのを買えと言われたよ。
じゃがの・・・
ワシにはこのラジオだけがワシのラジオなんじゃ。
こいつはいつまでもワシの宝物。
大切な友達だちなんじゃ。
今も、ワシには聞こえてくるようじゃ。
あん時、聞いたラジオの曲。
ズンチャッチャ
ズンチャッチャ
ズンチャッチャ
ズンチャッチャ
きっとラジオは・・・
ワシがまた一人ぼっちになった時には、聞かせてくれるに違いないよ。
明るく、楽しい、あの音楽をな・・・
そして、じいちゃんは頼もしげに傍らにある黒っぽい物体を軽くたたいた。
じいちゃんが言うラジオだ。
だけど、僕は知っている。
あれは、僕の筆箱なのだ。
本物のじいちゃんのラジオは、僕の母ちゃんが3年前の引越しの時になくしたらしい。
それで、代用品として僕の筆箱を使ったという訳。
なんだか、じいちゃんに申し訳ない気持ち。
だけど・・・
じいちゃんは気がついてないから、これでいいのかなとも思う。
だってじいちゃんのラジオは・・・
今でもじいちゃんの心の中に、ちゃーんといるんだから。
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