丘の上に建つ洋風の建物は、“眠りの魔女”のお住まいです。
彼女は町の人達ととても仲が良いけど、極度の内気で極度の人見知りの為、町から少し離れた“ヒトリーボッチの丘”にお城を建ててしまったのです。
勿論魔法であっという間に。その際、MPは何百万と使ったそうです。
そんな魔女のお仕事は、人々に幸せな眠りを与える事。月がニコリと笑ったら、眠りの魔女は家来のフランス人形と共にバルコニーへと足を運びます。
バルコニーに着くと眠りの魔女は手摺りに片手を置いて、街灯の光が綺麗な町を一望します。
そして、黒のマントを家来のフランス人形から手渡され、身に纏って深呼吸をします。
綺麗な夜景に見惚れている眠りの魔女。その顔付は、何だか淋しそう……。
「いつも思い出しますよね、ルーン様の事を」
フランス人形が言いました。
「……彼の事は今でも好きなの。だから、彼の事を思うと胸が熱くなる」
胸を優しく押さえる魔女は、涙を流していました。 涙は頬を過ぎ、顎を過ぎ、石畳のバルコニーへとゆっくり落ちます。
眠りの魔女は涙顔のまま、億千の星が綺麗な夜空の中で、一際光り輝いている月を見ます。
月は、ニコリと笑っていました。
(眠りの魔女リドリー。
涙を拭いて、元気を出しなさい。貴方は世界中の人々に幸せな眠りを与えなくてはいけません)
空から女性の声が聞こえました。
(幸せな眠りを“悪夢”に変えてしまう不届き者から人々を護るのが、貴方の役目なのです。クヨクヨしている時間はありませんよ。私が笑ったのですから)
その声はとても美しいモノでした。
「そうですよね。過去を振り替えって涙を流すなんて、虚しいだけですよね、惨めですよね……」
リドリーは涙を堪え、強がっています。ホントは辛いのに我慢しているのです。
(過去の過ちを虚しい、惨めと思うのは人それぞれです。しかし、何時までもその事を引き摺っていては一歩も前には進みません。この事を、肝に銘じなさい)
光り輝く月の下、頭を下げるリドリー。
流星群は彼女の気持ちなんて知りもしないで、呑気に発光しています。
「……」
静かに顔を上げる。
「リドリー。時間があまりないよ」
幾つもの宝石があちこちに付いている杖を、リドリーに渡すフランス人形。
「今日も幸せな眠りを。楽しい夢の世界をお楽しみ下さいーー」
フランス人形から杖を受け取ると、リドリーは杖を空に向けました。
そして呟きました。
「さあ皆様眠りましょう」
すると、杖のあちこちに付いている宝石からキラキラした粉がでてきました。 ソレは、北風に流され、南風に流され、世界中へ流れていきます。
「“眠りの粉”を吸った人間は、突然眠たくなる。眠りの粉は、眠る事を忘れていた人・不眠症の人を助けた」
「私達には、何故か効き目がないですよね」
数分が経ち、世界中に眠りの粉は流れた。
“眠りの双眼鏡”でちゃんと寝ているのか確認をする。それと同時に、悪夢を見ている人を探す。
幸せな夢を見ている人は“白い煙”、悪夢を見ている人は“黒い煙”が、鼻から出ている。
「悪夢を見せている悪者、貴方は一体誰なんだろう。人々を恐がらせて何が楽しいの……?」
微風が肌を擦る。
「貴方を見ていると、昔の私を思い出すの。悪知恵しか頭がはたらかなくて、気付けばエスカレートしてて、自分では止められなかった……」
月光が辺りを照らす。
「だから私は、貴方の悪戯を止める」
カラスの泣き声が聞こえた。
「リドリー! 黒い煙を見つけたよ。早く悪夢から皆を助けないと」
「分かっているわ」
夜空に輝くお月様が大きく口を開けて笑った時、遠くの方から音が聞こえてきました。
パカパカパカパカーー音は徐々に大きくなります。
「あの揺れが心地よい」
「酔いませんか?」
バルコニーの前に、一台の馬車が止まりました。
何もない空間に浮いています。
運転手はおらず、二頭の馬がいるだけです。
「地球の反対側まで頼みます。鳥の群れに気を付けてくださいね」
リドリーはそう言った。
(安全運転でお客様を目的地まで連れていきます)
馬車の方から声が聞こえた。
リドリーは振り返り、フランス人形に一言。
「行ってきます」
フランス人形は馬車が見えなくなると、バルコニーを後にした。
空飛ぶ馬車”は走りだした。パカパカという足音を夜空へ響かせてーー。
目的地に着いた。
街中から黒い煙がでている。
「皆恐い夢を見せられて、唸っている……。早く私が皆を助けないと」
リドリーは杖をギュッと握り、空中に浮きました。 そして、杖を空に向けます。
街中から、黒い煙が消えました。
馬車に乗っているリドリーは景色を見ていました。
(どうしたんだい?元気がないじゃないか)
突然声が聞こえました。回りに人はいなくて、いるのは馬だけです。
「黒い煙があんなに出てたのに、悪夢を見せてる悪者が現われなかったからさ」
(きっとリドリーさんの事が恐くて逃げたんですよ)
「それだと嫌だな」
(怪我がなくて良かったです)
空飛ぶ馬車が止まり城に着いた。
リドリーは、欠伸をしているから眠そうだ。
「あれ、フランス人形は?いつも戦から帰ってきたら、チーズケーキを持ってきてくれるのに」
(洗濯とか掃除をしてるんじゃないですか?早く報酬の人参を食べたいのですが……)
バルコニーは静まり返っていた。そして、城はいつも夜になるとライトアップされているのに、今は真っ暗だ。
「何で真っ暗なのよ!観光客が減るじゃない。そうなると、貴方の報酬である人参が買えなくなっちゃう」
(それは困る。悲しくなるよ。僕が報酬の人参を貰えないかもしれないのに、月はいつものようにニコリと笑ってるしさ)
そう言って夜空に光り輝くお月様を見た。
しかしーー。
「お月様泣いてるよ……」
星がキラキラと輝く夜空の下、人々が幸せな夢を見ていました。眠りの魔女リドリーが、幸せな眠りを与え、幸せな夢の世界へ招待してくれるのです。
しかし、中庭で頭・体・手足がバラバラになったフランス人形だけは、永遠の眠りです。
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