行き遅れ魔王様と幼なじみ執事 5
「ねぇ、し―ちゃん、節分って知ってる?」
まおちゃんがいつものように紅茶を口に運びながら……とはいかず、山のように詰まれた書類に目通しし、印を捺しては次、印を捺しては次、と公務を繰り返している。
その表情はいつもの自信に満ち溢れたものではなく、どこかうんざりとし、疲労が目に見える。
ここ数日の激務、残業の繰り返しで明らかに疲弊していることがわかる。
そんな彼女が気分を変えるために、私に問う。
ほんの少しでも彼女の気が紛れるならばと、私はささやかな嘘をつく。
「せつぶん……聞いたことはありますが。あくまで聞いただけで実態まではわかりかねます」
「やたっ!初めてし―ちゃんが知らないことを言ってやったわっ!」
まおちゃんは書類の手を止めるどころか、視線さえ逸らすことなく喜びの声をあげる。
俯いた顔からは表情が窺い知れないが、弾んだ声で本当に喜んでいることがわかった。
――これが少しでも気晴らしになればいいけど……。
「それで、その節分とやらがどうかされましたか」
「えぇ。その前に執事の真似事はもういいわよ。苦しいでしょうし、私に無理に付き合う必要はないわ」
「しかし……」
「今は執事と話すより、し―ちゃんと話したいの」
「う、うん。わかったよ、まおちゃん」
「ありがと、し―ちゃん。それでね、その節分なんだけどね、おもしろい行事なのよ」
おもしろい……?確か、節分って季節の始まりの日の前日だった気がするけど……。
「なんでも、邪気をはらうために焼いた魚の頭を門口に飾ったり、豆を撒いたりするそうなのよ」
あ、節分ってそっちの方なんだ……。でも、魚の頭って……。
「確か、イワシ、だったかしら。まぁとにかく厄除けで焼いた魚の頭ってのも、その方が邪気ありそうよね」
「あ、あはは……」
まおちゃんは相変わらず、書類をやりながら笑っている。私も曖昧に笑うしかなかった。
「それはさておき。本題はここからで、その豆まきなんだけどね」
さておくんだ……。というかおいてないきもするんだけど……。
「ハロウィン、クリスマス。様々な行事もこなしてきたので、とりあえず節分もやろうかなっておもいました、まる」
「なんでそんな喋り方なの……」
「でも、ただ豆をまくだけなのもつまらないので、一工夫しようかなとおもいました」
「スルーなんだ……」
「そこで―」
まおちゃんは一旦手を止め、机の下をがさごそと漁りはじめる。
――もう既に嫌な予感しかしないんだけど……。
「じゃんっ!豆鉄砲―」
「え……!?」
まおちゃんが豆鉄砲と称したソレは――鈍く黒く輝き、重厚であり、精密で……どうみても本物の銃器――狙撃銃だった。
「ま、まおちゃん、何これっ!?」
「あれ、知らない?銃……俗に言うスナイパーライフルってやつね」
「なんで勇者の遺物と言われる銃がこんなとこにあるの!?」
「うちの科学部門に造らせました」
「またあの人達なの!?」
というか、造ったの!?文献でしか存在が確認できないうえに、どんな技術が用いられてるかわからない銃器を!?
「やぁ、大砲が作れちゃったからね、半ば無理でしょって気持ちもあったんだけど、やらせてみたら三ヶ月で造っちゃったのよ」
「確かに大砲もデタラメだけど……!」
鉄に火薬。それさえあれば大砲は造れるか――答えは否。
そもそも、鉄自身が火薬の爆発に耐えれるように製鉄しなければならないし、そもそも『鉄』と称されるものにも種類がある。その中から火薬の爆発に耐えれる鉄を見つけ出し、火薬だって配合しなければならない。火薬の配合を間違えば、爆発……それは命さえ落としうる実験だ。
火薬を爆発させ、砲弾を発射する――それだけ聞けば、簡単で単純だと思えるが、実際には様々な技術、知識が詰まっており、とても複雑なのだ。
それをほぼ独学で科学部門の人達は成し遂げ、今度は更に小型軽量化させ、狙撃銃さえ完成させた……?
「でたらめすぎるよっ!」
「やぁ、本当にびっくりよねぇ」
まおちゃんはたはは、困っちゃったわぁ、などと言いながら頭を掻いているが、実際は新しいおもちゃを見つけたといわんばかりに楽しげだ。
「そ、それでこの銃をどうするの……?」
「もちろん、使います。ここで節分の豆撒きに繋がるのよ」
「え……?豆を撒くためにこんな大それた物を?」
「ちっちっちっ、私を侮ってはいけないわ、し―ちゃん。豆を撒くだけなら、私自身で撒くわよ。これはあくまで狙い撃つために造ったの。そう……憎きリア充共をねっ!」
「え、えぇ―……」
「節分の約十日後には、あの忌まわしき風習があるのよ……!」
「あ……」
節分の十一日後……日付にして二月十四日。そう、バレンタインデーだ。
「この城からスコープ付きのその銃で街を見下ろし、キャッキャウフフするリア銃共を狙い撃つ!最ッ高じゃないっ!?」
サングラスをかけて、城の窓から街を見下ろすまおちゃんを想像する。
リア充と呼べるような民を見つけては忌々しげに口元を歪め、引き金を引く。
着弾の瞬間に、ヒャッハー!と雄たけびをあげ、ガッツポーズをとるまおちゃんの姿が易々と浮かんだ。
「すごく……楽しそうだね……」
「でしょう!?」
私の想像に対するコメントを同意ととったまおちゃんはでしょ、でしょ、と私に共犯を促す。
「着弾の瞬間……ばーんと綺麗に弾けるわけなのよっ!」
「い、いや、はじけさせちゃだめでしょ!?」
殺人はさすがに……というか着弾させちゃだめだよっ!
「大丈夫。弾けるのは頭じゃないわ。弾丸である豆よ!着弾、しかし被害者には弾痕がなし!現場に残るのは謎の屑!完全犯罪の臭いがする!」
「犯罪はだめぇっ!」
「相も変わらず、世界は私を残して回り続ける!世界は私を取り残す!世界は幸せでも、私は不幸よっ!世界よ、私の不幸を存分に味わうがいい!チョコレートではなく、この豆と共にぃっ!」
まおちゃんは突如、何かに取り憑かれたように天を仰ぎながらアハハハと哄笑している。
その様相はさながら漫画に出てくるような狂った魔王だ。美しき容貌の狂った魔王。
演技だとわかっていても、その美貌に惹かれてしまう。なかなか堂に入った演技だった。
「で、とりあえずリア充にはこの鉛弾をくれてやろうと思ったわけでね」
「あ、もう演技はいいんだ……。鉛弾って……豆でしょ」
とても絵になる光景だっただけに、もう少し見てみたかったけど、残念……。
「まぁ、そのことを科学部門の子達にも言ったのよ」
「言っちゃったんだ……」
まおちゃんをよく知らない民衆からは美しく完璧な指導者なんて言われてるけど、よく知る人間からはまた違った言葉が聞けるだろう。
それはきっと、完璧なのにどこか残念なガッカリさん、と。
「科学部門の子達も喜んで協力しましょう、と言って勇んでくれたのはよかったんだけど」
「勇んで協力って……」
「あの子達も、食らえリア充ども!俺らの怒りと苦しみを!とくと味わえ!なんて涙を流しながら叫んでたわ」
「なんで皆、そんなにリア充に辛辣なの……」
「私を差し置いて幸せな奴らなんてどうでもいいのよ、不幸になってしまえ」
「自分が幸せになる努力をしようよ……」
「嫌よ。よく言ってるでしょ?私が幸せになるより、奴らを不幸にするほうが簡単だもの。奴らの幸せなんて、砂上の楼閣よ!吹けば飛ぶような砂の城!崩すのは簡単なの!鉄壁な城塞と呼べるような堅牢な幸せを築くよりも楽をしたい!」
「なんというか、相変わらず無茶苦茶だね……」
幸せを掴むより、幸せを妬む。それがまおちゃんが幸せになれない要因の一つだと思う……。
「さっきから聞いてれば、し―ちゃんは他人事みたいに言うけど、あなたはリア充にむかつかないの!?」
「私は今が幸せだからなぁ……。あまり他の人を見てもなんとも……」
「一番の味方だと思ってたのに、敵が身近に!?」
まおちゃんは銃を掴み、銃口をこちらに突きつけてくる。
空砲だとわかっていても、恐怖は感じる。
「敵じゃないよ!?」
思わず、両手を挙げる。
「冗談よ」
そう言って、まおちゃんは銃を下ろす。
――さっきから、ころころと話題が変わってるなぁ……。
これは彼女の疲労時特有の癖とも呼べるものだった。
一見、元気そうに見えるけど、その実はかなり疲れてるようだ。
早いうちに、強引にでも仕事を切り上げたほうがいいかもしれない……。
「それで、どこまで話したかしらね」
まおちゃんは銃を机に置き、話を戻す。
「科学部門の子達が協力してくれたってとこまでは……」
「あぁ、そうそう。それでね、いっそのこと国民皆にも豆を撒きましょうかー、なんて冗談で言ったら、時間がかかりすぎるって話になって、じゃあガトリング?とかって連続して弾丸を放つ重火器を作ってもらおうかなぁって、これまた冗談で言ったのよ」
「さすがに、それまでは科学部門の子達も造れないんじゃ……」
「それがねぇ、造るのはやぶさかではないけど、全国民に撒くぐらいならそんな片手間ではなく、魔王様直々に豆を投げつけていただきたい、なんて言ってたわ」
「おかしい!造れる科学部門の子達もおかしいけど、言ってることもおかしい!」
「ガトリングなんて効率だけを重視していかにも手抜きで豆を投げられるより、魔王様の手で投げられた豆の方が何十倍、何百倍も価値があります、とかよくわからないことを言われたわ」
「わからないけどわかっちゃう私が嫌だ……」
「じゃあガトリングはなしで、スナイパーライフルだけ造ってねーってお願いしたのよ。そしたら、何か要望はありますか?って」
「要望?」
「そうそう。私もよくわかったんだけど、なんか銃の型?とか射程?とか威力とかいろいろ、鼻息を荒くして聞かれたわ」
「そんなのあるんだ……」
「らしいわよ。まぁ、私には何でもいいし、銃の型とかどうでもいいからお任せしたんだけどね。黒光りしてるもんは大きけりゃいいってわけでもないってことよ」
「どういうこと?」
「なんでもないわ。それでね、これがまたおもしろい話で。造り上げたら報酬に何をいただけますか、ってあの子達が言ったのよ」
「珍しいね……。あの子達、研究の虫で物欲とかあまり無いのに」
「そうなのよ。じゃあ豆をぶつけてあげるわって言ったんだけど、皆喜んでたわ」
「豆をぶつけられて喜ぶって……」
「全力がいいか、加減をしてぶつけて欲しいか、どっちがいいって聞いたのよ」
「まおちゃんの全力って……豆か、あの子達の身体のどちらか耐えれないんじゃ……?」
「そう思って聞いたのよ。そしたら、豆のほうはご心配なく。耐魔、耐火を施したカボチャのように、衝撃に強い豆を造ることも可能なので、ですって」
「耐魔、耐火って……」
「そう、パンプキンさんよ。あれも結構デタラメな産物だからねぇ。焼けない植物。人によっては喉から手が出るほど欲しがるでしょうねぇ」
「でも、そんな衝撃に強い豆って……」
「即造ってたわ。どうか魔王様の全力でこの豆を私めにぶつけてください、って。あなたが死んじゃうかもしれないわよ?とは言ったんだけど、魔王様の愛……もとい豆を一身に受けられぬ肉体など不要。その時は魔王様への愛がその程度だったと、自らの生涯を終えるまで、なんてガッチガチの、あなた絶対研究者じゃないでしょ、って肉体した子が言ってたのはさすがに私もドン引きしたわ」
「重い!話とか愛とかいろいろ重い!豆をぶつけるだけなのにっ!」
「とりあえず、全力が欲しいというので、全力で豆をぶつけました」
「優しいのか優しくないのかわからないっ!」
「欲しい、欲しいと欲しがるものを与えるだけの優しい親のような上司になるつもりはありません。
欲しがるのならば、それのためにどこまで、どれだけ頑張れるのかを示しなさい。
本当に欲していることがわかれば、与えてあげなくもないわ。
そうね、プライドを捨てて、涙ながらに土下座でくださいと懇願するぐらいになれば一考の余地があるわ」
「それだけしてもあくまで一考なんだ……」
なんて彼女は厳しいことを言うけれど、本当に欲していることがわかれば、与えちゃうんだろうなぁ、と思う。なんだかんだ言いながら、まおちゃんは優しいから……。
「で、その彼なんだけど、私の全力に耐えてたわ。豆も。凄いわねぇ」
「へ、へぇ……」
「まぁ、徹夜続きだったらしくて、もらった瞬間に気絶しちゃったんだけど、この上なく幸せそうな寝顔だって医者が言ってたわ」
「なにそれ怖い……」
「で、大変なのはここからよ。希望が通るとわかった科学部門の子達が、各々希望を言ってきてね……」
「薄々気付いてて言わなかったけど……」
「どうもうちの科学部門の子達はマゾヒストの巣窟だったらしいわ」
「やっぱりっ!」
「まぁ、待ちなさい、し―ちゃん。まだ話は続くわ」
「もう嫌な予感しかしないんだけど……」
「大丈夫。何人かがし―ちゃんに投げてもらいたいって人がいたわよ、よかったわね!
できればゴミを見るような目で、とか罵りながらという希望が多かったわ」
「嬉しいような、嬉しくないような複雑な気持ちだよ……」
「で、思い出したらあの子達し―ちゃんの性別知らないんじゃないかと思ってね」
「基本研究室に篭りっぱなしだもんねぇ……」
「案の定知らない人が結構いて、女性だと知るや否や、俺は正しかった!とかだと思ったって言ってたから、わかる人にはわかるみたいねぇ」
「そ、そうなんだ……」
私の男装もまだまだ甘いのだと思い知らされた。もっと頑張れば、見てくれるのだろうか……。
「まぁ、何人かが女性だと知ってがっかりしてたのが、科学部門の闇の深さが窺い知れるわよね……」
「それは聞きたくなかったよ……まおちゃん……」
「そんなわけで、しばらく豆を投げる日が続くわね……」
「節分の日だけじゃ終わらないんだ……」
「まぁ、全力でもいいらしいから、ストレス発散だと思って加減なしでぶつけてやりましょ」
「う、うぅん……」
それでいいんだろうか……。
「さて、そろそろ疲れたし切り上げましょうかねぇ」
まおちゃんはぐっと背伸びをすると、人並み以上の豊満な胸が反り、より主張される。
その仕草に同性ながらも、色気や色香を感じ、思わず視線を逸らす。
「あ……。そういえば、私の方からも話があってね」
「ん、なぁに?」
まおちゃんは早速椅子に腰掛け、可愛らしく首を傾げている。
「実はこれ。最近お仕事が忙しいみたいだから、疲れたときにでも、って作っておいたの」
「あら、これは……チョコレート?」
「うん。甘いの、好きでしょ?」
「し、し―ちゃん……ありがとっ!大好きよ―!」
まおちゃんが再び椅子から立ち上がり、抱きついてくる。
チョコレートの甘い香りと共に、まおちゃんの香りが漂う。
――ちょっと、ううん、かなりドキッとした……。
わかっている、大好きなのは甘いチョコレートだ。
「でも、いつ作ったの?」
「ついさっきだよ。昨日、街に買出しに行ったらバレンタイン一色だったからつい何か作りたくなっちゃって」
そういえば、私が作っている時、調理場にはケモミミちゃんもいたっけ。
不気味に笑いながら、一心不乱で鍋をかき回してて、ちょっと怖くて声をかけられなかったけど……。
普段料理をしないケモミミちゃんが一体何を作ってたんだろ……。
「む、むぅ……普段ならバレンタインなんて!と一蹴するところだけど、し―ちゃんの手作りチョコが食べれるなら許すのもやぶさかではないわ……」
「言ってくれたらいつでも作るのに」
「でも、面倒じゃない?」
「慣れたらそんなことないよ―。凝ったものなら手間も時間もかかるけど、これはトリュフだから」
「トリュフって結構手間かかるイメ―ジなんだけどねぇ……」
「あ、あはは……。まぁ、召し上がれ」
私が促すと、まおちゃんが目を閉じて口を開ける。
こ、これは……!
私が硬直しているうちに、まおちゃんがしびれを切らす。
「あら、食べさせてくれないの?」
そういいつつも、まおちゃんは口を開いたままで……。
「え、ちょ、ちょっとだけ待って!」
深呼吸、深呼吸。
「ふぅ―……いくよ、はい、あ―ん……」
「あ―ん……」
トリュフを一つだけ摘み、まおちゃんの口へと運ぶ。
桃色した舌の覗ける口の中へと、トリュフをそっと置く。
すると、指を引っ込める間もなくまおちゃんの口は閉じられ、私の指ごと咥えられる。薄く見えても、しかと肉感を感じる、艶やかな唇に指が挟み込まれる。指先に彼女の熱を感じる。
「ま、まおちゃ……ひゃっ」
抗議の声をあげる前に、指先にぬるりと温かく湿った感触。押し付けられたそれは緩やかな速度で、丁寧に指先を舐め上げる。
慌てて指を引っ込めるが、まおちゃんは気にした素振りも見せず、何を舐めたかもすらわかっていないようだった。
引っこ抜いた指からはごく僅かな唾液が付着し、滴る。
意図せず、生唾をごくりと飲み込む。
――い、いけないっ、変なこと考えちゃ……!
「ん―……やっぱりし―ちゃんのチョコレ―トが一番ねっ!」
「あ、ありがと……。もうっ、私の指ごと咥えないでよっ」
まおちゃんはご満悦の様子で、褒めてくれるのは嬉しいけど、正直私はそれどころではなかったりする。
「あら、ごめんなさい。ついいつもの癖でココアパウダ―まで舐めちゃうのよねぇ」
「も、もう、汚いとだめだから……」
「あら、意地汚いなんて失礼ねぇ」
私は咥えた指が汚いかもしれない、という意味を込めていったのだけれど、まおちゃんには違う意味で伝わっていたようで。
「でも、し―ちゃんの指が汚いわけないでしょ?とっても白くて、それこそ白魚のような指ってやつね!」
撤回。聡い彼女は、私の言葉の意味をきちんと理解していた。うえで否定する。
まおちゃんはふんすっと誇らしげに鼻息を上げる。巧く例えられたと喜んでいるのだろうけど、またしても私はそれどころではない。
私の指が汚いわけがない。そう言った彼女に嘘偽りは見られなくて。そう言ってくれたのがたまらなく嬉しくて。
やはり彼女なら、私の全てを許容してくれるのではないか。私のこの想いさえ受け止めてくれるのではないかと、彼女の寛容さに甘えてしまいたくなる。
だけど、私のこの気持ちは歪んだものだ。彼女が私と同じ気持ちだとは限らない。
私の『好き』が彼女の『好き』とは限らない。
私はずっと、まおちゃんのそばに居たい。家族として、従者として。そして、恋人として……。
胸がモヤモヤする。
「ん―、やっぱりおいしいわぁ。し―ちゃん、早く次をちょうだい?」
再びまおちゃんは目を瞑り、チョコレ―トをねだる。
もし、彼女が私の気持ちを知っても、今のような関係でいてくれるのだろうか……?
もし、彼女に拒絶されたら。そう考えただけで、チョコレ―トを持つ指が震える。
「ねぇ、し―ちゃん……?」
待ちくたびれたまおちゃんの声が聞こえる。
――早くしないと……!
そう思っても、身体は恐怖に震え、動かない。
もし彼女に拒まれたら。そう思っただけでこんなに怖いとは思わなかった。
「し―ちゃん……?」
まおちゃんの不安げな声が聞こえる。いけない、早く動かないと。頭の中で冷静な自分が警告する。だけど、相変わらず身体は一向に動かなくて。
突如、扉がばんっと勢いよく開かれる。
そこには見慣れぬ姿の、見慣れた娘。底の深い鍋を抱えた、エプロン姿のケモミミちゃんだった。
「で―き―た―にゃあああぁっ!」
開口一番。大声で叫ぶ。
「ちょっ、ケモミミさんっ、危ないですってっ!」
ケモミミちゃんに隠れて見えないが、どうやら後ろには後輩であるビアンカちゃんもいるようだ。
「にゃ?なんだかみょ―に甘ったるい臭いがするにゃっ!まぁた二人でイチャイチャしてたにゃ?」
ケモミミちゃんは、そう言いながら鼻をひくつかせる。
「イチャイチャって……。それに、この臭いはチョコレ―ト、ですか……?」
ビアンカちゃんも、同じように鼻をひくつかせ、すぐさま臭いの正体を言い当てる。
「あら。ケモミミちゃんにビ―ちゃんまで。正解、し―ちゃんのお手製チョコレートよ。良かったら、食べる?」
「わ。いいんですか?」
「勿論よ。ね、し―ちゃん?」
まおちゃんはちょいちょいと手招きする。
「え、う、うん……」
「にゃんとっ。執事様もチョコレ―トを作っていたにゃっ!?先を越されたにゃっ!」
ケモミミちゃんは驚き、落ち込む。
何事かと思えば、彼女の持つ鍋からは甘い香りがし、覗き込めば、そこには大量のホワイトチョコレ―ト。
ドロドロに溶かされたままの。
「え、えっとケモミミちゃん、その鍋の中のは……?」
「チョコレ―トにゃっ!魔王様にぶっかけて……間違えたにゃっ。食べてもらおうと思ってにゃっ」
「何か今すごいおかしな言葉が聞こえた気がしたのだけれど……」
「気のせいにゃっ!」
「それで、なんでホワイトチョコレートで、なおかつ未だ湯気がたってるのかしら……?」
「白は黒によく映えると聞いたにゃっ!熱くないと気持ちよくにゃ……なんでもないにゃっ」
先程から聞けば、ケモミミちゃんはおかしなことばかりを口走っている。
これも最近、まおちゃんがしつけと称して、ケモミミちゃんにおかしなことばかりをしているからかもしれない。
「はぁ……。傷が残るようなことはしません。ぶっかけません。いいから、こっちへいらっしゃい」
「あ、は―い」
まおちゃんの言葉に、ビアンカちゃんは素直に頷き、小走りで近寄る。
そして……
「はい、あ―ん」
「え?え?い、いいですよっ、そんなっ、恥ずかしいですっ」
「あら、何よぅ、私からのチョコレ―トが食べれないっていうの?」
「い、いえ、そういうわけじゃ……い、いただきます」
「こぉら、違うでしょ?はい、あ―ん」
「あ、あ―ん……」
まおちゃんはビアンカちゃんにもあ―んをさせ、ビアンカちゃんは照れながら、渋々と言った体で受け取りながらも、咀嚼する顔は笑顔で、まんざらでもない様子だった。
やっぱり、まおちゃんは誰にでも優しく、誰からも愛される人だ。
そんな人が、私一人を見てくれるわけもなく、私だけを愛してくれることもない。
「あ、あ、あ―っ!ビッキーだけずるいにゃあっ!にゃあも魔王様からあ―んされたいにゃあっ」
「ちょっ、ケモミミちゃん危ないから走らないのっ」
「そ、そうですよケモミミさんっ。こけたりしたら大変ですよっ!」
「にゃははははっ!ビッキーにゃあるまいしっ、何もないところでこけるわけ……あ」
「「あ……あ―!」」
ずるっ。バシャンッ
「あっついにゃあぁっ!?あっ、でもちょうどいい温度でちょっと気持ちいいにゃあ……」
「ちょっ、馬鹿なこと言ってないでっ!大丈夫、ケモミミちゃんっ!?」
「あ、あわわ……け、ケモミミさん、だ、大丈夫ですかっ!?ど、どうしましょっ」
そうだ。
まおちゃんは特別であっても、私は決して特別なわけではない。
それでもいい。
特別な人間になりたいわけじゃない。
ただ、彼女の。まおちゃんの。
特別になりたいわけじゃない。愛されたいなんておこがましいことはいわない。
「ビ―ちゃんはケモミミちゃんをお風呂場へっ!水で流してあげてっ!し―ちゃんは氷水の準備っ!」
「は、はいっ!ケモミミさん、行きましょっ!」
「そんなに熱かったわけじゃないし、そんにゃに騒ぐことないにゃあ」
「頭からかぶったのに、何言ってるんですかっ!いいから行きますよっ!」
「はいはいにゃあ……」
「冷水で流すのよ―!」
「「は―いっ!」」
「さて、し―ちゃん。氷水の準備をしてあげて」
嘘だ。
私はまおちゃんが大好きだ。
私もまおちゃんに大好きだといわれたい。想われたい。
彼女にあ―んをされたい。彼女に色々してもらいたい。
彼女の特別でありたい。
頭の中で何度も自問自答を繰り返す。
私が彼女にとって何なのか、何でありたいのか。
彼女との関係性を求め続ける。
従者でありたい私と、恋人でありたい私。
何度も、何度も。
「し―ちゃん……?」
再び、不安げな声が私を現実へと、呼び戻す。
「あ、ごめん……。なんだった?」
「いえ、氷水の準備をしてあげて欲しいの」
「あ、うん、わかったよ。ちょっと待っててね」
「し―ちゃん……?どうしたの?ちょっと様子がおかしいわよ?」
そう尋ねる彼女の表情は、不安そうで、どこか脅えているようにも見えた。
私の身を案じてくれているのか。ケモミミちゃんのやけどが心配なのか。
「そんなことないよ。いつも通りだよ」
「あなたがそう言うのならいいけど……。くれぐれも無茶をしないこと。いい?」
そう言って、彼女は笑う。
いつものように、良き上司として。良き魔王として。
「うん、ありがと、まおちゃん」
私は答える。
魔王の従者、執事としてではなく、まおちゃんの親友、し―ちゃんとして。
私は一人、部屋を後にする。
私のこのまおちゃんへの想いは、きっと歪んでいるものだ。
彼女に拾われ、家族同然に育ててもらい、愛を注がれた。
時として彼女の母として。時として彼女の姉として。時として彼女の妹として。
でも、今ではそれでは嫌なのだ。
もっと彼女と親密になりたい。女同士だからと拒まれるかもしれない。
それでも、私は彼女と恋人になりたいと願う。
もし、彼女の言ったように、私が彼女を欲しがれば、一体どれほど渇望をすれば、彼女は私に振り向いてくれるのだろう……?
もし、彼女を私のものにしようとするならば、私は一体、何をすれば……。
久々に徹夜突貫
その場のノリがあまりにも多すぎるので後日修正確実
一体私はこの作品をどうしたいんだ……!(迷走




