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月と五芒星  作者: ちまだり
第三話「終焉の門を開く者」
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(承前)22 公園の惨劇

22 公園の惨劇


挿絵(By みてみん)



 ぐわっと開けた口ら鋭い牙と赤い舌を覗かせ、ヘルハウンドが襲いかかってくる。

(……!)

 激痛に耐えつつ、美凪はとっさに天火明命アメノホアカリを上段に構え直すが――。

「よそ見してんじゃねーヴォケ!」

 背後から膝の裏に蹴りを入れられ、大きく体勢を崩した。

 ほぼ同時に、魔犬のあぎとが刀の柄を握る右手の前腕に食らいつく。

 ぶちっ。ごりっ。

 刃物のような牙が肉に食い込み、骨を砕く鈍い音。

「うあぁああ!?」

 腕から力が抜け、魔具の刀を地面に取り落とした。

 すかさず前に回り込んだ雪穂、いやヴァニタスのマスカがそれを拾ったかと思うと、無造作に放り投げる。

「物騒なオモチャは取り上げとかなくっちゃねぇ」

 ニヤニヤ嗤いながらいうマスカの言葉は、殆ど美凪の耳に届いていない。

 丸腰になった撃退士の少女に容赦なくヘルハウンドが噛みつき、周囲を取り巻く3体のリビングデッド――愛央、紗佳、弥里は両手の間に闇の気を練り、砲弾のごとく撃ち込んでくる。

 美凪は体内のアウルを活性化、防御を上げて必死に対抗したが、いかんせん魔具を奪われた状態では反撃さえままならない。

 蓄積するダメージに耐えきれず、地面にくずおれるのにそう時間はかからなかった。

「おっと! おまえたち、その辺にしときな。まだ殺すんじゃないよ」

 マスカの命令を受け、ディアボロたちは攻撃の手を止め一歩引き下がった。

「……うぅ……」

 仰向けに倒れた美凪の儀礼服は無惨に引き裂かれ、所々むき出しになった白い肌と対照的な赤い血が彼女の全身を染めている。

 一般人ならとうに絶命しているほどの重傷。

 だが美凪の瞳はまだ強い光を宿し、辛うじて頭を傾けキッとマスカを睨みつけた。

「……きほ……こに……」

「はぁぁ? 何いってんだ? 聞こえねーよ!」

 片手を耳に添え、わざとらしい身振りでマスカが聞き返す。

「雪穂を……どこ……に……」

「ああ、こう言いたいわけね?『本物の雪穂を何処にやったか?』って」

 にたぁ~っと底意地の悪い笑みを浮かべ、マスカは美凪の顔を覗き込んだ。

「もういねーよ。ってか、とうの昔にくたばってるし」

「!?」

「おまえら人間は、2ヶ月前に失踪した小野崎菜穂子が最初の『犠牲者』だと思ってるようだけどねぇ、実はその前、一番最初に私が拉致ったのが広瀬雪穂。そのあとあの子にすり替わったのもこの私。老若男女どんな人間にも化けられる変身能力がこのマスカ様の能力ちからなのさ。分かったか?」

「ま……さか……」

「おいおい、こんだけ説明してんのにまだ理解できねーってか? はっ! 撃退士のクセに頭わりー女だな。身長と胸に栄養回し過ぎじゃね?」

 歩み寄るなり、マスカは学生靴の片足で美凪の胸を乱暴に踏みつけた。

「おまえらが転校生のフリして大津見高に来た日――あの時もう本物の雪穂は死んで、私がおまえらの相手をしてやってたんだよ! おかげでばっちり監視できたしな」

「……」

 全身を苛む痛みすら忘れて、美凪は呆然と目を見開いた。

 転校初日、剣道部の稽古の後で初めて言葉を交わし、ハンバーガーショップでは親友の死に涙していた心優しい少女。

 今朝遅刻した自分の身を我がことのように案じてくれ、昼休みには一緒にお弁当を食べ、今夜この公園まで語り合いながら一緒に歩いてきた。

 これまでに目にした雪穂の表情や言葉、その一つ一つが脳裏に甦る。

(あれは全部演技だった? 騙されていたのか……ずっと)

「何だよ、その鳩が豆鉄砲食らったようなツラは?」

「くっ……卑劣な……!」

「寝ぼけてんのか? お行儀のいい剣道の試合やってんじゃねーんだよ。卑怯もへったくれもあるかい!」

「……」

「っと、そうそう。もうひとつ教えてやるよ」

 両手を腰に当て、得意満面の顔でマスカが告げた。

「あんた、確か駅前のビルでグールを倒したよな? あのグールの『素体』は広瀬雪穂の死体。まっ、あの子の学生証やら何やらは私が使うせてもらうワケだから、偽装工作も兼ねて所持品だけ小野崎菜穂子のとすり替えといたんだけどさ」

「――!」

「あんたさぁ、確か『キミは命に代えても守る』とか言ってたけど。自分がぶっ殺した相手をどーやって守るつもりだったの? いやーマジ笑えんだけど。ひょっとしてギャグのつもり?」

(…………)

 美凪は固く目を閉じた。

 今まで受けたどんな攻撃より、マスカの言葉の方が遙かに彼女の胸を抉り、心を痛めつけてくる。

 せめて耳を塞ぎたかったが、ヘルハウンドに両腕の骨を噛み砕かれた状態ではそれさえかなわなかった。

 ふいに何者かの片手が、みぞおちの辺りに押しつけられる感触。

 次の瞬間、心臓をつかみ出されるような衝撃と苦痛に全身を痙攣させた。

「ぐああっ!?」

「――ちっ。やっぱりダメか。セルセラ様の言うとおり、並の冥魔じゃアウル行使者の魂は抜き取れないってわけかい」

 立ち上がったマスカが忌々しげに舌打ちする。

「あと1人分だってのに、面倒くせぇ……ま、そっちは別を当たるとするか」

(……あと1人分?)

 内心で訝しむ美凪をよそに、マスカは配下のリビングデッドたちに何事かを命じた。

 今やディアボロの生ける屍と化した2人の女子高生、愛央と紗佳が美凪の両腕をつかみ、外見からは想像もつかぬ怪力で強引に引きずり起こす。

 辛うじて立ち上がったものの、両脇からがっちり押さえつけられ、殆ど身動きが取れない。

「……無駄だ」

 美凪は歯を食いしばり、気力を振り絞って眼前のマスカを睨み付けた。

「私を殺しても、まだ仲間がいる……もう逃げられないぞ、貴様らも」

「どうだかねぇ?」

 マスカの片手に細身の短剣が召喚された。

 さっき美凪を背後から刺した、同じ魔具だろう。

 さらに2本、3本、4本――。

「昔さ、こんな玩具があったっけ」

 次々増える短剣をトランプのカードのごとく広げ、マスカは唐突に話題を変えた。

「?」

「樽の中に海賊の人形がはまっててさぁ。で、プラスチックのナイフを1本ずつ樽に刺してくワケよ。で、『当たり』に刺さったら海賊がポーン……ってね♪」

 両目を三日月のごとくニタリと細め、口の両端を吊り上げて残酷な笑みを浮かべる。

 その顔は生前の愛くるしい雪穂そのままだが、表情だけで同じ人間がこうも変われるものか――と疑いたくなるほどの不気味さだった。

「あれ……一度やってみたかったんだよね。リアルの人間で」

「や、やめ――」

 次の瞬間、右足の太腿に深々と刃を突き立てられ、美凪は悶絶した。

 続いて腹に。左肩に――。

 心臓のように致命的な急所はわざと避けながら、ジワジワと1本ずつ、体の各所に短剣を突き刺して行く。

「ぐぅぅ……っ」

「やめて欲しい?」

 ふいに拷問の手を止め、マスカが美凪に顔を寄せ囁いた。

「そういや、あんたの仲間って今どこにいるのさ?」

(――!)

「それ教えてくれれば、これで勘弁してやってもいいよ? まあ折角オトモダチになった仲だもんねぇ」

 美凪もようやく気付いた。

 マスカはただ自分をいたぶって楽しんでいるわけではない。

 彼女もまた、他の撃退士の居所を探ろうと内心焦っているのだ。

「白状すれば解放する」などといってるが、もちろん嘘だろう。

 その場で自分は殺される。そして次に狙われるのは負傷が癒えたばかりのラティエル。

(それだけは、させない!)

 逆に今夜一杯時間を稼げれば状況は逆転する。

 奴の「主」を特定した光騎が久遠ヶ原から戻ってくるからだ。

 そして悪魔の隠れ家さえ判明すれば、増援の撃退士たちも――。

「あんただってまだ死にたかないでしょ? 止めるなら今のうちだよ?」

 美凪の答えは既に決まっていた。

 残り少ないアウルを全身に巡らせ、可能な限り生命を回復させる。

 ――耐えてやる。

 たとえこの場でどんなに痛めつけられ、嬲りものにされようとも。

(1時間、1分、1秒でも長く生き続けてやる……それが今、私にできる唯一の戦いだ!)

「で、お答えはぁ? 美凪サン♪」

 間近に迫ったマスカの顔に唾が吐きかけられた。

「舐めるなよ……人間を、久遠ヶ原学園の撃退士を!」

「……」

 マスカの顔から笑いが消え、ゆっくり美凪から離れる。

「バカな女……私を本気で怒らせたね」

 短剣の1本を振り上げるや、美凪の右胸――制服を押し上げる柔らかな膨らみにズブリと突き立てた。

「ああぁああああぁあああ!!!」

 顔をのけぞらせ、身をよじって絶叫を絞り出す美凪。

 溢れ出す血が体を伝って流れ落ち、足元に血溜まりを広げていく。

「ギャハハハハハハハ!!」

 壊れたような哄笑と共に、マスカはさらなる苦痛を与えるべくグイっと短剣の柄を捻る。


 三日月の冷たい光の下、いつ明けるとも知れぬ長い夜が始まろうとしていた。


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