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I Have EyeS


 コン、コン、コン。

 ――またか。

 うんざりだ。こんな夜中に度々。
 何があるかは分かってる。分かっていながら、俺は一応布団から這いずり、腰を上げドアの方へと向かう。
 小さなドアスコープ。たぶん今日も、そこにいる。俺はスコープの先を覗き込む。

 ――はい、はい。その遊びにはもう飽きたよ。

 飽きた、遊びだ。その言葉で済ますには度が過ぎるとは思う。だがそれだけなのだ。かなり気味は悪いが、それ以上の害はない。

 ドアスコープの向こう側から、今日もヤツの目玉が見えた。






 そりゃもちろん、初回からこんなにあっけらかんとしていたわけではない。
 転勤が決まり、新たに住み始めたアパートの一室。俺の部屋は二階の203。全部で十部屋程度の小さなアパート。中の中。立派でもなければしょぼくもない、男一人が暮らすだけなら十分なスペース。毎日の仕事に疲れながらも、それなりに今の生活には満足していた。

 コン、コン、コン。

 そんな平和が唐突にかき乱された。
 深夜。住人が寝静まった時間に、部屋のドアが叩かれた。聞き間違いかと思った。一瞬夢の中かと思ったが、だんだん覚めていく頭がその音が現実のものである事を認識した。何度かドアを叩く音が聞こえたが、しばらくするとそれは鳴り止んだ。

「誰だよ……」

 苛立ちながら俺はドアに向かい、ドアスコープを覗いた。

「ん?」

 まだ眠りから覚めきっていないせいか、自分が目にしているものが最初何なのか良く分からなかった。
 ただまず、スコープ越しに見えるはずの外の景色が見えなかった事を不思議に感じた。代わりに見えたのは、黒い点。そしてその周りを囲む白だった。

「……んだよ」

 よく分からない俺は理解を諦め、明日の仕事に必要な休息を優先して再び布団へと戻った。

『現代人は日々の生活で眼に疲労を与える要素がとても多いです。パソコンやスマホ。特にスマホが当たり前の生活になった今、人々が抱える眼球疲労というものは相当なものです。その為、日々眼を労わる努力を――』

「目ねえ。確かに視力落ちてるなー」

 眠りにつき、昨日の事などあまり気にも留めず、朝のニュースをぼーっと眺めながら、コンビニで買っておいたおにぎりをむしゃむしゃと貪っていた。

「目……」

 瞬間、脳にバチっと電気が走った。

 ――ちょっと待て。

 昨夜俺が見たもの。黒い点。囲う白。あれは――。

 ――目玉?

 思わずばっとドアの方を振り向いた。しばらくそのまま動けなかったが、やがてそろーっと立ち上がり、ドアの方へと歩み寄った。
 まさか、まさかな。そう思いながら、恐る恐るドアスコープを覗く。

「……」

 そこには何もなかった。

「ふう……」

 息を吐く。
 ただ安心はない。あの夜俺が見たもの。あれは夢か。それとも現実か

 現実だとしたら、あれはなんだ?





 コン、コン、コン。

 初めて目玉を見たおよそ一週間後。また深夜にドアがノックされた。その時は運よくというか、まだ眠りについていなかった。
 あの日見た目玉が瞬時に頭の中に浮かんだ。直感的にヤツだと感じた。
 のそりのそりと、ドアの方へ向かう。意識は覚醒している。
今この時は間違いなく現実だ。もし、あのドアの先にあるものが本当に目玉だとしたら。俺はこの現実をどう受け止めればいいのか。
 何もなければいい。そうすればあの日見たものを自分の中でなかった事に出来る。そう祈りながら、スコープを覗いた。

「っは……!」

 声にならない悲鳴と共に、俺は勢いあまって後ろに倒れこんだ。

「……なんだよ、なんだよおい」

 祈りは踏みにじられた。黒と白。あの時と同じものが、そこにあった。

「冗談だろ……」

 それでもまだ俺は間違いを信じられなかった。それなりに大変ながら平和で平穏な日常を過ごしてきたのに、こんな事があってたまるか。
 もう一度、ドアを覗き込む。
 先ほどと同じ目玉が、微動だにせずそこにあった。

「……うぇ……」

 直視を続けられず、俺はその場にうずくまる。
 目だ。間違いなく。黒と白。そして今もう一度見て分かったのは、白の中にいくつかの細く赤黒い線が見えた。
 身体がぶるぶると震えた。分かった。俺が見たものは目だ。それは分かった。

 ――なら、この扉の先には何がいる?

 俺はがくがくと震える身体を壁に這わせながらなんとか立ちあがる。そして台所にある包丁を手にとった。
 危険信号が身体の中でガーガーと喧しく鳴り続ける。
 ドアノブに手を伸ばす。
 開けるのか? 俺は本当に。
 開けれるのか? 覚悟は出来ているのか。
 待て、一気に開ける必要はない。落ち着け。俺はドアチェーンだけはそのままにし、鍵だけを音が響かないようにゆっくりと回した。
 カチリ。
 開いた。
 音は抑えたつもりだったが、向こう側に開いた事は伝わっただろうか。

 ――よし。

 ドアの前に屈みこみ。ゆっくりとドアノブを捻り、前へと押し出す。
 ぎぎっとドアが前に開いていく。ほどなくして、ガッとチェーンロックによってドアの動きが止まる。
 屈んだまま開いた隙間から外を見る。

 ――いな、い……?

 限られた視野の中に、人の気配はなかった。だがこれだけでは確信には至らない。いくらでも姿を隠す事は出来る。

 ――やるしかないか。

 深呼吸。覚悟を決める。俺は片手でチェーンロックを外す。もう片方の包丁を握る手に力がこもる。

「ふう、ふう」

 心拍数があがる。今にも爆発しそうな鼓動。

 ――よし、行くぞ。

 身体を後ろに引きながら俺はついに、勢いよくドアを開いた。

「ふう、ふう、ふう……ン」

 いない。誰も。

 ――よ、良かった。

 俺は開いたドアを閉める。もちろん鍵もしっかりかける。緊迫感から解放された途端、足の力が抜けその場にへたりこんだ。

「なんなんだよ……マジで……」

 どこからも答えは返ってこない。理解不能の唐突な訪問者。
 転勤してきて間もないというのに、こんなトラブルに巻き込まれるとは。

 ――……とりあえず、寝よう。

 疲弊しきった身体と心をひきずり、俺は布団に倒れこんだ。
 疲れ切っているはずなのに、俺はその日眠る事が出来なかった。

 これが、ヤツの二度目の訪問だった。




 あの日で終わりではなく、ヤツは度々やってきた。訪問間隔は決まっていないが、およそ一週間から二週間に一度は現れた。その度そこには目玉があり、しかしドアの先には誰もいなかった。
 まず大家に相談した。しかし、入居段階で既に感じ取っていた事だがここの大家は見るからに適当そうで雑な口調がその印象を更に強くした。そしてそれが間違っていなかった事もこの時はっきりした。

「大の男が何ビビってんだ。そんなの無視すりゃいい」

 一ミリも頼りにならない大家の事は、そこで早々に見切りをつけた。
 次に警察。と思ったが、ストーカーなどでもそうだが警察は実害がなければ動かないと聞く。実際俺に起こっている事は、深夜にドアをノックされスコープを覗かれる、“だけ”なのである。相談した所でせいぜい見回りを強化しますぐらいだろう。

 ならば待ち伏せをして、ノックされた瞬間に飛び出してやろうとも思った。しかし、待ち伏せをしている日に限ってヤツは現れなかった。それに俺自身、本当にすぐに飛び出せるかと言われれば、そんな勇気があるかどうかは自分でも疑わしかった。
 結果としてあの適当な大家のアドバイスが一番効果的であるというなんとも悔しい結論に至った。
 気にしなければいい。毎日のように来られれば辛いものはあるが、そういうわけでもない。まともに相手をし続ければ疲弊するばかりだが、一旦そういう対処をすると決めてしまえば、今以上の実害を被る事もなかった。

 コン、コン、コン。そして、目玉。
 考えればやはり何とも恐ろしい現実なのだが、慣れればなんて事はない。
 そんな慣れこそが、何より恐ろしいなとも思ったが。

 しかし、ヤツはそれを良しとしなかった。




「ん?」

 ある日。ノックのあった次の日の朝。玄関の下に紙が一枚落ちていた。
 A4の白紙。ドアの隙間から差し込まれたのだろうか。
 一見ただの白紙かと思ったが、裏側にうっすら黒いものが見えた。
 何か書かれている? 俺は紙を裏返した。

“ちゃんと見ろ”

 虫唾が走った。
 ぞろぞろぞろぞろ。縦横無尽に体内を這っていく。
 無視を決め込んだ俺に、ヤツはもう一歩踏み込んできた。

「マジかよ……」

 いよいよ警察に相談した方がいいのかもしれない。




 コン、コン、コン。

 ――来た。

 ヤツからのメッセージが来て数日後、夜中にまたドアが叩かれた。
 結局俺はまだ警察に相談していない。
 ちゃんと見ろ。
 その意味を把握してから、本当にヤバイようなら警察に言おうと思っていた。今日その判断を下す。
 無視によって得た平穏を、今日は捨てなければならなかった。慣れたはずの恐怖に再び晒されると、俺の身体は簡単に震えた。免疫を得たわけでも、恐怖を乗り越えたわけでもない。見て見ぬフリをしただけの俺は、何も強くなどなっていない。結局ヤツの手の上で踊らされているだけだ。
 ノックはとっくに鳴り止んでいた。久しぶりにスコープを覗く。
 目玉だ。やはり目玉。

“ちゃんと見ろ”

 聞いたこともないヤツの声が脳に木霊す。
 何を一体見ろっていうんだ。もう十分見ているじゃないか。
 俺は怯みそうになりながらも、いつもより長く向こうの目玉を見つめ続けた。
 目だ。いくら見てもそれは変わらずただの目だ。それ以上でもそれ以下でもない。
 今ドアの向こうにヤツはいる。ずっと俺と同じように、スコープ越しで俺の事を見つめている。
 とんだ変態野郎だ。途端、俺の中で初めて怒りという感情が沸き立った。
 何故こんな事をする。何故俺がこんな目に合わなければならない。

 包丁を手にした。
 ちゃんと見ろ。
 分かったよ。お前がそういうなら、ちゃんと見てやるよ。お前の正体を。
 恐怖がかき消えた。俺は驚くほど冷静に、鍵を開けた。チェーンを外した。普段出掛ける時と同じように、ドアに手をかけ、そのまま、ドアを開いた。

 ぎぃー。

「……」

 ――……なんでだよ。

 そこには、誰もいなかった。
 そんなバカな。今の今まで俺の事を見ていたのに、そんなわけがない。
 俺はそのままドアの外に飛び出し、左右に首を振る。
 いない。やはりいない。
 ドアの外は廊下と鉄の柵。逃げ道は廊下の一本しかないし、飛び降りたり慌てて逃げたりなどすれば、それなりの音ぐらいはする。だがそんな音は一切しなかった。

 間違いなく現実なのに、まるでイリュージョンだ。意味が分からない。

“ちゃんと見ろ”

 ちゃんと。ちゃんとって何をだ。

 ――……待てよ。

 ふと、何気ない思考が頭をかすめた。
 俺は開け放ったドアの方を振り向く。

「……」

 俺はしばらくドアを見つめた。そして部屋の中には戻らず、ドアに手をかけ、ゆっくりと閉じていった。
 かすめた思考が頭の中を埋め尽くしていく。

 ちゃんと見ろ。

 そうだ。俺にはまだ、ちゃんと見れていない所が一カ所残っていた。

「うわあああああああああああああああ!!」

 俺は自然と悲鳴をあげた。閉まり切ったドアを前にして、ただただ悲鳴をあげ続けた。

「うるさいぞ! 何時だと思ってんだ!」

 怒号が聞こえた。隣の住人か? 大家か?
 だが俺の悲鳴は止まらない。

 もっと早くに気付くべきだった。
 そしてやはり、俺は警察を呼ぶべきだった。
 こんな事があってはならない。
 こんな非現実的な事、絶対にあってはいけない。

 ――誰のだよ。

 前にも一度、ドアを開けた時があった。あの時も、ドアスコープの目玉を確認してからさほど時間は経っていなかったし、今日と同じように物音もなかった。なのに、ドアの向こうには誰もいなかった。多分隠れたわけでも急いで逃げたわけでもない。おそらくノックをした後、すぐにその場からは立ち去っていたのだろう。
 そしてもう一つ。
 ドアスコープ越しの目玉。今日俺は、それなりの秒数そいつを見続けた。

 ――誰のなんだよ、これ。

 だが目玉は、一度たりとも瞬きをしなかった。

 ドアの外側。ちょうどドアスコープの位置にそれはぶら下がっていた。

 誰かから引きちぎられたかのように、視神経をつけたままの目玉が、俺の部屋のドアスコープに張り付けられていた。






 夢の一人暮らし。
 大学生活を機に手に入れた俺だけの城。
 自由だ。俺は自由だー!
 ここから俺の充実した順風満帆なキャンパスライフが始まる。友達いっぱいつくって、彼女もつくって、そして俺の部屋に来るようになって、一緒にご飯を食べたり、そしてそして――。
 なんて、そう意気込んで三か月経つが、まだそんな生活は程遠い。友達は順調に出来ているが、彼女はまだ出来ていない。
 彼女欲しいなー。同じ学部の夏希ちゃんとかいいよなーかわいいよなー。付き合えないかなー。
 そんな事を思ってたりするのだが、一つ気になる事がる。


 コン、コン、コン。


 たまに深夜にノックしてくるこいつ、まじウザいんだけど。
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