転生トラック激走記
突発的に頭に浮かんできた。
たぶん、俺は疲れてるのだろう。
「…………ああ、分かってる。
いつも通りにやればいいんだろ。
もちろんやるよ、これが俺の仕事だ。
けど、ちゃんと……………いや、すまんな。
分かってるとは思うんだがどうしても確認しちまう。
あんたがしっかり支払ってくれるのは分かってるんだがな」
そういって男は自嘲気味に笑った。
手にした携帯電話の向こうにいる相手は、これまで依頼の達成後に支払いを渋った事は無い。
いつも彼の持ってる預金口座にしっかりと報酬を振り込んでくれる。
「じゃあ、行ってくる。
その条件ならお安いご用だ。
適当な奴を見繕って片付けてくるよ」
その言葉に、電話の向こうから一言だけ声がかかる。
────頼むぞ。
あとは通話が切れる音が続き、電話は切れた。
男は電話を助手席に投げて、エンジンをかける。
彼の座る座席の下で振動が生まれ、登場してる機械が活動を始める。
いつも通りに動き出す自分の相棒に笑みを浮かべる。
(今日もちゃんと仕事をしてくれてるな)
物を言わぬ無機物の相棒の調子を感じ取りながら男はアクセルを踏み込む。
思い鋼鉄の塊が動き出す。
そのまま男は相棒を走らせ、人通りの多い所を目指していく。
先ほどの電話の依頼を思い出しながら。
男はトラックの運転手。
今日も愛車のトラック(四トンロング)に乗り込んで、仕事へと向かっていった。
人通りの多い道に出て来た男は、すぐに目標の発見に意識を集中させていった。
今回の依頼はそれほど難しいものではない。
特定の人物を指定したものではなく、条件に該当する者ならば誰でも良かったからだ。
だが、それだけに注意を必要とした。
条件に合致してれば良いという事は、そんな人間を自ら捜さなくてはならないからである。
そんな人間をすぐに見つけるのもなかなか難しい。
特に難しい条件を設定されていた場合は特にだ。
幸いな事に今回はそういった事がない。
(性別は男で、人生に疲れてるような奴。
年齢がそのまま彼女いない歴で、魔法使いになってるのが一番。
勤め先は最低でもブラック企業。
ニートであればなおよろしい。
親兄弟のいない天涯孤独か、さもなきゃ家から追い出された孤立無援。
青春時代は引きこもりかいじめられっ子で、中二病の黒歴史があれば最高……か)
提示された条件を一つ一つ思い出していく。
そんな人間、逆に希少価値がありそうではあった。
なかなか見つけられるものではない。
しかし、男の培って来た経験と直観は、それに該当しそうな人間を瞬時に見分けていく。
でなければプロはつとまらない。
駆け出しの頃ならともかく、それなりの実績を持つ男にとって、そういった条件に人物をかぎ分けるのは雑作もない。
ただ、そういった人間に巡り会えるかどうかだけが問題になる。
しかし磨き上げた男の職人魂は、それすらも凌駕する。
(こっちか……)
直観がそう囁いている。
提示された条件に合致する対象の位置を。
普通だったらありえないと一笑に付すだろう。
だが、男は自分の直観を信じた。
これのおかげで今まで仕事を達成できたのだ。
疑う理由は無い。
ハンドルをきり、アクセルを踏んでそちらへ向かっていく。
途中、赤信号では停車し、車線変更ではウインカーをあげ、飛び出してきたワンちゃんを引かないよう急ブレーキもかける。
ささやかな障害をものともせずに男は、乗ってるトラックを直観が示す方向へと進めていった。
そして──。
(いた)
男の目の先に条件に該当する人物が見えてきた。
見た目がどうのこうのというだけではない。
醸し出す雰囲気が全てにおいて条件に合致する事を示している。
一言で言えば『負け組』である。
学校で、職場で、人生において勝利と縁のない、負け続けの存在。
負のスパイラルという終わり泣き二重螺旋に陥った存在。
それこそドリルで地面を穿ち続けるように、タダひたすらに落ち込んでいく者。
そのまま先に進めば中心核を突き抜けて、反対側の地表に飛び出すのではないかと思うほど穴を掘りまくってる。
見てるだけでそんな気持ちにさせる何かをもっていた。
だからこそ男は、アクセルを踏んだ。
不可思議な力が働く。
どこからともなく少年(近所の幼稚園の桃組に通う五歳)が走ってくる。
まるで何かに導かれるように、その場に向かっていく。
彼自身、自分が何をしてるのか分かってないだろう。
そんな少年が、負のオーラを漂わせる男の視界に入る。
そして、トラックの前に飛び出してきた。
負のオーラ男がそれを見て驚き、少年に向かって走り出す。
横幅が過大な体型なので走るというよりは早歩きと言った方が良い。
見ているだけで滑稽な動作だった。
しかし、必死になって少年を助けようとしてるのは伝わってくる。
そんな負けオーラ男の義理人情に少しだけほだされるが、男は迷わずアクセルを踏んだ。
負けオーラ男が吹き飛ばされる。
突き飛ばされた五歳児男子は辛くも危険から免れた。
その代わりに負けオーラ男は命を失った。
トラックを操る男は、バックミラーでそれを確認し、胸の中で呟いた。
(依頼達成だな……)
男の仕事はこれで終わった。
負けオーラ男をはね飛ばし、角を幾つか曲がってすすんで行く。
法定速度を守り、交通規則を遵守しながら進む。
やがて見えてくる、この世界と別世界とのインターチェンジに入り込み、そのままアクセルを踏む。
異空間ETC搭載のトラックは、料金所をそのまま通過し、異空間高速道路へと突入した。
男は、これで仕事が完全に終わった事を実感する。
助手席の携帯電話が鳴ったのは、そんな時だった。
『ご苦労だったな』
電話の向こうの依頼人は満足そうだった。
『これでこっちも助かる』
「そうか」
短く男は返した。
仕事を完遂できたのは嬉しいが、相手の気持ちなどどうでも良い事だった。
達成した目的に見合った報酬が振り込まれればそれで良い。
男のその態度に電話の向こうの相手も気づいたのか、声から少しばかり感情を待避させる。
これが業務の為の連絡だと思い出したようだ。
『報酬はいつもの所に振り込んでおいた』
「分かった」
『今後も引き続き仕事を頼みたい。
もちろん、そちらの都合が良ければだ』
「内容に問題がなければいつでも引き受ける」
『頼もしいな。
だからこそ、こちらも依頼しやすい。
今後も頼むぞ』
「そちらの依頼次第だ」
『心得てる。
我々も最低限の道理くらいはわきまえてるつもりだ』
それはどうだろう────胸の中で男は呟いた。
だが、それを表に出すような事はしない。
『これからも頼むぞ、転生トラック屋』
そう言って電話は切れた。
危機に陥る世界は珍しくない。
超常能力を身につけた魔王が、野心に駆られた覇王が、破滅を求める邪神官が。
ありとあらゆる世界に破滅の危機が内包されている。
それらはたいていの場合、現地の者達によって駆除されていく。
しかし、中にはそれが間に合わない所もある。
そういった場合、別の世界から適切な存在を転移させて対処させる事があった。
もちろん、そうそう適した能力を持ってる者はいない。
そもそもとして、そう簡単に異世界に出向いてくれる者などいない。
いたとしても、周囲の人間が止めに入る事がある。
本人がまともな人間であれば特に。
そのため、最近は特に能力がなくても良い、という事になってきていた。
求める人物像はただ一つ。
──周囲との関係が断絶してること
消息を気にかける者のいない人間が求められていた。
それも、最低限の知識や経験、常識などをわきまえてるのが望ましい。
だから、基本的に不良や犯罪者は求められていない。
必然的に目を付けられたのが、いわゆる負け組と呼ばれる者達だった。
もちろん、能力などは無い。
無いから負け組なのだ。
しかし、そんなものは、妥当な能力を付与して送り込まれる。
魂を異世界から異世界に送り届ける事が出来る超常的な存在にとって、それくらいは雑作もなかった。
あとは、適した存在に一旦死んでもらうだけである。
転生トラック屋────。
いつの頃からか発生してきた存在である。
転生させたいが、簡単に死亡しそうになり者の強制的に転生可能状態(死ぬって事だ)にするプロである。
該当する条件の者を見つけ出す力と、年端もいかない子供をトラックの前まで走らせる能力を持つ。
その力を持って数限り無い転生トラック事故を起こしている。
彼等によって、即席勇者とされたチート野郎や悪役令嬢は数知れない。
しかし、異世界における様々な問題の解決は、元を辿れば彼等の力による所が大きい。
そんな彼等は、人知れず転生に貢献する。
陣地を越えた超常的存在達にとって、無くてはならないプロである。
彼等の仕事は完璧だ。
プロと呼ばれる領域に到達した者達は、まさに神業としか思えない奇跡を起こす。
男は、そんなプロの一人である。
────それは、よく晴れた日の正午。
イジメに耐えかね、学校の屋上へとやってきた女子生徒がいた。
彼女は遺書をインターネットの掲示板やブログに残し、されてきた事を様々な所に郵送した。
教育委員会に警察に、役所に人権相談関連の様々な官公庁、弁護士、マスコミなどなど。
そして、それが終わってから、最後の登校と決めて学校に赴き、屋上へと向かった。
もう迷いはない。
フェンスを乗り越え、靴を脱いでそろえ、地面に向かって飛び降りるだけ。
やるだけやったら、もう何も気力は残ってなかった。
(もう、いいよね)
誰にともなくそう尋ね、答えを聞かないまま飛び降り────ようとした。
そこに、トラックが飛び込んできた。
「え?」
ここは学校の屋上である。
道路に接続されてるわけではない。
しかし。
そんな事関係なく四トンロングのトラックは飛び降りようとした少女の横から殴り込んできた。
「うそ……」
そう呟いた言葉を最後に、彼女ははね飛ばされた。
────その後、彼女がやりこんだ乙女ゲームの世界の悪役令嬢に転生。
────ゲームとは違ったハッピーエンドに辿りつき、周囲の者達を幸せにした。
────それは人混みにあふれる電車のホームだった。
ブラック企業での仕事にキモオタ童貞という非常に分かりやすい男は疲れていた。
やられた事をまとめ、ICレコーダーなどに記録された様々な情報を、ネットや労働基準監督署やその他諸々に送った。
パソコンのDドライブも削除し、お宝の同人誌その他諸々は共通の趣味を持つ同志に提供した。
残ったものは中古同人ショップに流した。
もうこの世に未練はない。
(あとは、どうとでもなれ)
そう思って電車が入ってくる線路に身を投げ────ようとした。
しかし、入ってきたのは電車ではなく、四トンロングのトラックだった。
「え?」
線路の中を器用に進んでくるトラックの姿を目にしながら、ブラック企業社員は吹き飛ばされた。
────その後彼は、異世界における勇者になり、魔王と和解、正解を破滅に導いた元凶でるその世界の宗教団体を倒して世界を平和に導いた。
────それは自殺の名所としてしられる、とある森林地帯だった。
会社を破産させた二代目ボンボン社長であった彼は、首をくくる場所を求めていた。
幹部の裏切りによって会社と資産を奪われた。
婚約者には足蹴にされ、別の男に逃げられた。
頼りにしていた親友には一顧だにされなかった。
親戚も災難がふりかかるのを避ける為に掌を返した。
自分の周りにいた連中が、金と名声だけが目当てだと分かったのは、全てを失ってからだった。
おまけに濡れ衣まで被せられ、借金まで背負わされた。
破産に至る理由に、二代目自身の才能はさほど関係は無く、周囲が全て敵であったのが最大の原因だった。
ささやかな報復として、知りうる限りの内部情報を検察・警察・税務署・国税庁・その他諸々に送り届けた。
ネットに書き込みもした。
それらが終わってから、男は吊り輪をひっかけるのにふさわしい樹木を求めて森林へと入っていった。
(情けないな、本当に)
親が作った会社をすぐ次の代である自分が潰してしまった事。
そして、周囲の人間がどんな性根だったのか見抜けなかったこと。
それらが無性に悔しい。
しかし、今更どうにもならない事だった。
(まあ、少しは気分がすっとしたし。
これはこれでいいか)
そう思って、ロープの輪っかを首にかける。
あとはこのまま台座から飛び降りて吊り下がればよい。
「……いくぞ!」
決意を固めて飛び降り────ようとした。
そこに森林の木々をなぎ倒してトラックが走り込んできた。
「え?」
いったい何が起こってるのか分からなかった。
いくらトラックが頑丈で重量もあり、速度が出せるからといって、樹木をなぎ倒して突進してくるなどありえるだろうか?
しかし、現実とは思えない事が元二代目社長の前で起こってる。
そのトラックは、狙ったように(実際、狙っている)元二代目社長のところに突進してきた。
ドカン、という音を聞いて自分がはね飛ばされるのを元二代目社長は感じた。
(痛っ!)
彼がこの世で意識した最後の言葉になった。
────その後、彼は別世界の破綻寸前領主の所に生まれ、どうにかこうにか家と領地を立て直す事になる。
そして。
今日も転生トラック屋は走る。
新たな依頼を受けて、次なる転生者を作る為に。
今日もどこかで人生を投げた者がいる。
最初から人生に見放された者がいる。
この世から切り離された者達がいる。
だからこそ、ここではない別のどこかに行くのに制限のない者がいる。
そんな者達を見つけてはね飛ばす為。
男は走り続ける。
「────いたな」
今日も獲物……ではなく、標的を見つける。
生きてるのがつらいです、と全身で表してるような者が。
転生トラック屋は、ためらうことなくアクセルを踏んだ。
どこからともなくあらわれた幼児を、交通事故から守ろうとしてる男に向かって。
軽い衝撃をトラックから感じ、男は仕事の完遂を確認した。
どこかにある別の世界はこれで救われるだろう。
「終わったな……」
仕事が達成されたのを確信しながら男はその場から走り去っていった。
後日、男は自分の仕事が達成されたことを、預金残高で確認する。
地元の信用金庫に作った口座には、ちょっとしたサラリーマンの生涯賃金並みの振込みがなされていた。
仕事を完遂したときにだけ支払われる報酬。
それが入っているということが、仕事が達成されたことの証である。
男はそれに満足をして、通帳記入機の前から歩み去る。
金額にも確かに満足してるが、それ以上に仕事をこなした事を喜びながら。
(今度は、どんな奴を跳ね飛ばすんだろう)
まだ見ぬ転生対象を思いながら、男は歩いていく。
仕事あがりのビールと焼き鳥をどこで食おうか考えながら。
言うまでもないことでしょうが、書いてあることの真似をしてはいけません。
あくまでこれはフィクションです、創作です、作り話です。
現実に交通事故を起こせとかそういう事を推奨してるわけはありません。
そして、こういう話は他にも色々あるだろうなあ、と思う。
何番煎じなんだろう?
それでも、多少なりとも楽しんでもらえればよいのだが。
そんでもって、ブックマークとか評価点とか(以下省略
これのほかにも連載とかしてるので、そちらのほうもよろしく。