吸血姫は暴走する
「あ、がっ……!」
影。彼女に影がまとわりついている。
私の指の動きひとつで彼女の首だってへし折ってしまえる、可愛い私の可愛い影だ。
事実、彼女の仲間はすべてそうなって、彼女の足元に無惨に転がっている。残っているのは彼女だけ。
「お、お願い……お願いです、つぎ、つぎは……かならず……!」
「え~? そんなのもう良いの。私はもう、気が変わっちゃったんだから」
ミノタウロスのお肉が食べたい。彼女たちにしたお願いはこんなに簡単なものだったのに、それすら叶えてくれなかった。とってもガッカリだわ。
待ちくたびれた私のお腹は、すっかり気分を変えている。今はミノタウロスのお肉になんか、興味はない。
ぶるぶると震える彼女の頬を撫でると、濡れた感触。可愛い、泣いちゃってるんだ。
そのまま指を彼女の首に持っていって、浅く、浅~く爪を立てる。「ひっ」だって。ふふふ、おっもしろーい。カエルみたい。
「あら……?」
水の音がする。下手な紅茶の注ぎ方のような下品な音が。
視線を下に向けると、大きな水溜まりが出来ていた。あは……♪
「漏れちゃった? ふふふ、そんなに怖がらないで? 今からとってもイイコトしてあげるんだから」
「や、やだぁ! いや、いやいやいやいや! 許して……!」
「あら、そこに転がってる下品な男の子たちみたいに、首をぽきんってされちゃいたいの?」
「ひっ……」
「そうそう、いい子にしてなさい? ……もうどうせ、貴女は助からないんだもの」
最初から彼女たちのことは始末してしまうつもりだった。今の状況は、少しだけ順序が狂っただけにすぎない。
ミノタウロスのお肉を貰ってから殺すか、貰わずに殺すか。私にとってはそれだけ。
私の言葉を聞いた瞬間、小さな緑の瞳が見開かれた。震える唇が言葉を紡ごうとする。
「魅了」
命乞いであれ罵声であれ、食事の前に汚い言葉は聞きたくない。私は魔法で彼女を黙らせた。
名前も知らない闇商人だけど、彼女はとっても可愛らしい。女の子で闇商人だなんて、きっと苦労するでしょうに。
緑色のつぶらな瞳はとっても綺麗。赤い髪は少し痛んでいて勿体無いけど、裏稼業の人間にしてはまだ綺麗な方ね。
何よりも、私に怖がって失禁までしてしまうところがとっても可愛い。
魅了の魔法で表情から感情が失せてしまったのは残念だけど、今からとっても気持ち良くしてあげるから大丈夫。
「溺れなさい」
首筋に牙を立てて、かぶりつく。
女の子の柔らかい肌を貫くのは、いつも快感だ。男の下品な身体は刺し心地が悪い。
こぽりと溢れてきた温かな液体を、啜る。とっても甘くて、脳まで痺れる味。素敵だわ。
「あぎ、あぁぁぁぁ!?」
魅了の効果は噛みついた瞬間に終わらせてある。そうしないと、こういう反応が楽しめないから。
暴れる彼女を影の魔法で押さえ込んで、吸血を続けた。
抵抗があったのは、たった数秒。たった数秒で、彼女は自分の思考を放棄してしまう。
「あ、ひ……うふ、ふふふ……ひぁ、ひぃっ」
意味のない言葉を漏らすようになった彼女の血を、私のものにしていく。
喉を通って胃の中に落ちた血が全身に染み渡る感覚は、何度味わっても病み付きだ。
吸血鬼である私にとって、吸血は最高の快楽。私の望みを叶えてくれなかった彼女でも、きちんとお役に立ってくれる。男どもはゴミだけどね。
「あ、あぁ、んっ……あは、あひゃ……」
「んふぅ。大丈夫、ちゃんと全部吸い出してあげる……ちゅるっ、んっ」
「ひひひ……あははは……んぁ、あんっ……くふ、ひひっ」
……この子は笑うのね。
私が与える快楽で心が壊れた子が見せる表情は、大きく分けて三つ。
笑う子、泣いてしまう子、恍惚とし続ける子。この子は笑う子みたいね。
どの子もとっても可愛くて、じっくりじっくり吸い付くしてあげたくなる。
最高の快楽を最期のときまで与え続けて、愛し尽くして壊してあげるの。
「あは、あははは……きもち、ぃ……ふぁ……」
「ん……気持ちいい? もっと?」
「もっと! もっと欲しいよぉ! この気持ちいいの、もっとぉ!」
「あらあら……このままだと死んじゃうわよ? 良いの?」
「良い! 良いからぁ! もう何も怖くない! 世界、きれい! ちかちか! もっと! 死んでも良い!! なくなっちゃっても良いよぉ!!」
「うふふ……とぉっても可愛い。いい子ね。じゃあ、私のこと、愛してるって言って?」
「愛してますぅ……エルシィ様ぁ!」
「ありがとう。大好きよ」
すがり付いてくる華奢な身体をきちんと受け止めて、彼女の望み通りにしてあげる。
自分の命を投げ捨ててすべて私にくれるのだから、最期の瞬間まで可愛がってあげなくちゃね。
開いた手で身体を触れてあげると、その度に甘い反応を返してきて、とっても可愛い。ぴちゃぴちゃという音と、彼女の笑い声、そして私の吐息だけが室内を満たす。
「あ、はぅぅぅ……」
「くすくす……良いのよ、何回達しても。このままとろとろに蕩けて、無くなっちゃいましょう?」
「は、んぁっ……は、ぃぃ……」
「はん……ん、ちゅぅ……」
恋人同士のように身を寄せあって、私たちは行為に耽る。彼女は私にすべてを捧げて、私は彼女のすべてを愛し尽くしてあげる、ほんの一時の甘い行為。
少しずつ彼女の身体から力が抜けて、身体が冷たくなっていく。感じる鼓動は刻一刻と弱くなって、濃厚な時間の終わりを予感させる。
彼女は残り少なくなっていく命を惜しむことなく、私にくれた。最期まで私の名を呼んで、愛してるって囁いて。
私はそんな彼女がたまらなくいとおしくて、一滴も残さず吸い付くした。か細くなっていく鼓動の全部を、永遠に私のものにした。
「ぷは……すっかり干からびちゃったわね……大丈夫、とっても綺麗よ……」
物言うことを止めた彼女の頬にキスをして、私は彼女を手放した。
瞳を閉じて、力を使う。ブラッドリーディングという、吸血鬼の持つ特別な力。
私のブラッドリーディングはそう強くはない。せいぜい数日分の記憶を掘り返すくらい。十分ね。
……どうして失敗したのか、興味があるもの。
どういう理由でミノタウロスのお肉が入手できなかったのか、一応は確かめておく。
もしも下品な男が邪魔なんてしていたら、そいつはきちんと八つ裂きにしなくちゃ……ね?
「あら……あらあらあら! なぁに、この子……!?」
記憶の中で、彼女は望遠の魔法を使ってその子を見ていた。
夕刻の木漏れ日を浴びる銀色の髪。真っ白な肌。眠そうな瞳。
軽く尖った耳と牙、赤い瞳は紛れもなく、私と同類の証。
銀髪の吸血鬼――それも、日の下を歩ける吸血鬼。
「あ、ぁぁぁ……」
一目で、気に入った。
彼女のとろんとした真っ赤な瞳。凄く可愛い。かわいい、かわいい、かわいい。
あのちっちゃな牙。舐め回したい。銀色の髪に埋まって深呼吸したら、どんなに気分が良いかしら。
小さな首に牙を突き立てて、ちうちうと吸ったらどんな顔をするの? 笑う? 泣く? ぼうっとしちゃう?
「気になる。すっごく、気になるぅ……」
きゅううう、と胸の奥が熱くなる。身体中がじんじんと痺れて、熱っぽい吐息が漏れる。
……かわいい、かわいい、かわいい!
なんなのあの子! 伝説級の日の下を歩く吸血鬼! 可愛さも伝説級だなんて聞いてないわ!
私のものにしたい。なんとしても。ううん、絶対に。
ずっとずっと探していたものが、ようやく見つかった。
彼女の銀色の髪は、きっと私の金髪によく映える。ふたりでベッドに沈んだら、どんなに絵になるかしら……嗚呼、嗚呼!
「きーめたっ!」
この子は、私の花嫁にする。
絶対の絶対に絶対。
足元に転がっている子のような一時の関係なんて勿体無い。永遠に私のものにする。私だけの、かわいいお嫁さん。
「そうと決まれば、すべての下僕に通達ね!」
血の契約で繋がった私のかわいい下僕たちに、私の心を飛ばす。私の未来の花嫁のことを。
記憶を共有して、彼女の姿を私の下僕たちの心に焼き付ける。
「聞こえたでしょう、見えたでしょう? その子を私の妻にするの。探しなさい、見つけなさい、捕まえなさい。ふふっ……味見なんてことしたら、八つ裂きだからね?」
嗚呼、どんなドレスを着せてあげようかしら。あんな野暮ったいローブなんかより、ずっとずっと似合うものを選んであげなくちゃ!
結婚記念のパーティは盛大にしたいわね。たくさんのお客様を呼ぶの。そしてお客さんたちすべてに、私たちの情事を見せつけたい。
もちろん見せるだけよ、おさわり禁止。
「ふ、ふふ……うふふ……楽しみね。とぉっても、楽しみ。……バンダースナッチ! 準備なさい!!」
愛犬に声をかけて、ドレスを揺らし。私はお出掛けと、お迎えの準備を整える。
さあ、これからとっても楽しく、そして忙しくなりそうだわ。