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お嬢様のお食事

「……ご馳走様でした」


 そう言って、頭を下げるリシェルさんの動きは気品に満ちている。自分のことをヴァレリアという家の当主だと言っていたし、やはり育ちが良いのだろう。

 褐色の長耳をぴこぴこと揺らすその様子は明らかに上機嫌で、気品のある仕草と合わせてとても絵になっている。


 けれど、そんな彼女の様子を見ても、周囲は沈黙していた。

 それは「言葉が通じなくて、彼女の食事が終わったのだと理解ができない」なんて理由ではない。僕だって言葉に困っているくらいだ。

 やがて、ゼノくんが絞り出すように言葉を作った。


「三日分の食料が……」


 そう。リシェルさんはとんでもない量の食事をひとりで平らげてしまったのだ。


 はじめは全員でふつうに食事をしていた。僕もお腹が空いていたし、魔力切れを起こしたクズハちゃんは「食事をちゃんと取るのは魔力の回復にいいんですのよ」と、いつも以上に食べていた。

 そうしているうちにリシェルさんのお皿はあっという間に空になり、彼女は言いづらそうに、


「あの、お代わりをいただけますか……?」


 言葉が通じなくても表情で察したゼノくんがすぐに追加を持ってきた。それが悲劇の始まりだった。


 三杯目くらいで、ゼノくんが微妙な顔をしながらもお代わりを出すようになった。

 五杯目で、フェルノートさんが「見てるだけで満腹になるわ」と箸を置いた。

 八杯目でクズハちゃんが食べ終わり、興味深そうにリシェルさんの食べっぷりを眺めはじめた。

 十杯目を超えたあたりで、数えるのが馬鹿らしくなったのでぼうっと眺めることにした。


 そうして今、ようやく食事が終わり、結果として出た『被害』はゼノくんいわく食料三日分らしい。あの細い身体のどこに消えたのだろう。


「……まあ、暫く食べてなかったようですし」

「そ、そうですのよ。きっと何日もまともな食事を摂っていらっしゃらなかったんですもの。たくさん食べるのも仕方ありませんわ!」


 クズハちゃんから微妙なフォローが飛んで、ゼノくんが諦めたように頷いた。

 とはいえ食事も摂り、一息もついたから、話を進めてもいいだろう。

 面倒だけど、通訳技能持ちの僕から話を切り出した方がいい。そう考えて、僕は口を開く。


「それで……彼女が言う、魔大陸ってどういうところなんですか?」

「あー……今、俺たちがいるのが中央大陸で、その周囲に海を隔てていくつか陸地があるんです。魔大陸はそのひとつで、デミ・ヒューマンの楽園と呼ばれています」

「遥か昔、まだ中央大陸でデミ・ヒューマンの人権が微妙だったころ、ある竜人が造り上げた人間ではないものたちのための場所……そう母からは聞いておりますわ」

「船旅になるわね。ゼノ、アテはあるの?」

「そうですね……魔大陸の近海は今の時期荒れやすいですから、船を出してくれるところがあるかどうか……」

「あの、船ならありますよ」


 僕の発言を受けて、リシェルさん以外の全員の視線がこちらに集まる。

 今言ったように、船なら持っている。港町アルレシャにて、領主の女好きのキノコ……もとい、サマカーさんから譲り受けた船が。

 名前はピスケス号。処分待ちしていたような型落ち商船だけど、五人を運ぶには十分過ぎるくらいの大きさだ。

 ブラッドボックスの中にずっとしまってあるものだけど、前回使ったときにどこか壊したりはしていないので、問題なく使えるだろう。


「船を持ってるって……ブラッドボックス、よね? でも、船を動かす人はどうするのよ?」

「血の契約の技能で、ひとりで動かせます」

「……忘れかけてたけど、相変わらずとんでもない技能ばかり持ってるわね」


 フェルノートさんから微妙に呆れの目を向けられる。

 この視線も久しぶりで、なんだか胸の奥が少しくすぐったい。

 懐かしさをひとまずは脇に置いて、ゼノくんに声をかけた。


「船はあります。ゼノくんさえよければ、出しますよ」

「……いいんですか?」

「恩を返すだけですから」

「それじゃあ、お願いします」

「はい、頼まれました」


 元々そのために彼を探していたのだ。今僕が持っているもので、ゼノくんのお手伝いになるなら遠慮なく使うとしよう。道具は使ってこそなのだから。

 海は荒れるらしいけど、眠っていれば船酔いすることはないだろう。

 ゆらゆらと波に揺れながら、お昼寝をするというのも悪くない。


「あの……船、とは……?」


 おずおず、という感じでこちらに話しかけてきたのはリシェルさんだ。

 彼女には僕以外の言葉が理解できない。つまり情報が断片的なので、今どんな話になっているのかが分からないのだろう。


「あなたを家に送り届けるために、海を渡る必要があるので船を使おうかと」

「……それは、申し訳ありません。本当に感謝いたします。救われた件も含めて、このお礼は必ずさせていただきます」

「お礼ならゼノくん……そこの男の人に言ってください。僕はその人に恩があって、それを返したいだけです」

「……それでも、船を用意してくださるのはアルジェ様ですよね? 結果としてわたくしの助けとなるならば、わたくしがそのことに感謝するのは道理のはずです」

「……はあ、ではご自由に」


 どうやら押しが強いというか、思い立ったら止められない人らしい。

 否定し続けるのも話が進まなくて面倒なので、好きにさせておくことにする。


「ところで、どうしてあんなふうに捕まっていたんですか?」

「……領地に侵入者が出まして。それを撃退しようとしたのですけど……人質を取られてしまって……」

「ああ、なるほど」

「隙をついて人質を逃がしてあげることはできたのですが……そのあと、厳重に縛られてしまって、どうしようもなくなっていたのです」


 そうして彼女は侵入者に捕まり、奴隷として売られるところをゼノくんとフェルノートさんに助けられたということか。

 ゼノくんの反応を見るに、ダークエルフは珍しい種族のようなので、高く売れるのだろう。

 そういうことが『正しくはないけれど、どこかでまかり通る世界』だということは、これまでの旅路で十分に理解している。


 フェルノートさんの口からは奴隷という言葉が自然と出ていたし、クズハちゃんの母親が殺された件もある。

 僕がいた世界だって綺麗とはとても呼べなかったけれど、この世界は僕の世界より少しだけ、そういうものが表面に多く出ているようだ。


「それじゃ、目的地は魔大陸ですね。クズハちゃんは……」

「もちろん、ついていきますわよ。友達ですもの!」

「分かりました。よろしくお願いしますね」


 友達だからついてくる、という理屈は未だに分からない。でもクズハちゃんは楽しそうで、納得している様子だ。彼女にとっては、それでいいのだろう。

 止める理由はない。 クズハちゃんは分身ができるし、いろいろと世話を焼いてくれるので助かっている。

 小さなことでも、積もればそれは恩だ。そのうちになにか返せるといいとも思うので、ついてきてくれるのは歓迎したい。


「サクラノミヤに戻って準備をします。……特に食料関係は、綿密に」

「そうですね。それがいいと思います」

「あと、アルジェさん。リシェルさん……でしたよね。彼女に魔大陸の特産品や、彼女のいる地域で足りてないものなどを聞いておいてもらえますか?」

「分かりました」


 商売人らしく頭を巡らせ始めながらも出立の用意をはじめるゼノくんに、僕は頷いて応えた。

 魔大陸、か。どんなところなんだろうか。お昼寝がしやすいところだと、嬉しいのだけど。


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