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76.アリスの孤城 【破壊劇場】
 踊れ踊れ、思うがままに。
 私は自由に飼われた、踊り人形。





 *





「だるああああああっ!」
 局地的な台風が襲ってきた。そんな、破壊活動を行う音が聞こえてきた。活動源は、城の一階にいるカノン・ソリティア、まだ自称夢見る乙女な年頃である。
 彼女が、そのダークブラウンのブーツで華麗にぶち壊したのは、一階に数え切れないほどある部屋のドア達。これで遂に5部屋めを使用不可能にした。
 それに飽きたらず、次の標的に脚を掛ける。
「うおりゃああぁ……っと、何すんだよレオラ。勢いが削がれちまったじゃねーか」
「待て、ストップ! やめろ! まじ止めて! カノン様、本当心からお願いします、止めてください!」
 彼女の両腕を掴んで、6部屋めの崩壊を力一杯止めるレオラがいた。それはもう必死の形相だった。哀れになるくらい必死だった。
 そんな彼に、心底疑問の眼を向けるカノン。少し離れたところに居る朝葉香は、相変わらず見ているだけだ。
「あ? なんでだよ」
「敵に見つかるからに決まってるだろうが!」
「何言ってんだ、レオラ。敵を見つけるんだよ」
 自信満々、笑顔一杯で答えるカノンに朝葉香が聞く。
「敵を見つけて、一体全体どうなさいますの?」
「うちの子に手を出したんだ。そりゃもう、アレしか無いだろ?」
「アレって何! 恐っ! オレはいままさにお前という存在が恐い!」
 これまた素敵笑顔なカノンだった。語尾にはハートマークが付いていたかもしれない。レオラが彼女の頭を力一杯叩く。体当たりのツッコミだった。
「ってか喧嘩売りに来たんじゃねーよ! あくまでシオンと、解毒剤と、朝葉香の妹の形見を取り返しに来ただけで! 出来ることなら、見つからないように行きたいの。穏便に事を進めたいの、オレは!」
「じゃあ勝手にしろよ。おれはここを木っ端微塵にしないと気が済まない」
「オレの気が済まねーよ!」
 レオラはもう半泣きだった。なんかもう、泣くしかなかった。カノンの破茶滅茶ぶりを甘く見ていた自分にビンタをしたい気持ちでいっぱいだった。 
 そんなレオラの気も知らず、カノンは両手を合わせてコキコキ鳴らす。喧嘩上等、そんな表情だった。
「よっし、次はこの部屋だな。おいコラ、出てこい誘拐犯! 又の名を強盗犯!」
「『よっし』じゃねぇ! 止めろ、この破壊犯が!」

 騒ぐ2人から少し離れた所で、朝葉香が動きを止めた。そして溜息を吐きながら後ろを振り返る。カノンとレオラはまだ言い合いをしていた。
「見つからないように行きたいのなら、静かにするべきでしたわよ、始末屋」
「ああ!? だってコイツが―――」
「先をご覧なさい、2人共。早速、見つかってしまいましたわよ?」
 朝葉香が指差すその先には、白衣のポケットに両手を入れたミス・マッドが呆れ顔で立っていた。

「あーららのらー。こんなに滅茶苦茶にしてくれちゃって。一体どういう歩き方をすれば、こんな風に廊下がぐちゃぐちゃになるわけー? なに? ここだけ台風でも通り過ぎたの? アリスちゃんに怒られても知らないわよー」
 カノン達の歩いてきた廊下を見て、マッドが言った。まさしく、その通りだった。台風でも通り過ぎたかのような廊下の惨劇に、レオラは少し納得した。
 カノンは親指を立てて自分に向ける。
「おれという名の台風が去っていったんだよ。文句あっか!」
「大有りだろうが!」
 またしてもカノンの頭を叩くレオラ。朝葉香はやっぱり見ているだけだった。
 そんな3人を、マッドは何かファイルのようなモノを取り出して、交互に見比べていた。カルテを見る医者の様な目だった。
 そしてカノンに声を掛ける。

「えっとー……そこの金髪少女」
「あ? なんだよ」
 敵に名を呼ばれ、ぶっきらぼうに答えるカノン。マッドはそんなこと露ほども気にせずに、ファイルを読み上げる。
「あんたは、街外れの便利屋、カノン・ソリティア。天涯孤独。十数年前、軍人の父が戦争により死亡。そして母にレスティナの貧民街にて捨てられる。貧民街ではシュトラス博士の息子と共に過ごす。のちに彼が死刑されてから、自身も死ぬことを決意。しかしソナチネ地方軍のジン・ソリティアに拾われ、今に至る……で、オーケー?」
「なんで……そんなこと、」
 眼を見開くカノンをマッドは無視して、今度は朝葉香に声を掛ける。
「んでもって、黒髪着物美人」
「………」
 朝葉香は返事をせずにマッドを睨み付けた。
「あんたは代理屋のアサハカ・コウヨウツキ。和国に代々続く代理屋一族、香葉月家の現当主。そして唯一の直系。任務は必ず遂行し、その仕事ぶりは人間業ではないとまで謳われる。
要人からの依頼も多く、裏町では最強と言われていた………あれ、過去形? 
んっと、なになに? 追記………ガヴォット事件のあった日以来、世外れという名の都合屋が出現し、その地位を降りることとなる……あー、なるほどねん。アリスちゃんが一緒に遊んだっていう、あの少年か」
「いまでは二番手に成り下がりましたわ」
 朝葉香が答えて、マッドはにんまり笑った。
「残念ね」
「全くですわ」
 そして次の資料を読み上げる。
「最後に、そこの頭軽そうな金髪野郎」
「それってオレのこと言ってんのか!? 頭軽そうって、オレのことか!?」
 レオラの叫びは無視して、続きを言う。
「あんたは始末屋のレオラリアナ、名字は無しっと………ん?」
 マッドが言葉を止めた。彼女の視線の先には、他の資料と違って印刷された文字でなく、可愛らしい字とイラスト付きで、何かメモされてあるのが見えた。


“名探偵コヒナタくんの一口メモ〜! ちゃらららっちゃらー!

 この人はアリスさんと同じストレインの血を継ぐ者だよぉ。
 なんでも幼少の頃は、アゲハ・ストレインっていう名前だったとか! 
 聞いてびっくり、見てびっくりだねぇ!
 だって、馬鹿そうに見えるでしょぉ?
 ぼくも写真を見たときは
「まっさかぁ〜。ストレインの生き残りぃ? 無い無い! だってこの人(以下略)」
 って思ったもん。あ、以下略の部分はご想像にお任せだよぉ。
 でも油断は禁物だからねぇ。賢い鳥は爪を隠すって言うしねぇ。
 そうそう、それよりマッドさん。
 この前話してたご先祖様への暇死んだ時の言い訳だけどぉ、ぼく、スゴイの思いついちゃったぁ! 
 知りたい? 知りたいよねぇ?
 しょうがないなぁ。名探偵コヒナタくんが特別に教えてあげよぉ!  
 あのねぇ、”


 そこまで読んで、マッドは無言でメモを破った。なんか、そう、コヒナタを殴りたくなった。
「うん。レオラリアナくんは、ここまで」
「オレだけ適当だな、おい!」
「まあまあ、そういう時もあるわよー。でも、コヒナタくんの情報に間違いは無かったみたいね」
 マッドがカノンの方を見て、またにんまり笑った。
「カノンちゃん、すっごい顔色悪そうだけど、大丈夫かしらー」
「うっせぇ、喋んな」
 カノンは精一杯の虚勢を張って、マッドに対抗した。しかし、マッドの言うとおり、決して顔色が良いとは言えなかった。握り拳が少し震えている。
 それに気付いたレオラが、ぎゅっと手を握る。知らない奴に過去を言い当てられるのは、気分の良いものではない。それが、思い出したくないことなら尚更。
「……で? これだけオレ達のことを知ってるアンタは何者だ? さっきの口調からして、リュック・コヒナタで無いことは確かだ。見た目からして大男では無さそうだし、アリスはもっと小さい餓鬼だった。するってーと、お前がミステリアス・マッドだな?」
「あいあい、その通りでござんすよーっと。おいでませ、私達のお城に。それで? 誰が私と遊んでくれるわけ? 便利屋に始末屋に代理屋。よりどりみどり、裏町弄び放題ねー」
 嬉しそうにマッドが言った。レオラが一歩前に出ようとして、閉じた扇子が上半身に当てられた。朝葉香がレオラをなんとか押さえた。
「『誰が』ということは、あくまで一人ずつ潰していこうという考えですのね? ミス・マッド」
 質問にマッドが答える。
「まあねー。私達、アリスちゃんに侵入者を仲良く分けるように言われてるから。私的には、ここで三人まとめて殺っちゃっても良いんだけどー、そんなことしたらコヒナタくんが拗ねちゃいそうだしー?」 
「なるほど。では、他の二人は何処に居ますの?」
「上の階よ。最上階にはもちろんアリスちゃんとシオンくんが居るわー。上まで辿り着けるかどうかって言うゲームみたいなものよー」
「では、」
 扇子を廊下の先へと向けて、レオラとカノンの顔を見る。
「ここはわたくしに任せて、貴方がたは先へと進んで下さいな」
「アサハカ!」
「心配せずとも、必ず都合屋の解毒剤は手に入れますわ。さあカノン、貴女はシオンを取り戻しに行ってらっしゃい。始末屋、カノンのこと頼みますわよ」
「ああ、分かった。コウヨウツキ、お前もすぐに来いよ」
「当たり前ですわ」
 走っていく二人の背中を見て、朝葉香は扇子を広げた。本当は最後まで見届けてやりたかったが、今は少しも気が抜けない状況だ。
 マッドは白衣のポケットから両手を取り出して言った。
「じゃ、私の相手はアサハカちゃんってわけねー。うんうん、申し分ないわ。かつて裏町最強と呼ばれた業者を相手になんて、そうそう出来ることじゃないものー」
「単刀直入に言いますわ。都合屋の解毒剤、シオン、そしてわたくしの大切なモノ二つを返しなさい」
「アサハカちゃんの大切なモノ?」
「香葉月家の家宝である扇子と、葉月の髪飾りですわ」
「あー…あれ、私が盗んだわけじゃないのー。たぶんコヒナタくんが盗ってきたんだと思うけどー、返して欲しいなら私をやっつけてから、最上階を目指せばいいんじゃない? アリスちゃんの部屋には、今まで盗んできた『大切なモノ』が置いてあるからー」
 それを聞いて、朝葉香の扇子が動く。
「ならば、此処でくたばりなさい。ミス・マッド」
 風が吹く、音がした。

「…んーと。私の目が狂ってないのなら、アサハカちゃんは今『扇子を扇いだ』だけよねー?」
 不思議そうにマッドが聞く。
「その通りですわ」
 朝葉香が頷く。

「じゃあさ、なんで私の白衣が、切れちゃってるわけ?」
 そう言ったマッドの白衣は、裾がズタズタになっていた。
「『扇子で扇いだ』からですわ」
 シャッ、と音をたてて、朝葉香が扇子を閉じた。
「ふむふむ。そういうわけね。アサハカちゃんの扇いだ扇子で、鎌鼬(かまいたち)が起こったって言いたいのねー?」
 鎌鼬――ただ扇子を扇いだだけで、服を切り刻んだというのか。
「どうして敵に手の内を明かさなければなりませんの? そんなの秘密ですわ」
「感じ悪ぅー。でもそういう子、大好きよ」





 *





 自由すぎることが、どれ程の苦痛か。
 そんなこと、踊ることしか知らない人形には、一生分からない。









鳴神と獅子は、時計と名探偵を目指して走り出す。


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