間奏曲 壱曲目[選んだ道の先]
ある分かれ道の真ん中に、一人の便利屋の少女が立っていました。
彼女が何故その場所にいたのか、何のためにそこへ来たのか、どうやってきたのか等は、とてもとても深い事情と長い説明が必要だったので、敢えてここではいいません。
その少女は綺麗に梳かされた金髪と蒼い目をしていました。
彼女は分かれ道の真ん中に置いてある看板を見ました。
『誰の為に生きていきますか?
右、他人
左、自分 』
どうやらここでは質問の回答によって進む道が決まっているようです。
少女は特に行くあても無いので(行く当てもないのにその場所に来たのには、きっと深い訳があったのでしょう)看板の指示に従うことに決めました。
少女は迷うこと無く左の道に進みます。
彼女にとってその選択は至極当たり前の事だったのです。
しばらく歩いて行くと、また分かれ道に出てきました。
そしてまた看板が道の真ん中にたっていました。
この場所ではその形式を崩すことは出来ないようです。
『あなたの髪は金色で、瞳は蒼色ですか?
右、YES
左、NO 』
少女は髪を撫でて、右へと足を進めました。
まあ見れば分かることでした。
黙って歩いて行くと、段々と道が細くなってきました。
そしてやっぱり分かれ道に出てきました。
看板の向こうにある道は二本とも太くなっていました。
彼女は分かれ道の決め手となっている看板を見ました。
『大切な人に会えない理由は?
右、とても遠い場所にいるから
左、もう何処にもいないから 』
少女は少し迷って、左の道に進みました。
表情は先程よりも少しだけ暗くなりました。
彼女にとってそれは認めたくない事実でした。
太い道は草木が生い茂っていました。先ほどの道よりも暗いので不安が募ります。
一体この道はどこまで続くのか。終わりはあるのか。不安は、不安しか生みません。
ふと前を見ると、視界の先に光の筋が見えたので少女は早歩きになりました。不思議と疲れは吹っ飛んでいました。
道を抜けるとやっぱり分かれ道がありました。
お馴染みの、あの看板もありました。
少女の無表情だった顔が少し引きつったように見えます。
こうも同じ展開が続くと、幾ら人間が出来ていたとしても(だからといって彼女が出来た人間かと問われればそうでもないとしか答えられませんが)飽きてくるというものです。
『幸せはどこからやってくる?
右、電話
左、ラジオ 』
少女は左の道を選びました。
看板の質問はきっと読んでいなかったでしょう。だってあまりにも抽象的すぎる質問だったというのに、少女はすぐに歩き始めたのですから。
少し歩くと、今度はすぐに分かれ道がありました。
少女は溜め息を付くとやれやれといった感じで看板を見ました。
ここへきて約十二回目のため息だったので、十二個分の幸せが彼女の元を離れたということです。
『門は何の為に在る?
右、遮断する為
左、開く為 』
少女はまた溜め息を付くと、右へと足を進めました。さっきは左を選んだから、次は右だな。そんな心情が読めてくるようです。
道は、途切れることなく奥へ奥へと続きます。
最初の方よりも大分奥へと進んできているようでした。
道は、まだまだ続いていました。
もう何時間歩いたでしょうか。
なかなか次の分かれ道が見えてきません。
というより、さっきから同じ場所をグルグル回っているような錯覚にも陥ります。
少女が疲れて座り込むと、目の前に見慣れた看板が見つかりました。
看板の向こうに分かれ道はもうありませんでした。
少女は急いで駆け寄ると、逃げるはずが無いのに看板をしっかりと握り締めました。
看板にはこう書いてありました。
『最後の質問です。
この世で本当に恐ろしいのは何?』
看板にはそれだけしか書いてませんでした。
右も左も何も書いてませんでした。答えは、選択肢によって決められていません。自由に答えろ、ということでしょう。
少女の顔が困ったように、そして悲しそうに歪みました。
少女はここへ来て初めて感情を表情に表しました。
彼女にはこの質問の答えが分かったのです。
「……それは、きっと、人間だよ」
少女が声出すと辺りが真っ白な霧に包まれて行きました。
いままで歩いてきた道も得体の知れない何かによって瓶の中に詰め込まれていくように、映像が凝縮されていきました。
懐かしい声が、聞こえる。
くらくらするカノンの頭の中で、誰かが話しているのが聞こえました。
『カノン。またお話ししてやるよ』
『えー、もういいよ。師匠のお話ってよく分かんないから。
もっと私にも分かるようなお話ししてよ』
『まあ良いから聞きなって。今度のは、とっても為になるからよ。
ヒトってのは、大抵が分かれ道の真ん中に立っているものなんだ。
そして常に右か左かのどちらかを選ばなければいけない。
真ん中? あはは、そんなのは無いよ。
右か、左か。二分の一の確率だからヒトは迷うんだよ。
どっちかが地獄でどっちかがエデンだと思いこんでいるからさ。
そんなこと誰も言ってないのにね。おかしいだろ?
どっちも地獄だってことも有り得るのにな。
……おーい。カノンー、起ーきろー。こっからが本題なんだぞ。
前置きが長いって?……うるさい。
カノン、いつかはお前も気づくだろうけど、
俺たちの周りはいつも分かれ道で溢れかえっているんだよ。
お前にはお前の、俺には俺の道がある。
きっと二人の道が分かれる事なんて、いくらでもあると思う。
右か、左か。
そのなかに正解なんて無い。もちろん間違いもないさ。
だから恐れずに、自分の進んだ道を最後まで歩け。
いいか? カノン』
そこで、意識が、ぶつりと、途切れた。
*****
カノンが目を開けると、ベットの上で横になってにいました。
どうやら、今までのは夢だったようです。
寝起きだからなのか焦点の定まらない目は虚ろで、何も写してはいません。
カノンは閉じかけた口を少しだけ開くと、ぽつりと呟きました。
「間違った道を進んでるって分かった後も、その道を歩き続けなきゃいけないのかな?」
カノンの小さな呟きは朝靄の中へと消え失せてゆきました。
誰にも聞かれることはありませんでした。誰にも、誰にも。
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