58.裏町カプリッチオ #12[後日談]
パーティー会場だった城よりも劣るが、普通に比べればかなり大きな門の前に金髪碧眼の少女が、なんとも間抜けな音のブザーを鳴らした。大概の家のブザーがこの音なのだが、どうにかしてほしいものだ。一体どんな音なのかと言うと、まるで首を絞められた人間の発する『ぐえっ』という奇声と、夏の夜に田圃で静かに鳴き続けるカエルの声を足して2で割ったような音だ。
少女が自身の人差し指をボタンから離すと、代わってガチャリと通信の繋がる音がした。
『はい、こちらバーガンディ家応答事務の者です。ご用件は?』
「こんばんわ。こちらで弟を預かっていただいてた、カノン・ソリティアです。シオン・ソリティアなんですが…迎えに来たとユーリ・バーガンディさんにお伝えして頂けますか?」
『ああ! カノン様ですね。少々お待ち下さい』
本当に少しだけ待たされて、すぐに装飾された門と扉が開いた。大きな扉からちょこっと覗かせる久々の顔に、カノンは今までに見たこともないくらい満ち足りた笑顔を、最愛の弟に向けた。
「シオン、ただいまー」
「姉さん!」
がばっと抱きついてきた弟の後ろには、片手をひらひらと振るユーリがいた。
「結構遅かったな。所長はどうだった?」
「相も変わらず変だった。ってかユーリさん、あんた仕事は?」
「言っとくけど、サボってないからな。うーん、そっかそっか……やっぱり変だったか。あの人はそうじゃないとな。で? 衣装は何だった? やっぱり俺の予想通りだったろ」
「えっと、ユーリさんの予想はなんだっけ?」
「ピンクの土台に黄緑の斑点模様のパンダ、着ぐるみバージョン。それか猫耳に付けシッポ、イリオモテヤマネコバージョン」
「残念。今回は先住民がテーマだったよ」
「くっそー! 俺かなりの自信あったのに…!」
「………姉さん、ユーリさん。さっきからなんの話をしてるのさ?」
「「子供は知らなくて良いことだよ」」
シオンはそのことについてそれ以上大して興味が沸かなかったらしく、カノンにこの2日間にユーリに教えてもらった簡単な手品の数々をお披露目した。ほとんどの人が忘れてしまっていると思うが、ユーリはシオンに手品を教えると約束していたのだ。
それから少しだけ立ち話をして、そろそろ夕飯時になると言うところでカノンとシオンはユーリと別れた。姉弟で帰る久々の道だ。冬はもうそこまで近付いているらしく、どの街路樹を見ても疲れ果てた色しか見えなかった。もう後は丸裸になるだけなのだ。それが過ぎればレスティナの冬は本格的になってくる。まだ北のセレナーデ地方よりは幾分かマシらしいが、カノンは冬が一番嫌いだ。
「もうすぐで雪の季節だなー。真冬になったらクウヤの家に遊びに行こうな」
「うん!」
「あそこは…ああ、クウヤはシンフォニア島に住んで居るんだけど、いつも春みたいにポカポカしてるんだよ。多少の気温の変化はあるみたいだけど、ここよりはマシだろ」
「そうだね。でも僕冬も好きだよ」
「えー、そうなの? おれは嫌いだよ」
「なんで?」
「んー…そりゃ寒いからだよ。でも夏も嫌いだ」
「暑いから?」
「当たり前じゃん」
極端に寒がりで暑がり。どこにでも必ずこういう人はいる。
「じゃあ聞くけどよ、シオンはなんで冬が好きなんだ?」
「そりゃクリスマスがあるからに決まってるよ!」
プレゼントが貰えるだけで無条件に冬が好き。こういう子も、どこにでも必ずいる。
2人は繋いだ手を大げさにぶんぶん振り回しながら帰り道を歩く。シオンは早足で、カノンは少しゆっくりめに。
「あ、そうだ。姉さんに聞きたいことがあるんだけど」
「ん? なんだよ」
シオンは躊躇いつつも、しっかりと姉の目を見つめながら問うた。
「ユーリさんとは、いつ、何処で会ったの?」
「……おれが12歳くらいの時に、師匠が新しい部下だって連れてきたんだよ」
今度は、微塵の躊躇いなど無く、しっかりとした口調で聞いてくる。
「本当に?」
「本当に」
「もっと前…たとえば、姉さんが話してくれた、昔のころとか…」
「シオン」
いつもよりも、すこし低い声がシオンの名を呼ぶ。まるで続きを制止するかのように。
「シオン。前にも言ったと思うけど、ユリウスとユーリさんは違う。全然別の人なんだ。たまたま名前とあだ名が似ていただけだよ」
「姉さんは本気でそう言ってるの?」
「ああ本気さ。だってそれが真実なんだから。お前はユーリさん…ユーリ・バーガンディが、ユリウス・シュトラスかもしれないって思ってるんだろ? それは絶対に違うよ」
「どうしてそう言い切れるの?」
カノンがいつものカノンでないように、シオンも、いつもと違って引き下がらなかった。これは意地だった。
「この前も言った。だけど何度でも言ってやるよ。ユリウスは、おれの家族だった人はもう居ない。あの日…真っ青な空だけのあの日に、あの子は死んだんだ」
シオンはそれ以上何も言わなかった。カノンも。
家に着けば、きっとまたさっきまでのように普通に戻れる。だけどいまだけは、どうも気まずかった。シオンは隣をちらりと見て、胸が痛んだ。
彼は、初めて見たのだ。強く気高く、そして誰よりも優しい、たったひとりの自分の家族である姉の、
姉の涙を、初めて目の当たりにしてしまったから。
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