48.裏町カプリッチオ #02[変人所長]
11月11日早朝――天候は絶好の洗濯日和。
ただラジオが言うには、夕方からにわか雨が降るらしいから、と出掛けにシオンから傘(アサハカが昔、カノンの誕生日にプレゼントしてくれた、和国式のワンタッチの赤い傘)を持つことを強要された。もちろん荷物になるので、カノンはその意見を撥ね除けたが。
今日は出来るだけ軽装にしたいカノン。なぜなら今日は裏町斡旋所創立百周年記念パーティー(随分と長い名称だが、要するにパーティー)の行われる日だからだ。
裏町業は何か集まりをするときは、季節・天候・日にち・場所がどうであれ、時間を正午に設定するという暗黙のルールがあるため、会場まで3時間も船に乗るカノンは朝早くに起きたと言う訳だ。
そんな朝早い時間帯、いまカノンが居るここは、ソナチネ地方の南にある港。カノンはユーリとシオンに見送りに来てもらっていた。
なぜユーリがこの場に居るのかと言うと、歩いてここへ来るには時間がかかり過ぎるので、半ば無理矢理ユーリに車(もちろん軍の)で送ってもらったからだ。
「姉さん、招待状は持った?ハンカチは?忘れ物無い?」
「招待状はポシェットの中、ハンカチは左ポケット、忘れ物無し!」
「まぁ楽しんでこいよ。留守の間のことは心配すんな。なっ?シオン」
「うん!」
「シオン、バーガンディ家にお世話になる間はお行儀良くな?ユーリさん、シオンをお願いしまーす」
「へいへい」
「分かってるって!姉さんこそパーティーだからってはしゃぎ過ぎないようにね。何があったかクウヤに聞くからね」
「お、おう」
会話が途切れ、待ち構えたように船の呼ぶ声が響いた。お腹の底にまで響いてくる、低く柔らかい声だ。
「じゃ、そろそろ行くわ」
船へと続く階段に足を踏み入れる。
「うん。行ってらっしゃーい!」
「気をつけてな」
2人に手を降りながら船の中へ入りきる。カノンの姿が見えなくなったところで、ユーリが回れ右をする。
「うっし。んじゃ帰るかー」
「うん!ところでユーリさん、仕事はどうしたの?」
「………便利屋の弟君の子守に全身全霊をかけて遂行することが今回の仕事であります!」
「あー、サボりね……」
姉の不在を、少し心細く感じたシオンだった。
*****
船での移動は特に変わったことも無く、知り合いもおらず、カノンはやはりと言うか暇を持て余し、うつらうつら睡魔と戦った。
そんな特に代わり映えのしない船旅の中、
カノンが無事に3時間の睡魔との激闘を終えようとしたときだった。
『みなさま、長旅お疲れ様です。ただいま当船は、アレグロ・コンポート氏の個人所有島へと到着致しました』
「と、とうとう着いてしまった…!」
船内のアナウンスが言い終わると同時にカノンが一人叫ぶ。
閉じられていた出口が開き、船内が3時間ぶりの外の空気を吸い込んだ。
『外をご覧下さい。人間の手が全く加えられていない、大自然のアイランドです!』
「うわぁー!すっげぇー…!」
甲板へと出るカノンは、声だけは元気だが、久しぶりの外だからかその表情は相当疲れていた。
そんなカノンに続いて船の甲板へと繰り出す人々もまた、同じ様に疲れているようだった。しかしどの人も、どこかお互いを警戒しているような感じだった。
「ぶわっ。国外れの便利屋に、町外れの始末屋…げっ、最後屋も…?なんだ、みんな結構来てんじゃん」
辺りを見渡してカノンが呟く。身動きの取れない船内に居たさっきまでは気付かなかったが、案外顔見知りも乗り合わせていたようだ。
ならば解けない警戒心にも納得だ。言葉の通り、ここにいる人はみな裏町業。お互いに緊張を解けないのも仕方無い。
他に知っている人はいないかな、とカノンがキョロキョロしていると、叫びが聞こえた。
「な、なんだありゃ!?」
「なんだなんだ?」
声の持ち主が指差す方向に目を凝らす。
「……!?」
すぐさま目を丸くする。
「ぽ、ポマードポマード……!」
思わず、昔ジンに教えてもらった魔法の呪文を唱えてしまった。
カノンは信じられないモノを見た。
それは、陸地で招待客一人一人に挨拶をしている老人。
ただの老人なら、こんなにも驚きはしなかった。老人は斡旋所所長だったのだ。
さらに言うのなら、ただの所長なら、カノンもこんなにも驚きはしなかった。
カノンがそれを目にしたのとほぼ同時に、前後左右の裏町業者達が息をのむのがわかった。同じモノを見たのだ。
カノンは、この状況の中、思った。
――変人とはやはりどこの国にも1人は必ずいるもので、和国なんかじゃ知っている限りで3人もの裏町業者がいるのだから、あなたの隣にいるあいつも変人なのかも知れない、気をつけて。変人と出会ってしまった時は、目を合わせてはいけない。餌を与えないでください。すぐさま死んだふり。唱えよう、魔法の呪文ポマードポマード。
……話を戻して。
ダメだ、どうしても現実逃避してしまう。
まぁおれが何を言いたいのかと言うと、変人とは文字通り変な人という訳で、なるべく関わりたくないと言うのが本音な訳で、裏町業と言えばそりゃもう変人の集まりと言っても過言ではない訳で、と言うことは自分もその中に入っている訳で。つまりは、常識とは途轍もなくかけ離れた理解しようがない人物のことを指す。
「うわぁー…すっげぇー……」
思わず漏れた感想は、その場にいた全員の感想に違いなかった。続けてカノンは思う。
――しかしその変人をも超越する人物がいたら、おれたちはその人のことを何と称せばよいのだろうか。
変人の中の変人。その人の前では、変人すらも只の凡人と化す。そんな人はこの世に居ないというかもしれないが、この状況を見れば、考えも変わるかも知れない。
つまり何が言いたいのかというと、裏町斡旋所所長、アレグロ・コンポートは度を超した変人だということ。
カノンは、この状況の中、そう思った。
「ようこそ、裏町業のみなさん。今日は私共のわがままに付き合ってくださり、まことに有り難う御座います。受付はあちらの広場になります」
――所長自ら船を下りてくる招待客一人一人に挨拶とは全く以てよろしいことであるに違いない。昨今はお偉いさん方は見ているだけといった形式が増える中、これは感心できることだ。
ユーリさんも、自分の上司が命令するだけなことに、かなりの不満があるようで常に愚痴を言っていた。
だから、所長のやっていることは正しいに違いない。そのはずだ。そのはずなのだが……あの格好はどうだろう…?良いのか?良いのか…?うん、裏町斡旋所所長なんだし、良いんだ。そうだそうだ。
一通りの自問自答を終えると、船を下りるのに使う長細い簡易橋の行列へと並ぶ。
混雑する為2列に並んで待っていると、隣にいた、いかにも武闘派な感じの裏町業者がカノンに比較的小声で話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、あれが、かの有名な裏町斡旋所所長なのか…?」
「はぁ。残念ながら、そうなんです」
「俺達は、あんな…何て言うか……そう、言うなれば、どこぞの秘境に住んでいる先住民が雨乞いの儀式にでも着ていそうなやたら原色使いで露出度の高い服と、これまた服に負けず劣らずどぎつい色の羽根を頭に着飾って、俺達に爽やかかつにこやかに挨拶をしている変なジジイもとい、所長のわがままに付き合わされてんのか…?」
「そう言うことですね。まぁ、おれは、ああいうのにも見慣れましたけどね……通算5回目ですよ。ははぁ…今回は先住民族の衣装ときましたか…」
カノンは昔を思い返す様に遠い眼をして言った。
その視線の先には、どこぞの秘境に住んで(以下略)な斡旋所所長、このパーティーの主催者がいた。
所長は、人を見る目が素晴らしいと有名だが、それと同じくらい変人で有名なのだ。
隣の武闘派が話す。見た目よりも気が弱いらしかった。
「“今回は”?……なら、前回は何だったんだ?」
「聞きたいんですか?あれを見て、まだこの先を?」
「いや!いい!」
「賢明な判断です」
「そうか…お嬢ちゃんはもう慣れたのか……俺はまだまだ修行が足りねぇな。俺は始末屋を始めて5年目なんだが、実は斡旋所に登録をしたのがつい2ヶ月前でな。だから斡旋所主催のこういう行事に参加するのは初めてなんだ。なのに、もう不安だらけでさ…」
「そりゃ不安にもなりますよ。てか、あれを見て不安にならない人がいますか?おれも初めはびっくりと言うより、カルチャーショックを受けましたから。
………あ、そんなに不安で落ち着かないなら、いいおまじない教えてあげますよ。おデコに『肉』って書けばいいんです」
「危うくのせられそうだったがな、お嬢ちゃん。落ち着くおまじないは手に『人』って書くんだ」
2人が話していると、受付会場になっている広場から小さな影がこちらへ向かって近付いて来るのが見えた。
「カノンさーん!!」
自分に向かって嬉しそうに走って来るのは、世外れの都合屋、クウヤ・アンダーグラウンドだった。
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