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4.門は全てを遮断する

 私がその人と出会ったのは、私がまだ聞き分けのない子供だった頃。幼い私に大切なことを教えてくれたのが、その人だった。
 その人はとても若い女の人で、町はずれの小さな丘の家に、たった一人で暮らしていた。
 当時の私にとって、その人は憧れだった。いまも、きっと。
 その人がなんと言う名前だったかは忘れてしまったけど、お店の名前は今でもしっかり覚えている。

 街外れの、便利屋さん。





*****





「なんで、おれが」
 カノンは大きな豪邸の前でそれに負けないくらい大きなため息を付いた。
「しょうがないじゃない、自分で言ったことでしょ!」
 小さな女の子がやけに大人びた声で言う。
「まあそうなんだけども……でも……なあ」
「さあ! 便利屋さん行くわよ!」
「あいあいさー……」
 少女が歩いていく先を見つめながら、カノンは独り言に近い音量でぶつぶつと呟き始めた。
「……本当になんでこんなことになっちゃったんだよ、こんなお金にもならない依頼引き受けてどうするってんだよ、大体今月は依頼が少ない所為でまともに食事もしてないっていうのに……いや、食事はしてたけどもさ。そこまで悲劇の主人公ではないけどさ……」
 カノンは少女に見られないようにこっそりとため息を付いた。
 いくらこっそりしたところで、その周りの空気が彼女の感情をしっかりと表わしていた。
「ほら、便利屋さん! こっちこっち!」
 右手を大きく振り、カノンが傍までやって来たのをしっかり確認してから、少女は眼前に聳える大きな門へと手を掛けた。
 流石は豪邸というところだろうか。大きな門は、少女の手によってとてつもなく耳に悪そうな音を鳴らしながら、屋敷への道をあけはなった。
 カノンにはその門がまるで地獄の大王の部屋へ続く扉のように、見えたとか見えたとか見えたとか。つまり、そう見えたのだった。
 ことの始まりはほんの数時間前の出来事。



「パパを、説得して欲しいの。お金さえ払えば何でもしてくれるんでしょ?」
 まだ初等部ごろだろうか。小さな女の子がカノンに貯金箱を差し出しながら、高飛車に言い放った。
「そりゃそれが便利屋の謳い文句だけどよ……この中に何万ミーリア入っているんだよ?」
「千六百三十ミーリア」
「少なっ!」
 案の定、少なかった。予想は出来ることだったが、余りにも予想通りでカノンも声をあげずにはいられなかった。
「おーねーがーい! わんちゃんを飼いたいの!」
 少女がカノンの腕を掴み、
「それこそパパに頼めよ! なんでわざわざおれに頼むわけ?」
 それを振り払うようにカノンが腕を振る。それはもう、遠慮無くぶんぶんと。
「パパは動物の毛が駄目なの! くしゃみとまんなくなっちゃうから!」
「なら諦めてやれよ、パパ可哀想!」
「いーやーよ! どうしても欲ーしーいーのー!」
 両足をバタバタと動かして駄々をこねる少女に、カノンは母親のように叱りつけた。
「わがままいうんじゃありません! お前、アレルギーの怖さを知らないからそんなこと言えるんだよ! あれはな、すんげーストレスにもなるんだよ。いや、おれもよく知らないけどな。そのストレスが原因でパパの頭が薄くなったら嫌だろ? もうパパと並んで歩けなくなっちゃうんだぞ?」
「そうなったら犬と並んで歩く!」
「禿げさせないようにしてあげなさい!」
 カノン、もっともな意見だった。
 父親よりも犬を選ぶ気まんまんなこの少女に、カノンは頭を掻きながら盛大な溜息を吐いた。
「やだやだやだ!」
「んっとに聞き分けの無い……取りあえずこのブタさんはお返しします!」
 カノンは貯金箱を女の子に返す。ずいと押しつけるように。
「いーやー! お仕事依頼してるんだから、ちゃんとしてよー!」
 少女がもう一度貯金箱を押し返す。
「無ー理ーでーす! こんな少ない儲けでお仕事なんかできません! 今月うちも厳しいんだよ!」
 カノンも負けじと貯金箱を押し返す。それはもう初等部の少女と同等レベルで争う。
「厳しいのはあなただけじゃないわ! 私だってなけなしのお小遣いを払ってるの」
 少女がまたまた貯金箱を押し返す。
「じゃあ自分でパパに頼めよ! それなら金もかからなくていいだろ!」
 カノンは大声を上げつつ貯金箱を押す。
 波のように繰返し行われるその行動に飽きないのか、貯金箱はカノンの手にも少女の手にも収まらない。
「だって怖いんだもん! 『パパは昔はすごかったの。その強引さに惹かれたのよ』ってママが言ってるけど、いまもなんか凄いんだもん! 黒い服来た男の人達をいっぱい引き連れてるんだもん」
「そっち系の人でしたか!」
「だから、依頼してるのー!」
 少女も負けていない。貯金箱は二人の間を行ったり来たりしている。なんとなく貯金箱の豚が冷や汗をかいているように見えた。
「わがまま言う子にはサンタさんが来ませんよー……あっ?!」
 カノンが貯金箱を押し返したとたん、バランスを失って机の上からブタがダイブをする。飛んで飛んで飛んで、落ちて、割れた。
 見事にブタが割れた。
「あー! 私の貯金箱が!」
「や、やっちまったー!」
「うわーん!」
 とうとう泣き出してしまった少女に、目に見えて慌てるカノンが、今日の失言とも言えるべき発言をする。
「ごめ、ごめん! まじごめん! 何でもするから泣きやんで! なっ?」
 その一言さえ言わなければ良かったのに、と彼女はのちのち後悔することになる。     
 自分の失言に気付いたのは、ぴたり、とでも音が付くように少女の泣き声が止んだときだった。
「本当になんでもしてくれるの? やったー!」
「嘘泣きかよ!」
 なんとなく貯金箱のブタが泣いているように見えたのは、気のせいなんかじゃ無いと思えた。



 と、いうわけでカノンは無償でこの小さな悪魔、もとい少女の依頼を受けることに、半ば強制的になってしまったわけだった。
 ぎいい、と開いたときと同じ音を立てながら大きな大きな門がしまってゆく。
「おれ、生きて帰れるかなあ?」
「なにか言った? 便利屋さん」
「なんでもないデース」
 大きな怪物のように見えた門が二人を飲み込んだ。
  








死にはしない、はず。






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