39.ナ チ ュ ラ ル
その無邪気な笑顔が壊れません様に。
その無邪気な笑顔が。
*
「俺……ちょっと電話してくるわ」
「ソリティア大尉!」
取りあえず、カノンに電話をしておこう。そうでもしないと自分が何かもっと酷いことを言ってしまいそうで怖かった。
ジンはユーリが呼び止めるのも聞かずにドアを閉じる。
一歩一歩踏みしめるように歩くその通路はぐにゃぐにゃと歪んでいるように見えて、ああ自分がふらついているのか、と気づくのにそう時間は要らなかった。しっかりしなくては。でも、全てが挫けたままだった。
「ソリティア大尉!」
後ろからユーリが追いかけてくるのがわかった。
ドアを開けて、倒れ込むようにして入った。
「ジンさん! しっかりして下さい!」
部屋に入って、ジンは溜まらず床にしゃがみ込む。思いっきり息を吐く。電話は目の前だった。
「どうして、こうなっちゃうんだろうなー……。あともう少しで終わりだったのに……本当、なんでこんな」
「そんな諦めたような事を言わないで下さい! ジンさんらしくない……生きて帰れば良いことじゃないですか!」
その瞬間に、色んなものが、溜め込んでいたことが全部雪崩れ込むのが分かった。
部屋のど真ん中で、ジンは思いっきり声を張り上げた。
ユーリのことや、自分の言ったことなど気にずる余裕なんてなかった。
「俺らしくない? じゃあ何だよ! 俺って何なんだよ! 七年前に何人も何人も殺して、戦争だからしょうがないって逃げた、俺はなんなんだ!? また同じことをするつもりなのか! 一体何人殺せば許してくれるんだよ……訳分かんねえよ……! あと一ヶ月だったのに。あと、少しで……普通の、普通の家族になれたのに!」
「ジン、さん」
「そうだよ、生きて帰れば済むよ! でも、帰ったからどうなる? 俺の手はまた血で染まってて……そんな手であの子の頭なんて撫でてやれない! 戦争は、戦争はもう終わったんじゃないのか!? あの時、七年前にもう全部終わったんだろ!? なんで、なんで……こうなんだよ」
崩れるようにして床に這い蹲り、あの日を思い出す。
カノンは貧民街の、道のど真ん中で横たわっていた。ジンは休戦の決まった帰り道で、そんな彼女を見つけた。
最初は死んでいるのかと思った。戦争中は、そんな子供を何人も見てきた。敵国の子供だから、気にしている余裕もなかったけれど。
なんとも無しにその姿見つめていると、その子が何かを呟いているのが聞こえた。
「あいたかった」
一体誰にだろうか。ジンにはそれが分からない。
道を行く人々は誰もその子と眼を合わせずに、避けるようにして歩いてゆく。
どうして、誰も助けないのだろうか。分からない。雨に濡れ続ける彼女にジンは自分の持っている真っ青な傘を差してあげようと思って歩み寄る。すると隣から声を掛けられた。
「やめときなよ。どうせそいつ、死んじゃうから」
その女はぼろぼろの布を纏っていた。
「でも、あの子濡れてるじゃないか」
「あの子が望んでやったことさ」
「望んで? そんな馬鹿な」
「馬鹿な話だよ。母親が迎えに来てくれなかったから、死ぬきなんだよ。あの子」
「……だからって」
「可哀想だからって助けるのは、良くないよ。あんたは一体何人救えるの?」
皮肉そうに言って、女はすぐに消えた。
ジンは構わずに、その子に、カノンに傘を差しだした。
カノンの眼にジンの姿が映ったとき、両目からは雨以外の水がぽたぽたと落ちていった。
泣いていることにも気付かず、ただただ泣いていた。
あの子は俺が死んだら、また泣くのだろうか。声を出さずに、自分が泣いていることに気づかないまま、ただひたすら泪を流すのだろうか。また、あんな顔をさせてしまうのだろうか。
ジンは拳を握りしめて、そして床を叩いた。
「俺は! もう、泣かせちゃいけないんだ! あの子を拾ったときから、絶対に死ねないんだ! これ以上人を殺してしまったら、きっとあの子は笑ってくれない。俺は、」
「ジンさん、オレだって死ぬのは嫌です! だから、生き残れるように戦うんです……!」
「お前は……」
この部屋にはジンとユーリの二人しかいない。
廊下にも誰も居ないのか、不気味なほどひっそりとしている。
「お前はそれでいいのか……ユリウス」
呟かれたジンの言葉は、部屋に反響して、そして空気に溶けた。
ユーリ・バーガンディ。いや、ユリウスは黙って頷いた。
「生きなければならないんです。どんなことをしても。また、カノンに会うために」
意志の揺らぎは無かった。ジンも頷く。カノンの家族として、生きるために。
折角二人で便利屋を始めて、普通の家族みたいになれるところだった。こんなところで諦められない。
それでも、とジンはもう一度心の中で尋ねる。
ユリウス。お前は、それで良いのか?
カノンはもう、ユーリに振り向いたとしても、ユリウスには呼びかけないというのに。
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