3.幸せはラジオから
ケインが話し終わって、しばらく二人は何も言わずに立っていた。
いつの間にか陽は傾いて、二人の影が先程よりすこしだけ伸びている。
「そんなにエリーさんを幸せにしてあげたいんですか?」
先に沈黙を破ったのはカノンだった。ごそごそとポシェットの中にある何かを手探りで探している。
「当たり前じゃないか!」
「ははあ。つまり、お金さえあればいいんですね」
「は? ま、まあ。今まで通り、お金持ちのふりが出来れば彼女を幸せにすることも……」
「そうすれば、彼女に嘘を付いていたこともばれないし、彼女を幸せにしてあげられるんですね?」
「そうだけど……」
それはあくまで、嘘を突き通すと決めたなら、だ。根本的解決にはなっていない。なんでもお金で解決するのはよくないことだということはケインもよく分かっていた。
だけどカノンは、両手を差し出す。
エリーを幸せにしてあげられるのなら、嘘くらい良いじゃないか。
そう言いたげに。
「じゃ、これ。どーぞ」
「は?」
そういってカノンが渡したのは、
「『は?』って何呆けてるんですか。お金ですよ、お・か・ね! みんな大好きイッツマネー」
ゼロが数え切れないほど書いてある小切手。
ポシェットの中に入っていた所為で端が折れているが、紛れもなく、エリーがカノンに渡したあの小切手だった。
「ま、後は貴方のしたいようにしてください。煮るなり焼くなり、腹の足しになるのなら食うなり。そんなに美味しくないと思いますけど。なんか味薄そう」
「えっ、これ、ちょっと、まっ!? この小切手! え?」
「はいはいケインさん落ち着いてー。はい、息を吸ってー、吸ってー、はいまた吸うー」
「いやいや、吸ってばっかりだから! 吐かないと! 吐かないと死ぬよ!」
「心を平常に戻して。深呼吸、深呼吸。ひっひっふー」
「落ち着かない! 平常心が遠のいていく!」
ケイン、カノンと怒涛の会話応酬編だった。
そんな彼をけらけた笑って、カノンは目の端に流れた涙を指で掬う。
「と、悪ふざけはここらへんにしておいて。それ、おれがエリーさんから前払いで貰った報酬です。金額は『ドルチェ・デ・ノエル』のケーキを毎日何十個も食べられるくらいあります」
「でも、これは君の報酬だろう! 君だって、」
「いいんですよ。だって貴方が帰ってこなかったら、そのお金結局エリーさんに返すことになってましたし」
「いやでもいくらなんでも!」
「ええいもう黙らんかい! この根性無し!」
ごつん、とカノンがケインの額を小突いた。小突くなんて可愛いモノじゃ無かったが。
「いっ……!?」
「いいですか? 耳の穴をかっぽじってよーく聞きなさい、この根性無し野郎。これを受け取った後は、貴方がどうするかにかかってるんです。嘘を吐くのに疲れて、一生ここで過ごすのか。それとも嘘を吐き続けると決めて、その道を進むのか。まだまだ選択肢はあります。そのお金を使って何処かの国に移住するも良し、一儲けするのも良し、慈善事業に募金するも良し、街外れの便利屋にケーキを奢るも良し。
いいですか、根性無し。これはあくまで、一歩踏み出すための後押しとして貴方にあげるんです。この状態から、何か変える為の後押しとして」
「……変える?」
「まあ、異国へ移住するときは街外れの便利屋までどうぞ。これでも色んな場所に友達はいますから。極東の島国や広大な北の国はもちろん、空の上から地の果てまでね」
ケインは黙ったままだった。もう一度カノンはケインを小突いておいた。彼女なりに励ましたつもりのかもしれない。
「それじゃあ、おれはこれで!」
さよならー、と手を振りながら爽やかに、かつ笑顔でカノンは去っていった。
一人小切手を握りしめた、ホームレスのお金持ちを残して。
*****
数日後。
城下町の外れにある小さな家の台所では、古いラジオがノイズを交えながら音を鳴らしていた。
その家の住人は丁度朝ご飯をこしらえているところで、綺麗にオムレツを焼いていた。
「うん、今回のオムレツはなかなかの力作だ。さすがおれ、さすが天才」
住人が自分の料理の上手さを大袈裟に誉めていると、ラジオが天気予報を終えた。次はお決まりのニュースだ。
『……の天気予報でした。続いて今朝のニュースです……マッキンリー財閥の長女エリザさん二十六歳が昨夜婚約されたとのことです……お相手はケイン・ティーバーさん二十六歳、ということしかまだ分かっておりません……エリザさんが仰るには、ごく普通の男性のようで、財閥界では珍しい一般人との婚約に、街は騒然となっております……続いての……』
「ふーん。あの人、本当の事言ったんだ」
フライパンの中ではオムレツがいい具合に焼けている。
「あっと、いけないいけない」
そのオムレツは住人の手によって綺麗にひっくり返された。じゅ、といい音を立てて卵のいい匂いが辺りに広がる。
「よし、うまそう!」
その住人の名前はカノン・ソリティア。
金髪で蒼い目。少年のような出で立ちで、性別は女。今は町はずれの便利屋で働いている。
年齢は、
「それにしても。エリーさんって、おれより十歳も年上だったんだ……見えないなー」
十六歳頃。
「……あれ? そういや、おれ、なんか忘れてる?」
現在は一人暮らし。
「ああああああ! 軍に行く約束してたんだっけ!? うおおおお、どうしよう。やばいやばい、やばい……やばい、か……? なんか、考えてみたらそんなにやばくもない? ……ま、いっか。どうせあっちも忘れてるって」
「あのー。ごめんくださーい?」
「はいはい、いらっしゃいませー! 詰まってしまった下水道の処理から、初めて出来た子供の名付け親まで――」
その住人の元にまた、便利屋を訪ねて今日も客が来る。
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