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2.もう会えない
 とある哀れな嘘吐きの話をしよう。

 僕の名前はケイン。ケイン・ティーバー。
 なんの取り柄もないただの人間だ。普通に生まれて、普通に育った、見栄っ張りなただの人間。
 そんななんの変哲も無い僕に、最近大切な人が出来た。
 その人の名前はエリー。
 あの有名なマッキンリー家の愛娘で、僕の家とは比べものにもならないほどのお金持ち。生粋のお嬢様だ。
 とても可愛らしくて、とても優しくて、芯があって、強い人だ。
 正直、なんで僕なんかと付き合っているのか分からないくらい完璧な人だった。
 だから、僕は彼女の前から姿を消したんだ。

「あ! いたいた! こんな所に住んでたんですね?」
 たぶん、自分に向けられたであろう声が聞こえた。『こんな所』というのは、ここが貧民街だからだろう。今、僕は路地を寝床にして生きている。
「……僕に、何か用でも?」
「はい、大有りですね」
 にっこりと擬音が付きそうなくらいの笑顔でその少女は言った。
 そういえば、彼女も笑っている顔が一番可愛かったな。
 未練がましくそんなことを考える自分が情けなくて、それと同時に懐かしい、愛しい彼女のことを思いだしたせいで、熱い水が頬を伝った。
 少女は何も言わず、何も聞かずにハンカチを差し出してくれた。
「えっと、いきなり泣いたりしてごめんよ。少し情緒不安定気味というか……そういえば、僕に用って何かな?」
「あのですねー。便利屋ってご存じです?」
「あー、あれかな? 『一人暮らしで溜まってしまった洗濯物から、気の合わなかった祖父の遺言偽造まで、どんな内容でもこなす町はずれの便利屋』って宣伝してるあれのことかな? 何度か城下町でチラシを見かけたよ」
「はい、もう完璧です! 感動です! あの宣伝文句、考えるの苦労してるのに誰も覚えてくれないから……ケインさんが初めてですよ!」
 食われるんじゃないかと思うくらい、とてつもないスピードで腕を掴まれた。
 あのチラシは宣伝文句が物騒で面白かったから覚えていたんだけど、まさかこの目の前の少女がそれを書いた本人だとは思いもしなかった。
「それはどうも……というか、なんで僕の名前を知っているんだい?」
「あ、自己紹介が遅れましたね。おれはカノン・ソリティア、便利屋です。カノンって呼んでくれて構いません」
「カノン……か。良い名前だね」
「はい、自慢の名前です。ところでケインさん。いきなり本題に入らせて頂きますが、今回はお仕事で貴方を捜していたんです。エリザ・マッキンリーさんからのご依頼でね」
「な……エリーが僕を……?」
「はい」
 カノンがずい、と身を乗り出してくる。腕は掴まれたままで、逃げようとすることも出来ない。
 もしかして、最初から逃がすつもりなんて無かったんじゃないだろうか。
「詳しい話、お聞かせしましょうか?」
 どうしよう。迷う心とは裏腹に、口だけが勝手に動いていた。
「お願いします」
 ああ、なんて僕は未練がましいんだか。
「まあ、嫌ですって言われても無理矢理お聞かせしたんですけどね」
 にやりと音が付きそうなくらいの笑顔でカノンは言った。





*****





「そうか……彼女が僕を…」
 聞くところによると、彼女は僕を捜すために必死らしい。
 僕の目の前にいるカノンも法外な値段の報酬を受け取って、僕を捜していたらしい。さすが、マッキンリー家というべきか。僕なんかを捜すために、大金を容易く払ってしまえるなんて。
「ケインさん。何があったかは知りませんけど、恋人に心配かけるのは良くないですよ? そろそろ帰ったら、」
「駄目だ!」
 カノンは目を丸くして僕を凝視した。彼女の綺麗な青色の目に、情けない自分の姿が写っている。
「それだけは……もう、駄目なんだ。もう……」
「……では、何故もう会えないんですか?」
 少し間が空いて、カノンは訊いた。
 僕はぽつり、ぽつりと彼女との出会いを話し始めた。

「彼女とは、友達の友達……そう、顔も知らない人の誕生日パーティーで出会った。とても落ち着いた、可愛らしい人で、何とかして彼女と親しくなりたいと思っていた。けれど、彼女はマッキンリー家の一人娘。僕なんか到底釣り合わない。
 どうしても彼女と話してみたかった僕は、最初の嘘をついた。
 僕はとある財閥の跡取り息子で、身分を隠して学校に通っていると。何故身分を隠しているのかというと、僕は普通の生活がしたいからだと。
 本当はそんなんじゃなくて、すっごく貧乏で。学校なんか通えるほどお金もないから、途中で辞めてしまっていて、人並みの生活すらままならなかった。だけど、そのお陰で彼女と親しくなれた。
 でも嘘を付くと言うことは、その嘘がばれないようにまた、嘘を付かなければいけなくて……」
 僕は嘘にまみれていった。
 呟きみたいな僕の声を確実に聞き取って、カノンは最低ですね、と率直な感想を述べた。はっきりとしたその答えは、妙にすとんと心の内に収まった。
「……二度目の嘘は、こうだった。
 僕はたくさんの家族が居て、この前の誕生日に祖父から大きな家をもらったと。祖母にはいつかの僕の妻のために、最高級のドレスをくれたと。母は君が妻になることを望んでいると。
 本当は僕には家族なんか居なくて、家もおんぼろアパートで、もうすぐ追い出されそうで。
 彼女に着てもらうドレスの布一切れさえ買う余裕なんてなかった。見栄を張ることで、僕はどんどん自分の首をしめていった」
「相当締めましたねー」
「三度目の嘘は、プロポーズをしたときに言った言葉。
 君が僕の妻になってくれたら、僕は君を世界一幸せにすると。君を幸せに出来るのは世界中のどこを探しても僕だけだと。そんなわけないのにな」
 その時に渡した指輪は、何の装飾も施せていないシンプルな安い指輪で、それでも彼女は嬉しそうに微笑んで薬指にはめてくれた。
 そのとき、彼女の笑顔を直視出来ない自分に気付いた。
「最近嘘を付くのに疲れてきた。僕は彼女に相応しくない。それはとうの昔に分かっていたことだった。
 でも、彼女に嫌われたくもなかった。
 彼女に好きだと言ったのは紛れもない僕の本心だったし、彼女を幸せにしたいと思ったのも本心だったから。
 なら、どうすればいい? 彼女に嫌われずに、彼女に嘘がばれずに、僕がもう嘘を吐かなくて良い方法。
 簡単なことだ。僕が居なくなってしまえばいい。居なくなって、彼女の中から僕という存在が消えて、それと同時に僕の嘘も消える。僕は、彼女と会わないことで、嘘を吐くことを止められる。
 だから、僕は彼女の前から姿を消した。プロポーズの返事を、もらってしまう前に」


とある嘘吐きの話。




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