21.始
【09/02 15:56】
カノンはクウヤとの話を終え、一人アルヴェルト家の門の前にいた。
真黒なブレザーに、同じ色のプリーツスカート。白いカッターの襟が黒色に映え、ネクタイは小豆色。
彼女なりの仕事着だ。
肩ぐらいまで伸びていた髪の毛は無造作に下ろされている。
人差し指でビー、と門に備え付けられていたブザーを鳴らし返事を待つ。
すると、すぐに重々しい門のカギが開き、向こうに見える重厚な扉からは執事のウェンが礼をしていた。
「こんにちはウェンさん」
「ようこそいらっしゃいました。しかし約束は明日の朝だったはず……」
カノンはシオンにも見せたことがないような、完璧な笑顔で受け答えする。
「お忙しいところ済みません。でも、明日いきなり下見無しに来てもヤエお嬢様を御守りする自信があるとは言えませんので、失礼ですがこちらに来させて頂きました」
「なるほど。それはこちらの不注意でした。今、旦那様より許可を頂いてきますので」
慌てて走り去るウェンを見ながら、今日のお昼のことを思い出していた。
*****
「暗殺、ねぇ」
「可笑しいでしょう? 僕じゃなくて、殺し屋の得意分野なのに」
クウヤはさも心外だと言わんばかりに頬を膨らましていた。さっきのように冷たい表情は何処かへ消えていた。
「でもお前だって裏町業なんだから暗殺は管轄内だろ」
カノンはそう言うとシオンに向かって、『裏町業』って言うのはおれがやってるような便利屋とかクウヤの都合屋とか伝言屋とか何でもする職のことなんだよ、と丁寧に教えた。
「そうですけど……僕はまだ都合屋を始めて一年目なんですよ? まだまだ未熟者です。そんな半熟に暗殺を頼む依頼人がいるとは思いませんでしたよ」
「ほー。世外れの都合屋さんが半熟卵。じゃ、おれは生卵か?」
「姉さん意味が分からないよ」
「シオン、よく覚えておけ。こいつ、もう身体の三分の二が嘘で出来てるから」
「ちょっと適当なこと言わないでくださいよ」
クウヤがカノンに食いつくが、ヒラリと交わされる。
「クウヤはな、『都合が悪いこと』を無くすのが得意なんだよ。その逆もまた然り。だから都合屋。その仕事ぶりはかーなーり有名だ。去年、西の国で武器が大量に無くなったことがあってさ。現在も武器の行方の謎は迷宮入り。あれも、隣国が『武器があったら都合が悪いから』ってクウヤが受けた依頼なんだよ、な?」
話を振られたクウヤは、遠い日を想い出すように「そういえばそんなこともありましたねー」と心底つまらなさそうに言った。
「でも」
カノンがソファーに深く座り直す。
「ヤエは生きている。どういうことだ? お前はヤエの暗殺を頼まれたんだろ?」
問われたクウヤが息を吐く。溜息に近かった。
「ちゃんと、そりゃあもう完璧に殺しましたよ。一秒も苦しまなくて済むように、こう……」
手で銃の形を作り、カノンの額に向ける。
「ぱーん! ……ってね」
「じゃあどういうこと? クウヤは失敗したの?」
シオンは訳が分からず続きを尋ねる。
カノンも何も言わないが、クウヤの顔を見る。
「殺す前にね、少し話をしたんです。本当はすぐ殺すつもりだったんですけど」
「よく捕まらなかったな」
「ええ。その時ヤエが言ったんです。『貴方は私を殺してくれるの?』って。僕、訳が分からなくて、取りあえず『そのつもりです』って返事しました。そしたら笑うんですよ、その子。嬉しそうに」
カノンとシオンが怪訝そうな顔をした。
訳が分からない。二人とも同じ感想を抱いた。
「『なんで嬉しいんですか?』そう聞くと、ヤエは答えました。『やっと解放されるからよ。こんな生活から。もうヤエのお芝居なんてうんざり。あいつらは使い物にならなくなったらすぐに新しい子を連れてくるの。前の子も、ここから逃げだそうとして殺されたわ。それで私が来たのよ。どうせいつかは殺されるのなら、あいつらなんかよりも自分の意志で貴方に殺された方がマシだわ。私の言ってることが分かる? 殺人犯さん』ってね」
時計の秒針の音がいやに耳に付く。
カノンが口を開きかけて、また閉じた。
代わりにシオンが答える。
「つまり、『ヤエ』の身代わりの人をクウヤは殺したの?」
クウヤがこの場に相応しくないくらい完璧な笑顔で頷く。
「正確に言えばヤエは、ヤエ・アルヴェルトはこの世に存在しないんです。後で分かったんですが、アルヴェルト家にはその当時跡継ぎが居なくて、当主の命が狙われることが多々あったそうです。それで、仮の娘を造った、と。だから今のヤエ・アルヴェルトも」
「じゃあ」
カノンがやっと話す。
「じゃあ、ヤエはいくら殺しても存在し続けるって訳だな。それでお前は依頼に失敗したことになって、殺し屋に追われていると」
「ちゃんと、説明したんですよ?でも、こんな依頼をしたと口外されては敵わないって言って追っかけてくるんです。本当最悪ですよ」
そう言って、苦笑いのクウヤ。
すっかり冷たくなった紅茶を飲んで、天井を見上げるカノン。
「となると……今回の誘拐の犯人はヤエの自作自演か?」
「でしょうね。恐らくノエルが生まれたことによって自分が殺されると勘づいたんでしょう」
シオンはそんば物騒な話を続ける二人を見つめ、今の話を整理しようと目を瞑った。
*****
「お待たせいたしました。旦那様より許可を頂いてきました」
「どうも」
走って戻ってきたのか、ウェンは少しだけ息を切らしていた。
「ご案内させていただきます。まずどちらへ行かれますか?」
「そうですね…………ヤエお嬢様と、明日のことについて話をしたいのですが、よろしいでしょうか」
「もちろんです。では、こちらになります」
ドアが閉まる。
【09/02 16:02】
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