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1.金髪、蒼い眼
 レスティナ国。イギリスから少し離れた位置にある、大きくも小さくもない普通の国。軍隊はあるし、戦争もするし、天災の被害にあったり、新しい統率者が現れたりする、ごくごく普通の国。今のところは、平和だ。

 そんなレスティナ国は五つの地域に別れてある。
 中央のメトロポリス。北のセレナーデ地方。西のメヌエット地方。南のアンプロンプチュ地方。
 そして、あの「便利屋」が住まう東のソナチネ地方。
 そこの城下町の外れに、便利屋は住んでいるらしい。誰も詳しいことは知らない。分かっているのは、金髪に蒼い目。そして、ものすごく若いと言うことだけ。

 そう、おれのことをよく知っている奴なんて居ないんだ。





*****





 城下町から遠く離れた場所に小さな丘があった。その丘の上に一軒の小さな家があった。周りに他の家は無い。そこだけにぽつんと家が建っていた。
 その家から、けたたましく鳴り響く電話のベルの音。はいはーい、と住人が軽快に返事をしながら駈けていく足音が聞こえる。そして、止まった。
「はい、こちら犬の散歩から、気になるあの人の尾行までどんな内容でもこなす、街外れの便利屋です」
 その家には、街外れの便利屋が住んでいた。便利屋は透き通ったアルトの声で電話に対応する。
「はい? ええ、おれの事ですけど。軍がなんの様ですか? ………だーかーら、その件に関しては、おれは知りませんってば! っていうかユーリさん、ちゃんと仕事してんのか? ……うわ、怒らないでくださいよー……ったく、マーサル将軍って暇人なわけ? ……いーえ、おれは別に何も言ってませんよ」
 どうやら、軍からの電話だったらしい。しばらく相手の話を聞いているのか、沈黙が続く。しかし、その表情はどんどんと険しくなっていく。もしも電話の相手が目の前にいたら、即刻話をすることを止めただろうに。
「……はあ!? なんだとこら! 軍の手柄を横取りしてどうなるんだよ! ……あーもー、分かりましたよ、行けば良いんでしょ、行けば? ……はい明日ね、はいはい分かりました。じゃ。あ、ユーリさんに仕事しろよって言っておいてくださいね」
 がちゃん、と半ば無理矢理に電話を切って、便利屋は乱暴に応接室に置いてあるソファーに座った。ずっと掃除をしていないのか、埃が宙に舞う。
「はあ。お客さん来ないなあ……」
 ソファーの背もたれ部分に頭を乗せ、反対向きに窓の外を眺めて呟いた。
「今日もお空は青いよ……。暇だしチラシでも配りに行くか」
 便利屋が空を眺めながらおもむろに言葉を放つ。便利屋の言うとおり、雲一つ無い、快晴と呼んでも差し支えの無い空が広がっていた。
 窓に寄りかかりながら欠伸をすると同時に、この家に向かってくる人影に気づく。
「……暇だな、と思ったけど案外そうでもないらしい」
 にやりと笑った顔はどこか楽しそうだった。





*******





 カラカラと良い音を立てて、ドアに取り付けてある鐘が鳴る。
「ごめんくださーい。あのー、何でもしてくれる便利屋さんがあるって聞いたんですけどー……」
 声の持ち主と思われる女が、そっと開けたドアの向こうから恐る恐る顔をだしていた。その目は大きく見開かれている。
 それもそのはず。
 ドアの側には本。足下にも本。
 ついでに靴箱と思われる棚の上にも山積みにされた本。 
 もひとつおまけに本。 
 本、本、ときどき絵本、本、ときどき雑誌、本、本、本、晴れのち植物図鑑、所により分厚い辞典に見舞われ、誰が読むのか、百科事典数冊。
 最早、人の住む家ではない。虫だ。本の虫が住む家、もとい巣だ。文字通りそっとドアを開けていなければ、一溜まりも無かったことだろう。運が良かった。いや、きっと彼女の日頃の行いが良かった。
 しかも何故だか大きな鍋が落ちてあって、その鍋の中にはボロボロになった他国の辞典が入っているだの、事務用であろう机にはケーキの食べかけだの、色々と悲惨な状態の巣だった。恐るべし本の虫。
 おまけに目の前にいるのが、
「はいはい。溜まってしまった洗い物の片づけから、ちょこっと法に引っかかる位のことまでどんな内容でもこなす街はずれの便利屋です、こんにちは」
 まだ十代中頃くらいのにっこり笑った少年だったからだ。いや、少女かもしれない。頭の上の方でちょこんと一つに結われていて、半端丈のパンツにエンジニアブーツ。見た目でも声でも雰囲気でも判断しづらい。
「ほ、法に引っかかる!?」
 彼女はちょっと引きつった笑顔で少年(とりあえずそう決めた)を見た。
 少年はにっこりと音が付きそうな位笑顔だ。
「まあ、事と次第と報酬によっては、それくらいのことはしますよって意味です。特に深い意味はありませんよ。そのままの意味です。ええ本当に。ノープロブレム。明日は明日の風が吹く」
「はあ……?」
 そのままの意味でも十分凄すぎるだろうが。それでも彼女は頷いておいた。彼女は少なくとも目の前の少年よりは世間というものを知っているつもりだったので、波風立てない会話の仕方も充分知っていた。
「まあまあ取りあえず座ってください。頼みたいことがあってきたんでしょう?」
 少年は相変わらずにっこりした笑顔で自分を見る。作り笑顔なのか、本当なのか分からない。
「はあ……」
 だけど、彼女はまたしても思わず頷いてしまった。笑顔とは、時に有無を言わせない武器にもなるのだ。
「自己紹介がまだでしたね。おれの名前はカノン・ソリティアです。カノンって呼び捨てで構いませんよ。明らかにおれの方が年下ですし。面倒だったら覚えなくても良いですよ。『おい、そこのキミ!』みたいな。あ、こちらにお座り下さい」
「ご丁寧にどうも」
 埃まみれのソファーへと腰掛ける。少し戸惑ってしまったが、店主に勧められたのだから座るしかない。何よりそこしか座るところが無かった。
「私はエリザ・マッキンリー。エリーって呼ばれてるわ、よろしくねカノン君」
「エリーさんですね」
 エリーは、答えるカノンを見ずに周りをきょろきょろ見渡していた。奥へと通されたが、相変わらず本の虫の住居であることに変わりはない。
「あ、えーっと……汚くてすみません。今日は特別汚いというか、いや、でも大していつもと変わらないと言うか……」
 カノンがおろおろと謝る。謝って済むような汚さではないが。
「あ、そういう意味じゃないのよ。なんていうか、すごい本の量ね……それより君が本当にあの有名な『便利屋』なの? どう見ても、」
 どう見ても若すぎるのでは、と言いかけて、やっぱり言わなかった。こういう職業に年齢は関係ないと、昔父が言っていたのだ。たとえどんな仕事であろうと、実力勝負の世界であることに変わりはない。
「有名かどうかは知りませんが、おれは正真正銘便利屋ですよ」
「そうよね。金髪で蒼い目をしてるし……」
 うん、そうね。そう頷くエリーを見て、果たしてそれが証拠になるのか? とカノンはちょっと笑いそうになった。
 どうやらエリーは話を鵜呑みにするタイプらしい。金髪で青い眼なんて、この国にはごろごろといる。自分の一言だけで納得してしまうエリーは、まるで世間知らずなお金持ちのお嬢様のような反応だ。
「で、エリーさん。頼みたいことは何ですか?」
 エリーはしっかりとカノンの目を見た。今度はきょろきょろなんてしない。
「カノン君、お金なら幾らでも出すわ」
 そう言って、鞄から一枚の写真を取り出す。ずっと持ち歩いているのだろうか。周りが少し汚れていた。
「いくらでも?」
 カノンもしっかりとエリーの目を見た。カノンの目はきらりんと光っている様に見える。いや、光っている。
「久しぶりに甘いものが食えるチャンス……モンブラン、イチゴタルト……それにチーズケーキ、チョコレートブラウニーも捨てがたい……! いやここは思い切ってワンホール丸ごと……パフェも良いなー……」
 と、呟いているのは聞こえなかったことにする。思わずエリーは苦笑いをする。
「っと、失礼しました。金に目が眩みました」
 オブラートに包んで隠さない、本音のカノンだった。
「あんまり期待しないでね? いくらなんでも、大金は出せないわよ」
「いやいや。大丈夫です、大丈夫。で、この写真に写ってるのは?」
 エリーの表情が暗くなる。か細い声、聞き取れるギリギリの音量で話を続ける。 
「この人、ね。いなくなっちゃったのよ」
 カノンは渡された写真を見つめる。
 写真に写っているのは、笑っているエリーと、隣に男の人。誠実そうな男の人だ。爽やかに笑っている。なかなか好感のもてる笑顔だった。
 エリーが先ほどとは打ってかわって、震えた声で続けた。
「ケインを……探して、お願い」
 そこでカノンは気が付く。エリーの左手の薬指。装飾は一切無い、控えめに光る、銀の輪。
「あの……もしかしてもしかすると、恋人、だったりしちゃったり、ですか?」
「ええ、そうよ。でも」
「でも?」
「もう三ヶ月も会ってないの。ううん、会ってないだけじゃないわ。家に訪ねてもずっと留守なの。もしかしたら何かあったのかも知れない……事故とか、事件とか……何かに巻き込まれてるかも……。お願い! カノン君、彼を見つけて欲しいの! もう頼るところがないの! お父様は諦めろって言うし……」
「……えーと、実に現実的な話ですみませんが、いまのところ報酬はいかほどで?」
「これだけじゃ駄目かしら?」
 エリーが紙に数字を書いた。カノンは目を丸くする。どのくらいの数字だったかと言うと、
「おおう……なんじゃこら、数え方が分からないゼロの数!」
 と、カノンが硬直するくらいだった。どうやら本当に世間知らずなお金持ちのお嬢様だったらしい。
 恋人が失踪してしまった可哀想なお嬢様は、カノンの目の前で今にも泣き出しそうな目をしている。
 答えはもちろん。
「その依頼、喜んでお引き受けします! っていうか引き受けさせてください!」
 ちなみに、「こここ、こんだけあればワンホールどころかウェディングケーキ……いやいやいや、なんでウェディングケーキだよ!? あまりの数字に、おれとしたことが動揺してしまった……でもこれだけのお金なら、洋菓子老舗ブランド『ドルチェ・デ・ノエル』のケーキが、食える! ショートケーキも、ああプリンアラモードもいいな………いや、迷わずに欲しいモノ全部………365日がケーキ……ケーキケーキケーキいやっほーう! 神様ありがとー!」と、呟いているのをエリーは聞こえなかったことにした。幻聴だ。幻聴以外の何者でもない。



姿が見えないだけで、辛い。


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