13.あの日と同じことを繰り返す
何故かは分からない。
でも、誰かがおれを呼んでいた。
誰だかは分からない。
でも、確かにおれを呼んでいた。
嫌な思い出しかないけど、
行かなきゃいけない気がした。
別に特別な用もないけど、
行かなきゃいけない気がした。
雨が降っていたから、あの日を思い出した。
『傘持ってないのか?』
そんな風に声を掛けられた日のことを。
師匠も、こんな気持ちだったのかな。
『そうだな。お前の名前はカノン、カノン・ソリティアだ』
お前も、あんな気持ちだったの?シオン。
あの子があまりにも昔のおれとそっくりだったから、教えてあげたかった。
お前は一人じゃないんだよ、と。
*****
その日は、予想通り雨だった。最悪だ。洗濯物は昨日にまとめてしたから良いけども。お客さんは来ないし、今月のお金やばいし。
今日のお昼、ベーコンエッグにしようと張り切ってたのに、ベーコンエッグの卵すら無いし。
今週の牡牛座は最悪らしい。お昼ご飯、ユーリさんにでもたかるか?
いやいやいや、昨日にケーキ奢らせたばっかりだしなあ。
こんな雨の日は、家でじっとしていると気が滅入るから、取りあえず午後は散歩しようと思いつつ、ベーコンだけを焦がした。
『もっしもーし。こちらソナチネ地方軍部直属城下町警察軍東エリア担当のユーリ・バーガンディでございますよー。そちらは便利屋店主代理カノン・ソリティアで間違いありませんかー?』
「いえ全然全くこれ以上ないって程思いっきり違いますよ。カノン? 誰ですかそれ。食べれるんですか?」
『え、新手のギャグ? ちょっと面白かった』
「全然面白くないっつーの、この馬鹿野郎」
またこの人は仕事をサボっているのか、と本気で情けなくなったその日の午後。
散歩に行く寸前に、ユーリさんから電話がかかってきた。決して何かの約束を忘れていたわけじゃない。ちょっと焦ったが。どうやらユーリさんの暇つぶしの為だけに電話は掛けられてきたらしい。
「あんたは真面目に仕事しようって気になんないの?」
『なるときはなる! ならないときはならない! ただそれだけだ!』
「それだけだ、じゃねええええ! 明らかに格好悪いことなのに何故に自信満々!?」
『あ、でも心配すんなって。今日は見回りついでに、外からかけてるんだよ。だから今からこっちにきて一緒に暇潰すの手伝ってくれてもいいんだぞ!』
「そんなこと言ってんじゃねええええええ!」
給料泥棒は、そんなことお構いなしに一方的に喋ってきた。
おれはそれに対して相槌を打つぐらいだった。
『そういやあさ、話変わるけど今度あそこの貧民街の半分を取り壊して、城下町歴史博物館を造るんだとよ』
雨が降ってると、誰でも気分が落ち込むのか、心なしかユーリさんの機嫌と声は低めだった。
「へー。あんな狭い土地に博物館をね……」
『いやいや博物館って言ってもお前、ちっさい建物らしいぜ? セピア爺さんの店みたいな』
「あー、あれだろ? 要は貧民街の住人を追い出すための口実ってヤツ?」
『まあそういうことだわな。あーあ、それこそ税金の無駄遣いっつーかなー。そんな無意味な物造るくらいなら、俺の給料上げて欲しいよ』
「全くだよ。おれのなけなしのお金で払ってる税金を……」
『いやいやいやお前、巧いこと言って税金払ってないじゃん。納めてないじゃん。国に納めるモノの全てから逃げてるじゃん』
「師匠も払ってなかった。巧いこと言って」
『だろうな。ていうか良いのか、ジンさん。その当時軍人だろう』
「バレなきゃいいって言ってたような。で、どの辺に建てる予定なの? そのちっさい博物館」
『おお。ちょっと待てよ、地図見るから』
「うっわ暇人、この給料泥棒」
『きーこーえーなーいー。えーっと、確か街から入って直ぐの所から……んー。ここまで行ってー、向こうが…あ、そうそう……三本目の銀杏の木までだな。うん』
「三本目の木……三本目?」
『え、何? なんかあんの、そこ?』
「いや別に……いつから街の取り壊しが始まんの?」
『いつっても大分先の話だぜ。大体七、八月ぐらいだろ』
「七、八月? もしかして来年の話かよ。大分先だなー」
『かなりの最新情報だからなー。“常に時代の最先端を走る男ユリリン”の異名も伊達じゃないぜ!』
「あの……ごめん、それ自分で言ってて恥ずかしくない? というかどうなんだその異名のネーミングセンス。おれなら死にたくなるな」
『文句ならメルニカさんに言ってくれ! 俺も恥ずかしさで結構死ねる。そいじゃ、仕事もあるし。またな』
「そいじゃ」
ちん、と受話器を置いて溜息を吐く。
三本目の銀杏の木。忘れるはずもないあの場所。
取り壊し予定には、おれとユリウスが住んでいたあの小屋も入っていた。
*****
「ここへ来るのも久し振りだな……」
予定通り、おれは散歩に来ていた。
雨に濡れない様に傘を気をつけて差しながら、ゆっくり、ゆっくり歩く。
ユーリさんが言っていた、取り壊しの件が気になっているのもあった。
でもそれ以上に、誰かが。何かが。よく分からないけど、おれを待っているような気がしたから、この街に来た。
相変わらずその街は陰気臭くて、狭くて、暗かった。
雨が降っているせいか、昔、自分がここに居た時よりもずっと闇に包まれている気がする。
無音で、無色。何も、無い。
「はあ……なんでわざわざこんな所に散歩に来たんだろう」
周りを見渡す。
しばらく歩いて、銀杏が見えて来た。
ユーリさんが言っていた三本目の銀杏の木の前に立って、また見渡す。
そして、
見つけた。
小さくてボロボロで壊れそうで窓は割れていて。元は知らない誰かさんの家。おれが住んでいて。いつも一緒に居た。誰が? ユーリが。ユリウスが居た。
それから? 死んだ。死んだ死んだ死んだ。もういない。どこにもいない。どこを探しても見つからない。無くした? 失くした。無くしてしまった。
小さくてボロボロで壊れそうで窓は割れていて。元は知らない誰かさんの家。おれが住んでいて。いつも一緒に居た。誰が? ユーリが。ユリウスが居た。居たんだ。
まだ幼くて、幸せは必ず見つかると信じていたあの頃に。
独りきりの怖さを知らなかったあの頃に。
孤独を埋めるかのように、あの時、二人が居たんだ。
今はもう誰も、住んでいない。
いるはずがないのに。
敢えて言うのなら既視感。
ユリウスが居なくなって、独りのおれ。
そっくりのあの子は誰だ?
あの小屋の前で雨に濡れて、両足を抱え込んで、眼は何も映していない。師匠に拾われる前のおれ。
そしておれはあの人同じことを繰り返す。
「お前、傘持ってないの?」
ねえ、お前も独りなの?
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