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12.独りになった日の祈り言
 父親は強盗犯。
 母親は娼婦。
 僕は貧民街にゴミのように捨てられた。

 父親は殺人を犯して死刑。
 母親は他の男に刺されて死んだ。
 僕は盗みを覚えて、ただ生きていた。

 便利屋のあなたに会うまで、僕はずっと空っぽだった。
 生きる理由が無くて、存在する意味も無くて、
 答えのない世界にいた。

 あなたに会えたら、今までのことは全部忘れようと思った。
 父親のこと、母親のこと。
 ゼロからやり直そう、そう思った。

 そんなのただの言い訳。
 ごめんなさい。すべてから目を逸らして。



 *



 父さんが死刑になったとき、母さんは違う男の隣にいた。
 僕はまだ小さかったけど、なんとなく両親が悪いことをしていたのは知っていたし、きっと望まれて生まれてきたんじゃないだって、そんな風に思っていた。
 だから僕を繋ぐ人―――父さんが捕まったときから、いつ捨てられるのか、と指を折って数えた。

 僕を捨てるとき、母さんは僕に一言いった。
「あんたはあたしとは全く関係ないんだからね。勝手に生きなさい」
 泣きたかったけど、泣かなかった。
 あんな奴を母親だと思った自分が悔しかった。
 分かったよ、生きてやるよ。生き延びてやる。
 狭く感じた貧民街は、僕には広すぎた。

 あれから何ヶ月経ったのか分からない。
 相変わらず貧民街は薄汚くて、怖かった。
 もう生きるのがしんどくなって、でも子供の僕には生きるのをやめるなんて、そんな選択肢を持っていなかった。

 ある日、僕を孫の様に可愛がってくれているおじいさんが倒れたと聞いて、盗んだパンを持っていった。
 パンはちょうど二つ。晩ご飯にしようと思っていたけど、そんなのどうでも良かった。
 おじいさんはいい人だったから、この街のまとめ役みたいな人だった。
「おじいさん、倒れたって聞いたけど大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと疲れただけだよ……×××は優しいね」
 おじいさんの家は窓ガラスが割れて、荒れ果てた小さな小屋だけど、どこか暖かみのある家だった。
「パンしかないんだけど、食べれる?」
「ありがとう。最近は何も口にしていなくてなぁ」
「だめだよ。身体に悪い」
「だけど盗みも悪いだろう?」
「それは時と場合によるんだって言ってた」
「パルコがか?」
「パルコさんがだよ」
 僕がそういうと、おじいさんは大きな溜息を吐いた。やっぱりか、と苦笑いをした。僕はそうやってくしゃくしゃになるおじいさんの笑顔が好きだった。
「あいつの話を鵜呑みにしちゃいかん。あいつの真似なんかしちゃいかんぞ」
「うん、わかってるよ」

 パンを半分くらい食べたころ、おじいさんがポツリと言った。
 おじいさんのパンは一つも手を付けられていなかった。
「この貧民街にいた娘が、軍人に拾われていったんだ。×××と同じくらいの年だったなぁ。その娘も母親に捨てられたんだ」
 おじいさんは、ずっと昔からここにいた。だから、よく貧民街にいた人達の話をしてくれた。
「その子はどうなったの?」
 僕はおじいさんの方へ近づいて尋ねる。
「噂じゃあ、拾ってくれた軍人と一緒に『便利屋』の店を営んでいるらしい」
 おじいさんは僕の方を見ずに、どこか遠くを見つめて言った。おじいさんが見つめる方向に、その子がいるのかもしれない。
「『べんりや』? それってどんなお店なの?」
 目を合わせてくれないのは知っていたけど、おじいさんの顔をじっと見た。
「なんでもしてくれるのさ、なんでもな」
「なんでも?」
「そうさ」
 なんでも。その響きに魅力を感じた。
「ただしお金次第らしい」
 やっぱり、タダじゃないか。
 おじいさんはやっと僕と目を合わせた。僕はポケットに手を突っ込んで言った。
「じゃあ無理だよ。お金なんて持ってないもん」
「儂もさ。一文無しだ」
「お揃いだね」
「なかなか素敵なお揃いだな」
 おじいさんは上手にウィンクをする。素敵なおじいさんだった。
「その娘と同じくらいの年で、ユリウスという子がいてな」
「うん」
 今日のおじいさんは、昔の話ばかりしたがる。パンには手を付けていない。
「その子の父親は軍で働いていて、至上最悪の兵器を造った、今となっては犯罪者だった」
「最悪の兵器って、シュトラス博士の?」
「よく知ってるな。偉い偉い。じゃあユリウスが捕まったのも知っているか?」
 僕は出来る限り思い出す。
 街ですごく噂になったことがあったと、両親から聞いた気がする。僕はまだ生まれていなかったから。
「うん、知ってる。共犯者の息子が設計図を持ち出して売ろうとしていたって。それが見つかって、逃走中に銃で軍人に致命傷を負わせたって聞いたよ」
 それを聞いておじいさんは悲しそうに顔を歪ませた。
「本当はな、もう関係のない人が殺されないように設計図を隠して、一緒にいた娘を逃がそうとして銃で致命傷を避けて撃ったんだ」
「全然、違うね……」
 くしゃくしゃっと僕の頭を撫でて言う。
「権力を持つ人間は自分の都合のいいように事実を曲げていくんだ。だから人の話をそっくりそのまま信じ込んではいかん。自分の思っていることだけが頼りなんだからな。もしこの街から出ていくことがあったら、自分だけは信じて歩きなさい」
「うん」
「そしていつか、いつでもいい。必ず幸せになりなさい。お前にはその権利がある」
「……おじいさん?」
「約束だよ」
「うん……?」
 お爺さんの手から、力が抜けていくのが分かった。
 そこからは、世界がゆっくりと動いて、無音だった。
 おじいさんが床へ倒れて、僕が叫んだ。何を叫んだかなんて分からないくらい、とにかく叫んだ。
 おじいさんは笑っていた。
 静かに、静かに、時間が流れる。

 気づいたら真っ暗で、夜になっていた。
 おじいさんが手を付けなかったパンは、食べてみるとしょっぱくて、暖かみがあったはずのこの小屋が、冷たく感じた。
 お葬式は、パルコさんと僕の二人だけで、ひっそりとした。

 いまこの世界のどこかに居る便利屋さん。
 お金なら幾らでも払います。
 この内蔵を売り、眼を売り、心臓も売ります。
 だから、この人を生き返らせてください。
 幾らでも払います、だから。






悲しみを無くしてください。
悲しみの記憶を取り除いてください。
悲しみの感情を外してください。




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