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131.裏町ラプソディ #25[全ては貴方の望みのままに!]
 クウヤ達が向かってきていた広場には、三色のチームが混在し、大量の雪玉が飛び交っていた。
 その中でも最も目立っていたのが、真ん中に陣を取ったカノンとルッチ、そして何人かのチームメイトだ。全員、雪玉を片手に動きを止めている。
 その向かい側には、対峙するように朝葉香率いる水色組のメンバーが同じように雪玉を持っていた。
 両者共、相手の動きを伺っているようで、びくりともしない。
「お前だけは敵に回したくなかったよ、アサハカ」
「わたくしもですわ」
 二人の間に吹き込んだ風が刺すように冷たい。
 已然として膠着状態が続く中、カノンは隣に立っていたルッチへと声を掛ける。
「なあルッチ。お前はドイチュラントの出身だったよな?」
「おう、そうだけどもよ……どうした嬢ちゃん、真剣な顔して」
「こんな言葉を知ってるか。『一人はみんなのために、みんなは一人のために』……おれの師匠が言うには、ラシーヤの言葉なんだそうだ」
「ワン・フォア・オールってやつだな。もちろん知ってるぞ……って嬢ちゃん。まさか、」
「ルッチ。みんなは一人のために、そして……!」
 どんっ、と不意打ちで背中を押されたルッチは、勢い余って水色組へと体当たりする形で飛び込む。
「安心しろ! お前の墓前には、必ずや勝利という名の花束を供えてやる!」
「って、一人はみんなのためにぃぃいいい!?」
 カノンの考えがやっと読めたルッチだったが、その動きは流れに身を任せたままだ。それが逆に良かったのか、その巨体をもって何人かの水色組が押し倒される。
 それと同時に、朝葉香から「今ですわ!」と言葉が発せられ、大量の雪玉が白組目掛けて投げられた。
 だが、想定外のアクシデントで体勢を崩してしまっているうちに、射程距離内から逃げ出されていたようで、その雪玉は一つとしてかすりはしなかった。
「くっ……雪玉作成班は急いで補給なさい! この雪合戦、負けるわけにはいきませんわ!」





*****





 そんな二つのチームの様子を遠くから、まるで傍観者のように見ていた朝飛は、自分へと近付いてくる足音に気付いて振り返った。
 そこには、明るい金髪に赤い眼をした自分の仲間の姿があった。
「……レオラさん! ご無事だったんですね」
「おう。クウヤ達に助けてもらってな。お前こそ無事に逃げ切れたんだな」 
「ええ、逃げ切ることは出来ました……出来ましたけど……」 
 視線を左右に動かして、周りの混沌とした様子を見て、大きな溜息を吐いた。
 なんともいえない疲労感が漂っている。一体自分の居ない間に何があったというのか。
 レオラが掛ける言葉を探していると、追い付いたクウヤが兄と同じ様な台詞を言った。
「兄さん! 無事だったんだね。カノンさんに追われてるって聞いて、心配……」
 そこまで言って、ハッと我に返ったクウヤが言おうとしていた言葉を飲み込んで、方向転換した。
「……してなかったけどね。全然、ほんと全然。喧嘩してる相手の心配なんてさ」
 そう言えば、自分達は喧嘩をしている途中だったのだ。
 一体何が原因だったのかすっかり忘れてしまい、仲直りするタイミングも失っていただけに、その事実はもう既にどうでもいいことのように思えた。
 慌てて否定する弟に苦笑せざるを得ない朝飛だったが、次の瞬間、それは悲壮な物に変わった。
「空夜っ、危ない!」
「は……?」
 視界に入った頃には時既に遅し。
 もの凄いスピードで右側から投げつけられた雪玉が、クウヤの顔面半分にヒットした。
 レオラが痛そうに自分の頬を押さえている。
「やったぁ! ぼくの雪玉が当たったぁ!」
「こ、小雨さん!?」  
 三人の東側に居たコヒナタがこの雪玉を投げたのだろう。嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。その隣で、メイが「今のはたまたまヨ!」と悔しそうに反論していた。
 ダメージは思っていたよりも受けなかったらしいが、精神的なダメージは大いに喰らってしまったらしい。
 クウヤが顔面の雪を大雑把に取り払って、にっこりと完璧な微笑みを携えて兄へと問いかけた。
「……兄さん。今のこの状況を三十文字以内で説明せよ」
「野山にまじりて雪を投げつつ、よろづの人に当てにけり」
 朝飛の的確な状況説明の通り、辺りを見回せば、チームの色など関係なく、ほとんどの人間が雪玉を片手に投げ合っていた。
 中には雪玉作りを専門とする者が居たり、雪の塹壕を作ってそこから攻撃をする者も居る。
 そこから連想される遊びと言えば、
「これじゃあ鬼ごっこじゃなくて、まるで雪合戦じゃねーか」
 そう、それはレオラの言ったとおり、既に違うゲームになっていた。
 相変わらず後ろからはカノンの怒声が聞こえ、自分のすぐ横を雪玉が降ってくる。
 何がどうなって、こうなってしまったのか。考えるだけで頭痛がするようだ。
 ようやく説明する気になったのか、朝飛がうんざりしたように話し始めた。
「実は……レオラさんに逃がしてもらった後、すぐに別の白組さんに見付かってしまったんです。それと同時に、この機会を待っていたかのように桃組さんと秘書さんが上から降ってきまして……そこへさらに香葉月さんが現れたんです」
「うわあ……想像もしたくない地獄絵図……」   
 クウヤにしてみれば、朝葉香が登場するだけでそこは地獄と同じらしかった。
 寒そうに両腕を組んで、朝飛の話を聞く。
「白組さんは全員が何故か雪玉を持っていらしたんです。そして、その雪玉を秘書さんと香葉月さんに向かって投げつけたのが全ての始まりでした……少なくとも、僕が見た雪合戦の始まりはそれです」
 当てられたから、当て返す。
 そんな理由で投げられ始めた雪玉が関係の無い者に当たるたびに、小さな復讐の連鎖が起き始める。
 それはその内に仲間を呼び、いつの間にか大惨事になっていたというわけだ。
 今度は理解するのに頭痛を起こしていたレオラの後ろで、艶やかな声が聞こえた。
「あら、始末屋。そんなところに居ましたの?」
「こ、コウヨウツキ……」
 話しかけてきた朝葉香の髪は、いつもよりも乱れている。頭にも雪玉を喰らったのか、払い落とし切れなかった雪が、動くたびにパラパラと落ちた。
「丁度いいですわ。わたくしの盾になりなさい」
「何その上から目線!」
「わたくしの為なら死ねるでしょう?」
「なんでそうなんの!?」
 ずいと腕を引っ張られ、雪原の戦場へと駆り出されていくレオラを、朝飛とクウヤは引きつった笑顔で見送る。
 視線の先には、アンジュが仲間と一緒に巨大な雪玉を転がしてアルルを追い詰めている場面や、ハクトが雪だるまに顔を作ろうと、枝と小石で試行錯誤してる光景が見えた。
 雪玉が飛び交う世界の中、兄弟は傍観しながら言う。
「みんなで雪合戦だなんて、本当平和だよねぇ」
「うん。兄さん、現実逃避が上手くなったよね」
 あくまで無関係を装い、まるで別世界のことのようにその風景を見守る兄弟目掛けて、何発かの雪玉が襲ってきた。
 当然の如く、それを顔面で受け止める二人。
「「ふっ!?」」
「やっりー! アサヒとクウヤ、ダブルパンチ!」 
 よしっ、とガッツポーズを作るカノン。
 顔面に残る雪を払いながら、お互いの顔を見合う朝飛とクウヤ。
「空夜……やられた時は?」
「そりゃあ……もちろん」
「「三倍返し!」」
 雪を掴んで出鱈目に投げつける兄弟と、楽しそうに逃げていくカノン。
 こうして否応なく、雪合戦への参加者は増えていった。





*****





「絶景かな、絶景かな」
 そんな雪の惨劇を、一人離れたところで高みの見物をする人間がいた。
 綺麗に整えられた白髭を片手で撫であげて、眼鏡のレンズ越しにある双眸が一層細くなる。
 裏町斡旋所所長――アレグロ・コンポートはすでお馴染みとなりつつある純白の陶器のティーセットと共に、優雅すぎるほど優雅に、かつ楽しそうに微笑んでいた。
 今度はテーブルと椅子に加えて、白いパラソルまで揃っている。本当に、この人は一体何をしにきているのだろうか。
「ジャスト十二時!」
 同じく、白い椅子に腰掛けながら紅茶を飲んでいたミス・マッドが、左腕にはめられた時計を見てそう言った。
「素敵な腕時計をお持ちですね」
「でしょー? これ、クロックさんのお店の開店記念に貰ったのよねー。小さな村で時計屋さんを始めたんだけど、なかなか評判が良いらしくって、繁盛してるみたいなの。これならアリスちゃんも安心ねー……ってそうじゃないわよ」
「はて?」
「すっとぼけてんじゃないわよ、ミスター愉快犯。十二時は三つ巴鬼終了の時間じゃないわけー?」
「おやおや、もうそんな時間でしたか」
 戯けて見せる所長に、マッドはもう何も言わない。
 言わない代わりに、ポットから紅茶のおかわりを注いだ。アッサムの良い香りが辺りに広がった。
「三つ巴鬼はこんなことになってしまいましたし、試合は無効にするしかありませんね。非常に残念です」
「あらー? 全然残念そうじゃないわよ、所長」
「ほっほっほ」
「ま、私には関係無いことだし良いけどねー。こんなんでよく部下がついてくるわね」
「人望の厚さというやつですよ」
「自分で言うと嘘っぽくなるわよ? 元々嘘っぽいけどね、所長は」
 失礼極まりないことを言っているが、大して気にならないらしく、所長は紅茶の茶葉が混じったスコーンをマッドに勧めたいた。お店で売っているものよりも少し不格好になっているのを見ると、それはどうやら手作りらしい。
 状況から考えて、恐らく所長が自分で作ったのだろう。
 まだ僅かに残る出来たての香りと温かさを直に感じながら、マッドはそれを小さく手で割って口へと放り込んだ。
「所長、本当はこのゲームで何かを決める気なんてさらさら無かったんでしょ」
 もふもふとスコーン特有のぱさついた舌触りを堪能しながら、マッドは向かいに座る愉快犯へと話しかける。白衣の上に、ぱらぱらとスコーンの食べかすが散らばる。
「今はまだ、決めるべき時では無いからですよ。それに、これから後継者を育てても遅くは無いでしょう? 丁度良い人材が手に入りましたし」
 貴女経由でね、と言ってニコリと微笑む。
「あー……なるほどね」 
「なかなか賢そうな子ではありませんか。教育のし甲斐がありそうです。そうだ、スコーンにジャムなんていかがです? 斡旋の御礼に薔薇ジャムをいただいたんです」
「あら、それは素敵ね」
 所長から渡されたジャムが詰められている瓶には、薔薇のイラストが入ったラベルが貼られている。
 少し力を入れてその蓋を開け、ティースプーンを使ってジャムをスコーンの小皿へと取り分ける。
 スプーンに残ったジャムを行儀悪くぺろりと舐めると、ティーローズ特有の香りが口の中に充満した。
「うーん、これはスコーンよりも紅茶に入れる方が合ってるかもしれないわね…………それにしても、よくやるわー。もしもこのゲームが今みたいにめちゃくちゃにならなかったら、本当に引退が決まってたかも知れないってのに」
「ミス・マッド。何かを作り上げるのは至極大変な作業ですが、何かを壊すことは造作もないことなんですよ」
「随分哲学的なことを言うのね。つまり、雪合戦になってなかったにしても、最終的にはこの三つ巴鬼、めちゃくちゃになってたってわけ?」
「大まかすぎるルールに、何の変哲も無いただのハチマキ。例えば、誰かが一時間以上本拠地に滞在していたとしても、何も分からない。
 そんな、誰がルール違反しても分からないようなゲームが、ちゃんと成立すると思いますか?」
 にっこり。
 所長につられてマッドも、にっこりと笑っていた。
 なんというか、実に自由気儘に生きている人である。当分はこの人が現役で居続けるであろう裏町斡旋所の未来を、マッドは少しだけ憂いておいた。
「…………さってと。私、次の仕事が入ってるから、コヒナタくん回収してさっさとお暇させてもらうわ。美味しいスコーンと紅茶、ご馳走様」
「今度は何処へ行かれるのですか?」
 マッドが椅子から立ち上がると、それを見送ろうとして所長も立ち上がる。
「この国以外の国かしらね。これから行くところはフランス共和国。しばらくはそこに滞在する予定なわけ」
「そうですか。レスティナはお気に召しませんでしたか?」
「んー、結構気に入ってたんだけどね。指導者が替わると、国もがらっと変わるでしょ? だから、念のためよ。所長も、何も知らないわけじゃないでしょ?」
 話を振られて、所長はマッドへ静かに頷く。
 それを見て、マッドは立ち上がったままだった身体をしっかりと彼に向けた。
「まっ、そんなわけだから、もしかしたら二度と会うこともないかもしれないわね。色々アリガト。長生きしてね。で、いざってときは私を呼んでね。これでも私、医者なわけだし」
「頼もしい限りですね。億が一……いえ、兆が一のことがありましたら、是非お力をお借りしたいと思います。その時はどうぞよろしくお願いしますね」
 そう言って、二人は握手する。
 これが最後の握手になるかもしれないのを感じてか、その時間は長いものだった。
 そして、その右手達が離れたと同時に、所長は来たときと同じように深々と御辞儀をした。
「またのお越しをお待ちしております」
 顔を上げると、マッドは既に手を振りながらコヒナタのいる場所まで歩いていた。
 その姿を、所長はいつまでも見送っていた。










おわりのおわり、おわりのはじまり。





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