121.裏町ラプソディ #15[八時ですよ、全員集合!]
前回、百周年記念パーティーで使用された城の大きな広間では、何かの集会で使われていそうな、二十人は余裕で座れる長いテーブルが数台並べられている。広間中に広がるなんとも言えない食欲を誘う匂いで、それが夕食用に用意された物だと分かる。
そして、完璧に用意された席に全ての人間が収まったのを確認し、所長は嬉しそうに何度も頷いた。
「さてさて、みなさん。私が腕によりをかけて作った自慢のカレーライス、遠慮無く食べてくださいね」
にんじん、じゃがいも、たまねぎに数種類のスパイスを絶妙に配合して。ニンニクを少し入れたためか、一層風味がたって嗅覚を魅了する。
隠し味としていれたヨーグルトは、ただ辛いだけでなくまろやかなコクを出すのに一役買っている。
カレーは二日目というのが一般常識らしいが、このカレーは数時間しか煮込んでいないというのにとても美味しそうである。美味しそうなのだが……。
「おや、みなさん。カレーライスはお嫌いですか?」
器に盛りつけられたカレーと、ご丁寧に用意されたミニサラダと食後のデザートであるヨーグルトゼリー。いつの間にそこまで用意していたんだと調理法を聞きたくなる夕食を目の前に、ほぼ全員が微妙な表情をしていた。
これだけ美味しそうな献立なのに、そんな微妙な顔をされては疑問も浮かぶ。
「……好きとか嫌いとか……そういうのではなくてですね、所長」
所長の疑問解消に協力すべく、所長の近くに居たカノンが全員の代弁をする。
「もちろん、心配せずともおかわりはたんと用意してありますよ」
「まるでおれがライスの少なさに不満を感じた大食いキャラみたいな返答はやめてください。じゃ、な、く、て!」
ばんっ、とテーブルを支えにしながらカノンは立ち上がった。
「これはどういうことですか!?」
ぐるりと三百六十度回転しながら、周りを見渡す。数えるのに苦労しそうなほどの人間に、三色揃ったハチマキ達があちこちに見受けられる。
白色桃色水色、ああなんて色とりどりな美しい世界。空回りフルストップ、略してカラフル。
若干の現実逃避をしつつ、無事に元の位置まで回ってカノンは再度テーブルを叩いた。
「なんで三組全員集合しているんですか!」
「何故って、八時だからですよ」
「意味が分からない……!」
カノン・ソリティア、頭を抱えながら無念の敗退。次の挑戦者、アルル・キャラメリゼが立ち上がった。
「言うまでもなく、三組は敵同士のはずですよね? アレグロ所長」
「今は一時休戦です。言ったではありませんか。八時から明朝六時までは三つ巴鬼を休止すると」
「いや、確かに言ってましたけど……まさか一緒に食事をするだなんて……」
チラリと彼が向かい側の席を伺うようにして見る。そこには眼鏡の手入れをする姉の姿があった。
本当はこんな近くの席に座るなど、気まずい上に何を話せば良いのか見当が付かないので嫌だったのだが、自分のネームプレートが置かれた席に座らなければならないので仕方がなかった。
「折角の夕食なんですから、姉弟水入らず、一緒に食事しながら会話を楽しんでみてはいかがでしょう?」
どうやら所長なりに世話を焼いてみたらしい。余計なお世話とはこのことだ。
我が儘を言える立場ならここはカノンの隣の席が良かったのだが、いまはそんな贅沢は言わない。とにかく、誰でも良いから席を変えて欲しい。
丁寧に埃を取っていたアンジュだったが、アルルの視線に気付いたのか、手を止めて弟の姿を目に入れる。
「チッ………………はぁ……」
「会話うんぬん以前に、もはや交わすのが言語じゃねー!」
かなり嫌そうに舌打ちと溜息をお見舞いされてしまった。アルル、精神的に立ち直れそうにないので途中敗退。カノンが敗者復活戦に臨む。
「えーと、つまり、いまだけは三組仲良くにゃんにゃんしろということですか」
「ええ。せっかく夕食を共にするんです。仲良くにゃんにゃんしてください」
取りあえず、にゃんにゃんすることになった。
「……カレーの食べ方には、少しずつルーをライスにかけて食べる食べ方と、最初から混ぜ合わせる食べ方があるんだって……アサはどっち派……?」
「ぎにゃあああああああ! なんでストーリーテラーさんが隣に居るんですか!?」
派手にリアクションを取ったため、水がまだ入っていたコップが倒れたり手に持っていたスプーンを落としてしまったりと忙しい朝飛。そんな彼を気にすることなく、今度はジャガイモにターゲットを絞ったのか、人外との会話を試みたハクトがぶつぶつを独り言を言い始める。
「ジャガイモ的には、一口で食べられた方がいいのか……それとも少しずつ味わうように食べられた方がいいのか……」
さすがに向かい側で座っているレオラもハクトにはつっこまない。
つっこまないかわりに、朝飛のスプーンが使えなくなったので、余っていた新しいスプーンを彼に渡す。
「あーあー……落ち着いて食えよアサヒ。ほら、替えのスプーン」
が、朝飛はスプーンではなくレオラの腕をがしっと掴んで、必至の形相で頼み込んだ。
「お願いしますレオラさん、席を替わってください。一生のお願いです」
「ごめん無理。オレもハクト苦手」
「ひ、酷いです! 一生のお願いを使ったんですよ!?」
出会いが最悪だった為か、どうもアレルギー症状が出ているようである。ハクトはジャガイモへの交信を断念して、再度朝飛への交信を試みる。
「おすわり」
朝飛は犬か。
自分の隣の席をぽんぽんと叩きながら、ハクトは眠そうなのか不機嫌なのかよくわからない表情で朝飛を見た。たぶん、あれがいつもの表情なのだろう。
「え、でも……だって、その……ストーリーテラーさんはストーリーをテラーするじゃないですか」
「まあまあ、お座りなさいな……」
あからさまに拒絶反応を起こされたが、気にせずにハクトは同じ言葉を言った。今度は椅子ではなく、朝飛の頭を宥めるようにぽんぽんと叩きながら。
「もう怖い話はしないから、大丈夫……」
力が抜けたようにストンと座った朝飛を見て満足したのか、サラダのヤングコーンをもしゃもしゃと咀嚼しはじめた。
どうやら食感が気に入ったようである。まだ手を付けられていない朝飛のサラダをじーっと見つめて、フォークで指し示す。
「アサ、これいらない……?」
「あ、どうぞ」
なんだか毒気を抜かれてしまった。ハクトは嬉しそうにヤングコーンへとフォークを伸ばし、もしゃもしゃとまた食感を楽しみ始めた。
ふふ、と朝飛が苦笑いと似た笑みを浮かべて言った。
「なんだか、調子が狂います」
ゆるいのか、天然なのか。たぶん両方だろうが。まるで大きな子供のようである。
「そこが苦手なんだよ、オレ」
レオラが疲れたように言った。
「レオ、これ……」
自分のサラダをじーっと物欲しそうに見つめてくるハクトに、無言でヤングコーンを献上した。
意気揚々とフォークを突き刺す姿はとても嬉しそうである。恐らく自分と同じか少し上であろう年齢の青年は、精神年齢はここの誰よりも低い気がした。
「所長が言ったことにも頷けるよ。便利屋より、都合屋向きだな。無意識な所が難儀だけど」
「へえ、ストーリーテラーさんは都合屋なんですか」
「アサは、俺のことをハクトって呼べばいいと思う……」
「あ、はい。ハクトさん」
周辺のヤングコーンを全て平らげ、やっとメインディッシュであるカレーへと手をつけていたハクトがゆっくりと相槌を打つ。
「ん。所長が、そっちの方が似合ってるって言ったから……仲間外れの都合屋なんだ……。裏町業になれるなら、なんでも良かったし……」
「仲間外れですか……言い得て妙ですね」
「クウも同じこと言ってた……」
弟の名前が出て、ぴくりと朝飛の眉が上がる。
「へーえ。どこぞの不精者と同じ感想を言ってしまうだなんて、失言でしたね」
「あれ? レオラ、今日は粗大ごみ回収の日だったの? こんなところに大きなごみがあるけど」
丁度朝飛の後ろの席に座っていたクウヤが、わざわざ振り返りながら減らず口をたたいた。クウヤの隣では無表情にカレーを食べるフィンが居た。
「ああ、そんな所に居たの? 存在感が空気みたいだから気が付かなかったよ。ごめんね」
絶対に気付いてた。
「いいんだよ兄さん。僕こそ、使えなくなって置き場所に困った粗大ごみと間違えてごめんね。ああ、別に兄さんが邪魔で仕方ないと言ってるわけじゃないんだよ?」
「もちろん分かってるよ。ああそうだ、さっきの表現は間違ってたね。空気みたいじゃなくて、空気よりも存在感が薄いんだったね」
ぱちぱちと、静かに火花が散る。この兄弟、未だに喧嘩中だったようだ。
いつもなら先に折れるのは兄である朝飛だったが、今回はまだ折れる気はないらしい。珍しく長期戦に持ち込んだ喧嘩だった。
「……いい加減にしてくれ。あっちで姉弟喧嘩、こっちも兄弟喧嘩。ちょっとはソリティア姉弟を見習え」
クウヤの隣で既にヨーグルトゼリーへと手を付けていたフィンがうんざりするように言った。彼の頭の上のサスケまでちゃっかり頷いている。
そんなフィンの一言にも耳を貸さずに二人とも無言で睨み合う中、ふと自分の皿の異変に気付いたレオラが声を出す。
「あっ! ちょ、ハクト、お前何してんだよ!」
「……カリフラワー、いらない……」
いやいやと首を左右に振りながら、いつの間にかハクトがレオラの皿へとカリフラワーを移し替えていた。レオラの皿にはカリフラワーがてんこ盛りになっている。
朝飛とクウヤの肩ががくりと下がる。
「「調子狂う」」
当の本人はというと、クウヤのヤングコーンを狙っていた。
「姉貴、水取って」
「それくらい自分で取りなさい」
「なんでだよ。姉貴のが近いじゃん……って、危ね!」
あからさまに嫌々水入れを取り、中身が零れるのではないかと思うくらい乱暴にアルルの前に置く。
なんとかアルルが歩み寄ろうとしているものの、アンジュはなかなかその姿勢を変えようとはしなかった。
わざわざこっちが譲歩しているというのにいつまでもこの態度でいられることには腹が立つことこのうえないが、どちらかが向かい合おうとしなければ、これからもずっとそっぽ向いたままで終わってしまいそうで。それが怖くて、アルルは無言で水をコップへと入れた。
「……あ、入れすぎた」
「…………」
「…………」
沈黙が肌に突き刺さるように痛い。周りは案外賑わっているのに対して、自分達の周りだけ静かなのが余計に痛い。
そういえば、昔の自分達は一体どうやって会話をしていたのだろう。
アンジュが家を出たのが、およそ十年前。ということは、十年間まともな会話をしていないことになる。最後が喧嘩別れに近かった所為か、今更何を話せばいいかさえ分からない。そもそも、謝った覚えも無ければ、謝られた覚えもない。この場合、謝罪から入るべきなのだろうか。
いや、とアルルはかぶりを振る。自分は悪くない、はずだ。なのに何故謝らなければならないのだ。
「水。貸して」
「あ、うん」
会話、というよりは、さっきから必要最低限の言葉しか交わせていない。
昔はこんなんじゃなかった。九つも歳が離れているわりには仲の良い姉弟だったと自分では思っている。
しかし思い直してみる。向こうは、そんな風に思っていなかったのではないか?
父親や母親とは定期的に連絡を取っていたようだが、自分に連絡をくれたことは一度として無かった。アルルから、一度だけ電話をしたことがあるくらいだ。それさえもつんけんした態度で応対されたが。
段々と怒りや苛立ちといった感情から、淋しさや悲しさの方が勝ってきた。
慕っていたのは、自分だけだったのかもしれない。例えば、二人で作った秘密基地も、探検だと称して通った裏道も、姉は覚えてさえ居ないのかもしれない。
意を決して、アルルはアンジュへと再度声を掛けてみた。
「……あのさ」
「言っておくけど、私は謝らないわよ」
切り捨てるように放たれた言葉。そんなことを言うために声を掛けた訳じゃないのに、勝手に解釈されては困る。
右下がりになっていた怒りの感情がぐいぐいと上を目指しはじめ、ついに頂点に達した。
むすっとした表情を隠しもせず、アルルはカレー皿とコップだけ持って急に立ち上がった。
「ああ、そうですか! あんたと食べてると、美味いものも不味く感じるよ!」
「何処へ行くの?」
「どこだって良いだろ……あんたには関係無いし」
「関係無いことなんて、」
「俺は俺の好きなようにするから。あんただって、そうやって十年前に俺を置いてったじゃねぇか!」
アルルは、自分が言ったことを特に何とも思わなかった。ただ思ったことを口にしたまで。
だが、アンジュは確かに表情を変えていた。悲しそうな、まるで有罪だと突きつけられた、無実の囚人のような顔に。
「そうね。私には関係の無いことだったわね」
このまま去るのも気まずい。何故自分がそんな思いをしなくてはならないのか納得行かないが、アルルは背を向けた状態で
「…………カノンちゃんとこ!」
吐き捨てるように言って、二列向こうのカノンの所へと足早に去っていった。
「まったく、二人して言葉が足りないんだから……」
その様子を遠くから眺めていたフィンが、サスケにしか聞こえないくらいの音量で呟いた。
『フィンが間に入ってはどうです?』
「やだよ、面倒臭い」
サスケの提案を一蹴しながら、アルルの歩いていった方向に目を細める。ちょうどカノンと何か喋っているようだ。それから程なくして、ちょうど空いていたカノンの左隣の席へと着くのが見えた。
「それに、こういうのは部外者が立ち入るべきじゃないよ。本人達が解決すべき問題だ」
次にアンジュへと目を移すと、一部始終を見ていたのか、護衛人パレット・タルトレットが先程までアルルの座っていた席へと腰を掛けていた。
アンジュは愚痴を聞いて貰っているのか、くるくるとスプーンを無意味に動かしながら口を動かしていた。
『ですけど、』
「下手に首をつっこむとね、ああいう風になる」
『あー……』
フィンが顎だけで指し示した方向、サスケが振り向いたそこには、クウヤに蹴りを入れられ、朝飛に罵倒をきせられているレオラの姿があった。なんというか、見ていない間に可哀想な状況になっている。
「つくづく間の悪い奴だ」
火花を散らす桐生兄弟の仲を取り持とうと間に入ったところ、どうやらそれは火花なんて可愛らしい物ではなく、ダイナマイトの導火線がちりちりと燃える音で、レオラは見事に暴発を招いてしまったようだ。
『人が好いんですよ、きっと』
「それにしても、あの中で平然とデザートを食べ続けるだなんて、相当の大物と見たよ」
ちょうどどさくさに紛れて三人分のデザートをお腹に収めていたハクトが、台風の目となった喧嘩の中心でぼんやりとスプーンをくわえていた。
あれは、まだデザートを狙っている顔と見た。
『混沌としていますねぇ……』
「触らぬ神に祟りなし。明朝六時が開戦時刻だっけ? それまで眠っておこうかな」
レオラのギブアップを告げる声が涙声となって響き渡った。
「首! 首しまってる! ギブギブギブギブ……ロープロープ!」
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