間奏曲 弐曲目[不思議な兎の少年は]
ここは不思議の国。
ある一人の便利屋の少女カノンが木の下で昼寝をしていると、
目の前を兎の耳を生やした少年が、懐中時計を持って、それはそれは忙しそうに走って行きました。
ある、昼下がりの出来事でした。
「あー忙しい忙しい! ってか本気で忙しい! あーあ、ほんっと忙しいなあ、もう!」
文句をぼやきながら走ってくる兎耳の少年を、便利屋の少女はじっと見つめていました。
少女の名前はカノン・ソリティア。
肩につくかつかないかの金髪で蒼い目、見掛けは十代中頃です。
今、もしも青い可愛らしいワンピースを着ていなかったら、少年に間違われるんじゃないかと言うくらい言葉遣いが悪い、男勝りな少女です。
そんなカノンの目の前を、兎耳の少年はさも忙しそうに走っていきます。
「いっそがしい、いっそがしい!」
昼寝の途中でしたが、好奇心に負けてカノンは立ち上がり、いまさっき忙しそうに走って行った兎少年(勝手にカノン命名。見た目通りです)の後を追う。
……と思いきや伸びをしました。
「ふあー。いい天気だなあ」
「って違うだろ!」
思わず戻ってきた兎少年。
「やあやあ、兎少年。おれになんか用?」
「いやいやいや何か用って! っていうか兎少年って! ネーミングセンス悪っ! 俺にはちゃんとした名前があるの。ユリウスっていうんだけど、ユーリで良いよ!」
「へえ、お前ユーリって言うんだ。おれはカノン、カノン・ソリティア。ユーリはおれに依頼があって戻ってきたんだろ?」
「依頼って何? ていうかさ、便利屋って何? 俺さっきから、お前の耳に入るようわざとらしく連呼してるとおり凄い忙しいんだけど」
やはり、あの「忙しい」という台詞はわざとだったようです。自分で早速ばらしました。
そんなことも気にせず、カノンの顔がパアッと輝きました。
「え、便利屋を知らない? よし、じゃあ宣伝するから目の穴かっぽじってよく聞けよ!」
「いや耳だから! その前に兎だから、耳をかっぽじらなくたって十二分に聞こえるから!」
カノンは息を思いっきり吸うと、一気に
「……お出かけ最中に気になった火の元の確認から!
最近女の子にモテ始めたキザなライバルの! 人には言えない弱み入手まで!
どんな内容でもこなす街はずれの便利屋! です!」
それはもう、一息ではき出しました。
そんな怪しげな宣伝文句に、やはり突っ込まざるを得ないユーリ。
「え、最後の方ちょっとおかしくないか? 弱み入手って……」
「なんでもするのが便利屋の専売特許ですから。で、なんか頼みたいことある?」
ユーリは大きな耳をピンとのばして怒りました。
「いやいやいや俺は依頼とかをしにきたんじゃなくって、この忙しい中、お前をつっこみにわざわざ戻ってきたんだよ!」
「おれの行動のどこにつっこむ隙があるんだよ」
カノンはその身長差を利用して、上から睨みました。態度のでかさと、身長だけは一品のようです。
「どこって、あそこは伸びをする所じゃなくって俺を追いかける所だろ! 兎の耳がある子供だぜ、気になるじゃん!」
「いや、人の趣味まで気になりませんし」
「趣味じゃねーよ! 取りあえず、追いかけてこいよ!」
カノンは不満そうにユーリに反論しました。
「追いかけるより、追いかけられる恋の方が燃える……」
「えー、そうか? 俺はやっぱり好きな子に気持ちを伝えるためには追いかける恋のほうが……って違う! その『追いかける』じゃない!」
素敵なノリツッコミでした。
「うーん……やっぱり『幸せ』って言うのは、追いかければ追いかけるほど遠のいてゆくもんなんだよ。そこで、ふと立ち止まってみれば『幸せ』なんて案外近くにあるもんなんだよ」
「そうそう。何気ない日常こそが掛け替えのない宝物……ってお前の幸福論なんか誰も聞いてない!」
素晴らしいのりとつっこみでした。しかしこれでは埒があきません。
このままでは永遠にくだらない会話が続いてしまう!
そう思ったユーリは、強引に話を進めて行くことにしました。
「もう追いかけるどうのこうのは良いよ。俺は忙しくて走っていく。お前は気になって追いかけてくる。これもう決定事項だかんな!」
「異議あり!」
「はい、どうぞ」
「面倒くさいので追いかけたくありません!」
「はい却下! お前が動かない限りこのお話は進まないの! 決まってるの!」
「えー、なんでー? 誰がそんなこと決めたんだよ。何月何日地球が何回まわった日?」
「屁理屈と駄々を一緒にこねるな! もうこれは運命ってやつなの!」
ユーリがそういった瞬間、頬に強い衝撃が走りました。
「この大馬鹿野郎!」
ビンタです。どんなに自分よりも小さくても、容赦なくビンタです。大人げないです。
「はあ!? なにがだよ! 俺のどこが馬鹿なんだよ!」
カノンに殴られた頬をさすって、ユーリが言い返しました。
「運命って言うのは、自分たちの手で切り開いていくもんじゃないのかよ……!」
熱弁です。白々しすぎる、熱弁です。
「……! 自分たちの……手で……?!」
引っかかってます。思いっきり引っかかってます。
「そうさ……そうやって、新しい物語を完成させていくんじゃないか!」
「カ、カノン!」
がしっ。そんな音が付くくらいに抱き合う二人。どうやら、これが運命が変わる瞬間のようです。
と、いうわけで。
すっかり騙された兎少年ユーリはカノンと一緒に日が暮れるまでたくさん遊んで、お話しして、この便利屋のカノンというちょっと不思議な少女と友達になることが出来ましたとさ。
まあそこそこめでたしめでたし。
*****
「いや何がどうめでたし!?」
がばっ、と毛布ごと飛び上がったカノンはそのまま床に転げ落ち、小指を本棚の角にぶつけてしまいました。
声になりきれなかった声を出して、すぐに目を開けます。
そこには積み重ねた本があるだけです。そういえば昨日、イギリスの有名な作家の本を古書店で大量に購入したのでした。
「……夢か。どうりで変だと思った」
そう呟いて二度寝をしようとベッドに戻ると、ルイス・キャロルの有名な本が枕元に置かれていました。
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