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111.裏町ラプソディ #05[走るなメロス]
「アルルが動いた」
 桃組、囲いの中でぽつりとフィンが声を出した。彼の肩にはサスケが止まって、今まで見てきた状況を全て話していた。
「そうですか」
 興味が無さそうな声でアンジュが答えた。今はほとんどの仲間達が外へとハチマキ狩りに出掛けている。クウヤがいることもあってか、みんなはなかなか強気である。
「……ねえ、キャラメリゼ。一つ提案があるんだけど」
「はい?」
「一旦、みんなを戻した方が良いかもよ。結構な数が狩られてる。桃組の損失分は三十二本……だってさ。三チームの中では最高本数だよ」
 アンジュが苦虫を噛みつぶしたような顔をして、フィンの手元を見る。フィンはサスケから得た情報を綺麗に紙の上へと整理していく。
 そこへ書き連ねられる、数。
 白組、奪取数十一本、損失分十一本。結局はプラスマイナスゼロだ。
 桃組、奪取数十一本、損失分三十二本。白組と違って、二十一本の損失を被っている。
 そして圧倒的に多いのが水色組。奪取数三十二本、損失分十一本。唯一の黒字である。
「水色組は三人一組、もしくは二人一組の小編成で動いているみたいだ。その中でも、キリュウ・コウヨウツキ・レオラリアナ組が最も奪取数が多い。桃組のほとんどがこのチームにやられてるよ」
 これは案外やばいかもしれないね、と若干楽しそうな声でフィンが言った。
「それにしては、誰もスペアを取りに戻ってきませんが」
 疑うわけではないが、数字の上では三十二人やられているのだ。それならば何人かスペアを取りに戻ってきてもいいはずだ。だが、この囲いの中にはさっきから、フィンとアンジュしかいない。いや、サスケが出たり入ったりしていたが。
「面白いことになってるよ。ふふ……考えたね、キリュウ。どうやら動くこともままならないまでに攻撃を加えているらしい。羊の皮を被った悪魔だね」
 戻りたくても、戻れない。そうなっていく仲間達が多いのだ。
 のんびりしていては、全滅させられてしまう。
「……分かりました。一度作戦を立て直しましょう。全体観測、全員に連絡をお願いします」
「了解。サスケ、疲れてるだろうけど、頼むよ」
『承りました!』
 そう言うと、サスケはまた囲いの外へと飛び出していく。森の中に鳥が飛んでいたって不思議はない。流石に首元にリボンを付けた鴉は珍しいが、まさかサスケまでこの三つ巴鬼に参加させられてるとは思わないだろう。
 サスケは桃組の人間達に帰還命令を伝えていく。
 そして命令を受けた者から、次々と帰還してくる。じわじわと増えてくる囲いの中、その様子をフィンはいつになく楽しそうに見ていた。
「さて、どんな作戦を立てようかな」
「楽しそうだね」
 声を掛けてきたのは、いつの間にか帰ってきていたクウヤ。少々不満そうである。
「そうだね、いつもに比べれば幾分か楽しいよ。キミはそうでもないようだけど」
「不満だらけだよ。……ねえフィン」
「なに?」
「フォアグラって、高いよね……」
 かなり関係の無い話だった。
「……それは、物によると思うよ」
 たぶんアルルのことだろうなと思いつつ、フィンは返答を返した。自分の兄弟子は相当嫌われているらしい。実の姉からも毛嫌いされているようだし、なかなか可哀想な奴だ。





*****





「うーん……」
 木の上からぐるりと辺りを見回す朝飛が、困った表情で唸る。右手を目の上に当て、遠くまで見えやすくしてみるが、そこにあるのは緑ばかり。時々人を見つけたとしても、自分の仲間である水色組の姿くらいである。幸運なことに、まだ白組の姿は見受けられない。狩られる心配は無さそうだ。
「桃組さん、消えちゃいましたねー」
 丁度彼の向かい側の木の枝に腰掛けて、その長い髪を風に遊ばれている朝葉香へと声をかけた。
「おかしいですわね。先程教えてくださった方は、ここ周辺に世外れの都合屋が徘徊すると仰ってましたのに」
「教えてくれたんじゃなくて、拷問したんだろ……」
 朝飛と同じ木、彼よりも一段上の枝の上から呆れたような声が降りた。レオラがげんなりした表情でぼそりと呟いていた。だがそれを聞き逃すことなく、朝葉香はギンと視線を向ける。
「お黙りなさい、役立たず」
 鋭利な刃物が投げられたように、言葉が刺さる。落ち込むレオラを見て朝飛がなんとか声を掛けるが、一番活躍している人に言われてもそれは慰みにならない。
「それはそうと、桃組が一人も居ないのはおかしいですわ。きっと警戒されましたわね」
 それもそうだ。これだけのハチマキを取られて何も無いわけがない。きっと作戦会議か何かを始めたのだろう。
 朝飛は自分の懐にあるハチマキを見て言った。
「一度、本部に戻ります? このハチマキを預けにいかなきゃなりませんし、ハルナさんから新しい情ほう……」
 言葉を最後まで紡がないまま、朝飛は身体を硬直させた。その様子を感じ取って、朝葉香も厳しい表情を見せる。
「囲まれてますわね……」
「二人…………いえ、三人でしょうか?」
 木々の合間から様子を伺って、レオラが苦笑いしながら言う。
「オレと朝飛の後ろに一人、コウヨウツキの後ろに二人だな」
 三人が顔を見合わせる。囲まれたときの対処法はすでに計画済みだ。バラバラに逃げて、十分後に同じ場所で待機すること。
 レオラが聞こえるか聞こえないか分からない程度の声で合図を出して、
「それではお先に失礼しますわ」
「ちっ……逃げたぞ!」
 最初に木から降りたのは朝葉香だった。着物を着込んでるとは思えないほど軽やかに飛び降り、素早く茂みの中へと走り去った。
「エメロッダ、ルッチ! アサヒとアサハカを追え!」
 聞き慣れた声が聞こえた。その声に反応して、二つの影が朝葉香の後を追う。残りは一人……先程命令を下した人物だ。朝飛はいつの間にか逃げていたようで、木にはレオラしか残っていない。
 嫌な予感がする。
 レオラは自分の居た木から朝葉香の居た方へと飛び移る。
「甘い!」
 だが、すぐに同じ枝に金髪の少女が飛び移ってきた。レオラにとって、出来れば見たくなかった顔だ。
「くたばれ、セリヌンティウス!」
 自分とはまた違った金髪を持った少女、カノンが飛びかかってきた。
「待ってくれ、メロス!」
 慌てて木から降りて森を抜ける道を走り出すが、それを見逃すほどカノンは甘くない。
「逃げるな!」
 走り出したレオラを、同じように走って追いかけてくる。 
「うわ、走るなメロス!」
「走らないメロスはただのメロスだ! ついでに言うと、セリヌンティウスは親友の為に身代わりになるんだって知ってるか?」
「オレはしないからな! オレはセリヌンティウスみたいにお人好しじゃないからな!」
 林を縫うように走る二つの金色。今は森の中だが、外へ出れば隠れる場所も何もない。
 レオラは速度をあげてみるが、カノンも負けじと付いてくる。男勝りなのは結構だが、この場合では困る。一応、二人の間は一定の間隔が開いているが、いつ追い付かれるとも限らない。
 まずい。
 そう思ったとき、後ろから声が聞こえた。
「カノンさん見つけた!」
 男にしては高い、女にしては低いこの声。秘書のチームの要、クウヤの声だ。
「げ!」
 バッとカノンが後ろを振り返るが、そこにクウヤの姿は無い。
「クウヤ? どこだ!? 出てこい!」
「嫌です。ハチマキを渡してくれるなら話は別ですけど」
 立ち止まったカノンは、さっと木の近くに寄り、背中を取られないようにする。四方八方まで気を散らしていられない。
 レオラはもう既に逃げ切ってしまったようだ。

「……危なかったー……」
 カノンが身を寄せた木のすぐ近くの茂みの中、レオラは逃げ込んでいた。荒い息を元に戻しながら、今の状況を把握する。
 自分が逃げ切ることが出来たのは、カノンの敵であるクウヤの声が聞こえたから。
「無駄な抵抗はやめた方が吉ですよ」
「うるっさい!」
 だが、レオラは知っている。この場にクウヤは居ない。彼の隣にはクウヤの声を出しながら、彼女の様子を伺う朝飛がいるのだから。
 クウヤの声がしない方へ、じりじりと後退を始めるカノン。
「間一髪でしたね」
 クウヤの声ではなく、自分の声で話し掛ける朝飛。
「おう……助かった」
 レオラも小声で礼を言う。
 そういえばクウヤも声真似や人真似が得意だった。きっと桐生家の忍の専売特許なのだろう。なんにせよ、朝飛の声真似のおかげで何を逃れられそうだ。

 だが、世の中そんなに都合良くいけば、都合屋はいらない。

 カノンがさっきまでとは違い、少し含んだ笑みを見せながら声をあげる。
「クウヤ、お前は桃組だったよな?」 
「ええ、そうですが」
「おっかしいなー……。アルルの情報では、桃組はいま、メンバー全員に帰還命令が下されている。お前は戻らなくて良いのか?」
 朝飛が言い訳をしようとして、背後に何かの気配を感じた。
「ルッチ、いまだ!」
「え? わあっ……レ、レオラさん! これを持って逃げてください!」
 捕まる寸前、朝飛はいままで奪った桃色のハチマキを全てレオラへと投げた。それを上手い具合に受け止めたレオラは、一目散に走った。
 残ったのは、カノンの倍はあるかと思われる身長の男と、その男が持つ虫取り網のような物の中に見事に捕らえられた朝飛と、満足げなカノン。
「アサヒ、取ったりー! いえーい、ルッチ最高!」
「つ、捕まってしまいました……」
 網の中で、身動きが取れなくなった朝飛が脱力したように呟く。
「悪いな、刀の坊主。まあ、嬢ちゃんの方が一枚上手だったってことだ」
 そう言ってルッチは豪放な笑いを響かせた。彼の後ろからは、若いポニーテールをした女が現れた。
「おかえり、エメロッダ」
「カノン、ごめんなさい。アサハカ・コウヨウツキ、見失っちゃったわ。後ちょっとで追い付きそうだったのだけど」
 両肩を上げながら申し訳なさそうにするエメロッダに、カノンはじゃーんと効果音を付けて朝飛の入った網を両手で指し示す。
「水色組の最強三人組の一人、アサヒ捕獲成功ー!」
「やるじゃない!」
 わいわいと楽しそうに話しだす女二人組。朝飛は自分を持っている網の持ち主、ルッチへと伺うように声を掛けた。
「あのー……取るならどうぞ早くハチマキを取ってください。僕、まだスペアが残ってるんで本部に取りに帰らないと……」
「そうしてやりたいのは山々なんだけどなぁ。嬢ちゃんの作戦では、このままお前さんには、俺達と一緒に白組の本部に来てもらうことになってんだ」
「はぁ………………はあ!?」
 大声を出した朝飛に、カノンが顔を顰めながら振り向く。
「どうしたんだよ、アサヒ」
「ちょ、ちょっと待ってください。僕がなんで白組の本部に連れていかれるんですか? これはハチマキ争奪戦なんでしょう?」
 網の中の朝飛が混乱しながら訊ねると、エメロッダがちっちっち、と人差し指を左右に振りながら口端をあげた。
「甘いわね、アサヒ・キリュウ。水色組の最強チームの一人をそう易々と帰すわけないでしょう? 貴方をもう一度敵に回すのは厄介だもの」
「そういうこと。お前には捕虜になってもらうつもり」
 朝飛の顔がさあっと青ざめる。隙を見て逃げたい、が網の中へ虫のように捕らえられては、身体が思い通りに動かない。
 そんな朝飛の腰から、ルッチが刀と、刀に結ばれたハチマキを取り上げた。
「お、追風! 返してください!」
 どうやらハチマキよりも刀を奪われたことのほうがショックだったらしい。網から必死に腕を伸ばして、刀の名前を呼ぶ。
「ほい、嬢ちゃんパス」
 ルッチのごつごつした手から『追風』がひょいとカノンへ渡される。それを受け取ったカノンが嬉しそうに朝飛の目の前にちらつかせる。
「やーい『追風』ゲットー。欲しかったらここまでおいでー」
「子供みたいなことしないでください……! 『追風』は友達から貰った大切な刀なんです、お願いですから返してください!」
「駄目。捕虜から武器を取り上げるのは基本中の基本だろ」
 それを聞いて、しゅんと項垂れる。可哀想だが、彼に武器を持たせたままにしておくのは危険すぎる。
 知らないわけではない。アルルから聞いた情報によると、桃組が奪取されたハチマキのほとんどが、朝飛によって奪われたらしい。用心しておくにこしたことはない。
「……素朴な疑問なんですが」
「なんだ?」
「本部に連れて帰るって言っても、本部に入れるのはチームのメンバーだけですよね? 僕は一体どうなるんですか?」
「安心しろ。囲いの外に捕虜を固めておく場所を作ってあるから」
 用意周到なことだ。白組は強い者を捕らえ、弱い者が動き出すのを待つ作戦に出たようだ。
「レオラさん、ちゃんと本部に着いてるといいんですが……」
 朝飛は網の中、足が上がったままの窮屈な姿勢のままぼんやりと呟いた。









 


「あーあ……また魁に怒られちゃうよ。この前小刀壊したばっかりなのに、追風まで捕られて……あーあ」






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