10.All people are solitary. Is it really true?
ジン・ソリティアの墓の前で、カノンはまだ濡れていた。
雨は段々と酷くなってくる。その中でただ一人、しゃがみこんだまま。
「雨、酷いなあ」
ぽつりと呟いた。
「なんでかなあ。ユーリをちゃんと思い出せないんだよ」
またぽつりと。
「おれって最低だよね。ユーリと過ごした日々がとても大切だったことは分かるのに、どうしても思い出せないところが増えていくんだ。忘れるつもりなんて、全然無かったのにね」
雨が、地面を叩く。
「あんたには結局言わなかったけど、ユーリからの手紙、まだ持ってるんだ」
カノンの声が小さく震える。
「ユーリからの、最初で最後の手紙。捨てられないんだ」
墓地は、静かだった。
*****
ユーリが貧民街を去った次の日から、国軍の建物の門前で一日を過ごすのが私の日課となった。
すぐに帰ってこないのは分かり切っていた。
それでも、少しでも彼の近くにいたかった。たとえ分厚い壁が二人の間にあるとしても。
ユーリは絶対帰ってくる。疑うことすらしなかった。
「ユーリが……死刑判決になった……?」
もう何ヶ月もユーリが出てこないので、いつも門前で顔を合わせている憲兵にユーリの安否を聞いたら、そんな有り得ない答えが返ってきた。
「えっと、どういうこと? 死刑、され、ちゃうってこと? ユーリが?」
憲兵は何も言わなかった。
「ちょっと待ってよ、ユーリは書類盗んだだけだろ? 私には、それがどんだけ大事か分かんないけど、死刑って、そんな……なんで」
憲兵は周りを注意深く見てから、私の目線にあわせるように腰を屈めた。
「ユリウス・シュトラスの罪はさして重いものでは無かった。本人も反省はしていたし、何より相手は子供だ。それも、身よりのない子供だ。冷徹とはいえ、それくらいの慈悲をかけてやることくらい軍にだって出来る。だが……」
声のトーンを落として、さらに小さい声で続けた。
「中には、権力を振りかざして事を大げさにする奴らもいる。例えば、軍人の銃を致命傷を避けて撃ったこと……」
まさか。
「撃たれたヤツって、偉い人だったの……?」
憲兵は苦い顔をした。
「ああ。名家の御曹司だ。本当に、ユリウス少年は不幸としか言いようがない」
話し終えると、憲兵はすぐに立ち上がり元の体制に戻った。何事も無かったかのように。ずっとそこで、立っていたかのように。
ユーリが、汚い大人の所為で死ぬ。そんな馬鹿な話、あってたまるか。
私は限界まで大きく息を吸った。そして、吐き出す。
「ユーリッ! 居るんでしょ!?」
「な!」
街の人が歩みを止める。さっきの憲兵が私を押さえる。
「やめなさい!」
「五月蠅い五月蠅い! ユーリ! なんで!? ねえ早く帰ってきてよ!」
「やめなさいと言っているだろう!」
憲兵が注意したその声よりも、もっとずっと大きな声で、私は思っていること全てを吐きだした。
「じゃあユーリを返してよ! 返して! お願いだから!」
「何あの子……」「何の騒ぎだ?」「ユーリ…?どこかできいたような」「あああれだ、今度死刑になる……」「そんなヤツがどうしたって?」「汚い子供だなぁ」「貧民街出身じゃねぇの?」「死刑囚の知り合いか…」「最近はあんなのが多くて軍も大変だな」「まったく子供に悪影響だ」「あの子供も裁けば良いのになぁ」「本当。貧民街なんてどうせまともな人間いないんだから」「人間って言うより動物だな」「…ユーリって誰だ?」「ほら、昔軍にいたガキ」「兵器の設計図盗んだヤツよ」「自業自得だな」「憲兵さん、あんな汚い子撃ってしまえばいいのにねぇ」「おいおいそれは不味いだろう」「どうして?」「どうせ貧民街からきたんだろうし……」「あんなの一人や二人ねぇ」「本当、汚い子供ね」
五月蠅い、五月蠅いよ。思わず耳を塞いでしまいたくなるような、汚い言葉ばかり。
ユーリは悪くない。何も悪くない。
悪いのは、何も知らないお前等だ。汚いのは、お前等だ。
「軍は……! 弱いヤツを、助けるんじゃないの!? なあ! なんとか言えよ!」
「……すまない」
謝って欲しくなんかなかった。ただ、ユーリを返して欲しかった。
それからはもう、街には行かなかった。
ユーリはまだ死刑になってないらしく、毎日拾う新聞にはユーリのことを悪く書いたものしか無かった。
どの記事を見ても、ユーリが優しいことや、必死で生きてきたこと、辛いのを我慢してたことなんて書いていなかった。誰も、何も知らない癖に、知った風な顔をする。世界は汚い。
結局あれから、ユーリの死を知るのが怖くて、私は街に行けなくなった。
「ユーリは、まだ元気かなあ……」
大切な人が死んでしまうかも知れないのに、街に出ていけない自分が殺したいほど憎かった。
大切な人の死を知るよりも、自分が独りだというのを知ってしまう方が、途轍もなく恐ろしかった。
ユーリのように、私は他人のことまで考えてあげられない。自分が傷付くのが、一番怖い。
「ごめんなさい」
このボロボロな小屋は、一人では広すぎるんです。
「ごめんなさい、ごめんなさい。弱くて、ごめんなさい」
私がもっと強かったなら、貴方の無実をあの汚い街で叫び続けられただろうか?
もう祈るしかなかった。祈ることしか出来なかった。どうか心優しい方が、彼を救ってくれますように、と。
風も、雲も、なんにも邪魔しない真っ青な青空。
そんな綺麗な日に、ユーリは死んだ。
私にユーリの死を知らせにきたのは、門前に居た憲兵だった。
「彼から、ユリウスから手紙を預かってきた」
私は開けるのを戸惑った。見ない方がいい。
見てしまえば、ユーリの死を認めることになる。
「辛いと思うが、読んであげてくれないか? 彼は、それを望んでいたんだ」
「うん……」
見なければ。読まなければ。もう逃げてはいけないから。もう二度と、逃げてはいけないから。
彼の死と向き合わなければいけない。
白い封筒を開けると、小さな紙が一枚。
便せんには、お世辞にも綺麗とは言えない字で。
『ありがとう。
俺の家族で居てくれて。
お前と一緒にいたことは絶対に忘れない。
ありがとう。』
ユーリの遺書は短いものだった。短すぎて、短すぎる所為で、最後に「また明日」って書いていても不思議じゃないくらいで。
なのに、どこかの奥が熱くて、何かがこみ上げてきて。ああこれが悲しいってことなんだって分かった。寂しいって事なんだ。
思い出した。これが、独りになるってことなんだ。
「君の声が聞こえたと、言っていた。自分はなんて幸せなんだ、と私に笑って言った」
憲兵はそれだけ言うとすぐに去っていった。
小屋には私と、手紙だけになった。
隣には、ユーリが居た気がする。
ありがとう。
私を家族だと言ってくれて。
ありがとう。
こんな弱くて、貴方の死から逃げようとした私を家族と呼んでくれて。
ありがとう。
貴方と過ごした日々は忘れない。
どうか、安らかに。
遠くから見るこの世界が、せめて貴方の眼にうつくしく映りますように。
*****
墓石を打つ雨音が、徐々に少なくなっていき、そして消えた。
「これでおれの話は終わり」
カノンが十字架に向かって言った。
「雨、すっかりやんだね」
墓石が、反射してきらきら光った。
「あんたが止ませてくれたりして?」
ドロドロになった靴と服を見てカノンが笑った。びしょ濡れなのに、どこか心は晴れやかだった。
「ありがとう」
カノンはジンの墓にもたれ掛かって、上を向いた。
さっきの雨が嘘のように、綺麗に晴れている。あの日と、同じ様な蒼。
「ありがとう」
言葉が空に吸い込まれていく感覚。
「なんか、言い響きだなあ」
もう一度口を開く。出てくるのは感謝の言葉。
「ありがとう」
墓地にはおれだけ。
隣には、師匠がいる気がした。
その空の向こうで、貴方が聞いてくれているきがした。
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