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9.The demon said. "Nothing is here." demon was a god.
 雨は、幸せな人にも不幸せな人にも、平等に降る。
 だから、傘を持っている人の上にも、持っていない人の上にも、容赦なく降るんだ。
 傘が欲しい訳じゃない。ユーリが傍にいてくれるだけで良かった。

「ユーリ! ユーリ……!」
 私は必死でユーリを探していた。
「どこ!? ねえったら! 返事してよ、ユーリ!」
 服が濡れることなんて、構っていられなかった。裸足の足が、泥塗れになっていることなんて、気付きもしなかった。
 私はユーリしか見たくなかった。それ以外の何も、見たくはなかった。
「ちび……?」
 あの声が聞こえた。ずっと待っていた声が聞こえた。
 私はその声が聞こえた方へと駆けだした。
「ユーリ?! どこにいるの?」
 雨が視界を狭める。邪魔しないで、邪魔しないでよ。
 必死になって走っていると、靄の中、彼の茶色の頭が目に入った。
「あ……」
「ちび…なんで……」
 音が、消えた。

 一番最初に目に飛び込んできたのは、軍の車。
 そしてユーリの両腕を掴んだ軍人二人。
 抵抗をしたのだろうか。ユーリの足は傷を負っていた。
 痛くないだろうか。傷は深くないだろうか。
 右足に流れる赤い液体は、私に嫌なモノを思い出させようとしていた。
 なんだっけ。
 なんだっけ、あの、赤いの。

「ユーリ、良かった……探したんだよ」
「なんでここに居るんだよ!」
 ふらふらとユーリに近付く。今更になって、疲れが出てきていた。
「なかなか帰ってこないからさ、心配したよ。小屋はたぶん大丈夫だと思うけど……」
「おい、ちび!」
「早く家に帰ろう? 濡れたら風邪ひくじゃん」
「聞けよ!」
 ユーリの方へ近づこうとしたら、軍人が私の前を塞いだ。
 どいてよ。邪魔なんだよ。
「君は、彼のお友達かな?」
 私はその軍人を思いきり睨んだ。せいいっぱい睨んだのに、相手は怯むことすらしなかった。無力さを思い知らされた気がした。
「違う! 違うんだ! そいつは俺とは関係ない! そんなやつ知らな、」
「君は黙って」
 もう一人の軍人がユーリを押さえる。ユーリに、そんな乱暴しないでよ。
「もう一度きくよ。君はあの子のなんだい?」
 私は睨みつつ、しっかりと答えた。
「家族です」
 私の前に居る軍人がきょとんとした。そして後ろの軍人と『妹がいるという報告はあったか?』と訊いた。すぐに『その様な報告はありません』と別の軍人が答えた。ユーリが『あんなヤツ知らない!』と大声でわめいていた。私はそんなやりとりを、酷く冷静に見ていた。
「血は繋がっていないけど、家族です」
 もう一度言う私の言葉に軍人は納得したようだった。口元に手を当て『捨て子同士の馴れ合いか』と、意味の分からない言葉を発した。黙れよ。あんたらに私たちの何が分かるんだよ。
 軍人は私の気持ちをよそに質問を続ける。
「君はあの子が、そうだな……分厚い資料や、紙等を持っているのを見たことがあるかい?」
「いいえ」
 迷わずに答えられたのは、自分でも不思議なくらい、それは嘘だった。本当は、何枚かの紙を戸棚に隠していたのを知っていたから。
 私がそれは何かと訊いても、ユーリは全然教えてくれなかった。
 きっと、軍の機密情報が書いてある紙だったんだ。
 冷や汗は未だ降り続ける霧雨が流し去ってくれた。
「そうか……君にも詳しくお話願いたいんだけど、彼と一緒についてきてくれないかな」
 有無を言わさせない物言いだった。一瞬後ろへ下がった私の腕を掴んで、「大丈夫悪いようにはしないよ。ただ話を聞くだけだから」と軍人は言った。掴まれた腕は、力の加減を知らないのかとても痛かった。早く離して欲しかった。
 私はどうすることも出来なくてユーリの方を見る。
 その瞬間、見なければ良かった、とひどい後悔をした。
「ユーリ? なにを」
 私が言い終わらない内に、ユーリは軍人から奪った銃を、その銃の持ち主だったであろう軍人に向けて撃った。

 一発、二発。

 その銃を構えるユーリは酷く愚かに見えた。

「このガキ!」
 私の腕を掴んでいた軍人が、慌てて仲間の元へと走った。
 ああ、そっか。幾ら冷酷だと言っても所詮人間だもんね。仲間が心配だよね。すぐ横でユーリが逃げ出してるって言うのに。馬鹿みたい、馬鹿みたい、馬鹿みたい。
 あの人達も、私達も、みんな、馬鹿だよね。
「ちび、走れ!」
 言われるがままに走った。何も考えてなんかいなかった。ただ、その声に従った。
「ユーリ、あ、あの人! 撃ったの? 死んじゃったの?」
「足を狙った! 致命傷にはならねーよ……とにかくあの小屋へ行くぞ!」 

 雨は、いよいよ本降りになってきた。





*****





 小屋について、やっとユーリが発した言葉。
「ごめん」
 その一言で私は理解した。
 ユーリは、やっぱり軍に追われていた。悪いことをしていた。おじさんの、言うとおり。
「……説明、してほしい」
 やっとでた私の言葉に、ユーリは強く頷いた。代わりに、私の身体から力が抜けたようだった。

「俺の父ちゃん、ちっちゃな工場の工場長しててさ」
 彼の泣きそうな声を私は一字一句漏らさずに聞いた。記憶しろ、全て。忘れてはいけない、この言葉を。脳がそう命令していた。
「リトル・ファクトリーって知ってる?」
「ううん」
「だと思う。名前の通りすっげーちっちゃい工場だったから。従業員なんて誰も居なくてさ、母ちゃん愛想尽かして実家に帰って。それでも父ちゃんよく分からないものばっかり発明してさ」
「うん」
「でもいつも楽しそうで、ホントいつ見ても楽しそうで……」
 ユーリは泣いていた。
 私も泣いていた。
 きっとこれが最後の話になるから。
 私達は分かっていた。二人の世界が、もうすぐで終わるかもしれないことを。
 さよならの鐘は、もう鳴り始めていたことを。
「ある日、父ちゃんの才能を認めてくれる機関が家に来て、給料も払うし、待遇もいいからその技術をうちで使わせてくれって言ってきた」
「そう……その機関って?」


「レスティナ国軍直属兵器開発部」


「国軍……?」
 ユーリは俯いて続けた。
「父ちゃん、やっと自分の才能が認められたって言ってさ、もの凄く嬉しそうだった。だから俺も、なんにも思わなかった。例えその発明品が戦争に使われてもいいやって思えた。自分たちがそれで良ければいいやって。最低だよな」
 私はユーリの話を黙って訊いた。
 そんなこと無いって言いたかった。
「それで、しばらくはなんにも無かった。実験と、組み立ての繰り返し。そこにはちゃんと父ちゃんの部下も居て、あのときの工場じゃ考えられなかった位に、立派な機械を使って。でも一ヶ月くらい経って、父ちゃんの兵器が実践で使われて、俺たちはやっと後悔した。お前も噂くらい聞いてるだろ……? 西の大量殺戮」
「西の…セデナス王国で使われた、セディナ人虐殺の兵器……」
「そう、それ。それが父ちゃんの持てる技術を駆使して作られた『最高傑作』の兵器だよ」
 ユーリは自嘲ともとれる笑みをこぼした。
「あとは大体予想つくと思うけど。父ちゃんはショックで自殺。作りかけの兵器を残して死んだ父ちゃんのせいで、父ちゃんの血を引いた俺が無理矢理作らされる羽目になった。で、俺は逃げた」
 私はまた泣きそうになった。本当に泣きたいのは、彼だというのに。
 彼が今まで隠してきたファイルの中身は、その兵器の設計図だった。
「ユーリは、人殺しにはならなかったんだね」
「うん」
「偉いよ。ユーリがこの設計図を持ち出したお陰で、何人もの人の命が救われたんだ」
「……俺、間違ってなかったかなあ……?」
「ユーリは偉いよ。間違ってなんかないよ」
 二人で、泣いた。
 このまま二人でどこかへ逃げてしまえればいいのに。
「俺は、この設計図をお前に託すよ。俺が死んだらそれを燃やして欲しいんだ」
「なんで、死ぬの?」
「ちゃんと罪償いはしなきゃ。俺も、父ちゃんの手伝いをして、セディナ人を死なせてしまったから。止めないで欲しい」
 私はまだ子供で。
 ユーリもまだ子供で。
 同じ年頃の子供で、戦争というものを知らずに生きている子もいるのに。
 私たちは無力なほど子供で。
「わかった」
 それでも私は、しっかりと頷いた。そうすることが、一番良いことだと思ったから。
「でも、きっと燃やさないよ。ユーリは紙切れを持ち出しただけだもん。死刑になんかならない」
「……そうだな」
「何年経ってもいいから、罪を償ったら、ここに帰ってきてね。ユーリが『ただいま』って言って、私が『おかえり』って言うんだ」
「約束?」
「約束」
 私たちは静かに誓いを交わした。それが、私たちを繋ぐただ一つのものだと信じた。



 後からやってきた軍人に連れていかれる間際に、ユーリは叫んだ。
「俺の本当の名前教えてやるよっ! ユリウス・シュトラス! 帰ってきたらそう呼んでくれよな!」
 約束だから――そういって彼は小屋を去っていった。
 狭いはずの小屋が、酷く、広く感じた。
 そう、まるで母に捨てられたあの頃の、貧民街の路地のように。







それが私たちに出来る、最後の足掻きでした。




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