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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
遺跡初探訪編
11/97

戦旗術


 赤茶色の体毛に覆われた獣が、牙を剥き出しにして襲いかかる。

 獣が標的と選んだのは、身長二メートル近い巨漢の男。

 だが、男は迫る獣の牙など正に歯牙にもかけず、手にした巨大な戦槌(ウォーハンマー)を振りかぶった。

 男はただでさえみっちりとした筋肉の鎧で包まれた巨体を、更に坂金製の金属鎧で覆うという重装備だ。確かに獣の牙がいかに鋭くとも、男に重大な怪我を負わせることは難しいだろう。

 そのせいだろうか。男は迫る獣に対して、身を守る素振りを一切見せずに振りかぶった戦槌を振り下ろす。

 ぐちゃり、と何かが潰れる音。次いで、どごんという超重量の物が落下した音が左程広くはない室内に響き渡る。

 襲いかかった勢いに振り下ろされた戦槌の勢いが合わさり、全長一メートルほどの赤茶色の獣はあっさりと空中で押し潰された。

 そして勢い余った戦槌が振り下ろした勢いで床を直撃し、床に敷いてあった石畳さえも打ち砕く。

 調子に乗って力を入れ過ぎた。男が内心で反省していると、今度はじゃらりという金属と金属が擦れる音。

 男がふとそちらに目をやれば、そこには小柄な女性が手にした分銅つきの鎖を器用に操り、横合いから男に飛びかかってきた獣を絡め取っていた。

「ヴェルさんっ!! 今ッスっ!!」

「おうっ!! 任せろコルトっ!!」

 女性の声に促され、男は再び戦槌を振りかぶり、鎖で絡め取られて床に転がっている獣へと振り下ろす。

 またもや響く、どごんという派手な音。

 振り下ろされた戦槌は、獣の頭とその下の床岩を見事に砕いていた。




 真っ白な美しい氷精(ひょうせい)──氷の精霊が、精霊師(エレメンタラー)以外には聞こえない精霊の歌を歌う。

 歌の高まりに合わせ、周囲の空気が凍て付いていく。そして空中に氷でできた三十センチほどの槍が数本、歌い続ける氷精の前に出現した。

 出現した氷の槍は、氷精が指し示した方向へと高速で飛ぶ。

 氷精が指し示した先。そこには赤茶色の獣が数体、牙を剥き出しにして盛んに氷精とその横にいる小翅族(ピクシー)の女性を威嚇していた。

 群れた獣の中に飛び込んだ氷の槍たちは、標的である獣たちを見事に射抜く。

 しかし、群れた獣の数は多い。氷の槍が撃ち洩らした獣が一体、怒りも露に氷精と小翅族の女性へと襲いかかる。

 獣の身体は一メートルほどと決して大きくはない。だが、身長四十センチほどの小翅族と、彼女とほぼ同じ大きさの氷精にしてみれば、それは十分に驚異的な大きさだと言えよう。

 その獣の牙が小翅族と氷精を貫こうとする直前。

 両者の間を何かがふわりと横切った。

 紺色のしなやかなそれは、そのままくるりと獣を包み込む。そして獣を包み込んだままぐるんと回転し、小翅族たちとは別方向の宙へと獣を解放する。

 突然空中へ投げ出され、混乱して宙に浮かんだままばたばたと暴れる獣。その獣の喉を、狙い澄ました槍の穂先が見事に貫いた。

「大丈夫、ポルテ?」

「ええ、私は大丈夫よ。ありがとうソリオ」

 仲間に怪我がないと知り、コガネムシの絵柄が描かれた旗を持った少年は、にかりと笑顔を浮かべた。



 四人の戦いぶりを、彼は腕を組んだままじっと見つめていた。

 身長一メートルちょっとという小柄な体格ながら、自然体で立つその姿に隙は見当たらない。

 柔らかな銀色の体毛で覆われた小さな身体を鎖帷子で覆い、その薄青の瞳は冷静に戦う四人へと向けられている。

 なかなかいい連携だ。男は四人を見ながらそう思った。

 前衛を勤める破壊力の高い鬼人族(オーガ)の青年と、直接的な打撃力は低めなものの、支援役としては優れている森妖族(エルフ)の少女。

 後衛には氷精と契約を交わした精霊師。こちらも直接火力としても、支援火力としても秀でているだろう。

 だが、何より彼の目を引いたのは、中衛に位置取る少年だ。

 最近ではすっかり見かけなくなった人間族(ヒューマン)。その人間族の少年は、時に前衛の支持に回り、時に後衛の援護につく。

 彼は前衛と後衛の中間に常に身を置き、必要に応じてどちらの支援もきっちりとこなしている。

 そして何より、彼が振るう戦旗の存在。それが仲間たちの士気を鼓舞していた。

「……戦旗術か……ジュークの親父さんから聞いてはいたが、本当に今時こんな古くさいものを使う奴がいるとはな」




 かつて、戦旗術と呼ばれる武術が存在した。

 「かつて」と表現するように、今では殆ど見かけなくなった古い武術である。

 戦旗(バトルフラッグ)と呼ばれる特殊な武器を用い、戦場では文字通り旗印として一時は戦場の華とまで呼ばれた武術であった。

 この武術の使い手たちは、それぞれ意匠を凝らした派手な戦旗を片手に、鮮やかに戦場を駆け抜けたものである。

 だが、様々な理由から徐々に衰退していき、今ではその使い手を見ることは殆どない。

 武術としての戦旗術は、戦旗の柄の先端に取り付けた穂先で相手を貫いたり、柄や石突きで打ちのめすなど、基本は槍術と変わらない。

 それらに加え、戦旗術最大の特徴である戦旗の扱いが、この武術の肝腎なのである。

 丈夫な繊維で織られた戦旗を振るい、時に相手の武器を受け流し、時に相手の目の前で翻して幻惑させる。

 上手く扱えば戦旗で相手を包み込み、一時的に拘束することも不可能ではない。

 だが、この最大の特徴である戦旗の扱いこそが、同時に戦旗術衰退の最大の理由となってしまった。

 戦旗術衰退の最大の理由。それは取り扱いの難しさだ。

 戦旗は丈夫であるとはいえ所詮は布。達人が扱えば盾にも匹敵する効果を発揮する反面、下手なものが扱えば邪魔物以外の何ものでもない。

 それに攻撃に用いる際にも、扱いが下手な者には戦旗はやはり邪魔だった。

 見た目こそ派手なものの、その扱いはあまりにも難しい。しかも、普通の盾を使った方がよほど扱い易く効果的でもあるという事実から、この武術を学ぶ者は時が経つと共に減少していった。

 そしてその他の理由として、戦場において標的にされることが多かったこともある。

 戦場では旗印として掲げられることの多かった戦旗。当然、敵からしてみれば狙う的以外の何者でもない。

 特に戦旗は戦場で味方を鼓舞するために振るわれることも多く、その関係から戦旗術を扱う者は軍や部隊の指揮官に多かった。だがそれは、敵に指揮官の居場所を知らせているに他ならない。

 結果、相手の指揮官を討ち取ろうとする兵を招き寄せることとなり、戦場ではより狙われる確立が高くなる。

 以上のような理由から、戦場から姿を消していった戦旗術。

 そんな戦旗術を用いる人間族の少年に、彼は大いに興味を引かれた。




 全ての獣たちが動かなくなり、四人は大きく息を吐いて脱力した。

「まさか、扉を開けた途端、飛牙猿(とびきばざる)に襲われるとは思わなかったよ」

 戦旗を手にした少年──ソリオが、肩で息をしながら呟いた。

「それが遺跡の恐ろしささ」

 思い思いに休息を取る四人に、先程彼らを見つめていた男性が声をかけながら近寄った。

 小柄な身体に銀色の体毛。ぴんと伸びた耳と前方へと突き出した鼻面。

 彼は犬鬼族(コボルト)だ。だが、その面構えは狼に酷似しており精悍ささえ感じさせる。

「トレイルさん」

 近づいた彼に、ソリオが嬉しそうな笑みを浮かべた。

 トレイル・トレビュート。それが彼の名前である。

 妖鬼族(ゴブリン)のジュークが店主を務める冒険者の店、「幸運のそよ風」亭に出入りする者の中では最も腕利きとの評判の冒険者である。

 犬鬼族ゆえに筋力では他者に劣るものの、その速度と正確な太刀筋は強力無比。

 しかも彼は数年前にとある功績を認められ、コーラルの街を含む一帯の領主から剣を授かった受剣者(じゅけんしゃ)でもあるのだ。

 そんな正真正銘一流の冒険者であるトレイルが、駆け出しのソリオたちに同行しているのは当然わけがある。

 そのわけとは、彼ら『真っ直ぐコガネ』が今いる遺跡にあった。




 遺跡。

 そう呼ばれる建造物が、このサンストーン大陸のあちこちに点在する。

 それらはかつてこの大陸で栄華を極めたと言われる、クリソコラ文明期に建造された建築物の総称である。

 時に屋敷や神殿のような造りをしていたり、時に地下何十階層にも及ぶ迷宮を形成していたり、その形は様々だ。

 造られた目的も様々で、当時の人々が暮らす生活の場であったり、何らかの研究施設の跡であったり。

 時には地下迷宮などに当時の奴隷たちを放り込み、無事に出てこられるかを賭の対象としていたという記録も残っている。

 このように形も目的も様々な遺跡だが、それらの共通点として、その内部にクリソコラ文明期の貴重な財宝が眠っていることが挙げられる。

 当時の芸術品や美術品、装飾品などは元より、時に日用品にまで驚くような高値がつくこともある。

 そして何より、今ではもう造り出すことのできない様々な魔法具(マジックアイテム)こそ、遺跡に眠る財宝の最高峰と言えるだろう。

 単純により威力の高い武器や、より防御力の高い防具に始まり、通常では考えられない恐るべき効果を秘めた武具なども存在する。

 もちろん、魔法具は武具だけに限らず様々なものがある。無限に水が湧き出る水瓶や、炎が消えることのない竃といった日用品も発見されており、当時の人々はそれらの魔法具を利用して豊かに暮らしていたのだろう。

 中には空を飛ぶ船というとんでもないものを発見した者もいるらしく、その空を飛ぶ船を発見した者はどこかの貴族か王族に、一生使っても使いきれない金額で売り払ったと言われている。

 もちろん、魔法具は売り払うことなく自分自身で所持してもいい。売り払うも自分で所持するも、それは見つけた者の自由なのだ。

 そんな遺跡の一つが、コーラルの街の近郊にも存在する。

 もう随分と昔に発見されたその遺跡は、幾人もの冒険者に漁り尽くされて価値のあるものは何もない、いわゆる「枯れた」遺跡なのだが、この遺跡を訪れる冒険者は後を断たない。

 コーラルの近郊──具体的には徒歩で一時間ほど──という立地もあって、この遺跡には新米の冒険者がよく訪れる。

 遺跡というものに慣れていない新米たちが、実際の遺跡に入り込んでその場の雰囲気や空気に慣れるため、危険度の低いこの遺跡を訪れるのだ。いわば、新米冒険者が受ける洗礼のようなものと言えるだろう。

 だが、時に無人の遺跡には野生の動物や魔獣が巣くうことがある。

 そのため、ここを訪れる新米たちには、先輩の冒険者が何人か同行するのが恒例となっていた。

 新米たちでも立ち向かえるような危険ならば、先輩はまず手を出さずに黙って見ている。

 それでも運が悪ければ、新米たちでは到底太刀打ちできないような危険な魔獣と遭遇することもあり、そんな場合にのみ先輩冒険者は助力する。

 また、街の近郊だけに危険な動物や魔獣などが住み着くといろいろと問題となる。その駆除の意味も含めて、ここには時折コーラルの冒険者が、それも新米たちが訪れるのだ。

 そして、ソリオたち『真っ直ぐコガネ』もまた、先輩冒険者のトレイルと共に、コーラルの冒険者たちの間では『最初の一歩の遺跡』と呼ばれるこの遺跡を訪れていたのだった。




 今、ソリオたちが倒した飛牙猿は、魔獣ではないものの危険動物の一種として扱われていた。

 攻撃性が高く、自分たちの縄張りに入り込んだものは、例え自分たちよりも大きくても積極的に襲いかかる。

 食性も雑食で、時に田舎の農村などに現れては作物や家畜を荒らすことがある。名前の由来ともなった鋭い牙と機敏に飛び跳ねるような動きで素人ではまず退治することは不可能で、よく冒険者に駆除の依頼が来ることでも知られている。

 その飛牙猿の群れと、『真っ直ぐコガネ』は遺跡に入った最初の部屋で遭遇してしまったのだ。

 遺跡の天井にできた亀裂から入り込んだのだろう。その部屋は完全に飛牙猿の巣になっていた。

 当然、自分たちの巣に入り込んだ外敵を追い払うため、飛牙猿たちは総出で襲いかかる。

 このまま遺跡から逃げ出せば、おそらく飛牙猿も追ってはこないだろう。だが、冒険者をしていればこのような突発的な危険は日常茶飯事なのだ。それに、もしもここで逃げ出せば明日には『真っ直ぐコガネ』の名前はコーラル中に知れ渡るだろう。もちろん、悪い方の意味で。

 突然の遭遇に混乱する『真っ直ぐコガネ』。驚愕と恐怖に各々が思わず勝手に動こうとする。だが、それを彼の声が押し止めた。

「ヴェルっ!! しばらくは敵の接近を阻止することに専念っ!! コルトはヴェルの支援っ!! 大丈夫っ!! いざとなったら俺が()()っ!!」

 突然の遭遇で浮き足だったヴェルファイアとコルトだったが、背後から聞こえた声にすぐに落ち着きを取り戻した。

 なんせ自分たちの後ろには無敵の盾を持ったソリオがいる。その事実が、二人の心から恐怖心を吹き飛ばした。

「ポルテは後ろから全体を監視しながら適宜精霊術で攻撃っ!! ポルテには飛牙猿は近づけさせないから安心してっ!!」

 手にした戦旗を翻しながら、ソリオが矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 その指示に従った『真っ直ぐコガネ』は、見事な連携を見せてあっと言う間に体勢を立て直していき、それほどの時間を必要とせずに飛牙猿は全滅するのだった。




 『絶対無敵の盾』、略称『無敵の盾』更新。


 前回の更新より約一週間。その間に、実に多くの方が当作に目を通してくださいました。

 本当にありがとうございます。

 まだまだ仕事が忙しく、不安定な更新となってしまいますが、できる限り早目に更新する所存でございますので、これからも引き続きお付き合いください。


 さて、今回より遺跡探訪編の開始です。

 冒険者が誰もが潜る試練の門。それが遺跡です。今回、ソリオたち『真っ直ぐコガネ』は危険度の低い遺跡に挑戦します。とはいえ、初っぱなから思わぬ遭遇戦となりましたが(笑)。


 できれば、今週中にあと一回更新したいところです。


 では、次回もよろしくお願いします。


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