冒険者志願の少年
冒険者。
そう呼ばれる者たちがいる。
彼らは各分野のスペシャリストであり、また、各種様々な事件を解決するトラブルシューターでもある。
そして、このサンストーン大陸にかつて繁栄したと言われるクリソコラ文明期の遺跡から、様々な工芸品や美術品などの宝物や遺失した遺産を掘り起こすサルベイジャーでもある。
いかなる国や組織にも属さない、気ままな旅人であり自由人でもある彼ら。
だが、その全ては誰かが言ったこの一言に尽きるだろう。
「冒険者? 身体をはって金を稼ぐ何でも屋だろ?」
己の体力と知力と僅かばかりの運だけを頼りに、様々な事件や抗争へと首を突っ込む冒険者たちは、確かに何でも屋と呼んで差し障りあるまい。
だが、冒険者の中でも特に優れた体力と研ぎ澄まされた知力を持ち、そして神の気まぐれな幸運に恵まれた極一部の冒険者は、一日で莫大な富をつかみ取ることもある。
そして、中には更なる名声をも手にする好機に恵まれる者だっている。
そのような神に愛されたかのような者たちは、時にこう呼ばれる。
即ち。
────英雄、と。
サンストーン大陸の東部に存在する国、マラカイト王国。
そのマラカイト王国の第二の都市であり、交易の中継点である事から交易都市とも呼ばれる街、コーラル。
隣接する広大なモルガナイト湖と、そこから流れ出るアゲート河を利用した交易で栄えた街である。
そのコーラルの片隅にある、とある一軒の酒場兼宿屋。その宿屋に一人の少年が現れたのは、寒い陰の節から暖かい海の節へと季節が移り変わったある日の事だった。
「冒険者志願? おまえがか?」
その酒場兼宿屋、「幸運のそよ風」亭の主人であり、かつては自身も冒険者として名を馳せたジューク・ベリルは、今日始めてこの店を訪れたその少年を興味深そうに見詰めた。
ジュークは妖鬼族の特徴でもある、頭髪がなく濁った緑色のごつごつとした皮膚をむき出しにした大きな頭と、その頭とはやや不釣り合いな小さな身体を精一杯伸ばし、カウンターの奥からじろりと少年を一瞥する。
真紅の髪にスカイブルーの瞳。
身長は一七〇センチちょっとか。十五歳前後の引き締まった体つきをした、やんちゃそうな印象の強いその少年。
しかし、ジュークの興味を引いたのはその少年の種族だった。
「おい、坊主。おまえ、もしかして……人間族か?」
人間族。
最近ではすっかり数が減り、一部では幻とまで言われる種族。
その珍しい人間族の少年は、煮固めた革製の胸当てを身につけ、手足には最小限の金属の補強が入った革製の部分鎧。
そしてその手には、少年の身長よりも僅かに長い一八〇センチほどの槍が握られていた。なぜか、その槍の柄には丈夫そうな布が巻き付けられている。
ジュークが人間族という言葉を口にすると、店内にたむろしていた数名の冒険者たちが一斉に人間族の少年へと視線を向けた。
牛人族の重戦士に、人馬族の突撃兵、魚人族の聖職者など、様々な種族の冒険者が今ではすっかり珍しくなった人間族の少年を見詰める。
そして、周囲の冒険者たちが見つめる中、問題のその少年が元気よく口を開いた。
「おう! 俺はソリオ・ジェダイト! 正真正銘、間違いなく人間族さ!」
「ソリオ……ね。まぁ、おまえが冒険者を名乗るのは自由だ。冒険者になるために、何らかの資格や登録がいるわけじゃねえ。冒険者に必要なのは自ら危険に飛び込む度胸と勇気、そしてちょっとばかりの幸運と冒険者としての矜持だ。それさえありゃ、誰でもたった今から冒険者だ」
ジュークはカウンターを回り込んで少年の目の前に来ると、にやりと男臭い笑いを浮かべて右手を差し出した。
「ようこそ、冒険者の店「幸運のそよ風」亭へ! この店の主であるこの俺、妖鬼族のジューク・ベリルはいつだって新米の冒険者を歓迎するぜ!」
「ヘマタイト村ぁ? ここから北に一週間ほど行ったところにある小さな村だろ、確か。そこから一人で来たのか?」
「まあね。一人って言っても、ここまでは村に出入りしている行商人のおっちゃんの馬車に乗せてきてもらったんだけどさ」
カウンターの奥に戻ったジュークは、カウンターに腰を落ち着けたソリオから出身地や経歴などの情報を聞き出していた。
ジュークのようないわゆる「冒険者の店」の店主の仕事の一つに、店に出入りする冒険者の素性を把握し、舞い込んだ仕事の内容によって、それぞれ適した能力を有した冒険者たちに割り振るというものがある。
こうして新米の経歴や特技を聞き出すのは、「冒険者の店」の主人として重要な仕事なのだ。
「で? おまえは何ができる? 見たところ戦士系のようだが……」
ジュークはソリオが所持している、布を巻いた槍や革鎧を目にしながら尋ねた。
「一応、何でもできるぜ? そのように仕込まれたからね」
「仕込まれた? 誰に?」
「俺を拾って育ててくれた養父と村の連中にさ」
ソリオはにかりと笑みを浮かべる。
幼い頃、彼は村の外れの森の中で一人で歩いているところを養父に保護され、以後、その養父や村人たちによって育てられた。
どうして幼い彼がそんな所を一人で歩いていたのか、彼自身よく覚えていない。
その時の彼は見慣れない意匠の衣服を身につけ、所持品といえば一冊の分厚い書物だけ。記憶も曖昧で覚えていたのはソリオという名前ぐらい。
彼は今十五歳ということになってはいるが、森で発見された時の外見から十歳ぐらいだろうと見当をつけられたからで、実際は多少前後するかもしれない。
しかし、その年頃の幼い子供が全くいなかったヘマタイト村で、彼は村人全員から息子や孫のように扱われ、厳しくも大切に育てられた。
そしてなぜか、村人たちはこぞって彼に自分たちが保有していた技術や知識を教え込んだのだ。
最初は文字の読み書きや世界の知識を養父から教わっていたのだが、それに興味──もしくは対抗意識──を示した村人たちは、次々と自分の持つ技術や知識を彼に教え始め、ソリオもまたそれらの事を面白がってどんどん吸収していった。
自然の中での食料調達方法や料理方法、狩りのやり方や狩った獲物の捌き方や毛皮のなめし方、薬草や毒草の知識に調合方法に保存処理の方法、そして戦う術や気配の殺し方など。
中にはどこで身につけたのか、色々な罠に関する知識やその解除方法、鍵の外し方などまでも教えてくれる村人もいた。
おかげで今では、村の誰よりも様々なことに詳しくなり、同様に技術の方も向上した。
もちろん、田舎の村でのことであるから、ソリオが知り得ないことなど世界には幾らでもあるだろう。
彼が村に受け入れられてから数年。成人と見なされる年齢に達した彼は、とある目的を持って村を旅立った。
村人たちは彼を喜んで送り出してくれた。それこそ、旅立ちの日には村人総出で見送ってくれたほどだ。
「とはいえ、最終的には絶対に村に帰るって約束させられたけどな」
「くくく、いいじゃねえか。帰る場所があるって事はいいことだぜ?」
ジュークの言葉にまあね、と答えたソリオは、改めて「冒険者の店」と呼ばれる酒場兼宿屋の中を眺めた。
一階は酒場になっており、酒だけでなく料理も提供している。
二階三階は宿泊用の部屋で、二階が四人部屋と六人部屋、三階は二人部屋と一人部屋になっているらしい。
また、一階では酒や料理だけでなく、冒険に必要なロープや各種の袋類、様々な小物も取り扱っていた。
──武器と防具だけ手に入れても一人前の冒険者とは言えない。どんな状況にでも対応できてこそ、一流の冒険者ってもんだ。
それがこの店の店主である、ジュークの口癖らしい。
そのため、冒険に必要な様々なものが置かれているのだ。
また、舞い込んだ様々な仕事を斡旋することもあり、冒険者たちの拠点となっている。
このような酒場兼宿屋は各地に存在し、いつの頃からか『冒険者の店』と呼ばれるようになっていた。
「ふむ。おまえの経歴は大体分かった。で? おまえには冒険の目的って奴はあるか?」
「冒険の目的?」
「ああ、そうだ。冒険者なんてヤクザな仕事をしようって奴には、多かれ少なかれ目的ってもんがある。例えば、名声が欲しいだとか、一生遊んで暮らせる大金が欲しい、とかだな。やっぱり、おまえぐらいの年齢の男が夢見るのは、授剣することじゃねえのか?」
授剣。文字通り剣を授かることである。
剣という武器は、このマラカイト王国においては特別な意味を持つ。
マラカイト王国では、資格を与えられた者しか剣を身に帯びることが許されない。
もちろん剣を授ける方にも資格が必要で、王家に連なる者と伯爵以上の爵位を持った上位貴族に限られる。
様々な手柄や功績を打ち立てた者が、国や貴族から報賞として剣を授けられる。そうして初めて、剣を身に帯びることが許されるのだ。
そして授けられた剣の柄と柄頭には、授けた者の名前と家紋が刻まれ、これがない剣を持っているだけで罪に問われる。もちろん、これらの家紋を偽造することは重罪である。
剣を授かった者は騎士、または護士と呼ばれ、国や貴族にそのまま仕えることになるのが普通だ。
冒険者の中にも剣を授かる者もいて、時に騎士や護士になることなくそのまま冒険者を続ける者もいる。
そのような冒険者は数多い冒険者の中でも一握りであり、一流の証として羨望の的となる。
また、時に学術的や知識的な功績を挙げた者にも通例的に授剣がなされ、このような場合に授けれる剣は実用的な剣ではなく、護身用の小剣や短剣の場合が多い。剣を有しているからといって、腕っぷしが強いだけの者とは限らないのだ。
このような理由から、戦士職──兵士や傭兵、そして肉弾戦を得意とする冒険者──の中には授剣を夢見る者が多い。
そのため、帯剣する資格を持たない戦士職の武器は斧か槍が主流であり、中には戦棍や戦槌を愛用する者も数多く存在する。
また、ナイフや鉈などの日常生活にも必要な道具としての刃物は、授剣に関係なく所持することが許されていた。
ちなみに、先述の騎士と護士の違いは、国や貴族の家に仕える者が騎士、個人に仕える者が護士と呼ばれる。
以上の理由から、ジュークは目の前の少年の目標もまた、授剣することではないかと思ってそう尋ねたのだが、当の少年から返ってきた答えは思いもよらないものだった。
「俺が冒険者になろうと思った理由は嫁探しさ」
「よ、嫁探しだとぉ?」
驚きに目を見開くジュークに、ソリオはえへへへと笑いかける。
「ほら、親父さんも知っている通り、今は俺みたいな人間族は少ないだろ? でも、村の連中が言うには、嫁さんはやっぱり同族がいいらしいんだ。だからこの世界のどこかにいる、俺と同じぐらいの年頃の人間の女の子を見つけて嫁さんにする。それが俺の冒険者になる目的さ。いくら人間族が少なくなったとはいえ、俺以外に全くいないってわけじゃないだろ?」
「まぁなぁ。聞くところによると、この国の西に隣接するパイライト帝国の皇族は代々人間族らしいが……おまえ、まさか隣国の皇家の落とし胤とか言うんじゃねえよな?」
「違うと思うけど……え? 俺もしかして皇族なの? うわ、だったらどうしよう?」
「ああ、大丈夫だ。おまえは絶対に皇族じゃねえ。今のおまえをみて俺は確信したね」
そんな軽口を叩き合いながら、ソリオとジュークは大声で笑った。
「さて、と。新米のおまえには色々と教えてやらなくちゃならんことがある。冒険者の基本って奴だ」
ジュークの言葉に、それまで笑っていたソリオが顔を引き締めて聞く体勢になる。
「まず一番大切なのは、冒険者は慈善稼業じゃない。何らかの仕事をして、その対価に報酬をもらう。これが冒険者の基本中の基本だ。あれを見な」
そう言ってジュークが指差したのは、酒場の片隅にある各種の仕事の依頼表が貼り付けられた掲示板だった。
「この店に入ってくる仕事は、ああやって掲示板に張り出される。その依頼表の中から、自分の実力に見合った仕事を請け、そして報酬を得る。まあ、時にはうちみたいな冒険者の店を通さない依頼もあるし、依頼の中には名指しで依頼してくるものもある。だが、そう言った依頼には十分気をつけろ」
ジュークがぐいっとカウンターの中から身を乗り出し、その小柄な身体をソリオへと近づける。
「冒険者の店を介する依頼は裏付けが取れている。もっとも、その手数料があらかじめ報酬から差っぴいてあるけどな。冒険者の店を介さない依頼は、その手数料分も請ける冒険者の報酬となるが、そういった類の依頼の中には時にやばいものがある。冒険者を騙してやばいことをやらせようってわけだ」
ジュークの説明を聞き、ソリオは素直にふんふんと頷いている。
「で、もう一つの名指しの依頼だが……まあ、こいつはすぐには関係しないからいいか。ある程度以上の知名度がないと、名指しの依頼なんてのはないからな」
「なるほど。で、冒険者への依頼ってどんなのがあるんだ?」
「そいつは様々さ。魔獣退治の依頼もあれば、商隊や個人の護衛なんて依頼もある。そして、中には依頼という形ではなく、自発的にするものもあるな」
「自発的?」
「おう。遺跡の発掘……この大陸のあちこちにあるクリソコラ文明期の遺跡に潜り、そこから価値のあるものを掘り出してくるんだ。冒険者の中には一回目の冒険で遺跡に潜り、一生遊んで暮らせるぐらいの価値のある物を見つけた奴だっているんだぜ?」
「へえ。そいつは凄いな!」
期待に輝くソリオに瞳を見て、ジュークは人のいい笑みを浮かべた。
「とはいえ、最初からそんな当りを引く奴はほんの一握り。だからおまえは最初は堅実な奴からこなした方がいいぜ」
そう言いながら、ジュークはカウンターの奥から一枚の依頼表を取り出した。
「こいつなんか、新米のおまえに打って付けだ。どうだ? こいつを記念すべきおまえの依頼第一号にしてみないか?」
そう言ってジュークが差し出した依頼表には、陽の代行者を祀る神殿が運営する孤児院の子守の仕事が記載されていた。
新連載『絶対無敵の盾』、始まりました。
活動報告でも書いた、人間の少ない世界における冒険物です。
スキルとかステータスとかギルドとかランクとかレベルとかいった概念はありません。
魔術は存在しますが、ごく限られた者だけが使用できます。
また、マジックアイテムといわれる物は、基本的に物語の舞台となる時代には作り出すことができず、前文明であるクリソコラ文明期の遺跡から掘り起こされる物の中で、極稀にマジックアイテムが出土する程度です。
そんな世界設定の中での冒険物。どっちに転ぶのかも不明ですが、これからお付き合いいただければ幸いです。
では、次回もよろしくお願いします。