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勇者行く 作者:紫苑

序章 帝都カラルコムにて始まる

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1話 始まりは、唐突に

みーんみんみんみん、昼前だというのに家の外からやかましいセミの鳴き声が聞こえる。
後ろのベランダにはキンカンの木が植えられていてそれに何匹か止まっているのだろう。しかし耳にキーンと響く音だというのに、本当にメスは寄ってくるのだろうか?寄ってきたメスはその鳴き声のどこに惹かれたのだろうか?
なんてことを疑問に思いつつ耳を防ぎたくなる音を尻目につけっぱなしのテレビを見る。
テレビにはバラエティ番組が映っていて司会には中堅芸人、ひな壇には人気の芸人や今注目の若手俳優などが座っていた。それを机に突っ伏して流して見ていたがセミの鳴き声があまりにも煩かったので手に持っていたリモコンで音量を上げる。
ちょうど40くらいでセミの声がだんだんとフェードアウトしつつ人気芸人の声がフェードインしてきた。音量を上げている時はひな壇の人気芸人を弄っていたようだが上げ終わった時にはそれが終わり司会が次の項目に移っていた。番組内にはパネルがありそれには今日番組がする内容がおおまかに書かれていた。どうやら次は今話題のサッカーの天才青年特集をやるようだ。机に突っ伏して鈍った体を思いっきり伸ばして目を擦り視界をクリアにする。そして机に乱雑に置いていた包装紙を破り煎餅を食べる。この青年が通っている高校が近くにあってここら辺の人は少し広い道路の方へ行けば何度か見かけるらしい。地元ではヒーロー扱いだ。しかし世間の話題には疎い僕だったのでこの青年のことは知らない。だって僕はその高校と反対の高校だからそもそも合わない。しかし知らないものを知らないままにしておくのも難儀なのでこの機会に知っておくか。画面に映る青年のパネルを凝視した。

サッカーの天才青年は今年で僕と同じ歳の18歳でプロ大注目の高校生。サッカーで有名な強豪校で一年の時からレギュラーとして活躍。2年の時には全国大会で得点を量産したり、足技で3人抜いたりと大車輪の活躍でチームの優勝に貢献、その実力を世に知らしめた。今年は最後の大会。チームの絶対的エースとして、チームを支えるキャプテンとしてチームを二連覇へと導くことを期待されてる。実力もさることながらルックスも爽やか系の好青年を思わせる顔立ちで女性ファンも多くアイドルに負けない勢いで好感度は高く、尚且つ成績も学年で上位とまさしく三拍子揃ったスター、とテレビが紹介した。

サッカー青年特集に入る前に番組がCMには入ったので重い腰を上げながら立ち上がる。体が抜けた分の水分を補給するために冷蔵庫の麦茶を欲した。暑い...汗で濡れているTシャツをぱたぱたと揺らして少しでも温度を下げようとする。汗のおかげで少し涼しかったが結局その場しのぎでしかなかった。そんな暑さの中部屋の隅で呑気に眠るクーラーを睨みつける。くそ、クーラーが壊れているとここまで不便だとは、現代文明の機器のありがたみを、失くしてから痛感した。クーラーは昨日突如電源がつかなくなった、夕方まではついていたのだが夕食を食べる時にはリモコンのスイッチを押しても反応しなかった。近くの電化製品屋は今日が定休日なので今日1日の我慢だがどうもそろそろ限界を迎えそう。
扇風機だけで我慢できるかこんな暑さ。悪態をついても涼しくなるわけがなく、おさまらない暑さが一層イライラさせた。居間を出て台所へ向かう、台所は人2人が同時に入れば窮屈に感じるほどの広さで物があまり片付けられていないのですこしごちゃっとしているように感じる。母は片付けないととここに来て恒例的に呟くのだがそれが一向に実現されない。仕事で忙しいので仕方ないことでもある。
古い台所の真ん中にどんとこの台所を仕切る大御所のように鎮座する冷蔵庫の前に来る。実際僕の一個下の17歳、よう弟。そんな弟の身体中にはシールをはがした後のような白い点々が所々に残っている。兄である俺がベタベタと訳のわからないシールを全身に貼り付けたのだ。そんな白い点々は角ばったもので剥がそうと躍起になっていた親の苦労が滲み出ていた。そんな思い出の冷蔵庫の戸を開けて中を見る。中には昼飯のチャーハンや夕飯の残りのシーフードサラダが顔をみせる。このシーフードサラダあんまりおいしくなかったな...思い出してやや苦笑いしつつ目的の麦茶の入った容器を手に取り台所に置き、冷蔵庫の横にある食器入れから大きめのコップを取り出し麦茶の横に置く。麦茶は朝に冷やし始めたのか思ったよりも冷えていなかったので冷凍室から氷を乱雑に2、3個掴むとそれをコップに入れた。からんからんと綺麗な音を鳴らしながらコップの中で重なり合いクルクルと一回転する様子は仲よさそうに鬼ごっこする氷兄弟のようだった。この年頃にもなってメルヘンチックに考える脳みそを自嘲しつつ可愛い兄弟めがけて無慈悲に麦茶を注ぐ。コップの表面は結露して氷もミシッと小さな声をあげて浮いてきた。小さな声に少しばかりの背徳感を覚え、コップを手に持つ。程よい冷たさだったのでそれを頬に当ててそのままテレビのある居間に向かう。ミシッ...ミシッ...耳には先ほどよりもクリアに兄弟の悲鳴が聞こえる。ごめん。心の中で何度か謝罪した。
だんだんと兄弟は溶けていき、手にも伝わる良い冷たさになったお茶を一気に腹に納めつつ居間の入る。相変わらずムシムシとした暑さの中テレビは映像と音声を垂れ流していた。先ほどとは違いテレビの音が大きく聞こえる。蝉が飛んで行ったのかとベランダに目を向けつつ古臭い机にコップを置く。クーラーは相変わらずニートしているので仕方なくテレビの横で首を左右にゆっくり振り回している扇風機の首根っこを片手で掴んで持ち上げる。モーターが無理な持ち上げ方に抗議しているように不穏な音を鳴らし始めたが無視してそのまま先ほどまで座っていた座布団に腰を下ろしてその後ろに置いた。扇風機は解放された瞬間首をまた左右に振り始めたが、それでは使用者が涼しくならないので後ろを向き回っている扇風機を強引に動かしてこちらに向けて固定させた。こっちにだけを風を送っておけばいいんだ、ブラックな家に買われたことを後悔するんだな。
後ろの扇風機が己の運命を呪っているだろう中僕はテレビを見る。特集は既に小学生を終えて中学生に突入していた。お茶を入れているだけの間だったので小学校に関してはそれほど取り上げることはなかったのかもしれない。僕も小学校時代なんて語ることなんてない、楽しい遠足や修学旅行なんかがかろうじて思い出せるだけだ。
こんなどうでも良いことで少し自分に親近感が湧いてきた。机に肘を乗せてやや前のめりになって画面を見つめた。番組では中学生となった青年がサッカー部でエースとなるまでの過程がドラマで再現されていた。
一年の時はベンチ外、同じ一年の中でも飛び切り頭が抜けていたようではなかったらしい。まぁ覚醒の時はまだ早いか、2年になってやっとメンバー入りを果たしたがそれでも公式戦は後半の5分のみ出場。特に結果も残せぬままチームも敗退、一回戦負け。ここまで見ていて思ったが僕のイメージと違って決してシンデレラボーイというわけでもないのか。あるはずもないお茶を飲むようにコップを持ち上げて口に近づける。
3年生、彼は一回戦負けの悔しさから一心不乱に努力した。人の3倍走り込んで、人の3倍ボールを蹴って、人の3倍ボールを追いかけて、人の3倍声を出して
「3倍やっても不安だった」と青年は当時のことを振り返る。努力を神は認めたのか、急成長して大会前の練習試合で大活躍、大会ではエースとして出場してチームをベスト4に導く。しかしあまりの急成長に声はあまりかからずその中から選んだのがそこそこ強かった今の高校らしい。高校入学前から今でも3倍練習を忘れず心がけていて、後輩もその姿を見習っているらしい。
「彼はただ才能だけでなく人の3倍もの努力で天才と呼ばれるようになった。まさしく努力の天才である」
なんてテレビ的に上手いこと言ってやった、て感じでドラマを締めた。

次のコーナーに移ったのかひな壇の芸人が立ち上がりステージの真ん中までくると何かギャグをやり始めた。特に面白くもなかったのでそばに置いていたリモコンで電源を落とす。しんと静まりかえる居間。セミはいつの間にかいなくなり扇風機の小さなモーター音だけが後ろから聞こえる。テレビをみすぎたせいか少し頭がぼーっとしてまぶたも重い。眠たいだけの間違いかもしれないが。座っていた座布団を左にずらしてそれを枕に寝転がる。こう静かだと眠気が襲ってくる。寝返り扇風機の方を向く。扇風機は誰もいないのに虚しく風を送り続けていた。かわいそうだったのでスイッチを押して止めてやる。少しの休みだ、しっかり体を休めろよ。扇風機が止まり辺りは完全に静寂に包まれ、自分の呼吸音しか聞こえない空間。息を止めれば無音の世界だ。
努力、人の模範的人物、期待、ねぇ、先ほどの言葉を繰り返しうわ言のようにつぶやく。そこでふと思う。
何かに本気で取り組んで、挫折して、それでも必死に壁にぶつかってぶち破った思い出。そんな類のものが人生でなかった。壁は横をすり抜け、苦労からは避けて。挫折すれば諦めて。どこかで終わってしまっている。人の模範的人物なんて全く無縁だ。期待?人の前に立ったことのない僕にそんなもの誰からもあるわけがなかった。
あれ?自分はなんだ?自分は何してるんだ?
あの青年が夢に向かって汗を流している今、僕はこうしてゴロゴロただ毎日を消費している。何かをしようにも何をすればいいのかわからない。何かしなくてはと焦る自分がただオロオロとしているだけだった。そうして毎日が過ぎていく。何もできなかった、そう後悔して次の日を迎え、またオロオロする。
それを繰り返して、繰り返して。学んでいるはずなのに行動できない。結局思っているだけなのだ。馬鹿な自分だから。
頭を抱えて鬱ぎ込むようにして体を丸める。
自分はなんだ?自分の存在価値はなんだ?
底なし沼に足を踏み入れてしまったようで、ずぶずぶと自分の存在価値が沈んでいく。思春期特有のマイナス思考がそうさせているんだと思うけど、もうこうなれば止まらない。
体を縮めてより一層丸くなる、もう猫みたいだ。
これから先どうなるんだ?大学に行って、就職して、この社会の一員として生きていくのか?普通の生き方をして...
中学の時、普通は嫌だと思った。だから何か有名になりたかった、なんでもいいから。けど自分にそんなスター性はないことも知っていた。歌だって上手くないし、文字を綴ることも上手くないし、人を笑わせることも得意じゃないし、ファッションに敏感でもないし、顔もカッコいいわけじゃない。何もなくって、あるはずない。
そんな自分が嫌だ、何か別のもになりたい。
自己嫌悪と周りとの劣等感が僕を押しつぶす。逃げたくても逃げられない辛さとどうにもすることができない無力さ。もう何も考えたくなかった。
丸まったまま目を閉じてる。するとすぐにすぅー、と意識は闇に意識を引きずり込まれていく。しばらくすると静かな部屋には小さな寝息だけが音する。
こうやってまた何もしない、結局同じだ。
けど人はきっかけさえあれば変われる。
僕はそれが特殊すぎたのだ。

闇に沈む意識が、次に浮かび上がる時が僕のきっかけになった。



ぼんやり歪んだ視界を擦って、クリアにする。真っ先に天井が見えたが天井がいつもより遠く感じる。体勢もいつの間にか仰向けになっていて背にはふさふさの物。それを手で掴んで顔の前まで持ってくる。さらさらしていて細いものが何本もある。何本かに絞ってよく見てみるとこれは...干し草?
素早く起き上がって先ほどまで寝ていた方に振り向く。膝あたりまで積まれた干し草には大の字になっていた僕の形が残っていた。そこから少し視点を上に向けると木の壁。そして左に向けると、ぶるると一声鳴いて尻尾を軽く横に振る茶色の動物。
「うま....?」
半袖半ズボン裸足の男の目の前には、馬がいた。
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