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僕はまるで石ころのようで、星みたいな君。
作:松の慎



第88話【エミリーの思い】


「Hi,エミリー」


やっぱり日本の夏は暑いのね。

なにもしなくても汗が出てくる。

でもこの晴天の中で奏でるメロディーはきっと素晴らしいものになるはず。


「Hi,ハルナ」


今日はコンクールが開かれる会場の近場でハルナとお茶をすることになった。


「どう?彼女の調子は」


ハルナ・・・越川春奈はMs.金星のピアノの先生をやっている。

ちなみに言うなら、彼女とは大学時代からの親友なの。
もちろん音大で、彼女はピアノ科で、私はフルート科で主席だった。

いつだったかそれぞれの科の主席が集められて重奏をしたときに知り合って、それ以来仲良くなったわ。

彼女はいくつかのコンクールで賞を取ったあと、ピアノの先生になった。

私もこうやって今は審査員として働いている。

お互い、もちろん大会に出れば賞は取れる。
けれど賞を取るよりも、若い目を育てたいって思った。

そう思えたきっかけはMs.金星のおかげだわ。

いつだか行ったピアノのコンクールでの彼女の演奏を聞いて、日本にもまだまだ素晴らしい才能があるって思えた。

でもフルートの世界ではなかなかそういう子が現れずにいた。


「ばっちりよ。きっと優勝するわ」
「そう」


ええ、現れなかったわ。

春のコンクールでMr.金星に出会うまでは。


「でも、まさかエミリーが探してたのが綾ちゃんの双子の兄だったとはね」


彼女は笑った。


「ほんと驚きよ。苗字は一緒だけれど、まさか兄妹とは」
「ねぇ。でもこれを聞けばきっと納得するわ」
「これ?」
「あのね、蒼くん綾ちゃんの実母は…」


ハルナがそう言いかけたときピンときた。


「もしかして、アイ・キンボシ?」
「そう!」


アイ・キンボシ……金星藍はバイオリニストとして世界中を飛び回っている。

日本を代表とするバイオリニストといっても過言ではないわ。

確か20年くらい前に大富豪と結婚したと聞いて、一時は休業していたけど子どもが2、3歳くらいになったらもう一度バイオリニストとして働き始めた。


「なるほどね。彼女の子どもっていうんなら納得だわ」
「で、蒼くんは出てくれそうなの?」
「んー…」


手紙は出したけれど、どうなるのかは分からない。

彼がそこまで拒む理由が分からないわ。


思っていることすべてをハルナに話すと、ハルナは「ああ、そっか」と頷いた。


「なに?」
「だってほら、彼継がなきゃいけないじゃない。金星を」
「あ!」
「2人兄妹なんだから、どっちかが音楽諦めるしかないのよ」


そうか…

しかも彼は第一子なんだから、当然継がなきゃいけないってこと。

やりたいけどやれない理由…こういうことだったのね。


「でも、もったいないわ」


私がそう言うと、ハルナも同調した。


「継ぐほどの能力はもってるの?」
「綾ちゃんが言うには、2人とも学校で成績主席で運動神経も良いらしいのよ。しかも蒼くんはみんなに慕われてる生徒会長。つまりパーフェクトね」
「パーフェクト…か」


だから余計に悪いんだわ。

なんでもできてしまうから、悩んでしまうのよね。

頭が良くなかったら…
音楽ができなかったら…

どちらかの能力しかなかったら、迷わずその道へ進むのに。

なんでもこなせるがゆえに、悩んでしまっているのね。


「あの天才金星藍に夢見て頑張ってた学生時代を思い出すわ」


ハルナはしみじみと言った。


「彼女のような演奏家になりたいって、ただそれだけだった」
「そうね。蛙の子は蛙…か」


彼は私の手紙を読んでどう思っただろうか。

手紙に書いたことは、本気よ。


彼がやらないのはほんとにもったいないことなの。

彼だって幸せになったって良いはずだし、フルートやりたいならやっていけば良いだけなの。


「で、結局蒼くんから返事はきてないのね?」
「ええ」
「じゃあもう枠はないんでしょ?もう1週間前だもの」
「枠はあるわ」
「え?だってあれ基本的には3週間前にエントリーしなきゃいけないんでしょ?いくらあなたでも、これ以上期間を延ばすなんて…」
「もともと期間は延ばしてないもの」


冷たい紅茶を口へ運ぶ。

綺麗なアールグレイの色が目立つこの紅茶は、今私のお気に入りの1つ。


「最初から彼をエントリーさせてるの」
「えぇ?」


私がそう言うと、ハルナは驚いた顔をした。

無理もないか。
勝手にエントリーするなんてあってはならないことだし、それに結局彼が出なかったらその1枠はあいてしまうんだもの。


「私、彼は出るって信じてるの」
「でも…」
「いざとなったら体調不良とかなんとかで棄権にするわよ」
「蒼くんに無断で?」
「だから、賭けをしたの」
「賭け?」


今まで日本では私ほど吹ける演奏者はいなかった。

私が演奏をやめてから賞を取り出した人たちも、なにかこう表現力や迫力にかけたものがあって、納得のできる人はいない。

やっぱりMs.金星のような人はフルート界には現れないんだって諦めかけてたそのとき、彼にようやくめぐり合えた。

彼の吹くフルートは、とても透き通っていてほんとにほんとに綺麗だった。
切なげで、かつ繊細な曲を思い切り表現できていた。


背中がゾクッとしたわ。


ああ、ようやく見つけた……ってね。


この子なら私を超えるかもしれない。
いえ、超えているかもしれない。

これからのフルート界の新生になるって、そう確信したわ。

彼の年齢で、今までコンクールに出ていなかったことに疑問を持って彼に話しかけた。

これほどの実力者なら今までだってコンクールで賞を取れていたはずなのに、と。


「彼、きっとここに来ると思う」


私は会場のほうを指さして言った。


「もし出る気がなくても、妹を見に絶対に来るわ」
「ああ、確かに」
「それでそこで触発されて、出たいって気持ちになってくれればありがたいんだけど…もしそうでなければ、私が直々にもう一度誘うわ」


この会場で、選ばれた人たちが集まる中にいればきっと彼だって出たいと思うようになるかもしれない。

そうでなくとも、彼を誘う最後のチャンスにはなる。


だから、エントリーさせたの。
最後の最後で彼が出たいって思えるようになったとき、その枠がなかったら意味がない。


「どうしても……どうしても彼は必要なの」


彼に出会ったとき、この道に進んでよかったって本気で思えた。

だから、何度も彼を誘ったの。


「あなたの思いが通じると良いわね」


人の奏でる音色は、その人の思いを表すことができる。

それは上級者になればなるほど、上手に表現できるようになれる。


「大丈夫よ」


悲しい気持ちで弾けば陽気な曲も悲しく聞こえるし、楽しい気持ちで弾けば悲しい曲も元気に聞こえてしまう。

だから表現力を身に着けるのは難しいと言われている。


それど同じように


「彼音楽が好きなの。彼の音色がそう言ってたわ」


好きって気持ちも伝わってくるの。

表現力はある程度こなせることはできるけど、フィーリングはそうもいかない。


好きこそものの上手なれ

って言葉があるわよね。

それ、ぴったりだわ。


好きって気持ちがあれば、人は上達することができるの。


だから彼女も…アイも天才と呼ばれたの。


やっぱり親子なのね。

音楽を愛する気持ちは同じ。


私に足りかなったもの、持ってる彼らが羨ましかった。


「これからの音楽界が楽しみね」


上手く弾けることが当然だった私にとって、そんなものは必要ないと思ったわ。

けど、そんなことはないのね。


私がどんなに頑張ってもアイのように偉大になれなかったのは「好き」という思いが足りなかったから。


十年あまりこうやって人を審査する立場に立って、ようやくその答えを見つけたの。

できるなら演奏者として活躍してたあの頃に気づきたかったわ。



Mr.金星

あなたにだって、フルートをやって良い権利があるのよ。


フルート界を歩んで欲しい。

本気でそう思ってるのよ。




真夏、太陽が照りつける中、起こるかわからない奇跡を信じて明日を待つ。

   


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