第69話【ひたむきな思い】
花を生け始めてから何分経っただろう。
黙って生けていたから思ったよりもはやく出来上がった。
テーマは・・・幸せ。
あたしと龍くんの未来を思って生けた華。
寂しげな様子を紺色で引き立たせて、でも幸せというテーマにそうために豪華な飾りつけをする。
いろ鮮やかな・・・
永遠の気持ちを込めて淡い桃色。
周りから祝福されてる黄色。
ずっと一緒にと赤色。
長生きできますようにと緑色・・・
ほかにもたくさんの色を使った。
「よし、できたっ」
龍くんも仕上がったらしい。
龍くんはあたしの花を見て言った。
「わ、珍しいじゃん。そんな鮮やかにするなんて」
「そうかな?」
「杉沢のベースっていつも同系色だからさ」
「そうね。でも今日は特別」
龍くんの花は、あたしと逆で珍しくモノクロ。
ベースが白い花。
上品かつ繊細な感じがして・・・それがまた寂しい感じ。
奥に濃い色を入れることによって気品溢れる中に明るさを取り入れてる。
「龍くんのテーマは?」
あたし、龍くんのこと好きになったのは決して急じゃない。
展覧会で何回も見かけていくうちに・・・・・最初は龍くんの生けた花に惹かれた。
でも花を通して龍くんを知っていくうちにどんどん好きになっていった。
でも相手は学校でも有名な人で、しかも彼女があの金星さん。
叶うわけがない。
そう思って、いつもただ見てるだけだった。
そんなとき、白鹿流の家元に声をかけられた。
すごく嬉しかった。
でも、あたしがいたってきっと龍くんは金星さんを選ぶと思った。
最初は冗談半分で龍くんと金星さんにあいさつをした。
どうせあたしはすぐにいなくなるんだからとか思いながら。
でも、龍くんと一緒にいられる時間は本当に幸せでどんどん好きになっていってしまった。
金星さんに勝てるなんて思ってない。
龍くんに好かれてるとも思ってない。
「俺は杉沢」
「え?」
「杉沢がテーマ。お前これ見て気品あると思ったろ?そのまんまのイメージを花に表してみたんだ」
ほら、また。
そんな素敵な笑顔をしてくれるから余計に好きになってしまうの。
どうせなら冷たく突き放してくれれば良いのに。
そうしたらまだ諦めがつくのに。
思いは募って、ついデパートで金星さんにあたってしまった。
ほんとにひどいことを言ったと思う。
でもあれは金星さんじゃなくてお兄さんだったんだ。
「これ、あたし?」
花が崩れないように、そっと触れた。
白い花はよりいっそう気品があふれ出す。
「上品で繊細で、でもどこか芯の強い色の花がぴったりだと思ったんだ」
白鹿や猪神と違って伝統があまりない杉沢の家に生まれて、あたしの代でどうしても杉沢流を栄えたかった。
せめて白鹿と猪神に並びたい。
はじめはその2つがなくなれば良いのにと思った。
けれど、展覧会でみた白鹿流の時期家元の花は、ほんとにほんとに美しかった。
言葉では言い表せないくらい、感動した。
これに比べたらあたしのなんかまだまだちっぽけで、浅はか。
こんな素敵な花を生けてるんだからきっと素敵な人だろうと思った。
そしてやっと見つけたその人は、あたしの学校の有名人。
声もかけられない。
世界が違うと思った。
そう、最初は所詮は儚い思いなんだと思ってた。
でもこうして今、隣で花を生けながら話をしてる。
それってとてもすごいことだと思う。
龍くんのことを知ってからもずっと声をかけられずにいた頃のあたしには考えられないことなの。
「杉沢のは?」
でも今は違う。
同じ道を歩む者同士として、こうやって一緒にいられる。
頑張ればゼロに等しい確立で龍くんの婚約者になれるかもしれない。
「幸せ」
「え?」
「テーマは『幸せ』。・・・・あたしと龍くんの未来を表したの」
可能性がなかったら思っていてはいけないなんて決まりはない。
彼女がいたら諦めなきゃいけないなんてこともない。
好き、そう思ってしまったらもう仕方がない。
好きって思いは消せるものじゃない・・・
あたしは龍くんに恋をしたことに全然後悔なんてしてない。
むしろ感謝してる。
こんなに人を愛せたのは初めて。
人を好きになるって素敵なことだと思った。
辛いこともあるけど、その分幸せなこともある。
「・・・辛いって漢字、幸せに似てるだろ?」
龍くんが少ししおれた声で言った。
「辛いことがあっても頑張れば幸せになれるってことなんだって」
あたしには龍くんがなにを言いたいのか分からなかった。
黙って聞いてると、龍くんは障子を開けて、少し離れたところにある池をじっと見つめた。
やっぱり夏なだけあって、太陽は眩しい。
「・・・俺がしっかりしなきゃ進めないよな」
その重々しい口調から、なにかを感じ取った。
もしかして金星さんとなにかあったんじゃないか、と。
「あたし、待ってる」
あたしの言葉に、龍くんが振り向いた。
「龍くんが振り向いてくれるまで、待ってる」
その言葉を言うのに、どれくらい緊張してるか知ってる?
心臓は飛び出そうなくらいバクバクいってて、顔は真っ赤。
でも、チャンスは逃したくないって思った。
だから頑張ろうって。
龍くんは、元気のない笑顔をしながら「うん」と言った。
なにがあったのか聞きたかったけれど、あたしにそんなこと聞く権利がないと思ってやめた。
とにかく分かってるのは今2人が微妙な関係だってこと。
もしかしたらあたしにも可能性があるかもしれないってこと。
確かに金星さんの言ったとおり、愛されてるのは金星さんだと思う。
でも金星さんよりももっとずっと前から龍くんを見てたあたしのほうが、気持ちも愛しさも断然上だと思う。
愛されてなくても、愛していたい。
それは切ない夢物語かもしれないけど、物語は主人公が踏み出さなきゃ話は進まないでしょう。
あたしの中の物語の主人公はあたししかいない。
結果がだめであろうとも、進まなきゃなにもない。
ちょうど片付けをし終わったあと、お母様とおばさまが部屋にきた。
おばさまが龍くんに「少し部屋を開けてほしい」と言い、龍くんは一瞬ためらってけど渋々出て行った。
おばさまはあたしの前に座る。
緊張が走った。
「いつまでも待たせてしまってごめんなさいね」
「え?」
「もうすぐです。もうすぐあなたと龍の婚約が決まるわ」
あたしは自分の耳を疑った。
「私、綾ちゃんと約束しましたの。8月下旬にあるピアノコンクールで入賞できなかったら諦めるって」
「あの、でも彼女はピアノを弾くことで学校でも有名で・・・」
「そうね。でも弾けるだけなら誰でもできるわ」
確かに。
それくらいの実力なのかとかは聞いたことない。
でも・・・
もし入賞してしまったら?
そしたら金星さんは正式に龍くんと婚約?
「綾ちゃんはピアノ界でベートーヴェンの申し子と呼ばれてるらしいの」
「申し子?」
「ベートーヴェンの曲だけは天才的らしいわ。でもほかがさっぱり。コンクールは2曲弾かなくてはならないの」
それ以外はさっぱり?
じゃあもしかしたら他の曲で失敗したら入賞はできないってこと。
「でももしベートーヴェンを2曲弾いたら・・・」
そしたら圧倒的に金星さんの有利になる。
誰だって得意な人のをやろうとするもの。
「ベートーヴェンを2曲弾いたら、私綾ちゃんを認めないつもりよ」
「え?でもそれじゃあ約束が・・・」
「得意なものだけで入賞しようってつもり程度の気持ちはいらなくてよ。あの子、特にショパンがだめらしいの」
おばさまはフッと笑った。
「ショパンを弾いて、それで入賞できたら認めるわ。でもきっとそんなことはないと思うの。だから安心してちょうだい」
おばさまはそう言うけど、あたしはそうは思えなかった。
金星さんならきっとショパンでくる・・・
ただの直感だけど、絶対そう思う。
金星さんは頭も容量も良いから、きっと分かってると思う。
おばさまのこの策略を。
「・・・おばさま、もしショパンを弾いて金星さんが入賞なさったら本当に認めるおつもりですか?」
きっと金星さんは入賞する。
おばさまは口では認めるって言うけど、嘘にしか思えない。
そもそもショパンを弾かなきゃ認めないって言ってる時点で嘘をついているのだから。
「しないわよ」
「もしものお話です」
「ええ、絶対しないわ」
おばさまは余裕な顔を見せた。
おばさまを不思議そうに見るあたしに、おばさまは着物の裾を口にあてて小笑いしながら言った。
「審査員に来る人に手を回すつもりなの」
おばさまの言った言葉が信じられなかった。
手を回すって・・・つまり買収?
そこまで金星さんがいやなの?
そこまでおばさまは白鹿の嫁は華道をやってることを望むの?
「だからたとえショパンを上手く弾けたとしても、結局は無駄な汗を流したことになるのよ」
おばさまの甲高い声が響く。
ここまで大人の社会は腐っているのか・・・
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