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僕はまるで石ころのようで、星みたいな君。
作:松の慎



第54話【菊正宗英二】


「父さん、入るよ」


副院長室をノックする。

奈留と一緒に学校を出たあと、家に帰らず今日はそのまま病院へ向かった。

今の時間帯は父さんが休憩してるはずだと知っていたから。


「おお、慎一。何の用だ?」
「父さんがしばらく家に帰ってこないって聞いたから」


よくは知らないけど、なんかどうしてもやらなきゃいけないことがあるらしくて、ここ2日くらいは家に帰ってない。

母さんがそう言っていた。


「だから報告しようと思って」


荷物をソファに置いて、父さんの前に立った。

父さんはコーヒーを一口飲む。


「報告?」


父さんが怪訝そうな顔をした。
俺はニッと笑う。


「前言ってた大事な人と付き合うことになった」


俺がこんなに頑張れたのははじめてだと思う。
なんにたいしてでも無理なものは初めからしないようにしていた俺が、叶わぬ恋を必死に追いかけてた。

たぶん、周りの人たちが成長したからだ。

俺も少しずつ、成長してる。


「奈留だよ。父さんもよく知ってる、諸星奈留」


父さんは少しだけ驚いた顔をして、そして少し口元を緩めながら言った。


「そうか・・・」


分かりにくいけど、少し微笑んでたように見える。

そしてもう一口コーヒーを口に入れる。


「それが言いたかったんだ」


そう言って、俺は副院長室を出ようとドアノブに手をかけた。

そのとき父さんが小声で静かに言った。


「・・・お前も成長したんだな」


俺は父さんに背を向けたまま言った。


「いつか父さん追い越してみせるよ」


たぶんだけど、父さん笑ってたと思う。
普段あんまり笑わない人だけど、このときはなぜかそう思った。

背を向けてたから確かではないけど、出来るもんならやってみろ、とでも言ってるかのような顔をしていたに違いない。

じゃあやってやろうじゃん。

今の俺なら出来る気がする。

もちろん医者になれるのはまだまだ先だ。
日本は飛び級がないからいくら俺が医学を見につけてても、6年間学ばなくてはならない。

でも医者になって、この病院で働くことが出来たら、絶対に父さんを追い越してやる。


「ふ」


そう思うと、なんか笑ってしまう。


明日への大きな道。
開けた。


「あ、そうだ」


俺は引き返してまた副院長室まで来た。

入ろうか悩んだけど、別に良いかと思ってその場で声を上げた。


「父さん、俺今日もここにいるから!」


夏休みは絶好のチャンスなんだ。


受験勉強もそんなする必要もないし夏課題ももう終わってる。
俺のモットーは長期休暇に入る前に課題を終わらすことだからね。

さすがに夏休みは長いから課題も多くてたいへんだった。


売店でジュースでも買おうと思って向かって歩いてる途中、見覚えのある顔を見て立ち止まった。


「英二!」


どれくらいぶりだろう。
高校に入ってからはもうほとんど会ってないんじゃないか?

俺が駆け寄ると、英二も俺に気づいた。


「慎一」


黒い髪が少し長くて、整った顔立ち。
俺より身長はもちろん高い。


「どうした?なんか顔色悪いぞ」


いつももっと元気で前向きな英二の様子が少しおかしい。
おとなしい・・・というより元気がなくなってる。


「・・・俺・・・さ」


英二がなにか小声で話そうとする。
けれどほんとに小さい声で、ほんとに弱弱しい。

なにかあったんだ。

そう思って俺は特別室へ英二を連れてった。
特別室は俺と英二に与えられた・・・・というか代々ここの院長・副院長を継ぐ身に与えられた部屋。

ここで医学を学ぶようにと昔建てられたそうだ。

そういえばここで津野田の診察もやったな。


英二を向かいのソファに座らせて、自販で買ったお茶を渡した。


「で?どうしたよ」


英二はお茶を握り締めて、言った。


「俺、医者にならないかもしれない」
「・・・え?」
「というか・・・なれないかもしれない」


自分の耳を疑った。

英二がそんなこと言うなんて、夢にも思っていなかった。


「なんで・・・」
「俺理系が極端にだめで赤点ぎりぎりなんだ。これじゃあ大学の医学部に上がれるかさえ危うい・・・」
「内申は足りてるのか?」
「それも・・・」


だから落ち込んでたのか。

確かに医学部には数学や生物が必要だ。

それが赤点ぎりぎり・・・か。


「これでも俺頑張ったつもりなんだ。でもどうあがいても点は上がらなくて・・・」


英二は頭を抱えた。

少し震えているように見える。


「だから・・・この病院継げないと思う。そしたら慎一に院長になって欲しい」


英二もほんとに頑張ってるんだと思う。
小さい頃から継ぐ身でいる俺らは医者になるのを夢見てた。

もし菊正宗や早乙女が代々継ぐって決まっていなければ英二もこんなに苦しむ必要がなかったんだろうな。

こんなに追い詰められることもない。

でも、俺はそうとは思わない。


「だったら夏休み中俺が勉強教えてやる!」
「え・・・?」
「俺特に理系には自信あるんだ。絶対お前の成績上げてやる!大丈夫、俺らエスカレーター組は1学期の成績ですべてが決まるわけじゃない」
「でも・・」


それでも英二はちょっとためらった。

けれど俺は英二の両肩に手を置いて言った。


「俺らが継がなきゃ正宗早病院はどうなる!俺らの苗字の文字をとって正宗早だぞ!」


菊正宗と早乙女のためにつけられた名前。
なのに菊正宗がいなかったら病院の名前の由来の意味がなくなる。

もちろん、俺が止める理由はそれだけじゃない。


「・・・俺は英二の下以外では絶対に働かないぞ」


小さい頃に交わした約束。

俺が英二の下で働いてこの病院をもっと繁栄させる。
そう言ったよな。

だから絶対に英二と一緒にやりたいんだ。


俺が院長になるのも、英二が医者じゃなくなるのもだめなんだ。


「慎一・・・」


英二の目は少し潤んでいる。


「俺の上司はお前で、お前の一番の部下は俺だって言ったろ」


俺はニッと笑った。

みんなどうしてせっかくのチャンスなのに院長になりたがらないのか不思議に思ってるだろ?

俺も漠然とした答えは出せない。
強いて言えば血かもしれない。

早乙女は菊正宗の手助けをするって、そう言ってるのかもしれない。

ご先祖様がそう決めたときから、俺たち子孫はそうなるって運命のもとにいた。

強制じゃない。
服従でもない。
必然でもない。

そうなる運命だった。


「すまん、慎一・・・ほんとに」
「気にすんなって。俺の生物は天下一品だぜ」
「はは」


元気のない英二がかすかに笑った。

きっと大丈夫。
英二はきっと俺の期待に応えてくれる。


「・・・諦めるのは性に合わないもんな。俺絶対やるよ」
「そうこなくちゃ」


俺は右手を目の高さくらいに上げた。

英二は勢いよくパンッと音を上げて、俺の手を握った。


「菊正宗を継ぐ俺と」
「早乙女を継ぐ俺で」
「「絶対にこの病院を日本一にしてみせる!」」


少しの間お互いを見つめ、そして手を離す。


「あはは!よく小さい頃の約束覚えてたなっ」


英二が腹を抱えながら爆笑している。
俺も笑いを堪えきれずに、声に出す。


「すげー!昔言った言葉通りだよ。デジャヴだ」


俺らが小学生だったときに交わした約束。
あんな風に手と手を握り合って、ああ言ったのを今でも覚えてる。

思えば昔から俺らの道は決まってた。
よく親の敷いたレールを歩くのはやだ、とか言う人いるよな。

俺はそうは思わない。
むしろこの道を用意してくれてたことに感謝する。

俺って恵まれてたんだな。


「うし、じゃ今から勉強だ」
「げっ!今から?!」
「たりめーだろっ」


副院長という地位を絶対に持つ家。

なに不自由ない暮らし。

一緒にいて楽しい友達。


『僕菊正宗英二。よろしくな』
『僕は早乙女慎一。よろしく』


そして、出会った頃から俺の絶対的な人となった


英二。



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