恋人がほしい!
中野雅也、16歳。
自転車で夜の道を走りながら、疲れの溜まった身体で溜息をつく。
本日のバイトはトラブル続きで客に怒鳴られっぱなし。家に帰っても両親共働きだから誰もいない。学校行ってもぼっち。
まあ、そんな環境だから悠々と彼女といちゃつけるんだけどな! 画面から出てこないシャイで可愛い子なんだぜ!
……とか言っても空しい。やっぱり彼女ほしい。ふと夜空を見上げると、流れ星が線を描くのが見えた。
「! 彼女! 三次元の彼女! 可愛くて優しくてオタクを理解してくれる彼女!」
思わず自転車を止め、とっくに消えたものに駄目もとで願掛けしてみる。まあ、流れ星とか珍しいし。そのまましばらくどうせなら二個目がこないかとボーッとしていると、遠くから犬の鳴き声が聞こえて我に返る。……何やってるんだ俺。帰ろう。
◇◇◇
「えー、突然だが、転校生を紹介する。入りなさい」
「水城ちなみです。よろしくお願いします」
そんな昨日の今日で、クラスに美少女転校生がやってきた。クラスの男子は色めき立ち、女子は男子の反応を見てから水城さんに冷めた視線をよこす。女ってこえー。
「席は……中野の隣が空いてるな。そこに座ってくれ。中野、教科書見せてやれよ」
俺? まあ、俺になるよな。そんな棚ボタ状態の俺に、クラスのちょっとイケメン気取ってる連中は今にも刺してきそうな目で見てきた。知らねーよ。
「中野クン? よろしく」
「……どうも」
美少女相手にどう反応していいのか分からず、若干愛想が悪いような返事になった。それにしても、ラブコメの主人公だったら、こんな時はラッキーハプニングやら「お前今朝の食パン女」 みたいなイベントがありそうなものだが、さすが俺。現実なんてこんなものだよな、と悟り、水城さんのほうに教科書を寄せる。
「ちょっと待ってて。鞄置いちゃう」
そう言って彼女は鞄の中のものを机に仕舞ってから席につこうとした……時に見えた。
鞄の横でつい揺れてるマスコット、某マイナーギャルゲーの抽選でしか当らないやつじゃないか? というか、俺の嫁。ファンシーなデザインだから女子がつけてても違和感はないが、分かる人間には分かるぞ。
「……ん? どうしたの? あ、これ?」
水城さんはガン見している俺に気づいた。当然だが。俺は少し迷ったが、当たり障りない返事をした。
「あ、いや、可愛い人形だね」
「えっ……あ、うん。ありがと」
落ち着け俺。兄や弟や親戚から貰ったものかもしれない。これだけで「オタク仲間だー」 とか浮かれるのは恥ずかしいことだ。大体……。俺は視線を水城さんのほうに向ける。整った横顔が午前中の日差しに照らされて神々しいくらいだ。
……こんな美少女がオタクとか考えにくいよな。やっぱり身内からいらないのを貰ったのかも……。俺の嫁がたらい回しとかちょっと悲しいが、よくある事だ……。
とすると、彼女は人形の由来を知らないのだろうか。ならば元がギャルゲーだって教えたほうがいいだろうか? 俺みたいなやつもいるかもしれないし。さっきは危うく「俺の嫁!」 と叫ぶところだった。しかしわざわざ学校用の鞄につけるくらい気に入ってるみたいだし、水を差すのも何だかな。他に知ってる人もいると思えないし、うん気にしないでおこう。
そんな考えを巡らせながら、俺は教科書を俺の机より彼女の机のほうに寄せた。どうせ苦手な古文だし。
◇◇◇
休み時間の間に、クラスの男連中は水城さんに俺がいかにオタクか説明した。そしてそれと比べて自分はどれだけ普通かとかリアルが充実してるかとかアピールした。自分にアピールできるものがないなら、他の人間を踏み台にするのが手っ取り早いよな。慣れてる。俺はそそくさと教室を出たから、その後のことは知らない。
「中野って美少女ゲームマニアなんだぜ、きしょいよな」
「絶対将来事件起こしそうだよな」
「ギャルゲーとかもてない男のやるもの!」
そんなクラスメート(主に男)の世間話(という名の悪口)を前に、私はカチンと来て、でも顔はニコニコと微笑みながら言ってやった。
「そうなんだ。私もギャルゲー好きだよ」
一瞬空気が凍った。しかしすぐに男達はさっきと違うことを言い出す。
「ち、ちなみちゃん可愛いからね! ギャルゲーも大抵絵が可愛いし!」
「可愛い子が可愛いものやってるって最強じゃね!?」
「可愛いは正義だから!」
そんな詭弁が通用すると思ってるならおめでたいことだ。私はいまだに話しかけてるこいつらに適当に返事をして、おそらく人形の正体に気づいていただろうに、何も言わなかった中野雅也くんを思う。
◇◇◇
「中野クン、今帰り? 方角同じだから一緒に帰ろうよ。私、まだこの辺りよく分からないの」
下校の時に、水城さんに話しかけられる。俺はびびった。が、道案内を頼まれてるようなものだと思えば何てことは無い。いくらギャルゲー脳でも、何でもイベントに変換したりしないぞ俺は。
「あ、うん、いいよ」
「ありがとう! 行こう?」
歩きながら聞くと、彼女は最近出来たアパートに住んでいるらしい。そのアパートは俺の家の近所にあるわけだから……これからご近所になるのか。ゴミ出しとか町内会とか回覧板とか分かるのかな? 他に会話のネタもないので、そういう地味な会話をひたすら続ける。
「ありがとう! すごくためになったよ!」
笑顔で喜ばれると心苦しい。だってリア充みたいな会話は俺には無理なんだぜ……だからこういう話題しかないだけなんだが。
「それでさ、中野クンって何か好きな事ないの?」
「はは、いや特には……」
「でも、この人形のこと知ってたみたいだったけど」
!? え、元ネタ知ってたのかよ!? とすると女性なのにギャルゲーをするディープなオタク? いや待て、身内がオタクで、人形はデザインが気に入ったからつけてるみたいな可能性もある。どっちにしろ、このことで嘘をつくメリットは俺にはない。どうせクラス連中から聞いてるだろうし。
「まあ、そのゲーム持ってるから」
「私もなの。で、どの子が一番好き?」
「そりゃそのメインヒロインの子に決まってる! 没個性的とかテンプレとか言われようが、俺には世界一可愛いんだ!」
言ってからハッとした。滅多に聞かれない話題を振られて思わず熱くなりすぎた。水城さん、引いただろうか。考えてみれば、最近はギャルゲーも物語感覚でプレイするライトユーザーも多いみたいだし、多分水城さんも……。
「嬉しい、同じ趣味の人がいた」
予想に反し、彼女はニコニコしていた。
「同じ趣味?」
「そうだよ。……引いた?」
と言われて考える。正直、美少女は何しても正義だと思う。身なりも整っていて俺みたいにバイト代をゲームにつぎ込んで……みたいな廃人でもなさそうだし。
「まあ、そんな趣味の人もいるよな」
くらいにしか返せなかった。なのに、彼女はそこが気に入ったらしい。
「やっぱり、中野クンって私の理想の人! お付き合いしてください!」
「……………………ん?」
◇◇◇
結局俺は了承した。断る理由が無かった。とはいえ、時間が経ってくると立場が違いすぎると思わないでもなかった。クラス一の美少女が何故クラスの底辺の俺?
「まさやんって図書委員だったよね。じゃあ、今日図書室行くからちょっと見てて」
と言うので、放課後俺は図書室の貸し出しカウンターに座っていた。するとちなみと彼女を落とそうとする男達が大挙して押し寄せてきた。昨日の今日だから俺達の交際は知られていない。知られたらどうなるんだろうかとか、イケメンな連中に口説かれたら俺と付き合ったの後悔するんじゃないかとか、何か色々考えた。
そんな俺の内心をよそに、男達はカウンター前の席にすわるちなみによく分からん口説き文句を披露している。
「ちなみちゃんはさ、可愛いんだからオタクやめればいいと思うよ?」
「そんなの私の勝手です。人の趣味にケチつけるのやめてください」
「でも女の子がギャルゲーって……」
「だから私の勝手でしょう! 仕方ないじゃないですか男だけの絵面より女の子がきゃいきゃいしてるのに萌えるんだから!」
一人目はオタクをやめろと迫り、最後には鬼の形相のちなみに追い払われた。そんなにオタクは恥ずべき存在がちくしょう。
「ちなみちゃんが好きって言ったゲーム、俺も好きだよ。前からのファンでさ」
「そうですか。ところで逃亡ルートはどう思いました? 公式はバッドエンド扱いにしてますけど、よく見ると持ち物が普通の身分では持てないもので、トゥルーエンドじゃないかなんて説もあるんですよね」
「え、ええっと……うんそうだね! あれはトゥルーエンドでいいと思う!」
「にわか乙」
二人目は……自爆かあれ。逃亡エンドはどう考えてもバッドエンド以外ないだろ。プレイヤーキャラが死亡してるみたいな説明もあるし。あと持ち物は墓に添えられたアレか。本当ににわかだな。
「ちなみちゃんオタクなんだってね。女でオタクって言ったらアレだよね。ボーイズラブ的な。ホモが苦手な女の子はいないっていうもんね。俺迷ったけど、妹の借りて勉強したよ。それにしても、どれもこれも男を知らない表現ばかりだね。俺的には萎えそうだったけど、これでちなみちゃんが興奮してるのかと思うと復活したよ。ちなみちゃんも勉強するなら俺が教えてあげるね☆」
「死ね。それ以外の言葉が見つからない……」
ちなみがそう言わなければ俺が殴っていたと思う。公共の場できめえな三人目。あと色々誤解してるくせに突っ走ってやがる。
◇◇◇
「何でまさやんがいいのか、分かってくれたと思う。女オタクって、案外肩身が狭いんだよ……」
帰り道、疲れきった表情のちなみがそう呟いた。
よく分かった。というか、俺もギャルゲー好きなだけで色々言われてるからな。女でも例外じゃないんだな。それにちなみの場合、美少女なだけに余計好奇の目で見られてそうだ。
「……お疲れ」
としか言えなかった。彼女は俺よりよっぽど苦労してる。知ったような慰めの言葉なんかかけられない。しばらく無言で歩く。
「あ、流れ星」
不意に、夕焼けの空に一筋の光が走った。流れ星……。
「なあ、俺、流れ星に彼女ほしいって祈ったら、翌日オマエが来たんだぜ」
「!」
「ん? どうした?」
「ううん、それで、私はどうだった?」
「……今でも夢なんじゃないかって思う。理想以上で」
「夢じゃないよ。それに、そう思ってるのは案外私のほうかもしれないよ?」
◇◇◇
明日が転校初日。物憂げに自室で夜空を見ていたら、不意に流れ星が見えた。
「! 彼氏! オタクに理解のある彼氏! 見下したりしない馴れ馴れしかったりしない、常識ある彼氏!」