異世界だって知らされました。
「何か言いたいことはあるか?」
「ぼんぼうびずびばべんでじだ……」
あの後、何度も顔を叩かれ――もとい、ハチの巣にされ――顔が膨れ上がったところでやめてくれた。
只今、現在の楽兎は謝罪の頂点に立つ必殺技、『DO・GE・ZA☆』を全力で使っている。
SPの消費が激しい……。
だが命があっただけましだろう。
「まったく……。まぁいい。ところで変態」
「俺は変態じゃな――すみません。」
彼女の後ろに鬼が見えた……。
せっかく顔の痛みがやっとのことで引いてきたのにまた尋常じゃない痛みが続く事は勘弁だ。
「名前を知らないからそう呼んでいるだけだ」
本当にそうだろうかと思わずにはいられない楽兎。
とりあえず彼女はこちらの名前を所望のようだ。
「俺は武田楽兎。楽兎でいい」
「そうか。私はラン・レイト・フェデルカだ。私もランでいいぞ」
ラン……か。っていうか外国名?
「しかし……タケダ・ラクトか。ラクトが名前なのか?」
「当り前だろ? 日本名なんだから」
「にほん?」
まて! 日本の名前はかなり広く知らされているはずだ!
まさか知らないなんて言わせ――
「それはどこの国なのだ?」
知らなかった……。
楽兎は地面に手と膝をつき、青い顔をして沈み込んだ。
「あ、そ、その……すまない。本当に知らなくて……。あ、あれだ。他の人は知っていて、私だけが知らない可能性も……」
焦りながらフォローするランだが、残念ながら楽兎は気づいてしまった。
日本を知らないのに日本語をこうも饒舌に話す外国人がいるだろうか?
答えは否だ。
まず、日本を知らなければ、日本語を覚えることはできない。
いくら親が日本語を知っていて、それを教えるとしてもこれは日本語だと教わるはずだ。
バカな楽兎でもわかる事だ。
つまり……、
――日本がここには無い?
楽兎は最悪の考えに移った後、最後の希望へと手を伸ばした。
「ん? なんだそれは?」
楽兎が手を伸ばしたのはポケットの中にあったスマートフォンだ。
取り出して楽兎はスリープモードだったスマートフォンをいじり始めた。
「綺麗な魔法だな……。何の魔法なのだ?」
魔法? 何を言っているんだこいつは。
「これはスマートフォンって言って機械なんだよ。なんだよ魔法って……」
「な! ラクトは魔法を知らないのか!?」
ファンタジーかよ。
とりあえずランを無視してインターネットにつないでみるがつながらない。
電波はゼロ。しかも圏外。
だけどEメールが一通入っていた。
楽兎はそれを見つけるとすぐに開いた。
『差出人:新実 和也
20○○ 6/27 22:28
件名:夜中に悪いな!
明日さぁ。○○高校の連中とサッカーすんだけどラクもやらねぇか?
負けたチームは夕食おごりだってよ!』
和也……。俺の親友だ。小学校からの付き合いだ。
幼馴染と言ってもいいだろう。
楽兎は腐れ縁と呼んでいる。
送信時刻は午後十時二十八分。まだ楽兎がここに来る前に起きていた時間だ。時計を見たから間違いない。
ただし、風呂に入っていた時間で、出てきたとしてもいつものTシャツとジーンズとフード付きトレーナーを着て、ポケットにすべて入れた、と言うところで記憶が途切れている。
おそらく寝落ちでもしたのだろう。PAPのゲームをしていたのを覚えている。
本当は約束の時間までゲームでもしようと思っただけなのだ。
その約束の時間っていうのが午後十一時だったのだ。
だがこれでスマートフォンが使えない事がわかった。
助けがくるのはほぼゼロと考えていいだろう。
そこでランが画面を覗き込んできた。
「さっかー? さっかーとはなんだ?」
「スポーツの一つだよ」
「すぽーつ?」
「スポーツも知らないのかよ……」
スポーツって言ったら最初に出てきそうな候補の一つだぞ?
他にも野球とかも出てきそうだけどな。
スポーツを説明するのもめんどくさいので話を逸らす。
「ところで、その髪って地毛なの?」
「明らかに話を逸らそうとしてるな……」
「いやぁそんな事は……」
「まぁいい。この髪か? これは……」
少し考え込むようにするラン。
その様子に楽兎は不思議と疑問を感じる。
「村のしきたりだ」
「しきたり?」
髪を染めるとかのしきたりか?
そんなアホなしきたりが?
「ぷ。冗談だ」
嘘か……。地味に傷つく。
「この髪は地毛では無い事は冗談ではないが。ラクトはどんな田舎から来たんだ? 魔力解放も知らないなんて」
「魔力……解放?」
「魔力を解放すれば髪色が変わってもおかしくはあるまい?」
いや、おかしいとか以前の話なんだが……。
ランはそんな楽兎の反応に気がつかずに続けた。
「私は雪を使う魔法使いでな。自分の持ってる魔力を解放すれば髪色が変わるのだ。……まぁ他の者は服や武器が変わったりするだけだが……?」
ランが言葉を区切って楽兎を見る。
「どうしてうずくまっているのだ?」
「いや、放っておいてくれ。俺はまだ夢を見ているみたいだ。早く起きないと優紀に怒られちまう……」
「ユウキ? 誰の事を言っているかわからないが、私の事を夢だと思っているらしいな。本当に失礼な奴だなお前は……」
「違う」
「何が違うのだ?」
「俺は……
――この世界の事自体が夢だって言ってるんだ」
ランが目を丸くしている。
するとシャボン玉がはじけたように笑いだした。
「あはははははは!! 世界自体が夢!? お前は面白いな! 世界が夢だなんてあるはず無いだろう!?」
ひぃひぃ。と腹を抱えて笑うラン。
楽兎は全く笑う気がせず、言葉を続けた。
「俺の国は魔法なんてない」
「そんな国があったら真っ先に潰れるな!」
「俺の国は科学がある。それもかなり進んでいる」
「科学? 先ほどのあれか?」
「俺の国は平和だ」
「それは絵空事と言われるぞ?」
「俺の国は……戦争はしない」
「…………。そんな国。あったらいいな」
「嘘じゃない」
ランは今までの笑いを納め、楽兎の言葉を聞いた。
楽兎の目が真剣そのものだからなのか、元々楽兎はこう言う事には熱い男だ。
それがランには届いたのだろう。
「ラクト。君は異世界人、とでも言うのか?」
楽兎は黙ってうなずく。
ランはそうすると、腕を組んで考え込む。
「それならばスノウウルフから逃げ回っていたのも頷けるか……。だが、異世界など本当に……? いや、だったら彼の持っている見たことも無い物も頷ける……」
ランは一つの結論を出すと、楽兎に振り向く。
「君が異世界人だと言う事を信じよう。そしてすまない。実はラクトがルルート大平原から走ってくるのを見て私は魔力を解放したのだ。敵国の者かと思ってな。初めはスノウウルフと遊んでいるのかと思った。だが見ていると何かが違うと感じてな」
「初めから見ていたんだったら助けてくれれば……」
「だからすまないと言っている」
「まぁいいけど……」
それよりも楽兎自身もここが異世界だと感じるようになってきた。
魔法が存在することも。
(俺、帰れるんだろうな……)
楽兎は心の中でため息をつきながらもそう思った。
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