上田栄生b
『たぁ、たッ、助けて下さい!!』
飛び乗った少女の第一声はソレだった。
目を見開き、ナイフを握りしめた少女は、声を震わせながら私にそう言った。
ぽたりぽたりと滴る血、どうやらソレは彼女のモノだ。
肩には、決して深くはないモノの、小さな傷のを背負っているのが見て取れる、
おそらく、彼女は、襲ってくる何かから逃げていた。
そして、その何かは、予想するに難しいことではない。
とりあえずは、彼女をなだめるんだ。
動けないままじゃドウにもならない、ドウともならない、
落ち着いて、そう言いながらも一番取り乱していたのは自分だった。
彼女は震える足をパシリと叩き、ゆっくりと立ち上がった。
私は、足がすくんで立てなかった。
少女は、踊り子、だろうか?
水着のような最小限の衣装は、年齢に似合わず扇情的なモノだった。
細身な身体にしても、その武器にしても、少なくとも戦いに向いているようには思えない。
何て言うか、カモだろうか?そう、カモだ。カモ。
そのカモのよう。
襲っているその何か、それは当然のこと参加者だ。
そして、この子も参加者だ。
立場的に考えてしまえば、どちらも敵と言うことになる。
ルール的に言えばココでこの子を殺すのが、このゲームなワケか……。
まぁ、勿論そんな気持ちは欠片もないのだが、
それでも、自分の置かれている奇妙な状態、その異常さに、足場のおぼつかない不安を感じる。
自分の仲間だと思っていたものも、全て敵かも知れない、そう言う不安。
この子が飛びついたのが私で良かった、本当にそう思う。
それでだ、ソレでどうしよう。
背中のキズは大したことはない、本人すら気付いていなかったようで、滴る血を見て小さな悲鳴を上げる、
私は取り急ぎ、彼女の手を引き、走り出した。いや、逃げ出した。
とりあえずは逃げるんだ、捕まるまでは逃げてみるんだ。
相手は、おそらく私だって襲うだろう、
殺す気で襲ってくるのだろう。
だったら、やはり逃げるしかない、私には戦う気はないのだ、逃げるしかない。
望めるなら、戦うことがないように、私は彼女の手を掴み逃げ出した。
だがしかし、まぁ、走るのは久々だ。
駆け込み乗車ぐらいにしか、使わなかった脚だ。
走り出してすぐに詰まったようにパンパンになる。
毎日の日常、繰り返す日常では使わなかった筋肉を、身体を、必死に振り動かし、
学生時代以来の全力疾走をみせた。
久々ではあったモノの、私の呼吸、走るときの呼吸というのは、どうにも覚えているようで、
スッハスハスと言う私独特の呼吸のリズムが、身体の中を駆けめぐる。
スッハスハス、スッハスハス。
不思議なモノだ、このゲームに入ってから不思議なことばかりだ。
私はなぜだかゲームの中で自分の身体を使っている。
多少の例外はあるモノの、今までのモニターゲームには無い概念。
スッハスハス、スッハスハス。
妙なところばかり食いついている気もするが。
これは本当にゲームなのか、
コレは本当に、現実ではないのだろうか。
何処までが本当で、何処までが嘘なのか、
この感覚は本当か、嘘なのか。
そんなことばかりが気になってしまう。
スッハスハス、スッハスハス。
本当に妙な、期待? 希望?
私が単純なんだろうか、私が鈍感なんだろうか、
こんなゲームの中だって、私は起こったことをそのままに感じて楽しんでいる。
スッハスハスの私のリズム。
もっと小さな彼女のリズム。
過ぎゆく草の葉、踏みしめる土。
その微かな柔らかさ、返ってくる感覚、そこに立っていることすらも、その全てが楽しい、愉しい。
そんなこんなで、私は本来の目的とは離れたところで、このゲームを楽しんでいた。
本来ならば焦るべきトコロ、恐怖に押しつぶされるだろうトコロ、
ソレを私は清々しさすら感じて、愉しんでいた。
そしてまた、この世界がゲームでなければよいのに、と微かな期待を抱きながら。
『な、なんだか、楽しそうですね』
『そ、そうかな?』
『楽しそう、に、見えます』
『君は?』
『はい?』
『君はどう?』
『実は、それなりに』
『そう、ソレは、良かった』
スッハスハス、スッハスハハ。
その後のイクバクもなく、
当然のようにあっさりと、私たちは追いつかれた。
もっとも、私が転んだのが原因だが。申し訳ない。
相手は男だ。ソレも大男。
大柄の鎧に、大柄の剣、その姿勢を全身に押し出したようなその姿。
私が言うのも何だとは思うが、あまり上品な感じはしない、
と言うか下品だ。
そして男は矢次に言葉を並べる。
ナンデ逃げるんだ、とか、俺がイヤだったのか、とか、
やっぱり上品な感じはしない。
『君、あの男と何かあったの……?』
『い、いえ……言い寄ってきたので、逃げて、そしたら、逆上して……』
『まぁ、そうか、んー』。
男はなおも、ソイツは誰なんだ、とか、何でスーツなんだ、とか、やっぱり俺が嫌だったんだな、とか、ブツブツブツと、
そんなことを言いながらニジリ寄ってきた。
私には武器がない、持っているのは、スーツと、セットの通勤鞄だけ。
少女の武器では明らかな役不足は見て取れる。
男の間抜けな態度に多少の余裕こそ見せられるものの、実際不利なのにはナンにも変わりはない。
ブツブツ男は言う、邪魔なのはお前だ、と。
ソレって、やっぱり私のことだろうか、睨み付ける瞳は深い嫉妬を湛えていた。
ホントにもう、逃げ出したい、二対一ではあるが、勝ち目が有るようには思えない。
ましては私が戦うなんて想像もつかない。
一応の構えをとるものの、それに何処までの意味があるか、いや、無いことは分かり切っていた。
近づくに連れ男の体格、その威圧感、迫力、それらがドンドンと増していく、
正直のトコロ、怖い。だがしかし、私が逃げた後のこの子の運命は想像するに容易いことだ。
女の子を守る、そんな勇気がいったいコノ身体の何処にあるのだろうか。
立っているのが限界なほどに、現状はめちゃくちゃに怖い、
そんな私に人を守れる勇気が、力が何処にある?
怖れが、先ほどまで薄れたいた死への恐怖すらも沸き立たせる。
今なら死んでも良い、そんなのは全くの嘘だった。
私は生きたい、いくらだって生きていたい!
ましてや、こんな、こんな死に方なんて絶対に御免だ!
やりたいことだってまだまだいっぱいある。
妻にも謝りたいし、仕事だってまだまだやりたい。
こんな所で死んでなんていられないんだよっ!
男はひたすらブツブツと、お前みたいなヤツが、とか、俺に逆らうな、とか、言っている。
くそ、なんなんだよ、どうすれば良いんだよ、このままじゃどうにもならないぞ!どうするんだよ!!
もう、後がないんだ、どうにかしないと、でもどうやってッ!?
どうにかって、なんだ、どうするンだッ!?
ブツブツブツブツ、さっさと、ブツブツブツブツ、ぶっ殺して。
ああ、逃げたい、もう逃げたい!
ブツブツブツブツ。
男が、私の前にたって、ブツブツ、笑っている。
ブツブツブツブツ。
お兄さん逃げて!ナンで逃げないの!彼女が叫んでいる。
ブツブツブツブツ、この女は、俺がー。
男が剣を持ち上げる、ブツブツブツブツ。
鉄板のように分厚く、太い刀身。
ブツブツブツ。
こんなので、こんなので切られたらいったいどうなる?
ゆっくりと、ゆっくりと、上がっていく。
ブツブツブツブツ。
ソレは日の光を鈍く反射して。
想像だけが先走り、赤く染まった思考にパニックを起こす。
ブツブツブツブツ。
駄目だッ!!
ブツブツ。
ココでッ、死んじゃッ、駄目なんだ!
ブツブツブツブツ。
男と、視線がぶつかった。
駄目だって言ってるだろッッーーーー!!!!
ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ。
ブツ……ブツブツ……。
ブツ…………………………………………。
………………ど、どうなった?
どうなったよ? どうなった?
私は死んでいるのか生きているのか、死んでいるのか?
ゆっくり、ゆっくりと目を開けることにする。
目が開けば、きっとソレは解ると思う、
生きているのか、死んでいるのか、解ると思う。
ゆっくりと、光りが入った。私の目に光りが入った。
生きてるのか? と言うことは生きているのだろうか?
このまま一気に目を開いて大丈夫だろうか?
開けて、死んでいたとかは無いだろうか?
『お兄さん?お兄さん……?』
彼女の、彼女の声が聞こえた、私はソレを掴み思い切ってマブタを開く。
日の光が写し出したのは、女の子の顔、そしてその向こうに倒れる大男。
『あれ、あれ、れ、コレは、どういう……?』
そう、どういうコトか、ブツブツ男は、倒れていた。特に、外傷も見えない。
『急に倒れたんです。いったい、どうしたんですかね』
少女は不思議そうに首をかしげる。
これは、つまり、良くは解らないが、そうだ、生きている?
ああ、い、生きてるぞ!生きてる!
生きてる!!
『助かった?』
『ええ、助かりました、たぶん』
少女は、笑っている。
おお、助かった!
『んふ、くふふ……』
『……?』
『は、だはははーッはーっはーッぁぁッ!』
『ど、どうしたんです?』
『どうしたも、何も、ないじゃないか、は、ははッ』
『わ、解りませんよぅ』
『君も、笑えよ、助かったんだぞ、生きてるんだぞ?』
私の言葉に、彼女は少し不思議そうな顔をし、ハニカミながら微笑む。
そう、私も、そして彼女も、また笑えている。
『うはーッはーッはははーッーッ』
少女に飛び乗られたときは、もう終わりだと思ったけど、また、笑うことができている。
再び、私は笑っている。
考えることはたくさんあるかも知れない、だけど、今は、生きている、笑っていられる。
『だぁーはーッはーッはーッはーッはーッはーーぁぁッ!』
再び笑えた、ソレだけで、こんなにも嬉しかった。
まだ、こんなにも、私は生きている。
『あーっはっはっはっはっはーッ!』
『いきてるーーーーーーーーーーーーっ!』
立ち去る時、私はブツブツ男にとりあえずの手を合わせた。
悔やむ気持ちとかは、別にあまり無いにせよ、
何故死んだのかは解らないが、彼だって生きてはいたのだろう。
そう思うと、少しだけど、罪の意識がわいてくる。
殺されかけたんだ。思う必要はないと、意識するが、
やはり死んでしまったという事実は、重たかった。
気休めだが、自分で手をかけなくて良かった。
気休めだが、弔っておきたかった。
『なに……やってるんです?』
少女は、のぞき込むように私を見た。
『いや、コレくらいはと思ってね』
彼女はいたって不思議そう。
『なんでです?』
『ナンデって、何でもかんでもだよ』
『なんで、ゲームに手を合わせるんですか?』
『ゲームって、いくらナンでもソレはないだろう……?』
『えぁ、だ、だって、ゲームじゃないですか、プログラムじゃないですか』
『だって、これは、遊びじゃないですか』
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