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LOGOS EX MACHINA
作:高橋和絵



三木伸照c


鳥が羽ばたき、
風が木々を揺らす。
世界は動き出し、俺たちの殺し合いも始まった。

 『7本目か』

 俺の手に握られていたのはレバ剣ことレヴァンテイン。
ゲームにはプレイヤーのジョブにあわせた武器、つまりは凶器が与えられ、
コレと言った指示もなく俺は木々茂る森へと投げ出された。
なんでまたレヴァンテインなのかと言うと、
まぁ、特にこだわりや愛着があるわけではないのだが、せっかくなら使い慣れた武器で戦いたいと、そーゆー気持ちが多少なりともあった。

 北欧神話の巨人、スルトの持っていたとされる武器だ。
世界を焼き尽くしたと言われる剣とも杖とも言われた武器、その模造品はいささか質素と言うか、なんと言うか……。
 『ずいぶんおとなしい感じだな……』
その刀身は剣と言うより、どちらかと言えば杭のような棒状のモノで、
先端こそトガっているモノの、正直に言うと剣と言う印象はあまり無い。
数回振り回してみるが、どう考えてもタダの金棒である。
取りあえずは杭を鞘に収め、自分が出来ることを確認していく、
地面を踏み、手首を回し、ジャンプし、そして、しゃがむ。
数値化されたステータスはどうにもイメージしにくいが、確かに身体能力等は現実世界のそれよりも高い……殺し合いに向いている気がした。
もっとも、現実で体を動かすコトなんてそうそう無かったため、今の爽快さは現実のそれとは比べモノにならないだろうが。
なんとなく準備運動などをしつつ、この体の感触を確かめる。
 『よし、大丈夫、ちゃんと動く、な。ダイジョブだ』
この体はどこまでが本物だろうな、と、そう考えてる自分は確かに本物なんだろうが、そう思うほどに全てが別物にすり替わっているような、そんな感じがした。
まぁ、事実、顔と頭以外は本物とはまるで違うのだが……。


さて。
想像していたキリングフィールドは思った以上に穏やかで、
木々が生い茂る木漏れ日の空間だった。
ほかの参加者はおろか、モンスターのようなモノも設定されていないようで、
物静かな森林に降り注ぐ、クリーム色の光りについついアクビがこみ上げる。
そういえば、昨日は寝ていなかった。
眠気すら引きずるこのリアルなゲーム空間には、妙な違和感すら感じてしまう。
まぁ、とりあえず腰を落ち着けよう、
こんな状態で襲われてもロクな対応が出来ないのは目に見えている。
周りから目立たない場所、そういった場所を探してドサッと座り込み、
脚を放り出してマブタを擦る。
身体を撫でた草の感覚も、本物と何ら遜色はなく、
草の匂いすらも、うっすらと漂ってくる気がした。
とりあえずは昨日から続いた気疲れも、結論を出した直後にこんな形で一息つけるとは思わなかった。
そうして俺は、再び大きなアクビをひとつ、真っ直ぐ伸びをした後に、いつもより重いマブタを押さえるのをやめた。






 もしもの事を考えると熟睡こそできなかったが、気付けばつらつらと意識は傾いていて、
危ういトコロで、完璧に眠りこけるところだった。
虫や、小動物など、リアルすぎるこの世界の住人が、俺の近くでカサコソと動き回り、
その一部はカラダへとまとわりついている。
慌てて体を起こし振り払っていると、その絶え間ないガサゴソに1つ大きなモノが混ざって聞こえる。
それは決して動物のソレではなく、
ましては虫のソレでもない、

サッサッサッサッサッサッサッサ

間違いない、それは歩みを進める、人の音。

サッサッサッサッサッサッサッサ

草をかき分ける、人の音。

サッサッサッサッサッサッサッサ

血の気が引き、身体は固まった。

サッサッサッサッサッサッサッサ

早速来たのだ。
ココにいては、このままココにいてはいけない。
俺は四つんばい地を這って、草むらの中へと身を隠した。


 先に気づけたのは幸運だった。
相手はまだ、こちらには気付いていないようだ。
それどころか、ここら辺に人がいるとは思っていないのかも知れない。
足音は、ゆっくりと近づいては来るが、それはただ、不気味なだけで、コレといった敵意や、殺意みたいなモノは、放っているようには感じられなかった。
こっそり、バレないようにコッソリと、草むらから様子を見る。
そこには、一人の男が、左右を確認しながら、歩みを進めていた。

不思議な、と言うか奇妙な男だった。

武器はここからでは判断が付かない。
肌はこけていて、首もとには皮がたまり、何というか、太った男が贅肉を抜き取られたような、
そんな体格をしている。
髪は薄くなった短髪、外見から見てとても年で薄くなっているようには見えなかった。
そして最も目を引いたのは目の下には深いクマ……。
ノソノソといった歩みと合わせても、
それはあまりにも、不気味な姿だった。
男の接近に合わせて、俺の心臓は、どくどくと、その拍動を高めていき、
それに伴い………、
伴い……?

  
 『何だコレ……!?』


 杭が、鞘に刺したままのレヴァンテインが発熱していた。
その熱は、鼓動に合わせて脈を打つように燃え上がり、
火の粉をチラして、その身が赤く染まる。
 『マズ…………ッ』。
男は、ゆっくりと近づいてくる、ヤバイ、このままでは、見つかる。
痩せこけようと相手は大柄だ、正面から戦っても勝てる見込みは……あまりない。
現状が、俺の拍動を更に高めていき、
ソレに呼応するかのように赤黒く色を変えた杭は鞘を焼き切り、
パチパチと、音を上げて周囲を焼いていく……。

男は、何かを嗅ぎつけたのか、歩みを止めた。
そして、辺りを見回している…。




俺には決断が迫られた。
大丈夫、コレはゲームだ。ダイジョブだ。
相手はまだ気付いていないんだ。
先手を取れる今しか……今しかないんだ。




そう、今しかないんだ、今しか、今しかない。
いま、この瞬間しか、気付かれていないこの瞬間しか、
殺せるタイミングはない。
先に、先に相手の背中をとり……殺す、しかない。
今なら行ける、今なら行ける、今なら行ける、今なら行ける。


今なら、今なら、今なら、いけ、行ける、今なら行けるッ!
暗示をかけるように自分の中で繰り返しつぶやき、
そうやって恐怖とか、その他罪悪感とか、
浮かび上がる全てのモノを消し去っていく。


柄にまで染み通った熱が、手を黒く焼き、匂いを立てる。
仕方ない、仕方ないじゃないか! もともとそういうゲームなんだ! 仕方ないだろ!!
俺は悪くはない、コレは正当防衛だ、見つかれば殺される。


いけ、いけ、いけ、いけっ!いけッ!!


バネ仕掛けのように立ち上がり、
草むらをかき分け、男と視線があった。
空洞のような目が、こちらを見ている。


気にするな、いけ!いけ!いけ!いけ!いけ!いけ!


いけぇッッッ!! いィけェェェァァァァッッッ!!!





























振り上げた、杭を、俺は深々と突き刺した。
  
『アアアアアアアアアアアゥッッッ!!!!』

俺の叫び声と、男の叫び声。
発せられた原因こそ異なるが、
それらは木霊し、響き合い、森の全てを震い上がらせ、そして消えていった。
男の胸元からは、生えるように杭が突き出し、
吹き出ようとする血は、その猛熱へとあてられ蒸発し、黒い塊となってこびりついていった。
  『あ、アアア……』
男はゆっくりと、先ほどよりもゆっくりと、俺に近づいてくる。
こちらへ手を伸ばし、指を広げ、つかみかかるように。
恐れに震え続ける俺の心拍が、ますます熱を叩き上げ、グツグツと、肌が煮立つ程の熱が男の身体を焼いている。
胸に突き刺さった杭は、その呼吸すらも熱によって支配し、
時折喉から火の粉を散らし、器官を焼きながら、男は加熱されていく。
 『うぁ、あぁ、ぁぁっぁぁぁああああアア』
男の姿に、俺は、全身の、恐怖が、油をそそがれたように、燃え上がり、
 『あぁ、あぁああぁぁぁぁぁぁああッ!』
杭を、引き抜こうと、何でも良い、この現状を終わらせようと、
 『ガァあぁ!ああぁ!アッアあアァぁァッァッッ!!』
思い切り、柄を、引っ張り、デロリと溶け落ちた肌が、溶けだしていくのも気にせず。
 『ダァ、あああああぁぁぁッッ!!』
杭を、黒い塊で男の身体へ溶接されたレヴァンテインを、引き抜いた。
 『だアアあア、アあああアアッッっッッ!?』
杭は勢いよく抜け、支えを失ったように男はグラリと地面に膝を落とす。
がっぽりとくり貫かれた胸部は、その多くが溶けだし、一部は杭に焼け付つきそのまま持ち去られた。
真っ赤な灼熱の息を吐いて、男は再びゆっくりと立ち上がる。
恐怖から構えた杭は男のカラダで厚みを増し、柄をつたい、溶けだした肉が、血が、俺の指先に触れた。




再びの、叫び、いや咆哮。
杭を放り出し、俺は、走った。
逃げるしかない。
男は、身体を大きく失いながらも、這いずるように、
のっし、のっしと、追いかけてくる。
歩く度に臓腑が溶けだし、地面に落ちた灼熱の血液が植物を焼き、大地を汚す。
それでも、ゆっくりと、俺を追いかけてくる。


何で、何で生きてンだよ!!


刺してしまった、人を。
必要以上に、残酷に、必要以上に、痛々しく。
その男は何故か歩みを止めることもなく、ゆっくりと俺を追っている。

血は……あんな色をしていた。
他人の叫び声を、産まれて初めて聞いた。
臓器は、あんな形だった。
人は、こんなにも脆かった。
この全て、俺は知っていた、分かっていた……?
そんなわけ、そんなわけあるわけがない。

木の陰に隠れ、崩れるように座り込む。
呼吸が、喉が、カラカラに乾き、
その更に奥からは酸っぱいモノが上がってくる。
それは、遅すぎるほどに、今更になって。

  『だぱァッ、るぅ……』

俺は、俺はそう、何も知らなかった。
何も、知らなかったのだ。
俺の知っていた世界なんて、
確立していたはずのスタンスなんて、
所詮はこの程度のモノだった。
理解していたはずの多くは単なる知ったかぶりで、
その実、俺の中にリアルなんてモノはナニも根付いてはいない。

無知という衝撃に打ちのめされて、
そうして俺は、崩れ落ちていくのだった。













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