三木伸照b
部室に駆け込んだ俺は、荒れる呼吸を押さえ込みながらドアへともたれかかる。
息も絶え絶えにやることを確認し、とりあえずドアにCLOSEの看板を掛けた。
部室には誰もいない、学校が空いた直後だ、ソレも当然だろう。
今日は土曜日、補修なども無く、校舎内にイルのは日直の教師ぐらい、
校庭は部活の学生だけだ。
と、俺は扉に鍵をかけ、漫画やら何やらがつめられた本棚を扉へとなぎ倒した。
少しばかり壁を削って、雪崩のように本が崩れ落ち、そして扉は塞がれる。
これで、これでしばらくは誰も入れないだろう。
これで、ダイジョブだ……大丈夫。
いつもの椅子へと腰掛け、PCを立ち上げる。
夏の朝は蒸し暑く、いつもは涼しいハズの部室も、まだ昇り切らぬ低い太陽に照らされ、
むしむしと、居心地の悪い空間となっていた。
物静かな部屋にPCの排気がヒトキワ大きく響き渡り、
それはゆっくりと、俺の中にまでも吹き込んで来るようだった。
とりあえず俺はカーテンを閉じ、ヘッドフォン型のコネクタを取り付け、脳とネットワークが一直線につなげる。
メールにあったアドレスからゲームのページへと飛び、
入手したアカウントでログイン画面へと進んだ。
これでもう、ログインの準備は全て整ったのだが、
それでもまだ、唯一整ってないのはいわゆる心の準備。
学校へ来る途中も必死に考え続けたモノの、それらしい答えは出ずにあっと言う間にココまで来てしまった
今しかない、決断のタイミングは今しかないんだ。
日頃のイライラは不思議となかった。
今なら、止めることだってできるだろう。
さぁ、決断しよう。
何故、俺はこのゲームに惹かれたのか、そして、本当にソレを望むのか否か。
もう一度、何でこんなゲームに惹かれたのかを考えるのだった………………。
今まで聞こえたことが無いもの、そういうものが色々と、聞こえてきた。
今まで、蔑ろにしていたモノ、気付かなかったモノ、そういったモノが聞こえ始めた。
ゆっくりと蝉の鳴き声が、響き始め、それに呼応するかのように、全ての音が、鮮明になっていく。
大丈夫だ。
大丈夫。
俺は分かっているはずだ。
五月蠅いだけだったハズの蝉の声が、少しだけだけど、愛おしく感じた。
そして、結果的に俺が家へ戻ることはもう無かった。
震える手がログインをクリックし、
俺の存在は、この世界から消えた。
ログインした瞬間、世界は滲むように掻き消えた。
はじめは絶叫を伴う急速な落下、
そしてどこまでか落ちた後は、俺の体は宙を漂う。
足場が無いという奇妙な浮遊感、今までに感じたことの無い感覚が全身を包んでいる。
感覚が麻痺している、とでも言うのだろうか、
なんというか、驚きも、恐怖も、感動も、そういったものは一切浮かんでくることは無かった。
時折視線を横切るフラッシュが、電子の世界と言うものを感じさせ、
ここはもう、俺のいた場所ではないのだ、と、少しさびしげに、
そしてマザマザと、告げているようだった。
ヒトキワ大きなフラッシュが耳と目とを貫く、
そしてそれが合図となり、俺は新たな世界へと降り立った。
《ダウンロード中です……しばらくお待ちください》
俺は、何も無い世界に立っていた。
宇宙が出来る前は、こんな感じなんだろうか。
それほどに何も無く、かつどこまでも広がっている。
足場こそ見えはしないが、見渡す彼方には闇の地平がうっすらと横たわっていた。
そして……そこに浮かぶ宙に書かれたメッセージ。
SF映画とかで見るような、光る板が浮いているような、そんな感じだ。
世界は一定のタイミングでカリカリという音を響かせ、電子光が尾を引いて飛び交う。
周囲は真っ暗だが、光の位置が広がっていく空間と呼応していて、その空間の広がりは視覚的に捉えることが出来た。
雰囲気や、気温こそ異なるものの、何故だろう音や空気はログイン前の部室とどこか似通っているような気がする。
《…………ダウンロードが完了しました》
さて、どうなるのか、と様子を見ていると新しいメッセージボードがゆっくりと降りてくる。
《ゲームへのご参加、まことにありがとうございます。あなたは『8』人目のプレイヤーです。プレイヤーの氏名および性別を入力してください、またHNの使用も可能です。》
女性のアナウンスと共に、入力用…なんだろうな、同じく光るキーボードが降りてきた。
特に気にするでもなくHNを入力しかけ、その名前を思い出しふと後悔する。
殺しあう相手……他の参加者への体面を考えるのも変な気はするが、まぁ、最低限の体裁は守っておきたいのも仕方が無いことだろう。
《JOBを選択してください、なお、ゲーム中の変更は不可能です。》
作った側はほんとにゲーム気分らしいな。
宙には俺を囲むように14枚のプレートが現れ、それぞれにSORCERER、ARCHER、と言うようなRPGゲームを意識したような職業が記されている。
参加者は21名……つまりは早いもん順ってことか。
すでに無いプレートにはどのようなジョブあったのだろうかと、
気にはなるが、まぁ、たぶん、強そうなんだとは思う。
『まぁ……やっぱり』
ナイトだろうな。
剣を携えた、騎士のジョブ。
ネトゲでは使い慣れ、とりいそぎカッコよさそうではあった。
それがまぁ、似合っているかどうかは別問題だが。
その後も武器の選択、パラメータの割り振り等、まるでゲームをするような選択が続く、
その様子はそれこそ普通にゲームしているようで、最終的には俺もいささか楽しんでいた。
ルール等の説明はされる様子はない、つまりは殺り方ご自由に、ってことなんだと思う。
なかなかどうして、趣味の悪い連中だと思う。
《服装を選んでください。》
男性用女性用それぞれ30種類ぐらいはあったと思う、いろいろと、まぁ、シラフで着るには恥ずかしいモノも含めて。
設定も終盤に差し掛かり、この先に待つ展開を思うと急に熱が冷める気がした。
そう、これが俺の……。
『死に装束、かもな……』
なんか知らないが、無性に腹が立った。
見えない足場を踏みしめ、立ちすくんだ。
まぁ、だけど、もう遅いんだ。
《以上で設定は終了です。ゲーム開始後の修正は出来ません、確認および修正をしますか?》
『……いいえ』
《それでは、ただいまよりゲームを開始いたします。》
ゆっくりと世界が色を帯び、大地には土が敷かれ、木々が茂り始める。
感触は、紛れも無い現実であり、
5感全てを、作り出される世界が満たしていった。
空が広がり、雲が浮かび上がる、
そして、最後に俺の体を光が包み込む……。
何かが流し込まれるように、そして何かが流れ出るように、
気づいたころには俺の体格、衣装、髪型など、それら全てが変わっていた。
そうこれが、この世界のでの俺。
いままでの、俺ではない俺。
《それではご健闘を……》
《そして》
《……御免なさい》
その声が、俺にとどくことはなかった。
もし、この声を聞けていたのなら、俺は彼女の想いにも気づけたのかも知れない。
もし、この声を聞けていたのなら、あんな結末は迎えなかったかも知れない。
まぁ、どちらにせよ、全ては手遅れだったケドな……。
そう、全ては手遅れだった。
メールを見たとき?
アカウントを取得したとき?
ログインしたとき?
ちがう、そうではない。
もっと、このゲームが世に知れるもっと昔から、このゲームは始まっていたのだ。
社会の裏側で育ち続けていたこのゲームは、長い時をかけて歪み、狂い続け。
そうして、その歪みが臨界となり吹き出した。
全ては、手遅れであり、失われたモノは1つたりとも帰ってはこない。
大丈夫なコトなんて、何一つ無かったのだ。
《『三木伸照』がログインしました》
こうして、俺達のゲームは始まった。
決められた結末へ向けて、まるで、ゲームのように。
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