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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

神がいない国

作者: 時間旅行

 私の名前はリンナ。

 馬車が走り、人が笑い、家がずらりと並ぶ町並みをお城の上から見渡すのが私の日課。

 こちらの世界に来てから、数百年。

 お城のてっぺんに座って、人のなすことをただ見守っている。

 私は今、私が見渡している土地、リンナ国の守り神である。


 そして、守り神になる前の名前は、みずがさき せいこ と言う名だった。


 名前から分かるとおり、生まれ育った星は地球。

 20代半ば頃、仕事から帰って疲れて寝ている間に、地球とは違う世界、イータという星を作った神に呼び出され、リンナ国の守り神を押し付けられてしまった。何故私なのかと訊ねたところ、イータの星と相性がかなり合うからだそうだ。

 私がいると星が落ち着くらしい。あと、強く願うと共鳴して星が言うことを聞いてくれ易いとも言われた。


 初めは、託された国だから守り神である自分が頑張らねば、何とかしなければと思っていた。が、政治のことなんて分からないし、出て行って意見など求められたり、崇められたりされるのなんか絶対に嫌。

 そう考えた私は姿を表す事はせず、ひっそりとこの国の人たちを守っている。


 この世界は魔物が出るわ、災害はよく発生するわで、平和で落ち着く土地が無い。守り神がいる国だけは、他よりも落ち着いている様子だった。土地は作物を育てやすくなり、水はそのまま触れることが出来るくらい清らかとなる。


 それなら、国の数だけ守り神を見つけて、さっさと星を安定させればいいと思うだろうけど。神様が言うには、守り神にふさわしい魂を持つ者はめったにいないし。その強い魂を持つ人は私のように他の星の人で、自分より強い神様が大切に作り上げた生き物だから、イータの星に来てもらうために、自分より偉く強い神様を説得するのはかなり大変なことらしい。


 私が住んでいた地球の神様は力が強い神様で、私のほかにも地球にはいっぱい力の強い人たちが要るけど、一人だけならイータの星に託してもいい、とイータの神様をかわいそうに思って言ってしまったらしい。イータの神様はまだまだひよっこ神様なくせに、あれもこれも世界に付け足したいと力も無いのに欲張ったせいで、星が耐え切れなくなり、不安定な状態になってしまったそうだ。星を作る神様レベルの人がこれ以上イータの星をつつくと壊れてしまう。


 普通なら、そんな星になど行きたくはないけど、地球の神様の申し訳なさそうな雰囲気とイータの神様の懇願する説得に押し切られてしまいました。


 そんなこんなで色々あって任されたリンナ国。

 私が守っているリンナ国に住む人々は元私の世界ではエルフと呼ばれる存在に近いものがある。

 容姿は人間とあまり変わりないけど、不死ではないが不老で一定の年齢に達するとそのままの姿で生きていくことになる。だから、リンナ国ができた時から王様は変わらず、ずっと一人の人が勤めている。


 彼は良い王らしく、民の生活は安定している。多少のいざこざや暗い部分もあるけれど、リンナが守り神になった当初の時期を思い出すと、同じ国かと思うほど、見違えるほど豊かでいい国になった。

 そのことが、私に守り神としての自信をくれた。・・・何もしてないけど。このままの形でいいんだって思わせてくれた。


 でも、国は油断をすると直ぐに傾いてしまう。

 放っておいてもいい状態、なんてことはありえないのだ。毎日の警戒は欠かせない。


 私は今日も国を見回ろうと立ち上がり、背伸びをしたところで異変に気付く。

 国の西側で一番端、ルル村の方角から強い力を感じるのだ。


 お城から飛び上がり、空を駆け、ルル村を一直線に目指す。


 余談だが、私はこの星に来てかなり力が強くなっている。いや、違う。この星が弱いんだ。先ほど空を飛んでルル村を目指しているといったけど、実際は強く地面を蹴ってジャンプしているだけ。それを何回か繰り返すだけでルル村についてしまう。私ってどこかの星から来た正義の味方の宇宙人みたい。・・・実際そうか。正義の味方かどうか分からないけど。

 

 ちょうど、ルル村に着いたので話をもどそう。


 ルル村の周囲は畑と山の田舎の村。

 近くに騎士達が滞在している砦があるが、強い力であるから彼らでは太刀打ちできない。

 先ほど感じた強い力は災害が起こる前兆?魔物?

 ルル村に付く間、あらゆる可能性を考えていた。


 その存在の正体は村に着く少し前に分かった。


 強い力を感じたのは分かるが、その存在にしては弱すぎる。


 その存在、”彼女”は守り神であった。

 もちろん、この国の守り神ではない。


 リンナは眉間にシワをよせ、警戒をしながら、守り神である女性に近づく。

 女性はどこかの民族衣装のような白い服を着ていた。金色の神に緑の瞳、女神と称えたくなるような美しい女性。

 ただ、顔は真っ青で呼吸をするのにも苦労している様子だった。


 リンナは女性の傍に着地する。

「あの、・・・大丈夫ですか?」


 囁くようにたずねると。女性は、はっとしたように此方を見つめ、目元に涙を浮かべながら抱きついてきた。


「助けてください!」


 私は突然のことにビックリして動けない。

 そんな私にかまうことなく、彼女は弱りきった声で話を続ける。


「私はこの国の近くにある、ファリディア国の・・・守り神です。」

 守り神という言葉を発するのが苦しそうに彼女、ファリディアは言う。


「ファリディア国を守る為に私は何でもしました。民の手が血に染まることの無いように、魔物の牙と爪から守り、お腹をすかせないように、木には果物を、畑には作物を多く実るように願い、荒れ果てた世界でも頑張れるように、王と民の心を癒し、私自身が皆の支えになれるように、中心に立って導いてきました。」


 私は心の中でつぶやく。

 完璧じゃないですか。


「ファリディア国は豊かになり、安心していたのですが、魔物がわが国の食料に目をつけて、色々な村を襲いだしたのです。戦い方が分からない我が民は、ただ無抵抗に襲われるばかりで・・・」


 ファリディア国はここ最近、10年前に出来たばかりの小さな国だ。

 移動して生活をしていた者達が集まって出来た国。移動することで魔物を回避していた彼らでは、正面からぶつかる戦いに長けているものは僅かしかおらず。魔物からいいように襲われている光景がたやすく浮かぶ。


「私の力だけでは防ぎきれないのです。このままだとすべての民が犠牲になってしまいます。無茶を言っているのは分かります。でも、でも、お願いします!魔物を都から追い返すだけでいいのです!力を貸してください!」


 正直に言うと、嫌だった。

 ファリディア国を襲った後、味をしめた魔物たちが次に襲うのは隣国のリンナ国だと分かるからだ。ファリディアの都を救っている間、ファリディア国に近いここ、ルル村に魔物達は向かってくるだろう。その為に、私はここに留まり、魔物が来るのに備えるべきだった。


 だけど。

「・・・お願いします。お願いします」

 美しい人が縋って泣いているのを振り切ることなんて出来そうも無い。


 ため息をつき、頷く。

「分かりました」

 そう言うと、ファリディアは安心したのか。嗚咽しながら、さらに泣き始める。


「ほら、泣いてないで。日が沈みだしましたから、魔物の力も増してしまいます。私は少し用事があるので、このまま直ぐにはいけません。あなたが少しでも魔物の進行を遅らせておいてください。いいですか」

 ファリディアは必死に涙をぬぐいながら、何度も頷く。


「わ、私、神なんかじゃないんです。ここに来る前はただの人でした。本当はリンナ様やクロマディア様のように神と崇められる存在じゃないんです。だ、だから・・・。」


 うっ、とまた泣き出しそうになったので、あわてて言葉をさえぎる。


「分かったから。でも今は守り神でしょ。力あるでしょ。ほら、さっさと行って」


 色々ファリディアの言葉には突っ込みたいことはあった。

 自分もただの人であったこと、私の力が強いのは、地球の神様の力が強かった分だけ、ここで強くなれただけ。イータの神様が地球の神様と話が出来ただけでも奇跡だった、と言うほど強い神様だったから、その加護を持つ私はここでは結構な力を持つ存在だろう。だけど、力があるだけで、神様みたいな素晴らしい存在かと言われると、どうだろう。


 色々思うことはあるが、そんな事を話している時間など無いのだ。

 ファリディアの背中を押した後、空の高いところまで上り、ファリディア国を覗いてみる。

 ファリディアの力が弱まっているためか、他国でも直ぐに様子は見れた。

 

 逃げ惑う人、襲われる人、助けを求める人。

 地獄絵図のようだ。

 一瞬、助けるのを手伝うことを後悔した。

 あの地獄絵図のようなことがリンナ国で起こることの無いように、ここで見張っていたいと。


 頭を振り、考えを打ち消す。

 助けるといったし、見過ごすことも、もう出来そうに無い。


 私はここに来るのと同じように急いで戻る。


 大きな白い城のいつもと変わりない様子を見たときは少し気持ちが落ち着いた。普段はお城のてっぺんが私の居場所なのだけど、今はそこにいる場合じゃない。最上階の一番豪華な窓の前まで来ると、一人の男が机の前で書類に目を通していた。


 久しぶりに変な汗をかいていた。

 服で手の汗をぬぐうが、収まりそうに無い。


 少し国を離れることを王に言っておこうと思ったのだが、王の正式な名前さえ覚えていない事に今気付いた。しかも、この国の人とは今まで一度も喋ったことが無いのだ。この世界に来てから、守り神以外の人とは話したことが無い。自分が守っている国なのに王の名さえも知らないってどうなのだろう。


 仲が良さそうな人たちから、彼はアグロスと呼ばれていた。式典では別の名前に聞こえたから愛称かもしれない。知らない人からいきなり愛称で呼ばれるのはどうだろう。滑稽すぎる。他の人たちはどうだろうと考えても、誰一人として、正式な名前が分からない。どうしよう。


 この国に対する自分の態度に少し疑問を持ったが、頭を振り、今はそれどころではないと思い直す。

 分からなければ、呼びかけなければいい。

 一度深呼吸をすると、ベランダに下りて、窓を少し押してみる。鍵がかかってなかったため、そのまま豪華な窓を開け、此方を驚いてみている王の顔を見ながら、机を挟んだ目の前に立つ。


「初めまして。私の名前はリンナ。この国の守り神です」


 男は驚いたまま固まっている。

 時間が無いので、逆にありがたい。


「ファリディア国の守り神が助けを求めてきたので、私は少しの間この国を離れます。ルル村に魔物が押し寄せてくるでしょう。すぐに騎士を向かわせてください。この国を頼みました」


 そう言うと、踵を返して窓に向かう。


「この国に守り神はいない」


「え?」


 後ろからの低い男の声に、振り向く。

 何て言われたのか、分からなかった。

 琥珀色をした厳しい眼差しとぶつかる。


「皆言っている。この国に守り神などいないと。貴方は誰だ」


 頭を殴られたようだった。

 確かに自分はみんなの前に出ては無いが、力を使って守っている・・・分からないように。人に気付かれないように、姿を表さないようにした結果がこれか。

 

 がくりとする。

 考えてみれば当たり前の結果だった。どこかで微かに自分の存在を感じて、少しでもありがたく思ってくれてたらな、なんて。甘い、自分勝手な結果がこれだ。傅いて、拝んで欲しいわけじゃないけど。


 唇をかみ締め、窓から出て行く。

 いいたい事は言ったのだ。

 今はファリディア国を救うことからはじめなければ。


 後ろから声が聞こえたが今は耳をふさぐ。

 いや、ずっと耳をふさいでいた。

 持てる力は出すが、後は自分達でやれと。



 ファリディア国のお城に着くと、一先ずてっぺんに降り、周りを見る。お城の中は避難して来た人でいっぱいになっていた。お城の庭に武装した人が集まっていて、その中心にファリディアがいた。


 私はファリディアに気付かれるまで、お城のてっぺんにいることにした。はっきりいって、人だかりの中心に行くなんて出来そうに無い。目立つことは嫌いだ。


 こんなんだから、リンナ国の民にいない神だと思われるんだよな。と少し心の中で拗ねる。思いが通じたのか、ファリディアが此方に気付き、飛んできてくれた。


「来て頂いて、本当に有難うございます!」


 両手を組んで、何度も頭を下げる。仮にもこの国のトップなのだからと、すぐにそれを止めさせた。


「いいえ。それで、私は何をしましょうか」


 ファリディアは微笑む。


「このお城をお願いします。1週間だけでいいんです。お願いします」


 私は頷く。


「分かった。ここで見守っておくわ」


 すると、ファリディアは少し顔を曇らせる。


「ここで・・・ではなく。皆に姿を見せていてくれませんか?それだけで、人々は安心するのです。見えないものに縋るより、ずっと心の支えになります」


 自分の国の王の姿が一瞬よぎるが、直ぐに振り払う。下に居る人々を見ると、此方を見て拝んでいる者、不安そうに見る者、助けを求めているものなど様々だった。


 その中に、ほんの少しの人数だが、睨みつけている人も居た。神様なのに何やってんだ。早く救えよ。お前のせいだ。とでも思っているのだろう。

 

 私が一番恐れている感情だった。

 なのに、ファリディアは彼らの前に立つことをやめない。

 そして、私にもそれを求める。


「分かった」


 本当は嫌だったけれど、もう姿を見られたのだ。

 いまさら隠れたら、逃げたと思われる。

 だから、みんなの前に出て行くのだ。

 心から民のためだと思って、出て行く訳では無い自分が、ちっぽけな存在に思えた。


 ファリディアはよろしくお願いします、といった後、騎士達とともに城から出て行った。魔物を率いている中心を倒すのだそうだ。その仕事を私に任せないのは、彼らなりの意地なのか。


 私は空を見上げ一つ深呼吸をする。

 彼らのことより今は自分のことだ。

 私は人の前に出ることはかなり苦手だ。


 だけどそんな事言ってはいられない。緊急事態なのだから。手に力を入れて、頑張れ自分!と活を入れる。心の準備をして、庭にある池の傍にそっと降りる。と、皆が直ぐに近寄ってきた。


 祈る者や、ただ傍によって来ただけで何をするでも無い者、安心したように目を閉じる者。泣いている人もいるから、気持ちが暖かくなるように優しい風を起こしてくださいとでも星に願ってみよう。


 私の存在は池の周りにいる人しか分からないけど、風は城の端まで行き渡り、みんなの心が少し軽くなったような気がした。


 大きな力に守られているような安心感。この城の周りには誰も攻め入ってくることが無いような、頑丈な壁が築き上げられたような、そんな心地にさせてくれる存在なのだろう。頼られているまなざしを全身で感じる。


 みんなの前に出るのはかなり恥ずかしく・・・怖いため、池のほうを向いて、握り締めた手は震えていたけど体に押し付けることで何とか抑えて、皆の目をごまかした。


 目は池の方に向けて人の顔を見ないようにする。だけど、人の声はちゃんと聞こえくる。感謝する声が。恐れ多い気持ちもあるけど、正直、嬉しかった。


 下を向きたい思いを抑え、そっとみんなの顔を見渡す。

 目が合った何人かの人には感謝されるように頭を下げられた。


 今、リンナ国の人より、ファリディアの国の人との方が心の距離が短い気がする。


 数百年守った国より、数分守った国の人との方が深く感じるとは情けない。苦笑して下を向くと、一人の老婆が隣に来た。


「初めまして、守り神様。私達を守って頂いて、本当に有難うございます」


 両手を合わせて頭を下げてくる。


「いいえ」

「守り神様はどちらの国の守り神様でしょうか。ずいぶんと力が強いように見えますが」

「私は、リンナ国の守り神です」


 言うと、老婆は驚いた顔をして此方を凝視する。


「あの国にもやはり、守り神がいたのですね」


 ずきりと胸が痛む。

 いや、もうこうなれば開き直るしかないのだろうか。

 遠くを見つめ、現実逃避する。


「なあ」


 左下から声が聞こえてきたので、目線を下げると、一人の男の子が居た。


「お前もこの国の守り神なのか?」

「違います」


 首を振ると。男の子は怒ったように言う。

「何でだよ!一人しか駄目なら、ファリディアと変わってくれよ!あの女じゃ・・・むぐっ」


後ろから、母親なのか男の子の口を塞いでいる。

「申し訳ありません!今のはどうか聞かなかったことに!」


何度も頭を下げる母親と暴れて抵抗している男の子に向かって、老婆が声をかける。


「私たちの守り神はファリディア様だよ。こんな事態になったのは王と民のせいだ。ファリディア様は私らの願いを叶えてくれただけさ。それに寄りかかって、何もしなかった、考えなかったのは私たちの責任だ」

 私は老婆の言葉に頷き。

「彼女は・・・民の声に耳を傾け、十分すぎるほど力を注いでいると思いますよ。」


 対して、私は国民に寄りかかって生きている。 

 地球のように神様は皆を見守っていればいい存在なのだと思い、過ごしてきたが。私は神ではなく元はただの人間だ。ファリディアのように、人間臭く、もっと人と関わるべきだったのでは。


 でも、今まで関わらず過ごしてきても国は存続しているしなあ、と逃げるような事も思う。

 色々な事を悶々と考えているうちに一週間はあっという間に過ぎていった。


 一週間後、ファリディアと王と騎士たちは城へ、けが人はいるものの無事生還した。どうやら中心で軍を率いていた魔物を討ち取ることに成功したらしい。遠目で様子を伺うと、ファリディアの国は未だ魔物が居るものの、少しだけ落ち着きを取り戻しているようだ。


 ファリディアとファリディア国の王がリンナの前まで来て、王様がお礼を言ってきた。

「私たちはもっと未来のことを考えて、国を作る必要があると今回の事で身にしみました」

 その言葉にファリディアが続ける。

「私も、皆の事にただ従うだけじゃなくて、もっともっとリンナ様のように、民から自慢されるような神になれるように頑張らなきゃ」


 私は苦笑した。

「民に存在を知られて無い私を目指すのは、ちょっとお勧めできませんね」

 ファリディアと王は顔を見合わせた。

「リンナ国の王が以前この国を訪問したときに、私に自慢しておりましたよ。守られていると」


 その言葉を素直に受けとれないリンナは国に戻りながら、考え、結論を出した。リンナ国の王は外交上、自分達の国に神は居ないなんて言えなかったのではないかと。弱く見られるのを避けたかったのではないかと。


 城に戻る前に、ルル村へ飛ぶ。

 たった1週間だけの留守でも、この世界に来て、守り神になってから、一度もリンナ国を離れたことは無かったので不安になっていたが、上空から見る限り、ルル村にも国にも異常は見られなかった。


 とは言ったものの、やはり魔物の襲撃が少しあったのか、争った痕が見える。ルル村には数百人の騎士が村を囲み、次の襲撃に備えているようだ。


 夜であるため、松明がそこかしこに灯っていて、中央では数人が円陣を組み作戦を立てていた。

 その中心を良く見ると、先日見た顔がある。


 王は、それぞれの騎士に地図を指し示しながら、命令を下していた。王様の周りに居た騎士は、王が手を振ると、任務を遂行する為それぞれの目的へ向かって行った。だから、今、王様の周りには補佐をする役目だろうか、一人しか傍にいない。


 話しかけるなら今だ。


 誰にも見られないように、そっと地面に足をつける。周りの者に気付かれないように、目立たないように気配を殺して、王の目の前に来た。補佐しているものと2人で、地図に目を向けて話し合っている。存在感をなくす様に星に願ったからね。見えないでしょうね。

 願いを消して存在感を戻し、この国の王に話しかける。


「戻りました」


 すると、王と傍にいた男は地図から此方に顔を向け、目を見開く。傍に居た男は、次の瞬間、王の前に立ちふさがり、剣を抜き、剣先を此方へ向けた。私はかまわず、続ける。


「魔物の襲撃も、これ以上酷いことにはならないでしょう」


 これだけ伝えれば、後は自分達で調べるだろう。

「待て!」

 踵を返し、離れようとすると、王の焦った声が聞こえた。


「お前は本当に我が国の守り神なのか!?」


 立ち止まり、顔だけ振り向くと、王がすぐ近くに来ていて、私の腕を取る。

「なぜ、よその国を助ける必要がある。お前はリンナ国の守り神なのだろう!?」


 一瞬、言葉につまった。


「・・・ファリディア国はきっと大きくなります。我が国がいつか同じように危機に面した際は、同じように助けてくれるでしょう」

 本当にそう思っているわけではない。少しは思っているが、そうなるには、ずっともっと先のことだ。

今はただ、目の前に居る王への言い訳。縋って来た人をないがしろに出来なかった。ただそれだけだ。でも、それを言うと、人間臭いし、じゃあ自分達が縋れば何でも言うことを聞くのか、とか色々言われると、下を向くしか出来なくなる。


 後悔がじわりと湧く。


 なんで姿なんか現してしまったんだろう。

 1週間離れることも、戻ってきたことも、声だけで伝えて、一方的に切ればよかった。


 つかまれていた腕に力が入る。

 はっとして、王を見れば眉を寄せて私を睨みつけていた。

 怖い。


「なぜ、今まで姿を現さなかった」

「・・・姿を見せても何も変わらなかったと思います」


 王に握られた腕にさらに力が入る。

 琥珀色の綺麗な目を見つめ返して私は言葉を続ける。


「現に貴方は私が姿を現さなくても、ずっとこの国を支えています。そしてこれからも、この国を支えてくださると信じています」

 王は苦い顔をして、ポツリと呟いた。


「神という者は独りよがりなものだな」

「どういう意味です」

 私は眉を寄せる。何かまずいことでも言ってしまっただろうか。


「そのままの意味だ。死の恐怖を感じた時も、感謝を伝えようとした時も、貴方は一つもこちらに反応することは無く。ただ無情にその目で事が起きて過ぎ去っていくのを見ているだけなんだろう。その癖、気まぐれに手を差し伸べ助けてくれる奇跡がある」


「奇跡?無情?私は貴方達をちゃんと見守って助けていますよ。せ、先月だって、山が噴火しそうになるのを止めたのは私なのよ。星に願ったんだから。・・・もし、民全員の思いに応えろと言われているのでしたら、それは無理」


 王様の迫力に押されて、だんだん声が小さくなってしまったが、言いたいことは言えた。押し付けがましいけど、私だってちゃんと守ってるんだって事。あと、神様は万能じゃないんだって事。

 なのに、私の言葉に王様が低い声を出し、咎めるようにして話し出した。


「先月のは貴方の仕業だったのか。あれはわざとそうなるように仕向けたんだ。だが、失敗した」


 貴方のせいで。と言われて硬直する。


「え、噴火して何か意味があるの・・・?何の?!」


 だって、元の世界ではよくない事だったはず。こちらの世界では何か意味のあるものだと、王様のあきれたような顔を見て気付く。

 王が馬鹿にしたようにため息をついた。


「意思の疎通が出来ないからこうなる。貴方が姿を現さないのには何の理由が?王である俺に不満があって、わが国の守り神様は姿を現してくれないのか?」


 直球にぶつけられた質問にしばし呆然となる。

 王様に不満?目の前の人物を改めて見返してみる。短い黒髪と見つめるだけで人を従わせることが出来るのではないかという、鋭い瞳。だけど綺麗な琥珀色をしているのでずっと見つめていたい思いになってしまう。190cmはあるんじゃないかという長身に服を着てても分かる、鍛え抜かれた逞しい体。整った顔立ちを合わせて総合して考えるまでも無く、文句のつけようがありません。国のことに関しても、ずっと任せてきた。


「そういうことではありません」


いい終わって気付いたが。私と王を囲むように騎士の人たちが並んで此方を見ていた。人前に慣れていないのと、体が大きい連中に囲まれているせいで、顔が一瞬で真っ赤になる。


「あわ、わ、私、城に帰る。手、離して・・・!」


 力を出して、振り払えば簡単に解けるだろうけれども、守り神が王様を手ひどく扱ったら、皆の心象的に、絶対に駄目だろうことは分かる。けども、パニックに陥っていて、冷静になれない。とにかく手を離してくれたら、すぐに逃げる。それだけしか考えられない。

 リンナ国では緊急であったし、皆の前に降りる時、事前に決意して出て行ったから何とか保てたが。

 不意打ちは駄目だ。一度混乱に陥ったら中々立て直せない。怖い怖い。この場の空気が怖い。


「わわわ」

「何だ?どうした」


 王様が私のつかんだ腕を引き寄せる。

 駄目だ。聞いてくれない。

 目を瞑り、体を硬くする。

 深呼吸するが、心臓がバクバクする。


「・・・人前、だめなんです・・・!」

 涙目で目の前の人を見上げると、王はビックリした顔をする。


「は?」


 皆の目が此方に向いているのに耐えられなくなり、座り込んで、顔を隠す。


「おい、大丈夫か」

 王が、私の背を優しくさすり、心配を含めた声で話かけてくる。


「ちょっと、待ってください。落ち着くまで、待って・・・!」

蹲ったまま、そう言うと深呼吸を繰り返す。


 その間、王は周りの者に指示を出していたが自分のことに必死で、内容までは分からない。私・・・いろんな面で、守り神失格だな・・・。深呼吸を繰り返す内に落ち着いてきたので、立ち上がって心配かけたことを謝ろうとしたら、急に体が浮いた。


「え!?わわわ!!」

 顔を上げると、王の顔がすぐ近くにあって、また慌てる。どうやら、お姫様抱っこをされているようだ。


「調子が悪いなら、そう言え」

 王はそう言ったあと、軽々と私を近くのテントまで運び。そこにある簡易ベッドの上に私をおろした。


「・・・ありがとうございます」

 無作法だけど、上にかけてくれた毛布を頭までかぶり、お礼を言う。


「いや」

 王はぶっきらぼうに返事をした後、近くにあった椅子をベッドの傍に持ってきて、ドカリと座る。


 気まずい。非常に気まずい。

 こちらをじっと見る目に絶えられない。

 暫く、一人にしてもらえないだろうか。というか、解放して欲しい。


「あの、もう、大丈夫ですから。私、そろそろ帰ろうかなと」

「城へか?なら一緒に戻ればいい。魔物の襲撃が収まってきたから、一部の兵士と俺は明日の朝には城へ戻る予定だったんだ」

「み、皆と?い、一緒に!?」


 私が驚いて言うと、王は不機嫌な顔をする。

「守り神様は我が国、リンナ国の民が嫌いなのか?」


 嫌い?私が?

 ずっと、何年も守り続けた民が嫌い?

 今の私はポカンとした顔をしているだろう。

「そんな、まさか」

 もう、ほんと、それしか言えない。

「では、何故だ。何故姿を現さない。守り神が付いている他の国は王と一緒に国を守っていたり、神が自ら代表となっている国もある。我が国だけだ、神が姿を現さず。民を放っている守り神など、我が国だけだ」

声は怒っているけど、目は寂しげな色をしている。見ているだけでも心の痛みが分かる。


「ごめんなさい。・・・私が守り神で、・・・ごめんなさい」


 でも、無理なものは無理なのだ。そう言われたからといって、立ち上がって、皆を導ける知識と指導力なんて持ち合わせていないのだから。そんな力の無いものが無理をして意見を言った場合、国が傾いてしまう可能性がある。私には大層な肩書きがあるから、阿呆な案でも通ってしまう可能性があるのだ。


 皆が私の間違いを正さない可能性だってある。私が姿を現すことで、不幸になる可能性が高いのならば

見えない所で力を使い、皆を影ながら守ろうと決めたのだ。


 言葉は拙いが、王にポツリポツリと私の思っていることを話した。

 幻滅されても、もういいや。

 見捨ててると思われるほうが辛いから。

 嫌ってなんかいないんだから。



「つまり、リンナは大勢の前に出ること、頼りにされることが嫌だ、と。」


 話している間に、私の価値が下がったようで、呼び捨てにされる。いや、いいんですけどね・・・。


「・・・というか、頼りにされても期待に添えるような事なんて出来ない。大勢の前に出ることは・・・嫌と言うより・・・苦手」

「ここへ来る前に調子が悪くなったのは、それで?」

「・・・はい」

「お前は本当に神か?」

「・・・おっしゃる通りです。なぜ、私なんかが神なのでしょう」

「わかった。確かに人前に出るべきではないな」

「・・・はい」


 王は、はぁとため息をついた。

 やっぱり、失望したか・・・。

 でも、もうどうにもならない。

 これが本当の私だ。


 すべて話して、神様だという変なプライドも取り去って、ちっぽけな私を知ってもらったからか、心が軽い。


 あれから、また手を取られてそのまま離してもらってない私は、城まで王と一緒に帰ってきた。

 トイレやお風呂まで手をつないで連れて行こうとされたので、絶対に逃げませんからお願いしますお願いします勘弁してください!と言ったので、そこは免れたが。それ以外は一緒だ。今も手つなぎ続行中。


「私、一応城に住んでいるので、手を離してもどこにも行きませんよ」

「それは知らなかった、どこにいたんだ」

「城のてっぺんです」

「・・・」


 王は傍らに控えている人に何か命令すると、私に向き直り

「お前は神として崇められるのは嫌なんだろ?」

「はい」

 思いっきり頷く。

「全部任せられるのは嫌。だけど国を守りたい?」

「はい」

 また大きく頷く。


「なら、いい居場所がある」

 王はニヤリと笑い、私に顔を近づけ、耳元で囁く。


「俺の隣にいればいい。后になれ」


************


 城では盛大なパーティーが開かれてる。

 王の結婚式。

 だけど、煌びやかな装いをした王の隣には誰も居ない。

 王が言うには神との結婚らしい。

 それを聞いた国民は、王は独身を通すつもりで神との式を挙げたのだろう、とか

 花嫁は平民から娶ったから、表に出せないのだろう、とか

 色々憶測が飛び交うが、真相は分からない。


 ただ、王と黒髪のほっそりした女性が楽しそうに手を取り合い。じゃれあっているのを見たと言う人が

ちらほら居るとかいないとか。


 結婚式を挙げた後、リンナ国がますます栄えていることは確かな事実だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 期待に対する不安や応えれない悲しさ、自分の弱さが人々に寂しい思いをさせてしまった事を気づく。どの場面も素晴らしく、また主人公の人間的で、でもとてもよい人柄がよく出ててとっても魅力的な主人公…
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