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怖い帰り道

作者: リック

 大学生になってから二回目のバイト始めた。


 だってお金足りないじゃん? 大学生は私服なんだよ? 三日前と同じの着ていったら笑われるよ! 高校の時だって慣れないお化粧の費用でバイト頑張ったけど、今ほどお金に苦労はしてなかったな。


 高校の時のバイトはどうしたって? 一年半でやめた。あれだよブラックだったの。バイトOKの高校近くのスーパーだったけどさ、そこ、残業やらせるけど残業代出ないとこだった。文句言ったら「残業にならないくらい早く終わらせればいい話」 だって。ついでにアラサーの先輩はよく月のもので休んでたけど、私もそうしていいですか? って聞いたら「若いんだから大丈夫! バイトが甘えるな!」 だって。潰れちまえ。


 大学受験が迫ってるので~って言って逃げるようにやめたな。しばらくバイトはしないって思ったけど、お小遣いだけじゃどうしても足りない……。仕方なく実家の近所で募集していた薬局に応募してまたバイト。


 したらここがすっごいいい環境! 残業したら残業代出るって! 新人は教育してくれるって! ロッカーもついてる! 休みもある程度こっちで決められる! ……前のが酷すぎたかもしれない。


 大学の講義が入ってない日にシフトいれて、さらにそれが夜だったら繁忙期には給料十万近くいく! なにこれ天国!


 そんな優良バイト先だけど、唯一難点があるなら……実はバイト先関係ないけど……『帰り道』


 

 目の鼻の先に何故か墓場があるんだよね。だからこの辺り土地安いみたいだけど。あと自宅へはその墓場を通って人気の無い雑木林の中を抜け、さらに川にかかる橋を越えるのが最短距離。


 いかにも危ない帰り道っぽいけど、車で十五分の距離で近所で怖いも何も。しかも前のバイト先を思えば、ちょっと怖いくらいでやめられないっつーの。




「嶋野さん……それ……危ない」


 大学のカフェで友人とそんな話をしていたら、急に後ろから声をかけられた。誰かと思って振り向くと、私がちょっと苦手に思ってる人だった。


 藍沢琴美(あいさわことみ)。いわゆる不思議ちゃん。ミステリアスな雰囲気かつ可愛い容姿でさらに自称霊感持ち。男からの人気は高いが、同性と一緒にいるところは見たことがない。……不思議ちゃんなのも男受け狙ってるんじゃないのかな。


嶋野由佳里(しまのゆかり)さん……あなたのその、帰り道、とてもよくない。夜中に墓場を横切りさらに水辺を通るなんて……」


 不思議ちゃんこと琴美さんは私にそう言って突っかかってくる。ああ自称霊感持ちだったね。そう言って人をダシにしようとしてるんじゃないでしょうね。ケッ、もてる女は。


「そうなの~? 私霊感ないからそういうの分かんなくって~。残念~あったならどうヤバイのか見てみたかったかも~。関係ないのに忠告までしてくれる琴美さんが言うくらいのヤバさなら体験してみた~い!」


 嫌味たっぷりにそう返す。帰れ帰れ! モテ女は敵だ!


「……分かった」


 それをどう取ったのか、琴美さんはそう言って私の額に軽く触れた。え、何よ。


「……これでいい。それじゃあ……」


 そう言って、彼女は踵を返して去って行った。ほんとに何よ。


「ちょっと由佳里、大丈夫なの? 藍沢さんってガチって噂だよ、あと今日もバイトでしょ?」


 あっけにとられている私に友人がそう言った。ふーん、ガチねえ。そう言われても。


「大丈夫でしょ。私霊感ほんとにないもん。それにもう大学入学と同時のバイトだから……もう半年以上通って何もないのよ? 今さら……」


 と、思っていた。



◇◇◇



 その日の閉店作業を終え、店の戸締りをして私は駐車場に向かった。店の閉店時刻は10時。辺りはすでに真っ暗だ。早く帰らなきゃ。キーを差込み、車を動かそうとする。


「あれ?」


 シーンとした車。やだあ、この前車検に出したばかりなのに。ガチガチやってエンジンをかけようとする。


 ブオン!!


 五回目くらいで盛大な音を立てて車のエンジンがかかった。急すぎてちょっと驚く。それに何でかかるのに時間がかかったんだろう。


「……2月だから、かな? 寒さでちょっとかかりにくかったのかも」


 そう解釈して、次は車のライトを点ける。点けたら駐車場が照らされて……


「――――!」


 座席に体当たりするくらい仰け反った。


「今……黒い人影が……」


 ライトを点けた瞬間、真っ黒な人間がフロントガラスに映った……気がした。


「……疲れてるのかな。帰ったら美味しいもの食べて早く寝なきゃ……」


 そう独り言を呟き、逃げるように駐車場を出た。




 しばらく走らせていると、横にいつもの墓場が見えた。サイドミラーでちらりと確認する。だっていつも見てるし、今日だって何も……。


「ん? 何アレ。子供でも遊んでるのかな」


 墓地の中で明かりがチラチラしていた。離れてるとはいえ、団地も近いからなあ。それに夜のシフトだと、意外と子供って遅くまで起きてるのが嫌でも分かる。さっきも親子連れが買い物していた。


 ……でも、墓地で遊ぶ子供? 親子連れでも変なんじゃ。


 無意識に、アクセルを踏んでいた。



 少し進んで右に入ると、人気の無い雑木林の道の入る。いつものことだ。いつものこと。でも今日は少しだけ急ごう。

 雑木林は五分くらいの道だ。その間ずっと暗いところを走る。最初の二、三分くらいは平穏無事に夜のドライブをしていた。

 ほんの少しの間でも何事もない時間が続くと、人間は気が大きくなる。私はこういう時、ホラーものだと後ろから憑いて来てたりするのよね~と何となくルームミラーで後ろを確認した。


 最初は動物か、車が後ろにいるのかと思った。光の玉がゆらゆらと後を追ってきている。


 ……動物じゃない。動物は空中に浮かないし、車のスピードについてこれるはずがない。車じゃない。車のライトが上下左右に動くわけがない。


 ルームミラー、サイドミラーを視界から外して、アクセルを強めに踏んだ。


『コン、コン……コンコン』


 走る車を誰かが叩いている。私は涙をこらえて必死に前だけを見た。この雑木林を抜ければ、あとは橋でそこを越えれば家まで……橋?


『あなたのその、帰り道、とてもよくない。夜中に墓場を横切りさらに水辺を通るなんて……』


 琴美さんの、あの忠告が蘇る。


 一面畑の中にぽつんとある橋。今夜は幻想的だった。光る玉が蛍のようにあちらこちらで踊っていた。今2月だけど。


 車を叩く音がどんどん強くなる。すぐ脇の窓からドンドンと音がする。まるで「何故無視する」 と怒っているかのように。


「ごめんなさい、ごめんなさい……もう馬鹿にしないから……許してよぉ……」


 何に謝っているのか自分でも分からないが、とにかく懇願した。泣きながら車を走らせ続けた。橋が随分長く思えた。

 いよいよ橋を渡り終えるという時、それまで激しかったラップ音が突然やんだ。こわごわと辺りを見て、その理由が分かった。


 車のライトが照らす先――――人がいる! 工事現場で道路誘導する人だ! ここ工事やってたっけ? ――まあ工事なんて年中やってるし。橋を越えて自分の市へ入ったのを確認して、車を降りてその人のもとへ走り寄る。


「すいません! ちょっと車がおかしくて……!?」


 人なんて、いなかった。


 そこにあったのは、ライトに照らされると、人の形に光るテープの貼られた看板だった。



◇◇◇



「見える……。このテープを貼った人、霊感がある人だったみたい……。車の安全や、子供や女性の帰り道を見守ってくださいって、祈りながらこれを貼った……」


 翌日、琴美さんに馬鹿にしたことを謝り倒して、分けてもらったであろう霊感を返還。あと助かった理由を調べるために付き合ってもらった。これからもこの道を使っても大丈夫か確認したいし。別の道使うと倍以上時間がかかるんだよ……。


「テープが、お札や結界みたいになってるってこと?」

「大体……そんな感じ」

「私、これからもこの道を使って大丈夫?」

「大丈夫……ここは死者よりも生者の力が強いから……」


 琴美さんのその言葉に心の底から安堵する。


「ほっとしたよ……。あと琴美さん、色々ごめん。ここうち近いから、よければお茶していかない?」


 もちろん純粋な好意ではない。今後何かあったら彼女に協力させようという下心からの誘いだ。気づかれて断られたらどうしようという懸念をよそに、彼女は頬を染めて言った。


「……あの、同性から誘われるの、私初めてで……」

「え?」

「そもそも、オカルト話に真面目に付き合ってくれたのも、由佳里さんが最初で……」


 あれ、もしや霊感分けた理由って……。ひょっとして一連の出来事は自業自得だったのだろうか。


 とにかく、妙に恥ずかしがる琴美さんを引っ張って、うちに連れて行くことにした。その時、ちらっと看板を振り返る。


 昼行灯なテープの貼られた看板は、じっと、大勢の人の通る道路を見つめていた。

「いつもありがとう」

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