無糖の月
月が甘いのは子どもでも知っている周知の事実だが、最近では健康ブームにあやかってか『無糖月』というものが出回り始めた。
「無糖なの。ということは月って本当は甘くないんだ」
「甘かないね。そこらの月が甘いのはね、あれは砂糖を入れているからなんだ、けど、うちの月は砂糖が入っていないんだよ。月本来の味が楽しめる」
露天で商売をしている月屋のおっちゃんは、そう言いながら私に無糖月を差し出してくる。それは夜食に丁度いいサイズの三日月で、少し鼻が高めの擬人化された月である。おっちゃんはそれを器用に割り箸で串刺しにし、私の鼻っ柱に突き付けた。
「月本来の味って何なの」
「決まってるだろ。月味だ」
「月味って何なの」
「月本来の味に決まっている。実際な、月の味って奴はな、他ではたとえようのない味なんだよ。けど、一般大衆って奴は、そうした風靡な味がわからないから、俺たち月屋はしかたなく、月を砂糖漬けにして出してたわけだ。人間ってのは甘い物が好きだからなぁ」
そう語るおっちゃんの頭には十本の角が生えていて、その角にはそれぞれ綺麗な王冠が被さっていた。おっちゃんは、そんな角の生えた頭をふりふりしながら、私に月串を突き付けてくる。
「ま、いいから食ってみろ」
「食うには食うけど、幾らなの?」
「初回だしまけてやるよ」
「いいよ。おっちゃんに借りを作ると後が怖い」
私がそう言うと、おっちゃんはがははと笑って「よくわかっているじゃないか、命拾いしたな」と怖い顔で呟いた。それから、普段の明るい表情に戻ると「一本四百円だよ」と言う、剣呑剣呑。
私は財布から百円札を四枚取り出して、支払った。毎度ありというおっちゃんの声。無事、契約成立だ。これで安心して、無糖月串を食べる事が出来る。
「いただきます」
私は無糖月に齧り付く。
すると月が野太い悲鳴を上げる。なんだこれ。
また生きているんじゃないか、と抗議をする私。
当たり前よ、月ってのは砂糖漬けにしないと死なないからな、と平然とした顔のおっちゃん。
成る程、だから出回っている月はみんな甘いのだな。食べている最中に叫ばれたら、小さな子どもなんかは泣き出してしまうよ。
ま、私は立派な大人だから、泣いたりはしないんだけどさ。
本当だよ、少し涙目になんてなっていない。
だから、私は平気な顔をして断末魔の叫びを上げる月にがつがつと齧り付いた。すると半分ぐらい食べたところで、ようやく月も大人しくなる。
私はホッと一息吐いて、よく噛んで舌で転がし、月の味を確かめる。
「うーん」
「どうだ、月の味は」
「……なんていうか、薄い」
口内では、甘味でも苦みでも酸味でもない、なんともいえない不可解な味わいが広がっているのだけど、それはあまりに薄すぎて、月味というものが、どういう類の味であるのか、私にはちょっと特定できない。
するとおっちゃんは顔を真っ黒にして、
「かーっ! これだから現代っ子は困るんだよ。こうした繊細な味が分からないから!」
そう言いながら、真っ黒な炎に包まれると、そのまま屋台ごと溶けて消えてしまった。