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少年少女はすぐに怒る 作者:七森吐息

第二章 王様のいる街、白い娘と不愉快な鏡

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8 プレゼント


 本日三回目の真っ暗い……世界。
 僕は勢いよく立ちあがり、周りを見渡す。――――いない。
「コハク―――! どこ―――? コハク―――――――!!!」
 僕は何度も呼ぶ。何度も叫んだ。――――返事はない。
 どこまでも広がっているのにこだまもしないこの空間。絶望が目の前をちらつく。
「どこに行ったんだよぉ………………コハクぅっ」
 僕はうずくまり膝を抱える。――行かないで。嫌だ、嫌だよ。帰って来てよ!
「皆―森―弓―名―――――ッ!」
 突然の大声、僕の名前。僕は慌てて顔を上げて辺りを見渡す。どこ?
 もう一度、声が聞こえた。それは上からだった。
 コハクが真っ赤な月の上に腰かけて笑っていた。
「せっかくお電話しようと思っていたのに、どうして皆森弓名は携帯持ってきてくれないのかなあ? 本当きみは残念だよね」
 ……よかった。本当に。僕は自らの腕を抱いて視線を落とす。身体も震えていた。
ああ、いつもなら腹だたしい軽口ですら今は愛おしい。安堵感で満たされる。
「み、皆森弓名……? 大丈夫なのかい? ……ご、ごめん! 悪かったよ! そんな顔をさせるつもりはなかったんだ。そんな顔……ねえ! 大丈夫だよー。ぼくは消えたりなんかしないよ! だからさ、顔上げてよ!」
 コハクが慌てて月から飛び降りる。駆け寄るコハクを僕は強く抱きしめる。
「皆森、弓名……?」
「…………」
「何か言ってよ……」
「充電中だよ。お静かに」
 僕の心が繊細になった。
その変化に驚きながらも、僕はコハクから離れようとはしなかった。

 それから悪ふざけをしたコハクを叱り、デコピン制裁によりその場を許した。
「いたい。皆森弓名はひどい子だよ」
「何とでも言いなよ。君もひどい子だ。にしても携帯、繋がったね」
 そう言うと、コハクは満面の笑みを浮かべ、携帯に頬ずりを始める。
 僕も嬉しい。これでコハクの孤独を少しは和らげることができる。
 あくまでも少しだけだけど……。
「皆森弓名は絶対に電話に出る」
「りょーかい」
「これは絶対の約束だよ? はい、復唱!」
「僕こと皆森弓名は絶対に電話に出る。これでいいかい?」
「うんうん。でね、皆森弓名。さっきから気になっていたんだけど、それそれ」
 コハクがつんつんと僕の足元を指差す。黒いドレスが落ちていた。
 …………ああ、ゴシックロリータだ。握ったままだったんだ。
 コハクの方を振り向くと、両手を握りしめて、ウズウズしていた。
 僕は綺麗に畳んで、コハクへ差し出す。
「あげる。プレゼントだよ」
「い、いいのかい? 本当にー? ……うぅ、わーい!」
 コハクは僕から受け取ると嬉しそうにくるくると回りだす。目をキラキラさせて。
 それから停止すると、宝石でも眺めるかのように見つめ、ギュッと胸に押し当てる。
「かわいいー……幸せだよ」
 本当に嬉しそうに、目に涙を浮かべて微笑む。
「こんなに幸せになって、ぼくいいのかなあ?」
「いいに決まってるだろ。僕が保障する」
 コハクの疑問に僕は即答する。いや、これは疑問ですらない。当然のことなんだから。
「そっか……そうだよね。うん、ありがとう、皆森弓名」
「どういたしまして。君が喜んでくれて僕も嬉しいよ」
 それから一通り愛で終わるとコハクはおもむろにポンチョを脱ぎ始めた。
 僕の視線に気づくとコハクは片目を閉じて、じとりと睨む。
「何?」
「恥ずかしいからこっち見ないでくれないかな? それともきみはやっぱり変態だったのかい? あーいやだいやだ」
 ……恥じらっていた。生意気に、まあ可愛いけどさ。
 仕方なく僕はコハクから背を向ける。ついでに目も閉じた。衣擦れの音が闇に響く。
 コハクと雨。ポンチョの下はあの子と同じ真っ白な全裸。似ている所が多すぎる。
「そろそろ目を開けてくれないかな」
 どうやら待っていたらしい。僕はゆっくりと振り返る。
「じゃーん! どうだい、皆森弓名? どう? どうかな? 似合っているかな?」
「……………………ああ、似合ってるよ…………すごく」
 それは黒いウエディングドレスのようだった。白に黒はよく映える。
やや丈の長いドレスは子供らしいコハクの裸足をすっぽり隠し、幻想的な姿の中にどこか気品を携えているように感じる。異界のお姫様みたいだ。ここ、異界だけど。
「本当ーにぃ? きみ適当なことを言っていないだろうね?」
「本当だって。本当にすごく、綺麗だよ」
 僕の言葉にコハクは顔を赤めて指をもじもじと合わせだした。
「そ、そんな真面目に言わないでくれよ……照れるじゃないか」
「仕方ないよ。美しいモノを見たら人間は誰だって興奮するモノなんだから」
「興、奮……!」
 コハクは顔から蒸気が出るほど顔を真っ赤にすると、急ぎ足で僕に詰め寄る。
「あ…………うぅ」何かを言おうとして、結局口を閉ざし、僕を軽く突き飛ばした。
「待って…………脱ぐから」
 ――――――はい?
「せっかく皆森弓名が新しい服持ってきてくれたんだから、汚したくないからさ! 脱ぐから! だからちょっと待ってよ!」
「何? 何言ってんの、急に?」やだ。なんか怖い。
「だってきみ興奮しちゃったんだろう? ぼくとする気なんだろう?」
 僕の混乱状態とは対照に、コハクは錯乱したようにドレスを脱ごうとしていた。
 おいおい、もしかしてさ……僕は声を振り上げる。
「するって何をー!」
「セックスに決まってるじゃないか―――!」
 大声と同時に僕はコハクの頭を殴った。拳骨だ。小さな女の子を殴っていい場面は少なからず存在する。今がそのときだった。
「しないよ! バカ!」
 一日に二度も大声を上げるのは本当に久しぶりだった。
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