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少年少女はすぐに怒る 作者:七森吐息

第二章 王様のいる街、白い娘と不愉快な鏡

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5 自己紹介をしよう


 それから僕は隣の給湯室のような部屋に案内され、そこで朝食を作った。
 自分で作るのは久しぶりだったけど、上手くできた。てがみと一緒に作ったりもしていたから僕の料理の腕も上がっているらしい。
 白いご飯に、卵と大根のお味噌汁。出汁巻き卵にスクランブルエッグにゆで卵―。
……冷蔵庫に卵しか入ってなかったんだから仕方ないだろ。
 それらを元居た部屋のガラスのテーブルの上に並べて、僕らは向かいあって食事をしている。もちろん部屋は明るい。嫌がっていたけど僕が無理やり電気をつけた。
 ゆで卵をかじりながら、僕は彼女を観察する。別に不躾だとは思わない。
それは向こうも同じことだから。
 まず服装から……非常におかしい。何故に全裸? 彼女は全裸の上に毛布を巻きつけているだけだった。おまけに今は丸いサングラスを着けているから尚更、奇妙なことになっていた。
 うーむ。コハクよりも大きい。ていうか成長している。中学生くらいだろうか? それに髪もあいつより少し長いセミロング。コハクが成長したらこんな感じなのかも。
 薄い胸元にまじまじと目を注ぐ。……僕よりもおっきい。じゃなくて、白い。異常に。
 病的な白。てがみをそう例えるなら、目の前の彼女は正に病の白。雪よりも白い透けるような乳白色の肌は少し突いただけで破けてしまいそうだ。
 ……閉めきった窓も、彼女にしてみれば当然の処置なのかもしれない。
日光は彼女にとって敵であり害にしかならないのだから。
 脆く、弱い、そして美しい白髪に紅い瞳の女の子。
 アルビノ――またの名は先天性白皮症、先天性色素欠乏症。
 生まれながらにメラニン色素がないこの子には極端な不自由がつきまとう。
 ――ひとつ。色素欠乏による視覚的な障害。
 ――ふたつ。日光による紫外線の弊害。
 ――みっつ。特異な外見からによる人の目。
 神様に色を奪われ、白と赤に雁字搦めにされている女の子。
 美味しそうに卵焼きを頬張る彼女の姿に僕は思わず目を伏せた。
 見返りもないのに生まれながらにこんな制約を背負わされた彼女に僕は……同情しているのか? ――そうだとしたら、何て身勝手な上から目線……最低だね。
彼女にだって失礼だ。死ねばいいのに、僕なんか。
「どうかしたのか?」
 僕を見ることもなく食事を続けたまま女の子が尋ねる。
「……君に同情していたんだよ」
 白い女の子は意地悪そうに口元を歪めると、笑い声を上げた。
「同情ねえ、自己嫌悪の間違いだろ? お前の場合」
 ひんやりと。刺すようなその言葉に、僕は慌てて顔を上げ、女の子の顔を凝視する。
 サングラスのせいで目は確認できない。あの怖い目なのかを。
ただ、刺すだけでなく、抉るようなこの視線はあいつによく似ている。
「…………君が稲羽の娘なんだね?」
「ああ、そうだよ」
女の子が嬉しそうに舌なめずりをして答える。
 なら、あの目を持っている可能性もある。今更ながら意思を強く持っておこう。
もう遅いかもしれないけど。相変わらず、僕は警戒心が薄い。
「なら本題に……って今更だけど君名前は?」
「人に名前を訊くときは、まず自分からだろ。知らねーの?」
 女の子はツン、と顎を上げると不愉快そうに吐き捨てた。親子揃ってベタな返しを。
「それは悪かったね、僕は……」
「まあ、オレはおにーさんが誰だか知ってんだけどな。――皆森弓名。オレのてがみにひどいことした人間、だろ?」
 額から冷たくてじとっとした汗が滴る。
これは久し振りの感覚だ。僕は今恐怖している。目の前の女の子に。
「業が深いな、おにーさん」
 わかりやすく、それでいて極上の殺気を放ちながら、女の子が笑う。
 なるほど、僕を殺ったのは君か。まったく。
クリーニング代を、っていうか弁償してもらいたいところだね。
 それにしても、オレの……ね。なるほど。どおりでよく笑うわけだ。
「…………殺りたいならいいよ。僕はひどい人間だからね。君の気が済むまでどうぞ」
「……ちっ。つまんねーやつ」
 女の子は不満そうに唇を尖らせると、風船が萎むように殺気を消す。
「それで君の名前は?」
「おにーさんは名乗ってねえからオレも名乗らない。っつーか、知らない人間に名前なんて言いたくない。好き勝手に呼んでくれ」
 ……ご飯は作らせるのに名前は教えてくれないんだ。……まあ、いいけど。
「何でもいいんだね?」
「ああ」
 僕はしばしそのまま白い女の子を眺めて、考える。安直に。
「じゃあ……こはく…………うん、琥珀ちゃんで」
「…………おにーさんのネーミングセンスは変わってるな……何? 目、見えてんの?」
「半分ぐらい閉じてはいるけどちゃんと見えてるよ。どうかした?」
 僕のテンションとは対照的に琥珀ちゃんは眉を引き上げて今にも噛みついてきそうな表情をしている。あきらかに興奮状態。
「琥珀って……オレのどこ見てそんな名前が出てくんだよ! 普通、白か赤だろ!?」
「うーん、見た目でつけたわけじゃないんだけど。気に入らないなら変えようか?」
「いや、嫌じゃねえけど……解んないのは嫌っていうか…………なんで?」
 さっきまでの態度とは打って変わり、可愛らしく首を傾げられた。困っちゃうな。意味はないのに。こんなのはただの直観なんだから。
「しいて言うなら僕の友達に似ているからかな」
 中学生になったコハク。とても他人とは思えないから大事な名前を付けてみただけ。
「……おにーさんに友達なんているもんか」
「失礼な。僕にだって少しぐらいはいるよ。か、数えられるぐらいは…………両手で」
 予期せぬところで傷ついた。いえ……嘘です、傷なんかついてません。別に友達なんかいらないし。僕は一人が大好きだから……あっはっはー…………はあ。
 本当に、本―当ーに少しだけへこんだ僕を静観していた琥珀ちゃんが急に笑い出した。
父親と同じで、くつくつと。シニカルな笑みを浮かべる。
「琥珀――友達ねえ、ふうん……いい。オレはお前が気に入ったよ。おにーさん」
 サングラスを外して眩しそうに目を細めながら琥珀ちゃんが僕と目を合わせる。
赤い目。相変わらず、右目は閉じたままだった。
「琥珀ちゃん、その」
「雨」
 僕の言葉を遮って琥珀ちゃんが続ける。
「オレの名前だ。いい音だと思わないか? やっぱオレのことはこっちで呼んでくれ」
「別にいいけど、じゃあ……雨ちゃん」
「雨」
 じろりと僕を睨むと雨ちゃんはもう一度自分の名前を言った。
「気安くない。他人行儀にするなよ。寂しいじゃないか」
 小さな声でそう呟くと、雨ちゃんはすっぽりと頭から毛布を被る。照れているのかな?
 僕は箸を置くと、居住まいを正して雨ちゃんに向き合う。真剣な顔を作って。
「わかったよ。じゃあ、雨」
 声に反応して雨が毛布からひょこりと頭だけ出して僕を見る。
「……なんだい、おにーさん」
「とりあえず、まずに服着なよ」
 冷めた目をして僕は今更なことを言ってやる。雨はゆっくりと僕から視線を外すと、真っ白な自分の鎖骨やら胸に目を落とした。ふう、と息を吐く。
「今更なことを言うんだな。っつーか着てんじゃん。よく見ろよな」
「それは毛布だ。服じゃない」
「おにーさんは固ぇな。布巻いてりゃそれはもう服なんだって」
「君は古いよ。はじめ人間かよ。いいから着なって。ほら。おっぱい見えてるし」
「うっせ。別に見えたっていいだろ? ははーん。さてはおにーさん、オレに欲情でもしてんのかあ? やらしーよなあ」
「しねえよ」こいつ、言うことまでそっくりだ。実は世界を越えての姉妹とか?
「おー怖い怖い。それにしても服ぐらい自由にさせてほしいぜ。大体、オレは寝るときは裸だし、ここだってオレの部屋なんだからさ」
「初対面の人間の前で全裸なんてありえない。稲羽が泣くよ」
 父親の名前に反応してか雨が鬱陶しそうに頭をかいてそっぽを向く。
「全裸じゃない。パンツは穿いてんだろ」
「そうだね。そんなえっちなパンツ穿いちゃってさー」
「だろ。けっこう高かったんだよなー。このフリフリのスケスケ」
「ねえ、何で嘘吐くの? 否定しなよ。君のパンツは水玉模様のノーマルパンツじゃん」
 雨はくくく、と悪そうな笑みを浮かべている。
乗っかるなよ。何で僕が否定しなきゃいけないんだ。
 僕は肩を竦めてわざとらしく嘆息した。
もういい。僕は君の為を思って言ってやってるのに。知らないからな。
「そうそう。オレはお前と違って外に出るときはブラ着けてるぜ」
「もういいんだって! 何で今それを言うんだよ!?」
 ああ、そうさ。ブラなんていらないさ。
着けなくてもいいぐらい僕のは小っさいんだよ!
 雨が僕の胸元を見て笑い、そんな視線から守るように両手で隠すと、また雨が笑う。
 もういい。本当もういい。裸も胸もパンツも本当どうでもいい。
「いつまで笑ってんだよ。早く! 仕事の話に入ろうよ」
「ん? ああ、そうだな。その前におにーさんに一つだけお願いがあるんだ」
「何? 服装に関してはもう一言も僕に言うことはないからね」
 ていうか僕も人に言えるような服装じゃなかったんだけど。赤まみれのカピカピだし。
「いや、それじゃなくてオレの名前のこと。人前では言わないで欲しいんだ。オレはお前に教えたんだからな。他の奴には知られたくない」
 知られたくない、か……まあ、僕に断る理由もないな。
「了解だよ。なら外では琥珀でいいかい?」
「ああ。悪いな、おにーさん」
 そう言って雨はどこか寂しそうに微笑むと、サングラスをかけ直した。
「じゃあつまらない仕事の話を始めようか。楽しい相棒」
 口元を邪悪そうに歪めながら、アルビノ少女はにやりと嗤って僕を見た。
 僕が苦笑いを引き攣らせたのは言うまでもなかった。
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