挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
少年少女はすぐに怒る 作者:七森吐息

第二章 王様のいる街、白い娘と不愉快な鏡

3/59

3 僕よりも大切なんだ?


 目が覚めると、僕は見知らぬ部屋……ではなく、真っ暗な世界にいた。
「…………え?」ぱちぱちと瞬きがいつもの三倍に増えた。
 ええー? 何で! 僕いつ死んだの? 殺ったの誰―――???
 両手で目を擦ってみた。ぐりぐりぐりぐり…………ううっ。
 何度擦っても、空は黒いし月は赤い。おまけに僕の白目も充赤するだけ。意味はない。
 目をしばしばさせていると「だーれだ?」と誰かが後ろから僕の両目を覆った。
「やあやあ。今日はどうやってここに来たのかな? って言ってもきみ知らないよね」
 僕は深々と溜め息を吐きだし、振り返る。あ……幸せが逃げたらどうしよう。
 雪のように真っ白な髪のおかっぱ頭。短く華奢な手足。黒いポンチョには裸足。愛くるしい目の中には綺麗な琥珀色の瞳。
 少女というよりは幼女よりな可愛い可愛い僕の友達兼恋人。
「えへへ、会えて嬉しいよ。皆森弓名」
 あどけなく笑い、僕の名前をもう一度呼ぶ白い女の子。
「ははっ、僕も嬉しいよ。コハク」
 僕も笑う。あどけなくとまではいかないけど、普通に笑ってみた。
「で、コハク。僕はどうしてここにいるのかな?」
「そんなことより皆森弓名! それ! それは何だい? 何なのかな?」
 目をキラキラと輝かせながらコハクは僕の膝元を指差す。……おい。大事なことなのに。そんなこと呼ばわりするな。また溜め息を吐いてしまい、幸せが逃げてしまった。
 仕方なく、僕は目を落とすとそこには携帯電話があった。僕のだ。
 スマートフォンではなく折り畳み式の今や少数派の赤い携帯電話。
 ……替える気はない。だってタッチパネルとか使いづらそうだしさあ。
 とにかく、どうしてこれがここにあるんだろう? 握り締めた覚えはないんだけど。
 僕が頭を傾げるのと同時にコハクが抱きついてきた。ていうか飛びかかってきた?
「きみって本当に良い人だよー! ぼくね、ずーっと欲しかったんだ! これ、ぼくにくれるんだろう? ぼくへのお土産なんだよね? あーもう。皆森弓名のこと大好きだな! 嬉しいなー。ぼくテンション上がっちゃうなー。あはははははー!」
 ……ねえ。僕の首が絞まっている。ぐ、むむ……く、苦しいって! 
 僕のタップもお構いなしに、コハクは無邪気な顔をしながら嬉しそうに笑い続ける。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」
 …………やばい、よ。ちょ、っと……ほ、本当に、く、苦しい……んだ、よ。
 僕の顔から赤の気が失せ始めた所でやっとコハクが離れる。
 倒れる僕に目もくれずに拙い動作で携帯をいじっている。
 ……幸せそうな顔してるなあ。電波が届くとは思えないけど。
 まあ、コハクが喜ぶならいいか。
 ぜーぜーと荒れる呼吸を整えながら僕は温かい目でコハクを眺める。
 ――ん? 液晶が青色に光っていた。
「コハク、ちょっと」
「なっ! やだよ! 絶っ対に返さないから! これはもうぼくのなんだよ!」
 ……睨まれた。まだ何も言ってないのに。本気で。
 コハクは抱きかかえるように僕から携帯を隠すと、舌を伸ばして威嚇する。
 ……ふーん。そんなにそれがいいのか。大事なのか。ふーん。ふーーーん。
「よくわかったよ。コハクは僕よりも携帯電話の方がいいんだね。傷ついた」
「……ふえ?」コハクは一瞬目を丸めると、戸惑うように慌てだした。畳みかけてやる。
「あんまりだよ。僕は君にとってそんなにも薄っぺらい存在だったんだ。あーあ悲しいな。本当、もう死にたい気分だよね。悪いけどさあ、鍵。開けてくれないかな?」
 コハクがぷるぷると頭を振って、僕へ詰め寄ってくる。僕もコハクを見下しながら後ろ歩き。距離なんか詰めさせない。だって僕は携帯以下の存在だもん。
「ち、違うよ! ぼくはきみが大好きなんだよ! こ、こんなのきみと比べたら……」
「そう。なら返してくれるよね? 僕が紙ぺらなんかじゃないんなら」
 僕はコハクの手の中から携帯を取り上げる。
 コハクは下唇を噛みしめ、目に溢れんばかりの涙を溜めて、ぷるぷると震えながら、怨めしそうに僕を見ていた。……後でちゃんと返すってば。
 慣れた手つきで携帯を開く。電波は立っておらず県外。やっぱりね。
 当然のことだけど日付は変わっている。十月八日。土曜日。時間は八時。朝だ。
 そしてメッセージが一件。稲羽からだ。――再生してみた。
【あー。弓名くんがこれを聴いているということは、俺はもうこの世にはいないということでしょう。……言ってみると意外と気持ちのいいものですねえ、これ。さすがはベタということで、もう一回言っても……ってああ、もう時間がありませんか? じゃあ弓名くん、詳しいことは娘から聞いてください。頼りにしてま、ぴーーーーーーーーー】
「…………」
 僕はもう一度メッセージを再生する。稲羽の声……イラっとした。
 稲羽に電話をかけた。ぴー。電波の届かない場所にある為かかりません。かけた。ぴーー。電波が届かない場所に。もう一回。ぴーーー。電波が届か。かけ………。
「なあーーーーっ!!! なんだよ、こいつ! 意味分かんない! 丸投げかっ? なんだよなんだよなんだよ! めんどくさいなあーっ! うがーーーーーーーー!!」
 大声を出すことなんて滅多にない僕が携帯を振り回して暴れていた。
 ……だってさあ、仕方ないじゃん。こいつイラってするでしょう? なんだよ、もう。こんな大人許されていいのか? いいわけない!
「皆森弓名! 落ちついて! いいかい? ゆっくり深呼吸して、リラックスするんだ? 本当にいいかい? 自暴自棄になっちゃいけないよ!」
 コハクが僕の振り上げた腕を凝視しながらおろおろと何度も繰り返す。
 僕の手には携帯電話。……大丈夫。壊さないって。これは君にあげたんだからさ。うん。返すよ。ほら、今から手を下ろすから……ぴーーー。
 指が当たり、もう一度、メッセージが再生される。ぴきっ。
 僕は投げた。力の限り。遠くへ届きますように、と。
「ああーーーーー! 何するんだよーっ皆森弓名ー! ぼくの携帯がーっ!」
 コハクの悲痛な叫び声の後に衝撃。向こう脛を思いっきり蹴っ飛ばされた。
 痛みに悶えて転げ回る僕を気にもせずに、コハクは泣きそうな顔をして走っていく。
 それから僕は痛みと共にただただ待った。
 しばらくすると、コハクが宝物のように携帯電話を抱いて戻ってきた。ただ、顔が怖い。笑っているのに笑っていないような顔をして僕の目の前に立つ。仁王立ちだ。
「こ、コハク……ごめ、んね……」無意識に謝罪の言葉が口から出る。
 コハクは眉を吊り上げると邪悪そうに笑い、僕に向かって手をかざした。
 すかさず暴力的な眠気がやって来る。
「やってくれたね、皆森弓名」
 そう言って僕に向かって携帯を見せつける。
「あーあ、きみ、もう帰ってくれないかなあ? ぼく、今はきみの顔見たくないんだ。いやね、別に怒ってるわけじゃないんだよ。ただ、察して欲しいんだ。今のぼくの気持ちを、ね。それにきみがここにいたら電話も出来ないしさあ。うん。だから帰って。今すぐ帰って。帰ってよっ! じゃあね皆森弓名! おやすみなさい。おやすみなさい。おやすみなさいっ! ……ぐすっ」
 液晶には真新しい、大きな大きな傷が出来ていました。 
 瞼を閉じて、僕は夢の中へと逃げ込んだ。本当、ごめんなさい……。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ