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少年少女はすぐに怒る 作者:七森吐息

第一章 嫌な予感しかしない

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2 充電しなくちゃ


 十月五日。水曜日。僕は風邪をひいた。インフルだ。
 と言っても、病院には行ってない。
 そもそも僕はこんな身体になってからは行ったことさえない。
 無駄だから。何ってお金の。
 僕は死ねない。死んだって死にきれずに生き返る。
 おまけに生き返ったときには身体の悪いところも治ってる。全部だよ。
 だから病気も怪我も一度死んだらそこで終わり。病気も、怪我も、死ぬんだ。皆ね。
  そして今回もいつものように僕は死んで一緒にインフルのやつも殺してやろうと思っていたんだけど…………失敗した。
 外に出ようとしたら、てがみに掴まってしまったのだ。それから風邪ひいた僕と四六時中、看病だって言ってずーっと一緒にいるからさぁ、うつってしまったんだよ。
  ――てがみに。病に侵されてしまった。むかつくなあ、病。まあ、インフルだけど。
「ゆみなぁ、苦しい……手、握って……?」
「……うん。いいよ」
  というわけで、今日は十月七日。金曜日。てがみの熱はまだまだ下がらないのです。

 しゃり、しゃり、しゃり、しゃり、しゃり、しゃり、しゃり…………痛っ。
 指先から滴る赤を眺めて……林檎を剥くのって難しい、と溜め息。
 ウサギさんには程遠い、不細工な林檎。これでも頑張ったんだけどね。
「ゆみなー、食べさせてー」
 てがみの小さな口に運んであげると、ゆっくりと、味わうように咀嚼をする。
「おいしい?」僕の赤が少し付いちゃったけど。
「おいしいー。ゆみな、もう一個ー」
 幸せそうに笑うてがみに僕の顔は綻び、再度ウサギさん作りに専念する。あっ、痛っ。
 僕は壁に掛けられた時計に目をやる。シンプルなデザイン。カチカチと止まることなく動き続ける針。稲羽が迎えに来るまであと一時間。幸福な時間があと少ししかない。
「ゆみなー。本当に行っちゃうの?」
 ぬるくなった冷えピタを取り外し、おでこに手を当てて体温を確かめる。熱い。僕が立ち上がろうとすると、てがみは弱弱しく起き上がり僕の前髪を握る。
 とろんとした熱っぽい目で、いつも以上の甘い声音で。
「ゆみな、行かないで、行っちゃやだよぉ」
 ……破壊力抜群。何だか無性に抱きしめたくなったけど自重して、僕はてがみを寝かせつける。
「ゆみなー行くの? 行っちゃうのー? わたしを置いて、行っちゃうのー?」
「まだ行かないよ。下に行って冷えピタ取ってくるだけだからさ」
「だーめ。行かないで。離れないで。ずっとゆみなはわたしの傍にいなきゃだめなのー!」
 ぐずるてがみの頭を僕は優しく撫でて部屋を出る。
 足早に階段を駆け下りて、冷蔵庫から冷えピタにポカリ、氷にアイスと何度も取りに行かなくてもいいようにまとめて両手に抱え込む。
……看病って疲れるね。軽く息を吐いてから部屋に戻ると。
「おかえり弓名。熱い……。身体がすごく熱いの」
 大人しいモードに変わっていた。クールなてがみに。
……弱りすぎだよ。充電が切れるのが早すぎる。不安だなあ、僕のいない三日間。
 僕はてがみのおでこに冷えピタを貼り、手を握ってあげる。
「弓名。一緒に寝て」
 僕は手を握りしめたまま、もぞもぞとてがみの隣に横たわる。
てがみは満足そうに微笑むと、僕に擦りよって、ゆっくり目を閉じる。
「てがみ、アイスは?」
「いらない」
「喉は渇いてない?」
「大丈夫」
「ばーちゃんの言うこと、ちゃんと聞くんだよ?」
「……うん」
「良くなるまで、傍にいられなくてごめんね」
「…………いい。弓名が好きだから我慢する。わたし良い子でしょう?」
「うん。すごく良い子だよ。じゃあそろそろ寝ようね。おやすみ、てがみ」
「わかった。おやすみ、弓名。………………いってらっしゃい」
 小さな声で付け足して、しばらくするとてがみは寝息を立て始めた。
僕の手をぎゅっと握りしめたまま。
 起こさないように布団から静かに脱出。正直、僕も眠い。もうすぐ日付も変わるしね。
 ……どうやら迎えが来たらしい。僕も行くとしよう。
 準備しておいたバッグを手に取って帽子を被り、僕は再度、ベットの傍で正座する。
 てがみの寝顔をこれでもかというほどに眺めてから、僕はてがみの頬に手を当てる。
「いってきます」
 僕は静かに部屋を出る。物音を立てないように玄関のドアを開ける。静かに閉めた。
 空には星はなく厚い雲に覆われていた。雨でも降りそうな真っ暗な夜。
そして目の前にはえらく場違いな、黒くて長い車が止まっていた。これってベンツ?
 …………行きたくない。
そう思った瞬間、車の中から声が聞こえてきた。てがみの声で。
「こんばんはー。弓名くん。呆けてないで、早く乗ってもらえます?」
 アイツの声だ。
「……ええ。乗りますとも」
 僕は諦めて後部座席の扉を開いた。うわあ、稲羽が後ろにいる。手招きしていた。
 露骨な溜め息も許してください。本当に嫌なんです。はあー。
 てがみのいない三日間。僕の充電はいつまで持つのかなぁ?

 なんで人の耳はオンオフが出来ないんだろう? 別に口でもいいんだけど。
 そんなことを考えながら僕は頬杖をついて窓の外に視線を合わせている。
僕は今すごく不機嫌だ。けれども稲羽は僕の明らかな拒絶もお構いなしに話しかける。
この大人がっ。死ねばいいのに。
「いやあ、せっかくの若人の三連休をおじさんの都合に合わせてもらってすいませんねえ。弓名くんのその優しさにはおじさん、涙が溢れるばかりっスよー」
 ……本当だよ。それに言ったなら泣け。泣かないなら僕の貴重な休みを返せ。
「あ、運転席の彼は俺の友達の運び屋でしてねえ。波状くん。まあ、彼の運転なら俺も安心して気を緩めることが出来るってもんスよー。俺、今自由に動けませんし」
 ……あ、そう。自由……ねえ。
「そうそう、死ぬ危険も大いにありますけど、アナタなら大丈夫っスよねえ? 期待してるっスよー。これで上手くいけば弓名くんの借金も一発でちゃらになりますしねえ」
 ……絶対、僕のこと殺す気だろ? こいつ……ぅ。
「ねえ、稲羽…………ふぁぁ、眠い」
 ふわふわのシートに揺れの少ない波状さんの運転。それに看病疲れもあってか僕の瞼はひどく重い。うつらうつらと視界が開いたり閉じたりしている。
 雨の音がする。心地のいいメロディ……。
 …………何か、稲羽の声も聞こえなくなってきたよ。
意識が……揺れてる……ね…………む。寝ても……いいよね?
「ええ。今のうちに寝といた方がいいですよ。今のうちに、たっぷりとねえ」
 何か嫌な予感と、小さな苛立ちを胸に疼かせながら、僕は眠りについた。
 夢は見なかった。珍しい。
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