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You must be by me.

作者: 深水晶

「ゆーちゃんは、なるべく手作りはしない方が親切かな」

 私、長谷川祐子(はせがわゆうこ)がそう言われたのは、高校一年生のバレンタインデー。

 毎週金曜日は、部室で皆でお茶会。

 いつも友達に手作りのお菓子その他を貰ってばかりいるから、クリスマスは間に合わなかったけど、バレンタインデーには、日頃の感謝もこめて、何とか手作りお菓子を皆にごちそうしようと頑張った。

 男女関係なく部員全員にココア入りちょこがけカップケーキを配ったの。

 初めて作った手作りお菓子。

「いや、コレ、チョコレートがけカップケーキ? でもほら、普通カップケーキは食べる時にガリガリとか音立たないなから。この固さはむしろ煎餅級?」

 いや、そこまでひどくない。

 でもまあ、失敗作なのは間違いない。

 だけど、それは一応三回目の一番出来が良いやつなのだ。

「泡立てるのが難しくって」

 私がそう言い訳すると、

「いや、それ以前にコレ、絶対配合間違えてない?」

 そんなバカな。

 ちゃんと本を見ながら、計って作ったのに!

「え? 大丈夫だよ?」

 だけど皆は引きつった笑顔。

「いや、たぶんゆーちゃんの勘違いじゃないかな」

 せっかく作ったカップケーキ。

 完食してくれた人は一人もいなかった。

 なんだか無性に淋しかった。



 以来、私は、どんなに頼まれても手作りしない。

 彼氏に頼まれても、絶対しない。

 せがまれたって絶対しない。

 そう思っていた私が、作ってみようと思ったのは、大学入学してから七ヶ月目のこと。

「……お前の手作りって見てみたいな」

 頬をうっすら照れ臭そうに赤らめて、恋人の広田要(ひろたかなめ)が言ったから。

「えー? そんなの無理」

 そう言いつつも、笑顔が可愛かったから作ってみようかしらと思ったのだけど。

 手作りって難しい。



「……おかしいな」

 手編みセーターなるものを作り始めた。

 友達にそういうのが得意な子がいっぱいいたので、教えて貰う人には不自由しなかったのだけど。

「本の通りに作ってるつもりなのに、何故か倍近い大きさに膨らむんだけど、これってどうして?」

 友人、美恵に尋ねたところ、

「……一応現物見せてくれる?」

 そう言われて見せたら、暫く無言。

 ……えっと。

 ごめん。

 何か言って。

 いや、マジで。

 気まずいとか以上に、リアクション困る。

 空気が痛い!

 窒息しちゃう。

「……とりあえず、サンプルに、縦横二十目ずつ編んでくれる? 同じ糸で」

 そう言われて、ワケも判らないまま、言われた通り、編み上げた。

 すると、美恵は計算機を取り出して、なにやら一生懸命計算し始める。

 いったい何が始まったのか、全然理解できない私。

 良く判らないまま、ひたすら待った。

「判ったわ。この計算通りに、編んでちょうだい。本に書いてある目の数は無視して良いから。出来上がったらまた見せて。確認して接ぎ合わせ方とか教えてあげるから」

 やけに真剣な目つきで言う美恵に、

「うん、判った」

 と私は答えた。

 ……でも、全然理解できてない。

 どういう事かしら?

 良く判らなかったけど。

 実際編み始めると、何となく判ってきた。

 私の編み方だと、目が緩すぎるのだ。

 そのために、本の通りの目の数に編むと、大きくなってしまう。

 美恵はそのため、私の編んだ目数辺りの標準的な長さを計算し、本来の完成品のサイズで必要な目の数を計算で出したのだ。

 親切な美恵は、どこで縄編みを入れるのかまで、キッチリ計算してくれた。

 私は本当に友人に恵まれている。

 大感謝だ。

 ちなみに私は、数字の計算が苦手だ。

 お金の計算は生まれてこの方、一度も間違えた事がないくせに、それ以外の計算は、何故か簡単な足し算・引き算でさえ間違えてしまう。

 もしかしたら真剣味が足りないのかもしれない。

 計算機は必須アイテムだ。

 携帯電話に計算機機能があるので、忘れた時も、携帯があればなんとかなる。

 もっとも、お金の計算以外に計算機を使わねばならない状況など、大学の授業やテストの時くらいしか、今のところはない。

 私は寝食忘れてセーターを編んだ。

 作っているところを要に見られたくなかったから、要の目に触れそうな場所では、絶対編まなかった。

 クリスマスイブに間に合わないからバレンタインデーって、それじゃ本代・材料・道具・交通費合わせて五万円以上かかった元手がもったいない。ってケチすぎ?

 っていうか、本当最悪間に合わなかったら、仕方ないから直前に何か買いに行くけど。

 ギリギリまでは粘りたい。

「……いつも適当な祐子にしては、頑張ってるわね」

 美恵が苦笑しながら言った。

「うん。頑張ってるよ」

「でも講義始まる前から終わるまで爆睡はまずいと思うよ」

「うん、頑張る」

 半分寝惚けながら言ったら、声を出して笑われた。

 笑わなくても良いじゃん。



「何か俺に隠してない?」

 要が言った。

「電話してもそっけないし、メールの返信なかなかしないし」

「別に」

 そう言うと、要は変な顔をした。

 苦虫を噛み潰すような、困惑するような、何故か半分泣きそうな。

「要?」

 不思議に思って声をかけると、

「今日、講義終わったら、一緒に食事でも行かないか?」

「無理」

 私は即答した。

「なんで?」

 要は不機嫌そうな顔になった。

「無理だから」

「だから、なんでだよ」

 言えない。

 まだ言えない。

 だって、本当に間に合うかヤバイんだもん。

 それにここまで必死で隠してたのに、今更ばれるの、悔しいし。

「内緒」

 そう言ったら、要は眉を大きく上げた。

「はぁ!? 内緒!? 何だよ、それ!!」

「要、うるさい」

 そう言ったら、すごい目つきで睨まれた。

「あー、そうかよ。うるさいか。……でもな、俺、これまでお前の言動、かなり我慢してきたんだぞ」

「は? 何それ」

 そう言ったら、思い切り指差された。

「例えばそれ!! 白けた口調で言われると、男はすごく傷付くんだよ!! なんで、お前そういう可愛くない言い方するわけ!?」

 可愛くないとか言われても。

「私、そういうキャラじゃないと思うけど?」

 正直言って、愛想は悪いし、口は悪いし、我儘だし。

 気分屋で、適当で、色気はないし、可愛くもない。

「可愛い子が良いなら、私じゃない方が良いんじゃない?」

 本当にそう思って言ったら、激昂された。

「お前!! そんなこと言って、俺が浮気したり別れようとか言ったら、どうする気だ!!」

 そんなの。

「仕方ないから別れるよ?」

 だって無理だもん。

 私ばっかり要のこと好きでも、要がそうじゃないなら、無理じゃない。

「なんで!! そういうこと平気で言うんだよ!! あと上目遣いで睨むなよ!!」

 怒鳴られた。

 ……平気じゃないもん。

 平気じゃないけど。

 だけど、仕方ないじゃない。

 泣きそうなのを我慢したら、睨むような目つきになっちゃうし、口元は歪んじゃうし。

 身体震えそうになるから、こぶし握りしめて、ぎゅっと固まってなきゃ、声とかに出そうなんだもん。

「あーもう、ヤだ。お前と付き合うの本当、辛い。いちいちお前の言動に振り回されて、みっともなく動揺するし、腹立つし、泣きたくなるし!!」

 なんで、要が泣いたりするの?

 泣きたいのは私の方だよ。

 わけ判らないし、ケンカ腰だし、キレるし、怒鳴るし、別れるとか言うし。

「お前と付き合ってたら、心臓いくつあっても足りないし、疲れるよ!!」

 ……疲れる、んだ。

「じゃ、別れる?」

 要が嫌なら、そうするしかない。

 その方が良いなら、そうする。

 私は別れたくないけど、だけどそんなこと言っても仕方ないじゃん。

 嫌われてるのに、嫌がられてるのに、疲れるとか言われてるのに、それでも一緒にいたいなんて、言えないし。

「判った。……別れよう」

 要は無表情で言った。

 私は返事をしなかった。

 だけど、これ以上要の顔を見てられなくて、立ち上がった。

「何処へ行くんだよ」

「……帰る」

 それだけ言った。

 それ以上何か言ったら、泣きそうだった。

 それから逃げた。

 慌てて走った。

 転びそうになったけど、なんとかこらえた。

 泣きそうになるのを、我慢した。

 人目のあるところじゃ泣けない。

 昔から、泣く場所は決まっている。

 トイレの中か、自分の寝室。

 それ以外の場所では絶対泣かない。

 それは、私が十歳の誕生日から、私が心に決めてるルールなのだ。

 昔はとても泣き虫だった。

 あと恐がりで夜中にトイレに行けなかったから、おねしょしちゃったり。

 しょっちゅうべそをかいていた。

 ある日、同級生におねしょで布団干してるところ見られて、学校でからかわれて。

 それ以来、私は決心した。

 恐がりを克服する。

 おねしょは直す。

 すぐに泣かないように努力する。

 人前では泣かない。

 泣くから、からかわれるし、いじめられる。

 すぐに泣くから、同情されて、色々かばって貰えることもあるけど、その分人に嫌われたり、恨まれたりすることもある。

 だから泣かない。

 絶対泣かない。

 まずは寝る一時間前には、水も何も飲まなくなった。

 恐いテレビ番組やビデオやDVDは絶対見ない。

 泣く場所を決めて、それ以外の場所では絶対泣かない。

 私は人前で泣かなくなった。

 泣きたくなったら、顔の筋肉を硬直させる。

 ぎゅっと身体に力を入れる。

 声はなるべく出さない。

 なるべく喋らないようにする。



 飛び乗ったバスの中で、うっかり泣きそうになったけど、家に帰り着くまでひたすら頑張った。

 もうちょっとだと思って、頑張った。

 ワンルームの一人暮らしの学生アパート。

 着いたら、すぐベッドに突っ伏した。。

 枕に顔を押しつけて、わぁわぁ泣いた。

 ひたすら泣いた。

 要と別れた。

 別れちゃった。

 どうすんのよ、編みかけのセーター。

 折角美恵に助けて貰ったのに。

 ムダに使ったお金と材料、これ、いったいどうするの。

 それより、要。

 明日からどうしよう。

 同じ学部で、受講もかなり被ってるのに、要に会っちゃったら、どうするの?

 もう普通に顔合わせられないよ。

 今日は我慢できたけど、明日からは無理。

 絶対無理。

 要のバカ。

 バカ、バカ、バカ。

 私のバカ。

 どうするのよ。

 登校する時間帯ずらしても、昼休みとか授業中とかどうしたら良いのよ。

 行動範囲が結構被ってるから、絶対顔合わさないなんて無理。

 絶対無理。

 バカ、バカ、バカ、本当バカ。

 なんで私、要と付き合っちゃったんだろう。

 別れたりしたら、気まずくなるの、判ってるのに。

 こんな事なら、最初から付き合わなければ良かった。

 違う学校の人にしとけば良かった。

 そうしたら、別れたら二度と会わずに済むのに。

 ……だけど、要が、好きだったんだもん。

 時折見せてくれる要の笑顔、すごく好きだったんだもん。

 すっごくキュンときちゃったんだもん。

 歯並び良くて白くてキレイなところとかも、結構好きだったし。

 何より程良く筋肉質で、胸に顔を埋めた時の感触が、とても気持ちよくて。

 何もしなくて良いから、それだけで嬉しくて、楽しくて、幸せで。

 厚みのある手の平も好きだった。

 本当は手を繋ぎたくて、だけど人前だと要が嫌がるから、隙を見て意味もなくふにふにとマッサージしてみたり、じっと見つめたり。

 困った顔するの、好きだったから、わりとどうでも良い我儘言ったり、拗ねたりして。

 迷惑かけてるかな、っていつもどこか思ってたけど。

 嫌われたらどうしようって、いつも思ってたけど。

 まさかこんなに早く別れちゃうなんて、思ってもみなかったから。

 要は普段、文句とかあんまり言わない人だから、私、きっとやりすぎたんだ。

 嫌われたんだ。

 どうしよう。

 目がなくなりそうなくらい泣いた。

 夕飯は食べなかった。

 目が腫れてきたから、氷枕作って、それを顔に押し当てながら泣いた。

 鼻水噛んで、ティッシュボックス一箱空けた。

 翌朝、あんまりひどい顔だったから、シャワー浴びてから、冷やしてみた。

 でも、ほとんど効果なかった。

 コンシーラーでも目の腫れだけはどうにもならない。

 仕方ないからサングラスかけてみた。

 ……色々怪しいけど、仕方ない。

 結局セーターには手をつけなかった。

 今更、どうにもならないし。

 ……だけど、ゴミに出そうとして、でもやっぱり捨てられなくて、渡す相手いなくても、とにかく一度始めた事は、なんとかやり遂げようと思い直した。

 たぶん未練。

 間違いなく未練。

 未練たらしい。

 判ってる。

 だけど、無理。

 一晩や二晩くらいで諦められそうにない。

 結局三ヶ月しか付き合わなかったよ。

 お互いのバースデーは共に外してたし。

 結局たいしたイベントとかしなかったね。

 その方が、思い出少なくて、良かったかもしれないけど。

 だいたい毎日顔を合わすけど、デートらしいデートなんかほとんどしなかったし。

 一、二回映画とか見に行ったり、月に一度か二度、夕食食べたり、あとは一応ほぼ毎日学食デート?

 って学食で一緒に食事するのをデートに含めて良いものかしら。

 それって友達でも一緒に食べたりするよね。

 キスだって、なんだかんだで八回くらいしかしてない。

 イコール、エッチの回数。

 ……うわ、何これ。

 どうしようもないじゃん。

 本当、最悪。

 っていうか、これで、私、要と付き合ってたとか、言えるのかな。

 そもそも最初からちゃんと付き合ってたわけじゃなかったのかも。

 ……そう考えると、別れる事になったのは、仕方ないかもしれない。

 そんなの全然意識しなくて、考えもしなかった。

 私って鈍感。

 考えなさすぎ。

 好きだ!って思ったら、すぐ突っ走って。

 躊躇しないで、即、いっちゃう。

 一日にしたキスの回数を平均して最高七分に一回を記録した事もある、キス魔の私にしては、要にかなり遠慮してた。

 だって要が嫌がるんだもの。

 なんでそんな嫌そうな顔するのか判らなくて、私、ものすごく困惑したけど。

 えー、なんで、とか思ったけど。

 くっつくのも嫌がるから、人前で手を繋いだことないし、いつも離れて歩いていた。

 ……だんだん落ち込んできちゃったよ。

 そっか。

 私、最初から要の彼女じゃなかったんだ。

 そうなんだ。

 私が要を好きって言ったから。

 だから要は私と付き合ってくれたんだ。

 ただ、それだけ。

 だけど、迷惑だから、別れようって、そういうことよね?

 ……ああ、もう、ダメ。

 本当ダメ。

 今日は絶対、大学行けない。

 外出無理。

 涙腺緩みまくりで、部屋の外なんか出られない。

 諦めた私は、もうほとんどやけくそで、今日一日は、部屋に篭もって、セーターを編む事にした。

 どうせ出来上がっても、渡す相手いないけど。

 でもいざとなったら、自分で着れば良いじゃん。

 幸い、色はグレーだし。

 私が着ても問題ない。

 そうと決めたら、ちょっとスッキリした。

 学校行かなくても良いと思ったら、少し楽になった。

 美恵に「学校休んで、セーター編む」とメールしたら、「大丈夫?」という返信がきた。

 もしかしたら、もう聞いたのかもしれない。

 返事を書こうとして、でも、やめた。

 何を書いたら良いか、判らなかったから。

 大丈夫、とはまだ言えなかったし。

 とりあえず買い置きのカップラーメンを慌ただしくすすって、それから顔を洗って、手を洗って、セーターを編み始める。

 単調な作業だけど、だからこそ無心になれる。

 ひたすら無言で、集中して編んだ。

 何か考えたら、手が止まっちゃいそうだったから、編むことだけに集中した。

 そしたら、途中で編み目が詰まってきてしまったから、またほどいてゆるめに編んだ。

 一段編む毎に、巻き尺で測って、サイズ通りか確認した。

 他に何もしないで、ひたすら編んだ。

 時々力入ったりゆるめたりで、編み目は不揃いだったけど、サイズ重視で、外見はこの際、考えない事にした。

 だって、要にあげるわけじゃなくなったし。

 要に見せる必要なんて、もうないし。

 ……ダメ、ダメ、私。

 要のことは、考えちゃダメ。

 静かすぎるからいけないんだ。

 とりあえずミニコンポのラジオをつける。

 番組は適当。

 音が鳴っていればどうでも良い。

 立ち上がったついでに冷蔵庫から緑茶を出してグラスに注ぐ。

 とりあえず一杯分、一気に飲み干してから、再度注いで、ペットボトルを冷蔵庫にしまう。

 それからセーターの続きを始める。

 頑張って編み続けて、前身頃がめでたく完成。

 伸びをする。

 この調子で頑張ったら、明日までには後ろ身頃も完成するかも。

 ……なんだ、最初からこうすれば良かった。

 たぶん一度に編む時間が短すぎるから、なかなか進まなかったんだな。

 明日も休んで、袖を編んで、明日の午後から、学校へ行こう。

 そして、美恵に見て貰うんだ。

 もうセーターは渡せないけど。

 だけど、初めての手作りセーター。

 記念品くらいにはなるかも。

 ……何の?

 ふと、ぽたりと涙がこぼれた。

 ああ、やだ。

 泣いてる。

 ダメじゃん、私。

 泣いたら、セーター濡れちゃうし。

 とりあえずティッシュボックス片手にトイレに篭もった。

 それから泣いた。

 たぶん一時間くらい泣いてしまった。

 ……いいかげんしつこい。

 メール着信音とか、電話の着信音とか聞こえてたけど、とりあえず無視した。

 顔を洗って、気合い入れるために、パシンと両頬叩いて、鏡の前でガッツポーズ。

 ……意味不明。

 でも、まあ、いいや。

 頑張れ、私。

 目標時間決めたし、頑張ろう、私。

 メソメソするな。

 情けないぞ。

 さよなら、煩悩。

 立ち去れ、未練。

 いや、これに固執してるあたり、既に未練たらたらでどうしようもないけど。

 細かい事は後回し!

 とりあえず今は、完成させる事だけ考える。

 他のことは考えたくない。

 後で考えるけど、今はダメ。

 そうそう、『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラも言ってたじゃない。

 Tomorrow never knows what wind will take me away.

 明日は明日の風が吹く。

 より正確に、シンプルに訳すなら、くよくよすんな!みたいな。

 スカーレットは愛する夫のレットに去られ、そう言うのだ。

 だけどそれは、逃げじゃない。

 逃避じゃなくて、とりあえずそれは前向きな決意、なんだけど。

 ……まあ、いいや。

 考えるのはやめよう。

 とにかくやめよう。

 今はダメ。

 たぶんダメ。

 無理だから。

 いっぱい、いっぱい。

 許容量超えちゃう。

 また泣いちゃうから。

 トイレから出られなくなっちゃうし!

 雑念払って無心で編む。

 とにかく編む。

 頑張って編む。

 オラオラ編む。

 ……何か考えると止まっちゃうし。

 何かしてる方が気がまぎれるし。

 結論つけずに、逃避していると言われたらそう。

 確かにそう。

 だからなんだ。

 それのどこが悪い。

 知ったことか。

 どうだって良い。

 だって泣いてたって、どうしようもないし。

 気持ちが落ち着いて整理できるようになるまでは、何もしない。

 何も考えない。

 だって、気持ちが乱れて、思考が乱れて、結局何もできないんだもん。

 なんだろう。

 無心に編んでると、トランス状態っぽくなってきた。

 ……単なる寝不足?

 いや、それはともかく。

 考える暇があるなら、ひたすら編め。

 とにかく編め。

 物事深く考えるな。

 編んでる間は、手を動かす間は、目の数を読んでる間は、誤魔化せる。

 そうよ。

 誤魔化してるのよ。

 だから何だってのよ。

 大丈夫。

 大事な事は明日になったら考えるから。

 ダメな時は、何やってもダメ。

 だから考えない。

 考えたりしない。

 今やれる事を明日に延ばすな?

 そんなの無理。

 ダメな時もある。

 そんな立派なことは、立派な人がやれば良い。

 私はダメ人間ですから!

 開き直り?

 ま、そうかも。

 でも良いの。

 良いことにする。

 サクサク編め。

 頑張って編め。

 何だかちょっとテンポ良い?

 時折編み目飛ばしたり間違えたりしそうになるけど。

 まあ、細かいことはどうでも良いや。

 気楽に考えよう。

 ……だいぶ落ち着いてきた。

 この調子なら、明日の午後には、美恵に見せられる。

 良かった。



「どう?」

「…………」

 美恵は無言で、それを見た。

「……まあ、祐子にはこれが限界かもね」

 何、そのコメント。

 どういう意味?

「超絶不器用だもんね」

「不器用だけど、何か問題ある?」

「……問題がないと言ったら嘘になるけど、私が代わりに作ったら手作りにはならないし。祐子にしては頑張ったのは確かだし。それより、一つ聞きたい事があるんだけど……」

「じゃあ、前身頃と接ぎ合わせても大丈夫?」

「長さは合ってるから、たぶん大丈夫だと思う。ほつれてこないかが、気になるところだけど、まあ、たぶんきっと……大丈夫」

 自信なさげに美恵は答えた。

「それより祐子、広田くんと何かあった? 昨日、捜してたわよ」

 ああ、もう来た。

「……別れた」

 そう答えると、美恵は眉をつり上げた。

「は!? 別れた!? え!? なんで!?」

「そんなの、知らない」

 こっちが知りたい。

「ちょ、ちょっと待って。じゃあ、祐子、あなたそれ、どうする気なの!?」

「……仕方ないから自分で着る」

「ここまで頑張って編んだのに?」

 美恵が真顔で聞いた。

 私はこくりと頷いた。

「昨日から、そのつもりで編んだから」

 美恵は黙って私を見つめた。

「……接ぎ合わせるのは、私がしてあげる」

「え? なんで?」

「サービスよ。たいしたサービスでもないけど。……でもなんで? 何かあったの?」

「判らない」

 そう言ったら、美恵は顔をしかめた。

「何よ、それ。祐子、まさか一人で暴走してない?」

「してないよ」

 失礼な。

「思い込みとか、勘違いとか」

「ないよ」

 だって。

「別れようって言われたもん」

「……なんで?」

「知らない」

 判らない。

 元々、要は口数少なくて、あんまり話してくれないし。

 私、要のことが好きだけど、エッチする時の要くらいしか、まともに知らない気がする。

 しかも二人とも一人暮らしなのに、三ヶ月でたった八回。

 それってどうよ?

「祐子はそれで良いの?」

「良くはないけど、仕方ないじゃん」

 そう言ったら、美恵は顔をしかめた。

「ずいぶんクールね」

 そうじゃない。

 深く考えると泣いちゃうから。

「だけど、祐子。あなたのまぶた、少し腫れてるし、目の下隈があるんだけど」

「知ってる」

「なのに仕方ないって諦めるの?」

「だって仕方ないじゃん」

 そう言ったら、美恵はため息をついた。

「祐子は見た目によらず、意外と頑固で天邪鬼よね。意地っ張りで」

「もう良いじゃん。セーターはやり方教えてくれたら、自分でやるよ?」

 美恵は頭をゆっくり振ると、編み棒と毛糸を手にして、手早くはぎあわせてくれた。

 ちょっとボロで歪んでいるけど、形になった。

 初めての手編みのセーター。

「どうするの?」

「だから自分で着るよ」

「そうじゃなくて、広田くん」

「もう良いじゃん。終わった事は」

 要から、会って話したい事があるというメールが届いていた。

 行きたくないけど、一応行く。

 それがたぶんけじめだから。

 要はいったい何を話したいんだろう。

 別れるとか疲れたとか辛いとか。

 今まで言われなかった分、いっぱい文句言われちゃったりするのかな。

 憂鬱。

 でも仕方ない。

 我慢しよう。

 何を言われても、絶対泣かない。

 たくさん泣いたし、いい加減もう、あんまり泣いたりしないよね。

 トイレに行ったり、家に帰ったりしなくても平気だよね。

 何か痛いなと思ったら、何故か握りこぶし作って、いつの間にか、第二関節あたりをガリガリと噛んでいた。

 血は出ていなかったけど、皮が剥けていた。

 何、やってるんだろう、私。

 う、しみる。

 なんかしみるよ。

 めくれた皮をじっと見つめた。

 ジワッと血が薄くにじんできた。

 ああ、そうか。

 やっぱり出血してたんだ。

 そりゃ痛いよ。

 痛くて泣きたい気持ちになるよね。

 待ち合わせは放課後。

 大学前の喫茶店。

 私のお気に入りの店。

 要のバカ。

 そんなところで別れ話されたら、お気に入りなのに二度と行けなくなるじゃん。

 でも、別の場所に変えて欲しいって返信書けなかったから――泣きそうになったし――結局諦めた。

 こうなりゃやけ。

 先に要に帰って貰って、一人でケーキ食べまくる。

 やけ食いしてから、家に帰ろう。

 それで良いや。



 店に入ると、一番奥の席に、不機嫌そうな仏頂面の要が、椅子の背に寄りかかるよう深く座って、足を組んで待っていた。

 一歩踏み出す毎に、胃が痛む気がする。

「よぉ」

 私が近付くと、私の顔を注視するように見て、早く来いと言いたげに、手招きされた。

 行きたくない。

 近寄りたくない。

 睨むような目つきで見られてるし。

「来いよ」

 乱暴な口調で言われる。

 三ヶ月間、一度も聞いた事がない苛立った声。

 ……恐い。

 足が止まる。

「祐子」

 要に睨まれる。

「別に殴ったりしないから、こっちに来い」 震えながら、足を踏み出した。

 そんな私を見つめて、要は深いため息をついた。

 ……怒ってる。

 緊張しながら、恐る恐る向かいの椅子に腰かける。

「あの、さ」

 要が嫌そうな顔をする。

「俺、お前に何かした?」

「……え?」

 驚いた。

「お前に何か嫌われるようなことしたから、フラレるのか?」

 意味が判らなかった。

「……どういう意味?」

 聞くと、要は苦しげに眉間に皺を寄せた。

「俺と別れたいんだろ?」

「は?」

 きょとんとした。

 要は私の反応を見て、ものすごく嫌そうに顔をしかめた。

「お前さ、記憶力ないわけ? 俺に全部言わせたいのか?」

「……どういう意味?」

 すると要はテーブルに突っ伏し、両手で頭を抱えるような格好をした。

「え?」

「……お前は、サドかよ。それともそんなに俺が嫌いなのか。それとも本気で忘れてるのかよ。お前が俺に言ったんだろ。別れたいって」

 え、だって。

「別れたいのは、要じゃない」

 そう言ったら、慌てて顔を上げて、びっくりしたように私を見つめると、

「……お前、泣いた?」

 と、ぽつりと言った。

 要のバカ。

 そんなことわざわざ口にしなくても良いじゃん。

「もしかして、お前、俺と別れたくないの?」

 私は答える代わりに、要を睨んだ。

 じゃないと、泣き出しそうだったから。

「目」

 要が私の顔をじっと見つめてから呟いた。

「涙?」

 泣いてない。

 まだ泣いてない。

「潤んでる」

 要は意地悪だ。

 私は何も言えない。

 口を開いたら、泣き出しそうで。

「祐子」

 そう言って、要が両手を伸ばしてきた。

 びくっとして慌てて腰を上げて逃げようとしたら、腕を掴まれた。

「逃げるな」

 そう言って、ぐいと引いた。

 バランス崩れて倒れ込む。

 そんな私を要が抱き止め、テーブル越しに抱きしめられた。

「……えっ!?」

 仰天した。

 こんなの、初めてだった。

 人前で、抱きしめられた事なんか一度もない。

 それも大学の近所なのに。

 腕を掴まれたまま、ぎゅうぅっと抱きしめられて、テーブルの縁が腰骨辺りに当たってて痛い。

 態勢変えようとしたけど、要が離してくれなくて無理。

「頼むから、逃げるな」

 泣きそうになった。

「痛い」

「……え?」

 要の腕の力が緩んだ。

 その隙に抜け出し、テーブルが当たっていた辺りをさすった。

「……あ、ごめん」

 要はバツの悪そうな顔になった。

 私は何も言えなくてうつ向いた。

「なぁ」

 要がテーブルを回って来て、私のすぐそばで立ち止まる。

「もう駄目なのか?」

「……え?」

 要を見上げた。

「俺、まだ、お前が好きなんだけど」

「え!?」

 思わず叫んでしまった。

「駄目じゃないなら、そばにいて。俺を好きだって言えよ、祐子」

「……ええと?」

 きょとんとした。

 すると要はものすごく嫌そうな顔をした。

「待て、祐子。何だよ、その妙な顔。まさかお前、言われてる内容が理解できないとか言わないよな?」

 ええと。

「……ごめん。頭がショートしてて良く判らない」

 そう言ったら、要はしばし無言で私を見つめた。

「……やっぱり別れるか」

 ため息と共に言われた言葉に、ぽろりと涙がこぼれた。

「だから!!」

 要が叫ぶ。

「そういう事は、口で言えよ!!」

「……ひっ……だって……っ!」

 涙があふれて止まらなくなった。

 言葉が出てこない。

 酸素不足の金魚みたいに、口をパクパク開閉させるけど、声が、どうしても出て来ない。

『好き』

 涙で視界が歪む。

『大好き』

 要の顔が見えない。

『別れたくないよ』

 要のため息が聞こえた。

「……だから、そういう事を、ちゃんと口で言って欲しいんだよ。俺はお前の表情や態度から気付けるほど、極めてないんだから」

 極める?

「だから、お前のこと」

 そう言って抱きしめられて、キスされた。

 暖かくて、優しい。



「ええと?」

 私は首を傾げた。

「だから、あんまりくっついたりキスしたりすると、すぐしたくなるから。我慢してるの」

「なんで?」

「なんでってそりゃ、お前に嫌がられたくないし、嫌われたくないし」

「別に良いじゃん」

「は?」

 要はきょとんとした。

「どういう意味だよ」

「だから、いっぱいキスしていっぱいエッチすれば良いじゃん」

「……貧乏だし、そんなにゴム持ってない」

 真っ赤な顔で呟いた要に、思わずプッとふき出した。

「要の財布で足りない分は、私の財布から出せば良いじゃん」

 そう言うと、驚いた顔で要は私を見つめた。

「……え?」

 呆けた顔になった。

「……それで良いの?」

「良いんじゃないの? 要が嫌なら別に良いけど」

 そう言ったら、要は慌てて首を左右に振る。

「嫌じゃない。……だけど」

 複雑そうな顔になった。

「お前ってそういう事を平然と言ったりするタイプだったんだ」

「嫌なの?」

「嫌じゃない」

 そう言ったものの、要はまたため息をついた。

「何よ?」

「……いや」

 何でもないって顔には、とても見えない。

「何が言いたいのよ」

「いや、その」

 要は口篭り、ふと何か思い出したような顔になった。

「そういえば、あの晩、どうして食事の誘いを断ったんだ?」

 ……あ。

「聞いても良いだろ?」

 顔と声が、懇願してる。

 ここで内緒って言ったら、また先日みたいな事になるんだろうか。

「お願い、祐子」

 切実な口調で。

 ……観念した。

「手編みのセーター」

「え?」

 何を言われたか判らないという顔をされた。

「手作り見たいって言われたから」

 そう言ったら、要はくしゃくしゃに顔を歪めた。

「祐子!」

 嬉しそうに笑みを浮かべた要に、抱きしめられた。

「祐子」

 顔中キスされて。

「見たい」

 耳元で囁かれた。

「今すぐ見たい」

「……え、でも」

 イブのプレゼント(予定)なのに。

「ねぇ、駄目?」

 甘えるよう、耳元で囁かれて、降参した。

 私はセーターを取り出し、広げた。

「……セーター?」

 要はとても複雑な顔になった。

「……どっちが前?」

「一応こっち」

 要はそれをしばし見つめた。

「これを編んでたから、その間冷たくあしらわれたの、俺」

 あれ?

 反応おかしい。

 声が震えている。

「要?」

 要の顔の表情は、強張っていた。

「……祐子」

 ぽつりと要が呟いた。

「何?」

「……二度とお前の手作りが見たいなんて言わないから、お前は何もしなくて良い」

「どういう意味?」

 尋ねると、要は顔を引き攣らせながら、

「俺はお前に何かしてもらうより、そばにいて貰えた方がずっと嬉しいから」

 本来ならば、言われて嬉しい台詞の筈なのに、ちっともそう聞こえなかった。

 ふと、高校時代に聞いた台詞を思い出す。


『ゆーちゃんは、なるべく手作りはしない方が親切かな』


 私は要をじっと見つめた。

 要はセーターをベッドの脇に置いて、私を抱き寄せた。

「祐子」

 要の顔が見えなくなった。

「何もしなくて良いから、俺が不安にならないように、そばにいて」

 言葉通りに聞こえないのは、何故だろう。


――The End.

結婚後、新妻にさんざん妙な味の食べ物(食事以外にも菓子類など多数)を食べさせられ、最初の内は我慢して黙って食べていた夫がある日、妻に言った台詞は次の通り。


「まずい料理は食べ物であっても決して料理ではない!」

「うまくなければ料理じゃない!」

「もう我慢できない。人間の食い物を食わせろ! 頼むから!」


「お前はとにかく(食事以外の)手作り禁止!」

「何も作るな! 考えるな! 余計な事は何もしようとするな!」

「人の迷惑、金のムダ、時間のムダ、労力のムダ、材料のムダ!」

「謝れ! とにかく皆に謝れ! 農家の皆さんにも謝れ! 特に俺に謝れ! 土下座しろ!」


ちなみにキレた旦那に

「そんなにひどくはないはずだよ。一応食べられるし」

その返事は

「食べられればそれで良いと思うな。俺は食べたくない物は今後もう絶対無理して食べない。そんなに食べたきゃお前が責任取って、全部食え」

でした。


目が据わっていました。

そうか、そんなに嫌だったのかと反省して、最近はあまり残される頻度が減りました。


でも、偏食はダメだと思います。


(追記)

タイトル。

後から思えば、

「I want it to be by the side of me.」

の方がしっくりくるよなと今更思ってたり。

でも長いから

「Be by the side of me.」

かな。

タイトルなんで、このままにしておきますが。


ちなみに。

手作りセーターの話とカップケーキは実体験を元にしています。

『手作り』は作って良い人と、作るべきでは無い人がいる気がします。

セーターを編む時は、均一に目が不揃いにならないように編みましょう。

あと初心者はいきなりセーター編もうとしない方が吉。

とりあえずマフラーあたりから。

……私は編みません。

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